第476話◆空気が美味しい

「本当に帰っちゃうんですかー?」

「うむ、帰るぞ。グランがそろそろ帰りたそうな顔をしているし、グランのマジックバッグもいっぱいになったみたいだしな」

「ソンナー」

 そんな悲しそうな顔をされても俺は帰るぞ!!


 今日はついに長く滞在した食材ダンジョンから撤退する日。

 今は最後の晩餐ならぬ最後の朝餐の真っ最中だ。

 職員さんが食事に紛れ込むのも今日で最後かー。最初は緊張していたけれどすっかり慣れちゃったな。

「まぁた君、うちでご飯食べてる」

 アベルのこれはもう挨拶みたいなもんだな。

「はー、明日からは残念携帯食かー。僕も一緒に帰りたいなー。あー、おうちに帰りたいー、ベッドまで帰りたいー」

 職員さんはもう暫く十五階層に残って調査隊の指揮をするそうだ。

 冒険者ギルドの職員は大変そうだなー。頑張ってくださーい。


「俺達は今夜はドリーんちでフカフカ高級ベッドだなぁ」

 死んだ魚のような目になっている職員さんにカリュオンが追い打ちをかけている。

 そう今日はドリーの実家にお泊まりである。

 辺境伯様の家だなんて内臓が飛び出るくらい緊張するけれど、食材ダンジョンで色々ありすぎて山のように報告書を書かないといけないし、ドリーはドリーで辺境伯様なお兄様に報告もあるということで、ドリーの実家の所有する屋敷に一泊することになった。

 辺境伯家の所有する屋敷の一つに泊まるだけなので、お忙しい辺境伯様が来ることはないだろうってドリーが言っていたし、明日は神の日――前世でいうとこの日曜日みたいな日なので、訓練校に通っているジュストも学校が休みだろうということで、ジュストにも会えるかもしれないと言われホイホイと釣られてしまった。


 ジュストは元気にしているかな? 新しい生活には慣れたかなー? 虐められていないかな? 日本と常識が違いすぎてやらかしていないかな?

 食材ダンジョンのお土産ならいっぱいあるなー。

 せっかくだから殺傷力の低い新型爆弾ポーションをレシピも添えてお裾分けしよう。

 海産物のお裾分けもたくさんあるし、楽しみだなぁ。


「ところでグランさんのマジックバッグってかなり荷物が入るみたいでしたけど、何を入れたらいっぱいになっちゃうんですか? ドリーさんのパーティーからかなりの量を買い取った気がしますし、その後は海底都市の調査中心でしたからかさばるようなものは溜まりませんよね? また津波ですか? ダンジョンの外の海に津波を捨てるとか絶対にやめて下さいよ」

 津波をマジックバッグに入れるとか、海に捨てるとか、職員さんは俺を何だと思っているのだ。あれはいきなり現れたバハムートのせいなの!!

「あれから津波は入れてないな、海水は入れたけど。昨日ドリー達がたくさん海の魔物を狩ったせいでパンパンになったんだよ。他は海水から作った塩とか、記念の海水とか記念の砂浜とか?」

「あーーーーーっ! 昨日、海岸に大きな穴が空いて海水が溜まってたのはグランさんですか!? 海水とか砂とか記念で持って帰るものなんですか!? って塩?」

 しまった、分解で綺麗な塩量産は秘密だったんだっけ? そうだな、分解スキルで真っ白な塩を大量に作れるなんて市場ぶち壊しだもんな!!

 海岸に大きな穴は砂をもらったやつだな。塩分を含んだ砂って何かに使えないかなって??? 海水はまぁ何かに使うだろう。


「アッ! 向こうで調査隊の人が呼んでますヨ! そろそろ出発の時間じゃないっすカ?」

 ちょうどいい感じに調査隊の人が職員さんを呼びに来たようだ。

「く……、もうそんな時間ですか。僕はもう暫くここに残ることになりそうなので、またすぐに調査協力に戻って来て下さってもいいんですからね! では! ごちそうさまでした! また、会いましょう!!」

 いやいやいやいや、さすがにおうちでゆっくりしたいから!!


 皿に残っていた料理を口に突っ込み、使っていた食器に浄化魔法をかけて職員さんが席を離れて調査隊の方へと走っていく。

 それを見送った後、海の方へと視線をやる。

 随分長くいた気がするけれどついにこの海ともお別れである。

 カメ君と出会った不思議な亀島や、おっかない黒竜のいる城。

 メイドちゃんとはあれから会えなかったけれど、またいつかここを訪れた時に会えるかもしれない。

 またフラリと遊びに来よう。

 それまでさよならだ。










「うわああああああーーー! 外だあああああああ!!」

 空気美味しい! 空気美味しい!! 空気美味しいいいいいい!!

 あーーーーーー、天然の太陽の光を浴びて今なら光合成ができそうな気がするぞおおお!!

 今なら春に暖かい日を浴びて青々と茂る気持ちがわかるうううう!!


「グラン、ダンジョンの出入り口で立ち止まって変なポーズしてたら通行の邪魔だし恥ずかしいから早く進んで」

「カアアアアアアアアアアーーーーーーーー!!!」

「お? カメッ子もダンジョンの外に出て嬉しそうだな?」

「カカッ!!」

 外の世界の光があまりに気持ちよくて、立ち止まって両手を挙げて伸びをしているとアベルにはすごく微妙な顔をされたが、カメ君も俺の肩の上で立ち上がり短い前足を上に伸ばして歓喜のポーズをしている。


 食材ダンションに入ってから実質的には三週間と少しなのだが、俺とカリュオンは半月程多く別空間に隔離されていたからな。

 カリュオンはそうでもなさそうだけれど、俺はすごく地上が懐かしい気がして、ついついビヨーンと背伸びをしてしまった。

 初夏の少し鋭さのある午前の日差しが非常に気持ちいい。

 そう、初夏なのである。

 ダンジョン内は春だったり夏だったり秋だったり冬だったり火山だったり砂漠だったりキノコだったりと、階層毎に環境が変わって季節感全くなしで体がおかしくなりそうだが、外の世界は爽やかな緑の香りが満ちる初夏である。

 随分長いことダンジョンにいた気がして、正しい季節がわからなくなっている。

 これが世にいうダンジョンボケというやつである。ダンジョンに籠もる冒険者あるあるの現象だ。


「十五階層が夏の海だったから、季節が逆戻りしたみたいでおかしな気分だわ」

「しかもオルタ・ポタニコは標高が高いから少し涼しいけど日差しは強いわね」

 色白で強い日差しに弱そうなリヴィダスは、マジックバッグから日傘を取り出しバサッと広げた。

「まずは一番近いオルタ・ポタニコのギルドに行って報告と精算だな。それからまだ終わってない魔物の解体か」

 ドリーに言われて思いだした。亀島に海底都市にそれから二つしか釣っていないけれど、釣り上げた宝箱についても報告書を書くように言われているんだった。

 宝箱が釣れるってだけでも珍しいのに、その珍しい中でも二連続で空間魔法系の仕掛けのある宝箱を引いてしまったので、念の為報告しておいたほうがいいだろうということで報告書が増えた。

 十五階層滞在中に少し纏めたけれど、色々ありすぎて全然終わっていない。その手前の階層でも色々あったしな。

 やだー! 報告書やだー!

「今日提出しないといけない報告書はドリーとリヴィダスと俺でやるからさ、グランとカリュオンとシルエットは解体場を借りて素材の整理してよ。宝箱とかグランとカリュオンの行った島は少し待ってもらえるように頼んでおくからね」

 アベルが優しい。

「グランしかわからない報告書は今夜ゆっくり手伝ってやろう。それとバハムートはうちの施設を貸すからそっちでやろう」

 バハムートの話をするドリーは悪い顔をしている。

 そうだな、ギルドでやると売ってくれって言われるからな。それにバハムートはちょっとズルしたやつだし。

 報告書は、助けて下さい! お願いします!!

「それじゃオルタ・ポタニコに転移するよー」

 歩けば時間がかかる距離もアベルの転移魔法でピョーン。


 この後色々事後処理もあるが、移動の手間がないのは楽でいい。

 転移魔法さまさま、アベルさまさま。


 オルタ・ポタニコの冒険者ギルドで報告組と解体組に別れてひたすら事後処理。

 途中でギルドにくっついている食堂に昼飯を食いに行った時に休憩したくらい?

 それ以外はギルドの解体場に缶詰でひたすら解体をしていた。

 亀島にいた時にもちょいちょい解体していてよかった。それがなかったらきっと今日中に終わらなかった。

 いや、バハムートがまるまる残っているな。これは今日はやらないからいいとして、セイウチ! 南の海のセイウチ!

 シロクマ君が持って帰ってくれた分とは別に、その前に狩っていたセイウチがある。

 範囲狩りは用量を守ってお願いしたい。これは掻き集めた本人、カリュオンに押しつけてしまおう。釣りをしていた俺には関係ない。

 まぁ、あとはシーサーペントとか、その他海洋生物系とか、それ以前の階層の残りとか……、でかいものが多いな!?


 え? 肉と毛皮系は高級系以外買い取り停止? 魚も勘弁してくれ? ええー!?

 俺らのばかり買い取っていると他の冒険者の買い取りを置く場所がなくなる?

 いや、そんなことないでしょ? だって、冒険者ギルドの倉庫って空間魔法がかかっているマジックバッグならぬマジック倉庫じゃん。戻ってくる前に職員さんに買い取ってもらったし?

 アッ! それが保管庫にある。あぁ……マンモス……羊……山羊……鶏……ナルホドー!!

 そうだな、マンモスとか面倒くさくて未解体のまま渡したのもあるな。

 そっか、仕方ないなー、ドリーの実家に行った時に、オルタ・クルイローの冒険者ギルドに持ち込むかー!!

 あそこなら町の規模も大きいし、辺境伯の騎士団がいて肉の消費が多いからきっと買い取ってくれる? 何なら今日解体した肉は全部オルタ・クルイローの冒険者ギルドに押しつけ……持ち込んでくれ?

 なんか本音がチラリと見えた気が……。

 わかりました、オルタ・クルイローに持っていきまーす!! じゃ、もう少し解体場をお借りしますね!!


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る