第466話◆あえて回復しない判断

「あら、私?」

 あ、これ、俺が言わなくても気付いていたっぽい?

 さっすがー!?


 炎を浴びた俺達に回復を回す準備をしていたが、すぐに発動しなかったリヴィダスはインペリアルドラゴン達の細かい動作を見落としていなかったらしい。

 俺達が炎で受けたダメージはそれほど大きくない。俺は炎の前に左腕にひっかき傷ができているのだが、リヴィダスの回復をもらうまでもなく、ポーションで解決する範囲だ。

 その状況を把握してあえて回復魔法を使わなかったリヴィダスは、さすが熟練肝っ玉かーちゃ……ヒーラーである。


 あえて回復を回さない判断――必要があれば味方に優先順位を決め、回復をしないのもヒーラーの重要な技術なのだ。

 そしてヒーラーが狙われた時にそのフォローに入る、ヒーラーをタンク代わりにして攻撃に転ずるのもアタッカーの役目である。


 リヴィダスは猫獣人である。

 長い槍を脇に挟んで固定した構えで、まき散らした炎を突っ切るように突進してくるインペリアルドラゴンに対して、リヴィダスがすぐに動いた。

 姿勢を低くして、自らその槍の方へ。

 小柄なリヴィダスが手を前足のように地面につき、猫のように二匹のインペリアルの隙間――折れた方の槍を持つインペリアルドラゴンの右脇をくぐり抜けて俺達の方へと滑り込んできた。


 槍は懐に入られると取り回しが難しい。

 その対策のためのサラマンダー殺しを前に突き出し、手元には折れた先端しか残っていない槍を持っている方のインペリアルドラゴン。そちら側なら足元を攻撃する手段はすでに失っている。

 猫獣人らしい体のしなやかさと素速さを活かして、その隙間をスルリとくぐり抜けて来た。


 突撃攻撃を交差するように躱されたインペリアルは完全にリヴィダスを見失い、あらかじめ定めた目標地点、リヴィダスのいた場所まで勢いよく駆け抜け完全にこちらに背中を向けた状態である。

 突撃攻撃は速度も威力もあるが、その後に大きな隙ができるのが欠点なのだ。


 最初に動いたのはドリー。

 あんだけ巨体でも戦闘中は意外と素速い。

 ドリーの大剣は巨大な刀身を支えるため、柄の部分が長くて太い。まさに両手で扱うことを前提とした剣である。


 その長い柄の部分を右の脇に抱えるように固定し、長さも幅もある刀身を水平に前に突き出す体勢になったのが見えた。構える武器に違いはあるが槍を持って突撃してきたインペリアルドラゴンと似たような構えである。

 その体勢を維持したままドリーが地面を蹴って、こちらに無防備な背中を向けているインペリアルドラゴンの方へと猛烈な勢いで突進した。


 ドリーの剣は長さも大きさもあり非常に重いため、ただ斬るのでなく圧し斬るという武器である。

 それと同時に長い刀身を活かして、槍のように突き刺し攻撃をするために先端は尖った形をしている。しかも槍のように細長いわけではないので、少々乱雑に扱っても折れることはない。

 剣でありながら斬る以外にも殴る、突くの属性を備えたおっそろしい武器である。

 欠点といえば、クソ重いのでこんな大剣を抱えて槍のような使い方をするなんて筋肉が有り余っているゴリラじゃないと無理ってことだ。


 ちなみにこの体勢で安定して突撃できるように、ドリーの防具には右胸の脇辺りに剣の柄を乗せる爪みたいなものが付いている。普段は畳んであるが大剣を使った突進攻撃をする時にピロンと出して使うらしい。

 そんなものなくても支えられるんじゃないの? 安定大事? パワーは全て攻撃のために? なるほど?


 全力の突撃はすぐには止まれない。

 目標地点まで駆け抜けて、まだこちらに振り返っていないインペリアルドラゴンへドリーが突進していく。

 ドリーのターゲットは槍が折れている方のインペリアルドラゴン。

 前方の先端が折れ、代わりに後方の尖った部分を前に持ち変えているため後ろに反撃の可能性が低いほうだ。

 しかし、体勢を立て直して反撃をしてこないとも限らないし、もう一匹からの攻撃がくる可能性がある。

 ドリーとターゲットを合わせて援護するか、それとももう一匹の足止めをするか。


 ドリーが狙っているほうのインペリアルドラゴンの足元にゆらりと真っ黒な泥のような闇が揺れたのが見えた。

 ドリーの援護はシルエットに任せてしまおう。きっとこの後あの闇の中から無数の手が生えてきて、インペリアルドラゴンの足を掴むだろう。

 そうすればインペリアルドラゴンは振り返ることができず、その背後からドリーの大剣が刺さるはずだ。

 シルエット以外のメンバーの立ち位置と次の行動への予兆、そして視線の先も確認する。


 アベルは魔法の準備をしながら、ドリーとドリーが狙うインペリアルドラゴンを見ている。

 リヴィダスはドリーに補助魔法。突進攻撃をしているドリーは隙が大きく横からの攻撃には無防備な状態である、攻撃系の強化だけではなく反撃やもう一匹の妨害に備えて防御系の強化魔法を上乗せしている。

 重装備のカリュオンもインペリアルドラゴンを追うように動き出しているが少し遅い。おそらくドリーとアベルが攻撃した後にどう立ち回るか判断するつもりだろう。生き残れば追撃、反撃が来るようなら割り込んで防御、ドリー達で一匹仕留め終わればもう一匹へ。

 ドリーの方をチラチラと見ながら体はもう一匹のインペリアルドラゴンの方へと向いている。カリュオンは一匹目はドリーとアベルとシルエットで終わると読んでいるようだ。


 ならば俺はどちらを狙う?

 ドリーとアベルだけで一匹目が落とせなければ、すぐにカリュオンが追撃を入れにいくだろう。

 シルエットも足止め魔法から攻撃魔法に切り替えるだろう。

 相手は知能の高いドラゴンなのでそれだけで落ちるかわからないが、一匹目を倒せても倒せなくても、もう一匹が体勢を立て直し次の攻撃をしてくる。

 そうなると、俺のやることは決まってくるな。


 まだ無傷の二匹目君に決めた!!

 倒せなければ二匹目が突進後に体勢が崩れているドリーに攻撃してくるだろう。

 その場合、一匹目の反撃もあると思われ、それは追撃ついでにカリュオンがカバーに入るはずだ。

 だから俺は二匹目の反撃を封じる。

 そうすれば一匹目を倒せたのなら速やかに二匹目に集中攻撃ができる、一匹目を倒せなくても反撃を封じることができる。

 そして俺は動き出した。



 俺より先に動き出したドリーの攻撃は槍の折れたインペリアルドラゴンにすでに届きそうになっている。

 インペリアルドラゴンがドリーに気付き振り返る前に、地面から出てきた黒い手がその足と尾を掴んで動きを封じた。

 地面から生えて来た手にインペリアルドラゴンが気を取られた隙に、アベルの放った氷の矢がその肩から両腕に何本も刺さった。これで腕の動きも封じられた。


 足を固定され体の向きを変えられずドリーに背を向けたままのインペリアルドラゴンの腰の辺りにドリーの剣は届く。

 体は固定されて腕も尾も封じられているが頭はまだ動く。

 少し長い首をグルリと後ろへ向け、大きな口をカパッと開いた。

 炎を吐くつもりか? ドリーに噛みつくつもりか?


 ドリーは視界を遮られることを嫌い、ヘルメット系の頭防具を普段は使っていない。頭に噛みつかれたら致命的だし、炎を吹かれても頭部を直撃して大ダメージである。

 ドリーなら炎くらい耐えるだろうが、頭の真上からのブレスは髪の毛が酷いことになりそうだなぁ。

 剥き出しの髪の毛に至近距離からの炎。想像しただけで恐ろしい。


 ちなみに髪の毛はヒール系の魔法では回復しない。あれ成長するものだから時間魔法なんだよね。

 なお、毛根まで死んだ場合はリザレクションなんていう回復魔法でも最上位の再生魔法を使わなければ回復しない。

 リザレクションは死人を生き返られることはできないが、毛根は生き返らせることができるのだ。


 ドリーの頭と髪の毛が心配になって、収納から餅に似た果肉を持つ果実イッヒに色々ベタベタするものを混ぜて乾燥させて作った、水分を含むとべっちょりする団子を収納から取り出して大きく開けられたインペリアルドラゴンの口の中に向かって投げた。

「間に合え!!」

 タイミング的にギリギリ過ぎて思わず声が出てしまった。


 俺の投げたべっちょり団子がインペリアルドラゴンの口の中に入るのと、ドリーの剣がインペリアルドラゴンを尻尾の上辺りから腹部へと貫くのがほぼ同時だった。

 背中を狙いたかったのだろうが大柄のドリーよりもインペリアルドラゴンの方が大きいため、威力を殺さず突き刺せる高さがそこだったのだ。

 強靱な肉体を持つ竜種は腹を貫かれたくらいでは致命傷にはならないが、ドリーの大剣は完全にインペリアルドラゴンの背骨と腰骨の辺りを貫いている。これでこいつは効果の高い回復魔法かポーションを使わなければ立つことはできない。


 炎を吐き出そうと首から上だけ振り返って口を開いているインペリアルドラゴンだが、その口の中には俺が投げたベチョベチョ団子。

 前世でもたくさんの人を死に至らしめた恐ろしい食べ物――餅。

 それとほぼ同じ性質の果実イッヒを利用して作った、魔物の口を封じるための団子。

 色々弄くり回して、少しの唾液でベチョベチョになって口の中に張り付くようなっている。

 ふはははははは、乾燥したイッヒが口の中で戻って喉を塞いだろう!! これで噛みつきもブレスも暫く使えまい!!


 あらゆる攻撃手段を封じられたインペリアルドラゴンが羽をバサリと広げた。

 あの状態でも上半身まだ動けるのかおっそろしい生命力だな。

「うおおおおおおおおおおお!!」

 ドリーが雄叫びと共にインペリアルドラゴンを貫いている剣を力任せに横になぎ払った。

 完全に腰周辺の骨を粉砕されたインペリアルドラゴンが立っていることができなくなり、切り裂かれた腹から臓物をまき散らしながら地面に崩れ落ちるように倒れた。


 もうこいつはこれ以上何もできないだろうが、この状態でもまだ生きている竜の生命力は恐るべきものである。

 だがそれも追撃ですぐに刈り取られてしまいそうだ。

 倒れてしまえばもうドリーの大剣が首に振り下ろされるだけだ。



 仲間を助けるようにもう一匹の無傷のインペリアルドラゴンがドリーの方へと槍を向けた。


 俺はその槍に向かって手を伸ばした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る