第467話◆アベルのギルティ
「その槍、貰ったあああああああああ!!」
その言葉のまんまである。
ドリーの方へと向いた無傷のインペリアルドラゴンが持つ長い槍の前へと滑り込むと、インペリアルドラゴンの持つ槍に向かって手を伸ばし掴んだ。
無傷のインペリアルドラゴンが持つ、折れていない綺麗な槍。
欲しい! 記念に一本!!
じゃない、これはインペリアルドラゴンの攻撃手段を奪うためだ! ただ槍が欲しいわけではない! 欲しいけれどそれはついでだ!!
ドリーに気を取られていたインペリアルドラゴンが、横から滑り込んできた俺にいきなり槍を掴まれ驚いた表情になったものの、俺に構わずドリーの方へと槍を突き出そうとしたがもう遅い。
掴んだ槍を収納スキルの中へと引き込む。
インペリアルドラゴンの視点からだといきなり槍が消えたように見えただろう。
ふはははははは、収納スキルはこういう使い方もできるのだよ!!
俺の行動を読めなかったお前が悪い!!
いきなり槍を掴まれ、俺がドリーへの攻撃を止めに入ったのだと思ったのだろう。止めに入ったのは間違いないが、その方法はインペリアルドラゴンが予想をしていなかった方法だ。
その時すぐに収納スキルだと気付いて対処されていれば、大きな槍のため収納にかかる一瞬の時間のうちに槍を引かれ失敗していた。
賢いドラゴンだったようだが、さすがに俺の収納スキルまでは見抜けなかったようだ。
俺の収納スキルは触れたものに発動することができる。その気になればこうやって他者が持っているものを奪うことができるのだ。
スキル発動からその全てを収納に引き込むまでの時間はその大きさに比例し、その間に俺の手が対象物から離れる、もしくは収納スキルを発動するための魔力を遮断されると強奪収納は失敗する。
魔力操作に長け、俺の収納スキルが発動する魔力に抵抗するだけの魔力と技術、そして反応できるだけの反射神経を持った相手には通じない。
まぁ、いきなりやると反応しきれずだいたい成功する。
反応できるのは俺の収納スキルを知っている奴か、頭おかしいくらいの達人レベルの人くらいだろう。
ちなみにドリーは正気の時なら普通に強奪収納に反応して武器を引っ込める。
マジックバッグと収納スキルは似ているようだが、中に入れるという行為をしなければいけないマジックバッグではこういう強奪行為はできない。
収納スキルで身に着けているものも奪うこともできるが、服のように中に生きているものが入っている状態のものは無理というか難しい。
手に持っているだけのもの、身に着けていても簡単に外せるものなら奪うことができる。
その気になればいくらでも悪いことができるスキルなのだ。
悪いことにも使えるスキルだが、俺はそんなことはしないよ!! ちょっと素材を詰め込んだり戦闘を有利に運んだりするために使うだけだよ!!
えっへっへー、長くてかっこいい槍を手に入れたので、次はそのアベルやシルエットの魔法すら反射していたキラキラして綺麗な盾だ!!
武器を奪われたインペリアルドラゴン君が状況を把握できず、戸惑いを見せた間に左手の盾も奪ってやるぞ!!
盾を奪えばアベルとシルエットの魔法も当て放題だ。やはりなんとしてでも盾を奪うべきだな!
しかし槍を奪ったばかりの俺の立ち位置はインペリアルドラゴンの右側。盾は左側。
意図に気付かれる前にインペリアルドラゴンの大きな体を反対側まで回り込めるか? 後ろから回り込めばいける?
いや、大きな体だからこそ死角がある。先ほど交差するように突進攻撃を避けたリヴィダスを見失った時のように。
そうと決めたら迷う時間はない。
武器を失ったインペリアルドラゴンが状況を把握できず一瞬見せた隙を逃すのはもったいない。
ドリーを狙い仲間を助けるつもりだったのだろうが、武器を失って状況が把握できなくて動きが止まってしまえば間に合うまい。
ドリーを攻撃しようとした槍が突然消え、何も持たない右手が槍を持って攻撃をする動作だけをした。
当然槍のない手ではドリーに攻撃は届かず、ドリーが床に倒れたインペリアルドラゴンの首に大剣を振り下ろしたのが見えた。
インペリアルドラゴンが明らかに動揺したのがわかる。
それは武器がなくなったからか、それとも仲間を助けられなかったからか。
だが俺にそんなことは関係ない。
すぐに後ろに回り込み尻尾を飛び越え、左手の盾を目指して手を伸ばす。
貰った!
そう思った瞬間。
「カッ!!」
背後でカメ君の声が聞こえ、水しぶきが首筋にかかった。
振り返ると俺の背後には、カメ君が出した俺の体をカバーできるほどの水の盾。そして俺に向かって振るわれる太い尻尾。
しかしカメ君の盾を信じてそれを避けることはせず、そのまま盾を狙う。
尻尾が盾にぶつかると、盾から水しぶきがあがり尻尾はそこで弾かれ俺には届かなかった。
「カメ君ナイスゥ! 超助かった!!」
「カッカッカッ!」
やろうとしたことが上手くいかなかった時、連続で妨害された時、その次の行動を考えていなければ雑な行動をしてしまうのは人も竜も同じなのだろう。
武器を奪われ、仲間の援護に入れず、武器を奪った俺への攻撃はカメ君に邪魔をされて届かず。
インペリアルドラゴンは適切な次の手をすぐに思いつかなかったのだろう。インペリアルドラゴンがくるりと体ごと俺の方へと振り向いた。
これは完全な悪手。
俺の方に向くことによりこちらに向かって来ているカリュオンや、一匹目を倒し終えたドリーから完全に注意が逸れた。
盾は遠くなってしまったが他のメンバーの攻撃が届くまでの間、俺が耐えきれば完全勝利である。
俺の方に向いたインペリアルドラゴンの目にははっきりと怒りの色が見え、先ほどまで相棒と共に見事なコンビネーションで攻めてきていた時の冷静さが見えなくなっている。
怒りは正常な判断をできなくさせるだけではなく、攻撃も一辺倒にしてしまう。だがそれと同時に平常時よりも痛みに鈍感になり、あり得ない能力を発揮することもある。
窮鼠猫を噛むと前世のことわざにもあった。追い詰めたとしても決して油断してはならない。
武器を失ったがインペリアルドラゴンには大きく鋭い爪の生えた、手や足がある。尻尾もあるし、やべぇ牙の生えた口からは炎のブレスもくる。
むしろ槍がなくなって近距離での隙がなくなったのでは!?
ブオッ!!
俺の方を振り向いたインペリアルドラゴンがすぐさま右の腕を振るってくる。
やっばいくらい尖った大きな爪で引っかかれたら大惨事待ったなし。
大きく下がって避けたいところだが、機動力のあるこいつ相手に動き回るとピョンピョン跳ね回って、他のメンバーが攻撃を当てにくくなってしまう。
できるだけ張り付いてコンパクトに避けるのがベストだ。
振り下ろされた右の爪を、大きく前に踏み込んで右の脇腹の横に入り込むようにして躱す。
この距離なら短めの得物の方が使いやすそうだと、腰の後ろに掛けているショートソードを抜いて、インペリアルドラゴンの脇を抜けながら脇腹の鎧の隙間を狙ってショートソードで薙いだ。
ガリッ!
嫌な手応えと音がして右手に振動が伝わってくる。
ドリーがあっさり貫きそして引き裂いていたインペリアルドラゴンの腹だが、表面の鱗がめちゃくちゃ固くて俺の攻撃が弾かれたんだけど!?
やべ、超至近距離で思わず動揺してしまった。
脇をくぐり抜けた後の俺の足元に、尻尾が振るわれてきたので慌ててそれを小さく跳んで避けたら、着地前に後ろ蹴りが飛んできた。
これは避けられない!
飛んで来る攻撃側に腕防具を向けるように、胸の前に両腕を出して縦向きに合わせて、胸と頭を庇う。
そこにインペリアルドラゴンの大きな足が直撃して、後ろへと大きく蹴り飛ばされて床に背中から着地しズシャーッと勢いよく滑ってしまった。
「カーーーーーーーッ!!」
そんなことになったから、背中にいたカメ君がいつもの肩に戻ってきた。
これは文句を言われているやつだな。ごめんて、背中は安全じゃなかったね。もうちょっと、もうちょっとがんばったら終わるから勘弁しておくれ。
「ケッ!!」
すぐに体勢を立て直した俺の頬をカメ君がペチペチと叩いた。
この声は呆れているやつ。最近だんだんとカメ君語がわかるようになってきた気がする。
すぐに体勢を立て直したものの、蹴り飛ばせた俺を追いかけるようにインペリアルドラゴンが跳んできているのが見えた。
ピョーンとこちらに跳んできているインペリアルドラゴンにアベルとシルエットが魔法を撃っているが、それは盾から展開されたバリアで反射されている。
やっぱあの盾、すごく欲しい!! 一個は一匹目のがあるよな? だけどスペアも欲しい!!
「うおっとおおおっ!!」
吹き飛ばされた俺を追いかけるように跳躍したインペリアルドラゴンは、こちらに向かって跳び蹴りの体勢で迫って来た。
体勢を立て直してすぐに移動すると、俺が元いた場所の床に跳び蹴りが刺さり、その場所がべっこりと砕けてへこんだ。
あの蹴りは当たったらダメなやつだ。
そしてやばい。
後ろ蹴りをもろにくらって大きく飛ばされたせいで、ドリー達と離れてしまった。せっかくいい感じに俺に注意が向いて、ドリー達がフリーで攻撃ができると思ったのに。
しかもこいつだんだん冷静さを取り戻したのか、アベルとシルエットの魔法も見事に躱している。
床から出てくる手も一度見たら覚えたようで、床から手が出てくる前に移動をしている。
こいつホントに強いな。
「カァ?」
カメ君が俺の肩の上で首を傾げている。
「いんや、大丈夫だ。俺はちゃんと耐える。俺が踏みとどまれば仲間がきっちりとどめを刺してくれる。だからそれまで俺も踏みとどまってみせるさ」
「カッ!」
心配しないで! 大丈夫だから……うおっとっ!?
カメ君に気を取られていたら火の玉が飛んできた。
武器がなくなっても手数が多い奴だな!
避けるだけなら何とかなるかと思ったがかなりジリ貧である。だが、俺が吹き飛ばされたり広範囲で逃げ回ったりすると、ドリー達が攻撃をするタイミングが失われてしまう。
こいつもそれを考えて、吹き飛ばし攻撃からの移動攻撃で俺を執拗に狙っているのだと思われる。
その目には全員を倒せなくても、せめて一人は道連れにするという意思が感じられる。
道連れなんてご免だ。
炎を吐いた後は、すぐに距離を詰めてきた。だが俺は逃げない。
ショートソードを構え、向かって来るインペリアルドラゴンに纏わり付くようにその懐へと滑り込む。
もう無理には攻撃しない。確実に、味方の攻撃を待つ。欲張らずに俺の役割だけに集中する。
繰り出されるインペリアルドラゴンの攻撃を、その大きな体の隙間をくぐるように躱すと足元に黒い染みが広がった。
シルエットの援護が来たか!!
ニュルニュルと気持ち悪い手が俺の足元から生えてくる。
え? 俺の?
と思った時には、すでにその手に足を掴まれていた。
「グラン! それ、アタシの魔法じゃない!!」
シルエットの声が聞こえた時には俺もそのことに気付いていた。しかしもう足を掴まれてすぐには動けない。
このシルエットが使う魔法と同じ黒い手は、インペリアルドラゴンの魔法だ!!
シルエットの魔法を見て覚えたのか、それとも元から使えたのか。どちらか知らないがどちにせよまずぅ。
この手が闇魔法の影による攻撃なので強い光を当てれば消すことができるが、俺、光魔法なんて使えないもんねーーーー!!
やべぇ、一瞬前にカメ君にかっこいいことを言ったつもりがこれはちょっとヘルプが欲しいかもしれない。
無駄にかっこつけてごめんなさい!!!
なんて言うと思ったかっ!!
「くらえ! まろやかに調整したピカピカするだけの目くらましポーション!!」
以前使った時は威力がありすぎたフラッシュ爆音ポーションをまろやかにしたものを取り出し、目を閉じながらインペリアルドラゴンの胸の辺りを狙って投げつけた。
閉じたまぶたの裏まで明るくなり、足を掴んでいた闇の魔力の気配が消えたと同時に後ろへと跳んで目を開いた。
「カッ! カーカーカーカカカカッ!!」
肩の上でカメ君が猛烈に抗議している声が聞こえた。ごめんて、これしかなかったんだよ!!
胸を狙って投げたので、インペリアルドラゴンの大きな体が光を遮ってその向こうは眩しくないはずだし、効果はかなりまろやかにしてあるので、こちらに向かってきているドリー達には被害はないはずだ。
そして至近距離でまろやかフラッシュポーションをくらったインペリアル君は少しびっくりしたご様子で硬直している。
硬直したのはびっくりしたからだけじゃないな?
「ちょっと、グランさん。やっと追い付いたと思ったら、いきなり閃光弾なんてびっくりするじゃないですかー」
必死すぎて気配を感じなかった。というかうっかり存在も忘れかけていた。
いつの間にやらすぐ近くまで来ていた職員さん、彼から伸びた光魔法の鎖がグルグルとインペリアルドラゴンの手足と尾に絡みついていた。
職員さん、光属性の適性が高いんだっけ? なるほど、それで光属性のフラッシュポーションの被害がほとんどなかった?
俺達といる時はあまり戦闘に参加はしていなかったが、こんなところまで行商に来るギルド職員が弱いわけがない。
そんな職員さんは光属性の魔法と小型の近接武器を主に使う、スピード系の魔法戦士だ。
俺がいっぱいいっぱいだったから援護に来てくれたようだ。
ありがとう、職員さん! 今日の夕飯がんばります!!
光の鎖で拘束されて動きが取れなくなったインペリアルドラゴン。
こいつの強さ的にすぐに拘束を引きちぎりそうだが、その時間だけで十分である。
チョロチョロ動き回られたせいで何度も空振っていたシルエットの闇の手が次々と地面から生えて来てインペリアルドラゴンに絡みついた。
「その盾の魔法反射強いけど盾の範囲以外は守れないよね?」
アベルの声が聞こえて、インペリアルドラゴンを包囲するように大量の氷の矢が現れ、一斉に発射された。
氷の矢が反射されても大丈夫なように、アベルの前にリヴィダスが氷魔法を防ぐ盾を出している。
インペリアルドラゴンが盾をかざしドーム状のバリアを出して氷の矢を防ぐが、アベルはそれに構わず氷の矢を撃ち込み続けた。
そのままごり押しでバリア壊す気か? バリアは壊しても、盾を壊さないでくれ!!
ていうかその盾、バリアも出せるの!? やっぱ欲しい!!
パリーーーーンッ!!
あーーーーーーーっ!! 割れたーーーーー!! バリアごと盾が割れたーーーーー!! アベル、超ギルティーーーーー!!
俺の欲望は盾と共に砕け散った。はー、一個で我慢しよ。
そして盾が砕け散り遮るものがなくなり、氷の矢が次々とインペリアルドラゴンに刺さった。
「ひゃっほーーーー! やーーっと追い付いたぜーーー!! 俺、今回なんもしてねーーーー!!」
アベルの放った氷が打ち止めになる頃スキップするような足取りで追い付いてきたカリュオンが大きく跳んで、拘束された上に氷の矢が刺さりまくっているインペリアルドラゴンの後頭部をトゲトゲ付の鈍器でぶん殴った。
「恐ろしく賢くて、強い戦士だったな。これがズィムリア魔法国の近衛兵か」
ドリーから出たのは相手に敬意を示すような言葉。
そしてそれが相手に聞こえるほどの位置まで、大剣を前に突き出して構えたドリーが来ていた。
「ああ、さすが王の間を守る近衛兵だな」
ドリーに応え俺がそう言い終わる頃には、ドリーの剣が背後からインペリアルドラゴンを貫いていた。
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