第468話◆やりにくい相手
インペリアルドラゴンの腹をドリーの大剣が貫き、それに続いてシルエットとアベルの追撃が加わり決着が付いた。
二匹目が床に崩れ落ちると、それまで床に残っていた一匹の死体と共に光の粉になりサラサラと空中へと散り始めた。
この階層にある手に取ると消える物と同じ現象だ。
素材がもったいないという気持ちよりも、魔物と思うには知能の高すぎる強敵に敬意を感じ、これでよかったような気がした。
その後には彼らが身に着けていた防具と持っていた槍と盾、そして彼らの具現化のコアになっていた思われる赤い魔石が残った。
「恐ろしく知能の高い相手だったな。魔物というより熟練の騎士を相手にしているようだった」
ドリーが微妙な表情でその光景を見ながら、相手に敬意を示すように左の胸に右の拳を当てている。
「さすが王の間を守る衛兵だな、同数戦だとかなり苦戦してたかもしれないな」
手強かった二匹のインペリアルドラゴンに心の中で手を合わせた。
ダンジョンにおいて魔物に感情移入をするのはよくないことなのだが、やはり知能の高い存在を相手にすると、強敵であるほど敬意を払いたくなるものだ。
ここが滅んだ国を模したものとはいえ、あのガーゴイルメイドちゃんのように人と変わらぬ心がある者が暮らしていた国の城。
ならばここにいる者はメイドちゃんと同じ、この城の主に仕える者を模した者だった可能性が高い。
攻撃されるなら戦わねばならない相手ではあるが、その強さに敬意を、魔物より人に近い存在の相手にやりにくさを感じた。
「やはりドリーさんもコイツらはやりにくいですか?」
職員さんが困り顔でドリーに尋ねた。
「戦っている最中はそんなことを考えはしないが、やはり終わった後になってからくるな。ダンジョンの生物とわかっていても、人間に近い思考と動きをする高知能生物の相手は考えさせられるな。しかも俺達のほうが侵入者で、コイツらは城を守る者だからな」
国を守る役割を持つ貴族の家門故か、ドリーの表情は少し渋い。
相手が仮初めの命とわかっていても、自分達と重なる部分、感情を移入してしまう部分があれば感情が揺れる。
戦っている時は頭の中が戦いのためのテンションになっているし、こちらも命をかけて戦っているので戦闘中は迷うことはないが、終わった後になってじわりとくる。
そういう感覚に陥るのは、対人戦闘に対して苦手意識のある俺だけに限らず、冒険者をやっていれば多かれ少なかれあることだ。
もちろんそれが続きすぎると病むこともあるので、人間を相手にするような感覚になる敵が出現する区画は、ダンジョンの資料にもわかりやすく書かれており、メンタルに負担を感じるなら速やかに離脱するようにとされている。
また人間に近い相手と戦うことが平気でも、そういう相手が多い階層に長期間滞在することは推奨されていない。
人に近い生き物と戦い続けることは、平気だと思っても知らぬうちに精神を蝕まれやすいからだ。そして人を傷つけるということへの感覚も狂いやすいからだ
といってもやはりダンジョンには人間に近い生物もいるし、感情がはっきり読み取れる生き物もいる。
ダンジョンの生物以外にも高知能で人間と意思疎通のできる魔物もいるし、依頼や成り行きで人間と戦うこともある。
冒険者をやっていると心を病みそうな出来事もあるため、大きな町の冒険者ギルドにはカウンセリングを担当する職員さんが配備されている。冒険者同士のいざこざなども、ここで相談に乗ってもらえたりする。
「見た目はドラゴンですがやはり人に近い感じですよねぇ。この階層……いえ、この城は立ち入りに制限があったほうがいいかもしれませんね。となると、セーフティーエリアを今の場所からこの城の近くに移動したほうが――」
「ん? この城の近くにセーフティーエリアを移動させるなら、市街地を利用したらどうだ。昨日見て回った感じ、細かい魔物ばかりで住民らしき姿はない。大きな施設や屋敷もあるし活用できるかもしれん。場合によってはそのまま市街地利用して探索拠点の宿場町を作ってしまう手も。海エリアだし資源の産出を考えると悪くない」
職員さんの話を聞いてドリーがなんだかすごく楽しそうな話を始めた。
あの誰もいない城下町を宿場町に変えるなんてものすごくロマンだな!?
「宿場町計画は十階層にもありましたね。田園地帯と海どちらも食料の供給先として太いですねぇ」
「うむ、オルタ領は鉱山とダンジョンは多いが農地にはむいていない土地だからな。食料は近隣の領に頼り気味だから、この食材ダンジョンの開発は兄上達も乗り気なのだ。しかし二箇所に町を作るのはダンジョンのランクからして人員的にも資金的にも厳しいから、やるとしたらどちらかになるだろう。まぁ帰ってから、兄上と冒険者ギルドとで話し合いになりそうだな」
そういやドリーってオルタ辺境伯の弟だったっけ。こういう話を聞いているとドリーも貴族なんだなーって実感する。
「十六階層の攻略のこともありますし、調査が終わって安全面に問題がなければ市街地にセーフティーエリアを移したいですねぇ」
あー、次の階層はやべー感じの砂海だったな。調査隊のことを考えると拠点は近いほうが楽そうだ。
「グラン、その折れた槍や割れた盾の破片まで持って帰るの?」
ドリーと職員さんが話しているのを聞きながら、インペリアルドラゴンが残して行った装備をせっせと拾い集めていたらアベルが俺の手元を覗き込んできた。
「折れてても割れてても素材にはなるからな。槍は何とか直せそうだけど、盾が粉々なのは直せそうにないな」
一つは無傷なのだが、二匹目が持っていたほうは原形を留めないほどに砕けてしまっている。
「え? それ直して使うつもりだったの? インペリアルドラゴンサイズだから無理でしょ?」
アベルが呆れた顔でこちらを見ているが、いつか何かで役に立つかもしれないだろぉ?
槍は五メートル級、盾も長方形のスクトゥム系で縦の長さは二メートル近くある。鎧も残っているが、それも人間には大きすぎる。
鎧はまぁ金属素材にするとして、槍と盾は何かに使えそうな気がするしぃ?
魔法を反射できてバリアまで張れる盾とかロマンすぎるううう。俺にも使えるかな?
「盾は表面が鏡みたいに光沢があって綺麗だし、アベルやシルエットの魔法を跳ね返してたから性能も良さそうだし、持って帰ってゆっくり調べてみたいし、この性能ならいつか使いそう。槍もかっこいいし、こんだけでかくて長いと何か特殊な使い方ができるかもしれない」
その使い方はその時になってみないと思いつかないけれど、きっと使う。いつか使う。多分使う。ないよりあったほうがいい。
「ふ~ん。じゃあ、その壊れた破片はなんで掻き集めてるの?」
「壊れて破片になったのはアベルが割ったからだろぉ。もったいないもったいない……破片だけど集めて溶かせば素材として使えるはず」
量があまり多くなければ小物に作り替えてもいいしな。とりあえずこれも持ち帰って整理しよう。
「まぁた、そうやって何でも収納……じゃないマジックバッグの中に入れるう」
俺の収納は非公開だからポロリするんじゃねぇ。
さっき槍を没収したのはきっとバレてない。バレてない。いざとなったら職員さんには食事を渡して口止めしておこう。
「グラン、回収はもう終わる? それが終わったら強化魔法をかけ直すからこっちに来てね。グランは回復魔法もかけないといけないわね。ドリー達も話し込んでないでこっち来てちょうだい。準備が終わったら玉座の間に行くんでしょ?」
あ、お母さんが呼んでる。
はーい、回収したらすぐ行まーす。あちこち細かい傷があるので回復くださーい。
リヴィダスに回復魔法をかけてもらい、パーティー全員と職員さんに強化魔法がかかったらいよいよ玉座の間だ。
すごく厄介だった近衛兵が守っていた大きな扉――その扉にはものすごく立派な竜の模様が彫り込まれている。
その立派な扉からはズィムリア魔法国の栄華が窺われる。
きっと何百年、いや千年、二千年の昔、あのインペリアルドラゴン達はこの扉を、この扉の向こうにいる王を守っていたのだろう。
調査では玉座には誰もいないと聞いているが、ここの城が仮初めではなかった頃はきっと古代竜という絶対的な王がその玉座に座っていたのだろう。
「では行くぞ」
ドリーの合図と共に、先頭に立つドリーとカリュオンが玉座の間の扉を開いた。
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