第475話◆理想の自由時間
「いよいよ明日で撤退かー。ベッドは恋しいけど、同じ階層にここまで長期間留まったのは初めてだから愛着も湧いてきたなー。もうちょっと気軽に来られる場所ならいいのにな」
「そうだねぇ、道中が厳しいし長いからね。急いでも三日くらいかかりそうだね。あ、グラン、引いてるよ」
「カッ! カッ!」
「おっ? フィーーーーッシュ!!」
クルクルとした振動が伝わってくる釣り竿を跳ね上げるように引くと、ぷっくりと太った魚が釣れた。
平和だなー、のんびり自由時間最高。
これだよこれこれ、理想の海エリア!!
うっかり遭難したり、海底都市を発見したり、バハムートに追いかけられてみたり、インペリアルドラゴン二匹にボコられそうになったり、古代竜の口の中にゴールしそうになったり、そんなアグレッシブな海洋リゾートはもうお腹いっぱいだよ!
それはそれで楽しかったけれど、ありふれた普通の海が俺の理想の海なのだ。
あ、いや遊びに来ているわけではないのだが……せっかくの海だし? 楽しまないとね?
やっべーやっべー黒竜様を見た次の日、アベル達が体調を崩したものの、その翌日には全員回復し海底都市の調査に再び参加した。
それから昨日まで大きなトラブルもなく過ぎていった。
ただ一つ、あの玉座の間の扉が開かなくなったこと以外は。
俺としてはあのやべー黒竜のいた部屋に入ることができなくなったのは安心でしかないのだが、どうしてそうなったのかわからないのがスッキリしない。
やはりあれはこれ以上調べるなということだったのか? 王の間を荒らすなということか?
それとも、人間がうろちょろするとうるさくて眠れないということなのだろうか?
そして入り口の番をしていたインペリアルドラゴンも再び現れることはなかった。
誰も入れなくなったのならもう守る必要がないということか?
まぁ、ダンジョン内の出来事だし、古代竜絡みだし人間の常識で計るものではないな。
とりあえず、あのやばそうな玉座に誰も近付けなくなって一安心だと思うことにしよう。
職員さんが報告書どうしようって頭を抱えていたけれど、俺には応援することしかできない。
玉座の間に入れなくなったこと以外は順調に調査は続いた。
またうさ耳ちゃんに会えないかと何度か図書室を覗いて見たけれど、残念ながらあれから一度も姿を見せてくれなかったので、一緒にランチをした場所にクッキーを置いて帰った。
十五階層の調査は順調に進んで、城下町も城の内部もどんどん地図が埋まった。
十六階層の調査隊はまだ到着しないので、あのやばそうな階層の攻略はまだ先になりそうだ。
次に来る時はどの辺りまで攻略されているか楽しみだな。
どれだけ深さがあるかわからないダンジョン。十五階層の時点でボスが古代竜という難易度。
この先、何が眠っているのか楽しみなようで怖さもある。
それで、いよいよ明日はこのダンジョンから撤退するということになり、その前日の今日は調査には加わらず自由な一日。
俺はのんびりと海辺の岩場で釣り。
変なものを釣り上げないようにとアベルがついて来て、カメ君は当然のように俺の肩の上に乗っている。
そんな、そう再々トラブルに巻き込まれてたまるかっつーの。
他のメンバーも俺達の近くで海の魔物を狩っている。カリュオンが海に向かって挑発の雄叫びをあげながら。
その雄叫びに釣られてアザラシのような魔物が次々と海岸に乗り上げて来ているのが見える。温暖な海だと思っていたけれどアザラシなんているんだ。
うっわ……めちゃめちゃでかいし、めちゃくちゃやばい牙が生えているな? アザラシじゃなくてセイウチか?
どちらにせよ近寄らないでおこう。カメ君、あれは手伝わなくていいからね?
近くに他の冒険者もいるから、でっかいシーサーペントとかバハムートなんかも連れてきたら騒ぎになるからね、今日はやらなくていいよ。大物釣りはこっそりやるんだよ?
そうそう、儲かるものはこっそりやるのがいいんだ。
カメ君はこの十五階層生活ですっかりパーティーの一員である。
時々戦闘に加わったり、魔物を釣ってきてくれたり、仕掛けを見破ってくれたり、とても優秀で頼もしい亀だ。
カメ君も会話ができるのなら、多分冒険者史上初の亀冒険者になれたかもしれないのに残念だな。
「俺達は明日でこの階層を出てダンジョンから撤退するけど、カメ君はどうするんだい? ここの海に戻るのかい?」
「カカーッ!」
カメ君は首をブンブンと横に振って、俺の髪の毛を引っ張った。
「なんだー、一緒に来るかー? しょうがないなー」
「もー、グランはそうやって何でもかんでも連れて帰っちゃうんだからー、つめたっ!」
「ケッ!」
アベルが恒例の水鉄砲をくらっている。煽ったら水鉄砲をくらうのはわかっているのに懲りない奴だなー。
でも、ここでお別れは淋しいので、一緒に来るつもりなら嬉しい。
うちには海がないからどうしたものかなぁー。
「ん? "大きな海に帰りたいカメ"? ダンジョンから出た後、海に連れて行けって?」
えー、やっぱ海に行きたいのかー。そうだよなぁ、カメ君は海の生き物だもんなぁ、俺んちのような山の中はむりだよなぁ。
海の見える別荘が欲しくなるな。
「アベル、帰りに海の方に寄ってもいいか? 海のあるとこなら、フォールカルテかルチャルトラでいいかな?」
「カメェ? カッ!」
カメ君は少し不思議そうな表情をしたが、俺が言ったのが海の近くの地名だと理解したようで前足をあげて頷いた。
少し淋しい気がするけれど、海の生き物だから仕方ないな。
それにフォールカルテやルチャルトラならまた行くと思うし、その時に会えるかもしれない。
「そうだねー、ルチャルトラがいいかもねー。あそこなら目の前は広い海だし、船の行き来が多いフォールカルテよりいいかも」
なんか、アベルが妙にニコニコしているな。
「カッ!」
「あいたっ!!」
機嫌よさそうにニコニコとしているアベルの額に、カメ君から発射された水色にキラキラ光るものが当たった。
アベルの額に当たったそれは跳ね返って、アベルの手のひらの上に落ちた。
「何なのさ、もー。ん? 亀の形をしたアクアマリン?」
「ケッ!」
アベルの手の上にあるのは亀島でカメ君が残していったものと同じカメ君に似た形をした水色の宝石。
「うわ、鑑定できない。"黙って持っておくカメ"? ふん、そこまで言うなら持っていてあげるよ! そうだね、このお礼はもし君が王都に来たら、亀には絶対食べられないような料理をご馳走してあげるよ」
「ケッ!」
なんだこいつら? やっぱ仲良し君達か?
「ん? 引いてるな、何が釣れたかなー? これはちょっと大きいな? うげえええええ!! 宝箱おおおおおおお!!」
宝箱はワクワクするが、先日の出来事もありすっかりトラウマである。
それにしても、釣りをしていて宝箱を釣ったのなんてこないだが初めてだったのに、またしても宝箱とは……。この階層の海は宝箱が泳いでいるのだろうか? いや、宝箱は泳がないな?
「うわっ……宝箱だ。宝箱って海を泳いでるの? 宝箱が釣れた場面なんて初めて見たよ」
「カメェ?」
泳いでるわけねーだろ、常識的に考えて!!
カメ君にも鼻で笑われているぞ!
鑑定してもただの宝箱だし、罠の気配もないし、ただの宝箱である。
しかしこの宝箱を空けるのは少し戸惑われる。
だって前の時も開ける前は普通だったし……あの宝箱釣り上げ遭難事件は俺の心の傷となってしまっているようだ。
「ね、宝箱を開けてよ。何が入ってるのかな? グランが行方不明になった原因が宝箱って聞いていてもやっぱ宝箱ってワクワクするんだよね」
「カカッ!」
アベルもカメ君も宝箱に興味津々のようだが、カメ君は俺の肩からアベルの肩へ。アベルは宝箱を鑑定した後はスススッと俺から離れた。
なんだこいつら、仲良しすぎないか!?
「おお!? まぁた宝箱かあああ!?」
海の魔物を狩っていたカリュオンが宝箱に気付きこちらに走って来た。海から引き寄せたセイウチのような魔物をわらわらと連れて。
おいいいいいい!? こっちに来るならその魔物を始末してからにしろおおおお!!
セイウチのヘイトを持っているカリュオンがこちらに走ってきているので、その後ろをセイウチが、更にその後ろからドリー達がこちらに走って来ている。
禁止!! トレイン禁止いいいいいいいいいい!!
ていうかセイウチのくせにそいつら足が速いな!?
「うっわ……、やばそうなの来たから逃げよ」
「カッ!」
カリュオンの後ろを、砂埃をあげながらついてきているセイウチを見てアベルが逃げの体勢に入った。
カメ君もアベルについて行く気満々だ。
「え? 俺も連れてって!!」
手を伸ばしアベルのローブを掴もうとしたが、それはむなしく空を切った。
ああああああああああああーーーーー!!
カリュオンが先導するセイウチが俺のところに押し寄せるまで後五秒。
その後、慌てた俺が宝箱を落っことして蓋が開くまで更に五秒。
開いた宝箱からでかい扉が現れて開いたと思ったら周囲が凍り付き、中から出て来たくそでかシロクマがセイウチの群れをなぎ倒し始めるまで更に十秒。
セイウチを無双して満足したシロクマ君が、出てきた扉の中に張り倒したセイウチを回収した後、お礼なのか知らないけれど氷属性の高そうな装備をばら撒いて帰っていくまで十分足らず。
やっぱり海で釣れる宝箱ってやばいやつじゃないですかーーーーー!!
長かった食材ダンジョン探索は最後まで大騒ぎをしながら帰還の時を迎えた。
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