第465話◆アシストアンドスイッチ

「待った! 俺、脳筋! ノット魔法使い! 言葉わかる? 魔法使いはあっち! やめて、二匹ともこっちに来るとかやめて!! うおおおおおおお!!」

 フローズンマキビシの氷を破って、二匹のインペリアルドラゴンがくるりとこちらを振り向いた。


 え? 何で俺!?

 魔法使い組の方を向いていたんじゃないの? あ、よく見ると俺が一番近い位置にいるよね?

 ていうか、もしかして鑑定スキルを持っていたりする? 俺の装備が一番貧乏くさいのバレてる?

 わかるー!! アベルの装備はなんかめちゃくちゃ高そうでやばそうな素材ばっかりだもんねーー!!

 シルエットの装備もやべー付与いっぱい付いているもんねーー!!


 うん、すごくわかるよ。俺の防具は物理防御はほどほどで、魔法耐性と攻撃用の仕掛けに振っているもんね!!

 だからその槍の攻撃は当たるとちょーーーっとやばいかなーーー!?

 なぁに、前世で誰かが言っていた、当たらなければ――――うわああああああ、突進してきたああああああ!!

 馬に乗っていないのにランスチャージ攻撃はやめろおおおおお!! あ、その後ろ足? うん、馬よりでかいし、馬の突進より強そうだね!!

 あ、リヴィダス様、速度系の強化魔法ありがとうございマッスル!! 頑張って避けます!!

 って、俺が狙われる役ううう!?



「カメ君! 俺が狙われてるからフードの中にでも入ってくれ」

「カメェ?」

 カメ君が巻き込まれたり落っこちたりしないようにそう促すと、カメ君はピョンッと跳んでフードの中……じゃなくて背中に張り付いた。

 え? そこなの? そこ、落っこちない!?!?


「お? グラン、ついにモテ期かー?」

 背中に張り付いたカメ君を気にしながら回避の体勢になると、鎧をガチャガシャといわせながらこちらに走って来ているバケツが、呑気なことを言っているのが聞こえてきた。

「うるせぇぞ、バケツ!! そんなモテ期はいらねぇてか、ついにってなんだ! ついにって!! うおっと!!」

 ダブル突進を躱したと思ったら、一匹が折り返してまた突進、もう一匹からは火の玉が飛んできた。

 やめろ! 無理! 俺は一途なタイプだから二股は無理なのーー!!


 慌てて突進を躱すが火の玉は顔のすぐ横を掠めていき、髪の毛の焦げるチリチリという音が聞こえた。

 やめろ、ロングなフレンズの髪の毛君を攻撃するのはやめろ!!



「グラン! 今援護にいくぞ! ぬおっ!? でかいくせにちょこまかとしやがって、大人しく斬られろ!!」

 二匹のインペリアルドラゴンが俺を狙っている間に、ドリーがそいつらを纏めてなぎ払うようにブンと大剣を振るうが、インペリアルドラゴン達はそれをひょいっと避けて、一匹は回転しながら尻尾による足払い、もう一匹がドリーに負けじと長い槍を横薙ぎに払った。

 突いたり斬ったりするためではなく、長い槍で遠心力任せにぶん殴るための横薙ぎ。


 ドリーは足元を狙った尻尾攻撃を後ろに跳んで避け、尻尾よりリーチの長い槍による殴り攻撃は大剣で受け止めた。

 ガキンッと金属同士がぶつかる音がして、槍の方がぶつかった場所でポッキリと折れた。


 インペリアルドラゴンが持っている槍は、普通の人間が扱う槍よりも大型で太さもあるが、突くことを目的として作られた武器であるため、斬るというよりもぶん殴るようにして使い、重さと硬さも武器となるドリーの大剣とは強度が比べものにならない。

 いや、普通の人間が使うような大剣なら折れていたかもしれないが、インペリアルドラゴンよりは小さくとも一般的な成人男性より頭一つ以上でかいドリーの大剣だ。その辺の普通の大剣よりでかいし重いし固い。

 そんなドリーの大剣と打ち合えば、長さを重視した槍がポッキリと折れてしまうのは当然といえば当然だ。


 槍が折れたのが予想外だったのか、インペリアルドラゴンの表情が歪み悔しそうにドリーから距離を取った。

 これで、コイツの武器はなくなった……と思ったら槍を折られた方のインペリアルドラゴンが手早く槍の鍔部分を取り外し、グルリと槍を回して前後の向きを入れ替えた。


 反対側――石突も尖っているんだったな? なんだっけ? サラマンダー殺し? とかそんな名前だったな?

 ちょろちょろと地面を這っているサラマンダーを槍の後ろでサクッと刺すためとかなんとかがそんな由来らしい。

 人間サイズの槍から想像して、そんな部分でサラマンダーとか大袈裟なせいぜい小さなトカゲだろって鼻で笑ったことがあるが、ごめん、そのサイズならサラマンダーもサクッといけそうだね!!

 なるほど、もしかして君達のサイズが名前の由来なのかな!?

 先端が折れても、逆向きに持ち替えればいいってなんか格好いいし便利だな!?

 俺の槍にも付けようかな! 俺は滅多に槍は使わないけど!!


 そんなどうでもいいようなうんちくをふと思いだしたが、これで一匹はドリーの方へ狙いが移ったりしないかな?

 と思ったら、槍が折れた方がピョーンと俺の方に跳んで来た。もう一匹も俺の方に向き口の中に炎を溜めている。

 おおおおおおい!! そんなモテ期はいらねーぞ!! 何で俺なんだよおおおお!!

 一番落としやすそうに見えるのかよ!! 悪かったな!! 手作りの地味な装備で!!


 複数の強敵を相手にする時、落としやすそうな奴を全員で狙いを合わせて集中攻撃をしていっきに落とし、相手の頭数を減らすのは複数戦の基本中の基本である。

 バラバラと攻撃してくる相手より、一点集中で狙ってくる相手の方がやっかいである。

 もちろん俺達もそういう状況になった時は、ドリーが狙った相手にターゲットを合わせるという暗黙の了解がある。

 この二匹のインペリアルドラゴンは魔物でありながら、その戦法で俺を執拗に狙ってきている。

 だがこれほどまでにあからさまに狙われると、ヒーラーがいる場合は逆にやりやすい。

 俺が攻撃されてダメージを受けることを予測して、リヴィダスが回復をスタンバイしているからだ。



 ピョーンと俺の方に跳んで来た方のインペリアルドラゴンの攻撃を避けると、そこにアベルとシルエットがそれぞれ氷と炎の矢を撃ち込んだ。

 しかしそれは盾によってガードされた。直後、盾が光って魔法を放った二人の方へと跳ね返っていった。


「げえ!」

「やだ、うざい!」


 アベルとシルエットは面倒くさそうな顔をしながら、自分達に跳ね返ってきた魔法を新たに魔法を発動して相殺している。

 うおおおおおおい! 魔法反射系の盾かよおおおお!!

 あの盾欲しい!! 俺にはでかいかもしれないけれど、もしもの時のためにすごく欲しい!!


 盾で魔法を反射した奴がそのままくるっと回転しながら俺の方に尻尾を振るってきた。

 これは予想をしていたのでピョンと跳んで避けると、尻尾の後を追うように回し蹴りが。

 何となく追加の攻撃がきそうな気がしていたので避ける体勢にはなっていたが、身長があるぶん足も長く完全に避けきれる気がしない。

 剣を持っていない左側を前に半身になりつつガントレッドでガードしながら後ろに下がるが、鋭い足の爪が左の二の腕をひっかいていき、防具の隙間の部分に痛みが走る。

 だが深い傷ではなく、利き腕でもないのでまだ回復をもらうまでではない。


 俺に張り付いている方のインペリアルドラゴンを引き離すようにカリュオンとドリーが武器を振るって滑り込んでくる。

 それを避けてインペリアルドラゴンが後ろにピョーンと跳んで俺から離れた。

 そのすぐ後、もう一匹のインペリアルドラゴンがまき散らすように広範囲に大きな炎を吐いた。

 赤く目映い炎が目の前に広がり視界が悪くなる直前に、俺から離れた奴の目がグルリと動いたのが見えた。


 俺は回し蹴りをガードした時の体勢、ドリーとカリュオンは武器を振るったままの体勢を立て直す前にまき散らされた炎を体で受け止めることになった。

 かなり熱いが、防具の炎耐性でなんとかなる範囲だ。この後リヴィダスに回復魔法をもらえば、全く問題はない範囲のダメージ。

 だが、リヴィダスが回復魔法を飛ばす前に俺は叫んだ。


「リヴィダスだ!!」


 俺から離れたインペリアルドラゴンの視線の移動した先。それがリヴィダスだった。



 ターゲットスイッチ。

 特定の相手を集中攻撃して、そちらに注意が集まることを予測して、それまで狙われていなかった別の対象に突然狙いを変更する。

 敵の動きを予測して、狙われている仲間にあらかじめ回復を回す準備をしているヒーラーの裏を掻く戦法だ。

 油断していると突然狙われた者は攻撃に反応できず、致命的な一発をもらいやすい。

 またヒーラーが最初に狙われていた者の回復に専念しすぎると、突如狙われた者へのフォローが遅れる。

 そうなると回復が後手後手になり、徐々に戦況が悪くなる。


 機動力も攻撃力も防御力もある相手。相手の狙う先を見極められなければ、数で勝っていても被害が出る結果になってしまう。

 インペリアルドラゴンのターゲット変更先はリヴィダス。

 ヒーラーを先に落としにきたようだ。


 ヒーラーがフリーでいる限り、いくらでも回復を回される。落とせるものなら早いうちに落とすのが正解である。

 しかしヒーラーとは回復に特化し、どんなことがあっても最後まで回復を回せる状況で立ち回ることを前提とした役割だ。

 ヒーラーは自分が戦闘不能にならないことが最優先。そのためのスキルと装備そして技術を備えたヒーラーを、単騎はもとより複数であってもただやみくもに狙うだけでは落とすのは難しい。

 そのために狙う対象を突然変更し、回復に揺さぶりをかけることによりヒーラーの隙を作り、ヒーラーのペースを乱して追い詰めるのだ。

 自身の回復で手一杯になって仲間の回復ができない状態を作るか、もしくはその逆、仲間の方を追い詰めて自身を疎かにさせるか。

 ヒーラーの動きにほころびを作ることこそが、ヒーラーのいるパーティーを攻略する基本である。


 それを狙ってくるとは恐ろしく賢い奴らだな。

 いや、よく訓練されているのか?

 そういう者――ズィムリア魔法国の近衛兵をダンジョンが作り出したということか。



 ばら撒かれた炎の向こうから二匹のインペリアルドラゴンがリヴィダスの方へ槍を向けて突進してくるのが見えた。


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