第472話◆魔法を使うと腹が減る

「おかわり! 野菜もちゃんと食べたから肉ね」

「今日はいつもより食べるな。この後、大丈夫か?」

「うん、さっきたくさん魔法を使ったからお腹が空いてるんだよ」


 玉座の周囲をお供え物だらけにした後は、大きな広間の片隅で昼飯タイム。

 日頃からよく食べるアベルがいつも以上にガツガツと食べている。

 インペリアルドラゴン戦でバンバン魔法を使っていたし、セーフティーエリアから城まで当然のようにアベルの転移魔法で来ているけれど、あれも魔力消費が激しいはずだからな。

 魔力を使うとそれだけ腹が減る。


「カッ!」

「カメ君も? シーサーペントのフライでいいかな?」

 カメ君は今日もよく食べるなぁ。

 テーブルの上にはフェニクックの唐揚げやらシーサーペントのフライやらローストベヒーモドキやらが並んでいる。

 インペリアルドラゴン戦が激戦だったので、みんなお腹が空いていると思いストックしていた料理をズラリと出したのだ。

 激しい戦いの後は腹が減る。


 いつもなら一番食べるカリュオンだが、今回は本人も言っていたようにあまり戦っていないので少し控えめである。控えめといっても普段の量に比べての話だが。

 全身を覆うプレートアーマーに身の丈ほどの大盾に加え、トゲトゲがいくつも生えた大きな球体が付いている棍棒が得物のカリュオンは、その重量故やや動きが遅い。

 いや、あれだけ重量のある装備を着けて走り回れる時点ですでにおかしいのだが。俺だとあんな装備を着けていたら常時身体強化を発動して走り回ることになって、すぐに魔力が燃え尽きてしまいそうだ。


 少し動きの遅いカリュオンは高速で移動しまくる敵が苦手である。先ほどのインペリアルドラゴンのように、ことあるごとにピョンピョンと跳び回られると追いかけっこになってしまい、自分が狙われていないと攻撃をするタイミングが減ってしまうのだ。

 基本的に自分が狙われる役なので、受け止めて殴り返すという戦法に特化している故の欠点である。

 ちなみに鎧を全て脱ぎ捨てて盾と棍棒だけになったカリュオンは猿のように素速い。そのへんはやはりエルフなんだなって思う。



「報告書は帰ってから纏めるとして、とりあえずグランさんはあの玉座を触って城の主らしき竜を目撃して戻って来たと。その時、数十秒程度時間が巻き戻された感覚があったと」

 食事をしながらポツポツとあの玉座で体験したことを話したのだが、メンバーは誰一人として玉座が動いたのを目撃していなかった。

 正しくは、俺が座り込んで玉座に寄りかかった後のことが起こっていないのだ。

 俺が玉座の側面に寄りかかり、アベルがその後玉座の後ろに回って玉座にもたれかかりそれで玉座が動いた。そして俺だけがあの空間に入り込み、黒い竜に遭遇後、玉座の横に座り込んだ時間に戻って来たという流れで間違いないだろう。


 時間魔法が使われたような感覚は確かにあった。

 この中で時間魔法が使えるのはアベルのみ。だがそのアベルも限られた一部の時間を巻き戻すことはできるが、時間そのものを巻き戻すどころか空間単位で巻き戻すのも無理だと言っていた。

 それほどまでに時間魔法とは高度で尚且つ魔力消費も多い魔法なのだ。


 時間そのものを巻き戻していたとしたら――それは一人だけが巻き戻されるわけではない。世界全体の時間を巻き戻すということだ。

 そんなことできるのは神やそれに近いものだけだろう。仮にできたとしてもどれだけの魔力を使うことになるか。魔力お化けのアベルでさえ不可能な量だと思われる。

 魔力が足りなければその分生命力を消費することになる。人間程度の存在の魔力と生命力では数分たりとも時間は戻せないだろう。

 だがこの世の生命の中で最も神に近いといわれる古代竜なら可能かもしれない。

 俺が体験したのは時間そのものが巻き戻されたのか、俺達のいた空間だけに限って巻き戻されたかまではわからないが、どちらにせよ膨大な魔力と高い能力を必要とする魔法が使われたと思われる。

 この広間の下にいた黒い竜を思い出し背筋が冷たくなってプルプルと体を揺すって気を取り戻した。


 あれは警告だったのかもしれない。これ以上玉座を調べるな? 眠りを妨げるな?

 職員さんの話によれば調査隊もここで休憩したらしく、この広間に出入りして飲み食いするのは別に怒られないようだ。

 やはり玉座か?


「ああ、証拠がないので信じる信じないは任せるが、俺はこの下に古代竜が眠っていると思う。俺が元の場所に戻されたということはまだ起きる気はない、そして起こすなということか?」

 メイドちゃんの時に引き続き今回もまた俺だけしか遭遇していない状況。連続でこんなことがあれば信じてもらえるかわからない。

 だが、俺は実際に体験した。夢? 幻?

 あの瞬間の本能的恐怖と、時間魔法をかけられた感覚ははっきりと残っている。


「俺はグランを信じるよ」 

 口の中に唐揚げを詰め込みながら全く緊張感のないアベル。

 だけど信じてくれるのは嬉しい。

「カッ!」

 シーサーペントのフライを抱えながら手を上げるカメ君。

 カメ君が信じてくれるなら、なんか自信が持てるな。


「うむ、俺達はグランのことをよく知ってるから、グランの言うことは信じられるのだが証拠が全くないのが難しいところだな」

 ドリーに続いて他のメンバーもうんうんと頷いている。俺のことを信じてくれているようで嬉しいが、やはり目撃者が俺だけで物的証拠がないのが難しい。

「そうだね、この城の主が古代竜って証拠はないからね。この階層が一般開放された後、広範囲に渡って探索に制限をかけるのは難しいと思うんだよね。城の中には歴史的資料や古代の魔道具も眠ってるわけだし」

 アベルがドリーの言葉に付け加えた。

「そうですねぇ。可能性として考えられますが、確定的な証拠がないのであまり厳重な制限はかけづらいんですよね。かと言って相手が古代竜なら何かあってからでは遅いですからね。僕も他のギルド職員も冒険者のほとんども古代竜という存在を実際に見たことがないので、その強さが漠然としていて危機感が漠然としているんですよね」

 証拠がないので厳しい制限をかけるのは躊躇されるが、何かあってからでは遅い。


 俺がひたすらやべーと思うのは鮫顔君を間近で見たことと、そしてこの下にいる黒竜の気配に触れてしまったから。人間とは次元の違う存在を目の当たりにしてしまったから。

 それに触れるまでは、古代竜の強さなんて漠然としたものが頭の片隅にあっただけだ。その強さを知らないから、もしかするとSランククラスの冒険者ならなんとかなるかもなどという感覚もあった。

 だが間近でそれを感じ知ってしまったら、それが大きな勘違いだったと理解できた。

 アレは決して触ってはいけない。

 できれば何かある前にこの城、せめてこの広間だけは立ち入りの制限をかけてほしい。


「でさ、どうせこの広間って何もないみたいだし、ここだけ立ち入り制限すればよくない? まぁ、他にも古代竜に近付くような場所が見つかればそこもだけど、とりあえずこの広間だけならとくに何もないみたいだし、敵もありがちなゴーレムだけだし、入り口のガーディアンも強かったし無理に入る必要もないでしょ?」

 すごく豪華な部屋だが持ち帰れそうな物はないし、敵もゴーレムでうま味もない。無理に入る必要はないな。

 俺みたいに玉座をつついて怒られる奴がいたら、次は無事に戻って来られるかわからない。場合によっては黒竜が目覚めてしまうかもしれない。

「そうですねぇ、アベルさんの案ならいけそうですねぇ。休憩の後もう一度よく調べて何も見つからなければその方向で報告書を作りましょう」

 やった、さすがアベル。いい感じの落とし所を見つけてくれた!!


「もー、グランはあんまり迂闊なことはしないようにね。今回は助かったみたいだけど、何かあってからだと遅いからね」

「お、おう。すまんかった。ちょっと欲に目が眩みすぎた。これからはもっと慎重に行動するよ」

「カメェ……」

 カメ君にため息をつかれてしまった。

 すみません、今回はホント迂闊でしたというか欲に目が眩みすぎました。




 この後、広間を調べたが結局何も見つからなかった。

 そして玉座に供えたものはいつの間にか綺麗になくなっていた。

 主が持っていったのか、ダンジョンが吸収してしまったのかは、その現場を見ていないのでわからない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る