第460話◆理由があれば
「しっかし城もでかいが城下町もでけーな。建物が大きめなのもあるが、それでもやっぱでかい」
市街地の通りを歩きながら、カリュオンが城の方を見上げている。
「建物の大きさからして、ズィムリア人は現代の人間より頭一つ以上大きかったのかしら?」
パーティーで一番小柄なシルエットが背伸びして手を伸ばすが、建物の入り口の上の部分には手が届かない。
「うむ、入り口にも天井にもゆとりがあって動きやすいな」
平均的なユーラティア人体格より上も横もでかいドリーは、ズィムリアサイズの建物は快適そうだ。
ユーラティアの建築物は、公共施設は人間より大きい種族が訪れることを想定してゆとりのある造りだが、個人商店や個人宅は一般的な成人男性の体格が基準にされているため、ドリーがあちこちにぶつかっているのはよく見かける。
「ズィムリア魔法国は多種族国家だったから、体格のいい種族のサイズに建物が合わせてあるみたいね」
お母さん多分正解。
亜人系の種族の中には人間より大きな種族はたくさんいる。
ズィムリア魔法国が多種族国家でその中心が人間以外なら、建物の規格が中心となっている種族に合わせられているのは当然だろう。
「そうだね、ズィムリア魔法国のどの時期も建築物は全体的に大きめみたいだね。やっぱり体の大きい種族が多かったんだろうね」
さっすがアベル、物知りだな。
なだらかで大きな丘の頂上付近が城の敷地になっており、そこから丘の斜面から麓まで、傾斜を利用した城下町が広がっている。
丘というか小山だよなぁ。
城の地下っていうとこは、この丘のどこかにこの階層のボスが眠っているってことだよな。
地下への入り口はもしかすると城下町からだったりして。
もしくは古代竜のスケールを考えるとこの丘が――いやいやいやいや、さすがにそれはでかすぎだろ。
鮫顔君よりは小さいけれど、それでも生き物としてあり得ない大きさだから……鮫顔君は特別だから……特別だよね?
「クシュッ!」
カメ君が俺の耳元でくしゃみをした。
きっと鮫顔君がめちゃくちゃでかかったのは特別だったんだよ。
建物の外だけではなく中まで調査をしつつ、大きな通り起点に少しずつ枝道へ入り、それを地図に纏めていく。
下見の初日に職員さんは魔道具を使ってパパパッとやっていたが、俺は紙とペンの手動作業である。
スライムゼリーで作られたインクがペン軸に入っているスライムペンは、ペン軸の横にある小さなボタンを押せば、ピュッとペン先が飛び出してきてそのままサラサラと書ける非常に便利なペンである。
筆や付けペンに比べて値段は高いが、取り引きで文字を書く機会の多い商人や屋外のマッピング作業のある冒険者には大人気のペンである。
インクがなくなれば継ぎ足し用のスライムインクを入れればいいのでとても便利で俺も愛用している。
マッピング中は左手に紙を挟んだボード、右手にはペンと両手が塞がっているので、時々出てくる魔物の対応は他のメンバーに任せっきりだ。
それでもこちらに向かってくるのはカメ君がピューッと水鉄砲を撃って倒してくれる。
出てくる魔物は水属性の魔物ばかりなのに、それを水鉄砲で撃退するカメ君強いな!? カメ君がいると心強いな~。
おいアベル、そこで変な対抗心を燃やすな。水属性の魔物の弱点が雷だからって無闇に雷はやめるんだ!!
「今日の調査予定だった区画はもう終わったな。グラン、マッピングはどうだ?」
「ばっちり、店や倉庫の類はその旨と中にあったものの傾向も書いておいた」
役に立つ情報かどうかはわからないが、建物の概要がわかれば探索もしやすくなる。
町にあるものは手に取ると消えてしまうものが多く、持ち帰れるものはほとんどなかった。
それでも時々消えないで残るものもあるので、建物の傾向をメモしておけば狙ったものを探しやすくなる。
装備品や魔道具や書物等は持ち帰れるものがあまりなかったが、食品や薬品関係は比較的持ち出せるものが多かった。
酒屋ではリヴィダスが、薬草屋ではシルエットが、穀物屋では俺が大歓喜した。
「本もそうだけど、ダンジョンが生成した魔道具や装備品系は持ち出そうとすると消えるものが多いね。それはどこのダンジョンもその傾向があるけど」
「複雑な情報の詰まった人工物は生成コストが高いとかなのかねぇ。よくできた幻影に近いな。だから魔力を供給しているダンションから切り離したり、作動させたりすると具現化を維持できなくなって消えてしまう」
カリュオンってチャラチャラしているけれど意外と物知りだし、ものをよく観察しているんだよなぁ。
時々アベルやシルエットと普通に難しい話をしている。
「建物の中まで調べたけど予定より早く終わっちゃったわね」
シルエットの言葉に空を見上げると海の割れ目からまだ日が見える。
昼飯の後から時間もそれほど過ぎていない。
「少し奥の区画まで見てまわっちゃう? 裏路地にあるお店も夢があるわね」
お母さん! 本音がポロリしてますよ!!
リヴィダスはすっかり建物の内部調査にハマってしまっている。酒屋で山ほど古代のお酒を抱えていたもんね。
古の食生活の研究用資料? なるほど?
「当たり前だが大通りから離れるにつれ、店よりも民家が増えるな。この先に進めば民家のほうが多くなるだろう」
「だなー、そうなると書き込む内容もないから、建物の中はサラッと覗くだけでサクサク進めそうだな」
「ふむ、キリのよい場所だし少し早いが今日はこの辺りで切り上げて休むか?」
「ああ、少し早めに切り上げられるなら調査しながらメモをしたのも綺麗に清書したいしな」
マッピングをして間違えた場所をそのまま上から訂正したり、発見がある度にメモをしたりで、このままギルドに提出するにはごちゃごちゃとしていてわかりにくすぎる。
帰って綺麗に清書をして提出したほうが俺の評価も上がるし、情報をきちんとわかりやすく纏めていればその分報酬を上乗せしてもらえることだってある。
それにキリがいいところまで来て緊張感も途切れたし、時間に余裕はあるが今日の分のノルマは完了したので無理せず休める時に休むのがいいだろう。
死角の多い未知の市街地は思った以上に神経を使う。
「カカッ!!」
「ん? どした?」
ドリーと話していると俺の肩の上にいたカメ君がチョイチョイと髪の毛を引っ張った。
「カカカー」
カメ語はわからないのでアベルの方をチラリと見ると、ものすごく面倒くさそうな顔をされた。
「"バハムート狩りをするカメ~"って、昨日の夕飯の時にグランがバハムート十匹くらい欲しいとか言ったからじゃ」
「カッ!」
そうなの!?
でも新たに見つかった海底区画はまだ調査中のエリアだからなぁ。
調査中のエリアは一般の冒険者の立ち入りは禁止されており、中に立ち入ることのできる調査パーティーも調査に無関係の活動は基本的に禁止である。
襲いかかって来る魔物を倒したり、出現する魔物や採取できる素材の調査のため、魔物を狩ったり、採取活動をしたりすることもあるがあくまで調査の一環である。
初日に海底都市までの道中で海産物を集めていたのも調査の一環なのでセーフ。
調査中に手に入ったものは、資料として使うもの以外は自分のものにしてもいいのだが、そちらを主な目的にするのはダメらしい。
まぁ、境界線が曖昧なのではあるが、公平性を保つ建前みたいなものだけど。
建前みたいなものだから、調査の一環としてこうして採取したり魔物を倒したり、家捜しをしたりしているのだ。
俺達がいる場所は海から離れているので、さすがにここから海まで行って海洋生物を狩るのは調査っていいにくいなぁ。
バハムート狩りはちょっと難しいかなぁ?
バハムートは深海魚だから海岸には滅多に来ないだろうしなぁ。強いし深海棲みだしで入手困難すぎるのも高級素材の理由なんだよな。
美味しかったからできれば予備のバハムートをストックしておきたいけれど。
夕食の時に海沿いの担当をお願いしてみるか?
「ふむぅ、一応調査エリアだし、ここから海は少し距離があるから、バハムート狩りはバレるとまずいな。海の方へ行く正当な理由があって、そこで偶然バハムートや他の魔物に遭遇するのは仕方ないのだがな。正当な理由があればもしバレたとしても問題はない」
ドリーが少し悪そうな表情になっている。
「カカッ!」
カメ君がおもむろに背負っていたリュックと被っていた帽子を取って俺の方へ差し出した。
「うん? どうした?」
疑問に思いながらそれを受け取る俺。
「カッ!?」
「あっ! カメ君!?」
直後、カメ君が俺の肩の上からピョンッと飛んだ。
「カ~メ~」
その先は水路。
水路を流れる海水の中から頭と前足を出して、こちらに手を振るような仕草でそのまま流れに乗って離れていくカメ君。
この水路は町の外――海の方へと続いている。
「"流されるカメ~、助けに来るカメ~、このままでは海まで行ってしまうカメ~"だって。どうせ泳げるんだからそのまま流しちゃえば? 冷たっ!!」
水路に流されて離れていくカメ君からアベルに水鉄砲が飛んできた。
そこは空気読まないアベルが悪い。
「あっ! カメ君!! 今助けるぞーーー!! くっそぉ、思ったより流れが速くて追いつけないぞ!!」
「カメッ子ー!! 変な魔物がいても必ず助けてやるからなー!! 安心して流されてろー!!」
俺とカリュオンが流されるカメ君を追って歩き出す。
帽子とリュックはうっかり流されてなくさないために俺に渡したのか。救出後に返してあげないとな。
「パーティーのメンバーが水路に落ちてしまったのなら仕方がない。救出を許可する」
リーダーの許可が下りたぞー!!
「まだ強化魔法が届くわね。念のため怪我をしないように防御魔法をかけておくわね」
「じゃあ私は変な魔物が寄ってこないか見張りを飛ばしておくわ」
安全確保も万全だ!!
さぁ、水路に流されてしまったカメ君を救出に行くぞーっ!!
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