第471話◆俺だけが見たもの
「もうさ、この玉座はただの玉座みたいだし、持って帰れそうにもないし別のところ調べよ?」
「カッカッ」
俺を覗き込んだアベルとその肩の上でウンウンと頷くカメ君。
これは知らない。
「この玉座……、何かおかしなことはなかったか? いや、俺に何か異変はなかったか?」
状況を確認するように周囲に視線を走らせながら立ち上がった。
「確かに黒曜石素材だから魔道具としての何か仕掛けがあってもおかしくないけど、鑑定してもただの黒曜石の玉座だし。付与は座ってる者に対する防御系がついているくらいだよ。グランに異変? むしろグランの奇行は平常通りだよ」
「カメェ」
アベルの肩でカメ君もウンウンと頷いている。
既視感のある状況だが最後が微妙に違って、微妙に俺に失礼である。
そしてアベル以外のメンバーの立ち位置。
うろ覚えであるが、俺があの空間に引き込まれる前の状態と同じだと思われる。
この部屋全体も引き込まれる前と同じ、俺好みの黒っぽいかっこいい空間で、床にはヒビ一つ入っていないし、その床の下に巨大な空間の気配も強大な生物の気配も感じない。
さっきのアレは何だ? この部屋の何かが見せた幻? これ以上調べるなという警告?
警告をして、その前の時間に戻した?
思い返せば、先ほどの金色の光で視界が埋まった時のグワングワンと激しく揺さぶられるような感覚とそれに伴う頭痛は、強い時間魔法を体にかけられた時の感覚だ。
ヒーラーがいない時に大きな傷を負って、アベルに時間魔法で治療してもらったことがあるので、俺はその感覚を知っている。
そして金色……最後に見た金色は何だ? 光の粉に見えたあれは鳥の羽根だった。主は黒竜だと聞いていたが金色の部位もあるのか?
「何か魔力が動いた形跡は?」
「そんなのはないよ」
少し戸惑いながらも確認のため後ろに回り玉座を押してみるがやはり動かない。
あの時押したのはアベルだったな。
俺ではなくてアベルがもたれかかって押したことに意味があったのか?
試してみるか?
いや、また玉座が動いてあの空間に連れ込まれたらまずい。
あの空間を体験したのは俺だけか?
俺だけあの空間に引き込まれて、引き込まれる前の時間に戻されたのならどう説明するか。
この下にやはり古代竜がいるなら、信じてもらえないとしても報告はしなければならない。
もし俺が体験したように玉座が動いてすぐあの空間に引き込まれるなら、玉座は動かしてはならないので検証は難しい。
玉座が動くことに条件はありそうだが、その条件が厳しくてもやはり報告はしておいたほうがいいだろう。
「グラン、そんなにこの玉座が気になるの?」
「カメェ?」
思考を整理しながらペタペタと玉座に触っていたら、アベルがススッと玉座の後ろに回り込んで後ろから軽く押した。
「ちょっと待て!」
先ほどはアベルがもたれかかった時に玉座が動いた。
もし玉座が動いた原因がアベルにあるとしたらまずいと思い止めに入ったのだが、アベルはすでにぐいぐいと玉座を押している。
そして、ビクともしない玉座。
「グランが押して動かないものが俺が押して動くわけないよね。触って念入りに鑑定してもやっぱただの玉座だし。ん? グラン何をそんなに慌ててるの? そんなに気になるなら一緒に押してみる?」
アベルが玉座に触れたのを見て慌ててしまったが、何も起こらず動かずの玉座。
「カー?」
カメ君まで地面に下りて一緒に押しているけれど動かない。カメ君は更に玉座を蹴ったり水鉄砲を撃ったりしている。
あっるぇ? やっぱさっきのはただの幻? それとも脅し?
「いや、さっき……えっと、玉座が動いた気がするんだ。それで俺だけ隔離されて床の下に黒い古代竜がいたんだけど、そこで多分時間魔法が働いて玉座を動かす前まで巻き戻された? 誰も同じ状況にはなってない?」
俺自身よく状況がわかっていないので、あったことをそのまま伝えるしかない。
「俺はなってないよ? 他のみんなは?」
「カメェ?」
気の抜けた声を出しながらカメ君が首を横に振って俺の肩の上に戻って来た。
ドリーを始め他のメンバーも首を横に振っている。
あるぇ?
「ね、今日はたくさん魔法を使ってるからお腹空いちゃった。ちょっと早いけどお昼ご飯にしようよ? 昼ご飯を食べながらゆっくりグランの話を聞けばいいんじゃないかな?」
「む、そうだな。俺達は何もなかったが、グランが異変があったというのなら、調査を進める前にその話を詳しく聞いておいたほうがいいだろう」
「そうですね。ここの部屋は最初にいたゴーレム以外は魔物は入って来ないみたいですから、ここで休憩しましょうか」
え? マジで!?
この部屋に入る前にインペリアルドラゴンと激戦を繰り広げたから腹が減っているのはわかるが、玉座の間で昼飯!?
先ほど俺この下にこっわいこっわい古代竜がいるのを見た気がするんだけど!!
「あのぉ、気のせいかもしれないけどこの下に古代竜のいる可能性があるんだけど、ここで飯食って大丈夫? ほら、一応高貴な人の部屋だし?」
まぁ、その部屋で玉座泥棒しようとしたのは俺だけれど。ごめんなさいごめんさない。もう悪いことはしません!!
先ほどのあれですっかり肝が冷えて、まだビビリ散らかしている。
「でも、ここ魔物が来ないんでしょ? じゃあ、ご飯食べるくらいなら平気じゃない? 気になるなら玉座に珍しいお酒でもお供えしとけば?」
いつも用心深くて小言の多いアベルにしては珍しく楽天的な答えである。そんなに腹が減っているのか。
「ケッ!」
カメ君も少し不服そうだが頷いている。
そっか、じゃあ昼飯の前にお供え物をしておこう。悪さしてごめんなさい。
そうだな、リュネ酒でも置いておこうかな。
おつまみはバハムートのオイル漬けとローストベヒーモドキでいいかな。
ちょっと部屋の隅っこでご飯食べさせてもらいます。
「俺もワイン置いておこー」
玉座の前にリュネ酒とおつまみを並べていると、アベルがやって来て高そうな赤ワインを置いた。
アベルがこういうことをするのは珍しい。どういう風の吹き回しだ?
「じゃ、俺も俺もー。エルフの里から持って来てずっとマジックバッグに入れてたドライフルーツ」
カリュオン、それ賞味期限大丈夫か?
「む、これはお供えをする流れか?」
「市街地で回収したお酒ならまだあるわね」
「みんなが置くならアタシだけ置かないのも悪いわね」
「ええ、皆さん意外とそういうの信じちゃう派ですか。僕だけ置かないでバチがあたるのも嫌だし僕も……」
なんかみんな色々置き始めたぞ。
「ケッ!」
カメ君もなんか嫌そうな顔をしながらリュックの中からカレーコロッケを出して皿の上に置いている。
なんだこのシュールな光景。
結局みんなして色々置いて玉座の前がお供え物だらけになってしまい、玉座というかまるで祭壇みたいになっている。
これでご機嫌がなおるかなぁ?
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