第452話◆どうしようもなく巨大な存在

「ラグナロックという名は後に付けられたものですね。謀反に近い形で前王を倒し、国の体制を根本から変えてしまいましたからね。坊ちゃんが王になられた時に一度この国は滅んだようなものなんです。それ故にラグナロックという名で呼ばれるようになりました。命名したのは、私を作った技師なんですけど、二つ名付きの王ってカッコイイじゃんという理由でした。かっこいいという感覚は私もわかるので賛成しました。坊ちゃんはかっこいいのです」

 メイドちゃん、めちゃくちゃ早口。坊ちゃんのことが大好きなんだね。


 そのゴーレム技師やっぱ同郷者、しかもかなりオタク気質の者な気がして仕方がない。そして隠しきれない厨二病感。

 しかし伝説級の古代竜を坊ちゃん扱い。このメイドガーゴイルもしかしてすごいガーゴイル?

 そのガーゴイルを作って、そして伝説の古代竜に厨二名を付けた、日本産オタク臭のするゴーレム技師ももしかしたらすごい人物なのかもしれない。

 人間とは限らないが。

 というか、俺は歴史にはあまり詳しくないのだが、もしかしなくても歴史的重要事項をランチタイムのおしゃべり感覚で聞いているのでは?


「ん? 坊ちゃんがラグナロック? 古代竜がどのくらい生きるのかはしらないが、生きている可能性もあるんじゃないのか?」

 本当かどうかはしらないが古代竜は万以上の時を生きるという話もある。

 ズィムリア魔法国は記録では千年から数千年前の国だ。もしかすると"坊ちゃん"はまだ世界のどこかで生きているかもしれない。

「ええ、そうですね。私がこの世を去ってどのくらいの時が過ぎたのかわかりませんが、坊ちゃんはこの世界のどこかでまだご存命かもしれませんね」

「それなら――」

 ここから彼女を連れ出せば彼女は"坊ちゃん"に会いに行くことはできるかもしれない。


 ダンジョンで具現化したした生物はダンジョンから離れると、ダンジョンの支配から解放され一つの命となる。

 そう、ダンジョンから切り離された自立した命となるのだ。

 命ということはいつかは死ぬ。

 彼女をここから連れ出したとしても、彼女が動くことのできるうちに伝説級の古代竜である坊ちゃんに会うことができるのだろうか?

 おとぎ話程度にしかその存在の痕跡が知られていない存在を見つけ出すまでにどれだけの時間がかかるのだろうか?


 ガーゴイルである彼女はその動力が尽きると活動できなくなってしまうだろう。食事を魔力に変換して摂取できるということは、そこから動力を補充することができるのだろうか?

 それでも鉱物でできた体のメンテナンスは必要だろう。メンテナンスをしたとしても"物"である限りいつかは壊れてしまう。

 それは彼女も先ほど言っていた。

 彼女が動けるうちに、伝説級の古代竜である"坊ちゃん"を見つけ出せる可能性の方が低い気がする。


 しかしダンジョンにいれば、ダンジョンが消えるまで彼女はここに存在し続けることができる。

 ダンジョンの中の生き物は倒しても時間が経てば復活するものがほとんどだ。

 ここにいれば彼女がもし冒険者に倒されたとしても、今の彼女ではなくても彼女は時間が経てば蘇るだろう。

 それは彼女をここから連れ出しても同じだと思われる。特別な理由がない限り、きっと彼女の代わりに別の彼女が現れる。

 外にでて坊ちゃんに会えるかわからず世界を彷徨うのと、坊ちゃんの思い出に囲まれてここに居続けるのと、どちらが彼女が望むものなのだろうか。

 そのことに気付いて、言葉が途中で止まった。


「うふふ、いいのですよ。私はここで留守番をすることが坊ちゃんが私に与えた仕事ですから。それに一度機能を失った私が、またここで坊ちゃんの思い出に囲まれていられるのは幸せなことなのです」

 そう言って彼女は笑うが、どうしてもその笑顔が淋しそうに見えたのは、人間の俺の勝手な思い込みなのだろうか。

 絶対会うことはないと思うがもしラグナロックに会うことがあったら、彼女がここで待っていることを伝えたい。

「万が一、億が一、俺がラグナロックに会うことがあったら、君がここにいることを――」

「伝えないでください」

 気休めの言葉を吐き出そうとしたら彼女に遮られた。

 とても悲しそうな顔で。


「もしも坊ちゃんに会ってもこの城のことは伝えないでください。仮初めではありますがここにいる者達は、かつて実在した者達なのです。あれからどれほど時間が過ぎたか作られて時間の経ってない私にはわかりませんが、この城にいる者はもうこの世にはいない者達なのです」

「あ――……」

 これは俺が人間の物差しで物事を考えすぎた結果だ。

 そのことに気付いた時、何も考えず気休めで吐き出した言葉を後悔した。


「高貴なる古代竜の坊ちゃんと私達では生きる時間が違います。高貴な存在でありながら私のような召し使いの名前も覚え、私の機能が終わる時に悲しんでくれた坊ちゃんをまた悲しませたくありませんから。どんなにダンジョンの寿命が長くても、それでも坊ちゃんより先に消えますから。また悲しませてしまいますから。ここには坊ちゃんのたくさんの思い出があります。ここにいた者は皆、坊ちゃんより先にこの世を去った者ばかりですから。だから、私は、私達は坊ちゃんに会うことを望んではいけないのです」

「――わかった。俺のようなちっぽけな人間が伝説級の古代竜に会うことはまずないと思うが、もし会っても内緒にしておくよ」


 終わることない命。

 永遠の命に憧れる者は多い。

 そのため永遠とも言われる命を持つ古代竜は羨望や信仰の対象である。

 しかし長い命というのは、自分の大切な者達が自分より先にいなくなるのを見送り続けないといけないのだ。何度も何度も。

 死に別れた者にまた会いたいと思うこともあるだろう。しかしまた会えたとしても、いつかまた見送らなければならない。

 同じ別れの悲しみを繰り返すことになるのだ。


 まるで呪いのようだな。


 長く生きていればそれにも慣れてくるのだろうか?

 いや、このうさ耳ちゃんの話の感じからすると、ラグナロックは身近な存在に強い思い入れを持つ性格のように聞こえる。

 会いたいけれど会うわけにはいかない。

 そのもどかしさと悲しさを解決する術はなく、ここにはいない巨大な存在に無力さを感じるしかなかった。



「カッ! カーッ! カカカカカッ! カッ! カカーッ!」

 もちゃもちゃと弁当を食べながら話を聞いていたカメ君が、うさ耳ちゃんに向かい捲し立てるように何かを言っている。

 もちろん何を言っているかはわからない。だってカメ語だもん。


「カメ様どうかされましたか? え? はい、ええ」

「え? カメ語がわかるのか!?」

「いえ、さすがにカメ語は学習しておりませんのでさっぱりわかりませんね」

 キョトンとした顔でサラリと言われた。

「カッ!?」

 相槌を打っているのでわかっているのかと思ったよ!!

 これにはカメ君もポカーンとした表情で止まってしまった。


「ですが何となくわかります。そうですね、私のような矮小な存在が、偉大な坊ちゃんに配慮をする――行動の選択肢を勝手に減らしてしまうのは烏滸がましいのかもしれませんね。ええ、私が不勉強でした。わかりました、もし坊ちゃんに会われるようなことがございましたら、仮初めの場所ですがご実家はここにあります、いつでも好きな時にお戻りくださいとお伝えくださいと」

「カッ!」

 俺が返事をするよりカメ君が先に前足を挙げた。

「おう、まぁ会ったらな? 会うことはないと思うから期待はしないでくれよ」

「ええ、万が一、億が一で結構ですので」


 彼女の微笑みの中から少しだけ淋しさが消えた気がした。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る