第451話◆主のいない図書室とそこで待ち続ける者
「このシーサーペント素材の料理にかかっているソースは私の記録にはないものです。こちらのコメを丸めたものは、私の制作者のゴーレム技師が好んでいたオニギリというものに似ております。作業で部屋に籠もっている時はそればかり召し上がる方でした。あとこのオニギリの模様がそのゴーレム技師の作る熊のゴーレムを思い出しますね」
ソースはシーサーペントのフライにかけてあるタルタルソースのことだな。
おにぎりは知っているのか。見た目が少し違うのはパンダっぽい模様にしたからだな。
ん? この模様と似た熊っぽいゴーレム? それパンダのゴーレムだろ!?
このメイドイルの制作者からなんとなく前世の世界の香りを感じてしまう。
「料理の味はわかるのかい?」
料理は分解して魔力として取り込む仕組みになっていると言っていたが味はどうなのだろう?
食べても味を感じないとなるとなんだか寂しい気もする。
「実際とは異なったものの可能性はありますが、味としての感覚はあります。これも制作者のこだわりと聞いてます。分解する際にそのものの情報を取得しますので、その際に味も感覚の情報として取得されます。精密に再現されているかはわかりませんが、シーサーペントの肉に付けられたサクサクとした食感と、ゆで卵とタマネギの入った酸味のあるソースの組み合わせは始めての感覚ですが非常に好ましい味です」
随分こだわりのある制作者だな!?
そして、味は情報として取得するとのことだが、かなり正確な情報として伝わっているようで、ズィムリア魔法国のゴーレム技師の技術に驚きを隠せない。
そんなことは彼女の造形を見れば一目瞭然なのだが、機能にも強いこだわりを感じる。
冒険者にもゴーレム使いがいたり、大きな街にはゴーレムやガーゴイルを使っている商店や役所があったりで、高性能のものは目にしたことはあるが、このメイドガーゴイルは俺が見て来たガーゴイルより、性能も良くこだわりのある作り込みがされている。
この城がズィムリア魔法国中期を再現したものというのなら、彼女は千年とか二千年前のガーゴイルとなる。
その時代にこのこだわりと性能のガーゴイル。恐るべし魔法大国。そして恐るべしマニアック技師のこだわり。
城門から城までの間にあった彫像もこの技師の作品が混ざっていたのかな?
大半はシンプルなものだったが、時々妙に性癖を感じる造り込まれた像があった。
ビキニアーマーの女騎士とか、やたらかっこいい甲冑を着けたドラゴンウォーリアのような像もあったよな。すごくこの技師の作品な気がしてしまう。
「君の制作者は随分優秀なゴーレム技師だったみたいだな」
この機能もすごいが造形もすごい。そしてセンスも悪くない。いや、城の外にあったこだわりを感じる彫像も彼の作品だとすると、性癖を攻めてくるようなあのセンス、とても素晴らしい。
「ええ、とても優秀な技師でした」
でした。過去形。
もしかしてその技師と会えたりしないかなと期待したのだが、この言い方だとすでにいない者なのだろう。
いや、そもそもここはダンジョンだ。ダンジョンなら彼女を作り出したのもダンジョンのはずだが?
「ふふふ、また顔に疑問が出てますよ」
「え? そんなに!?」
ミニトマトを口に入れながらメイド少女が微笑んだ。
俺、そんなに考えていることが顔に出やすいのか!? そんな、馬鹿な!?
「ご想像の通りこの私はこのダンジョンが作り出した存在です。私の中に記憶として残っている坊ちゃんも、主様も、私を作り出した技師も全て、私の元となった"私"の記憶なのです。"私"はこの世にはもういません。生き物はいつかその命を終え、物はいつか役割を終え壊れてしまいます。もうこの世にはいない"私"ですが、ダンジョンがこの城を作った時、私も一緒に作ったのです、"私"という存在の記憶を元に。
この城にいる者――ダンジョンに生まれる者はそういうものだと、遙か昔に坊ちゃんがおっしゃってました。ダンジョンはダンジョンを作った魔力の持つ記憶なのだと。
坊ちゃんは本が好きでたくさんの本を読まれてました。そしてその全てを記憶されている方でした。とても物知りで私にたくさんのことを教えてくれました。坊ちゃんはこの城を出る時、また戻って来るからここの管理をするようにと"私"におっしゃいました。ですからダンジョンがこの城を、この図書室を作り出した時、私もまた一緒に作り出されてしまったのでしょう。
この城は坊ちゃんが城を出られた後のもの、ここに坊ちゃんはいません。この仮初めの城に坊ちゃんが戻って来ることはないでしょう。"私"が坊ちゃんからダンジョンの成り立ちを聞いたせいで、私が仮初めの存在であることを理解できましたし、私が"私"だった頃の記憶も戻りました、この城と"私"の少し未来までの記憶が。その記憶を抱えて私はここでずっとあの時の坊ちゃんとの約束を守り続けるのです」
まるで謳うように、夢を見るように、ここではない遙か遠くを見るように、そう語る彼女は、戻ることのないこの図書室の主を想い恍惚と、そして寂しそうな表情だった。
言葉が出ない。
知らなければ、彼女は自分が仮初めの存在だと気付かなかった。
"坊ちゃん"がここには戻って来ないことも、自分はすでにこの世にいない存在だということも。
遙か昔に滅んだ国。生き物の命は尽き、物は壊れてなくなってしまうには充分すぎる年月。
ダンジョンの中で"彼女"の記憶を持って生み出されてしまった彼女は、永遠に訪れることない"坊ちゃん"をここで待ち続けるのだろう。
「そんな悲しそうな顔をしないでください。一度役割を終えこの世からいなくなった私が、また再びこうして坊ちゃんのお気に入りの場所で、次にまた役割を終えるまで坊ちゃんの思い出にずっと囲まれているのですから。それにたまに、ビブリオが日記の中の坊ちゃんに会わせてくれますから」
ガーゴイルの少女がテーブルの上に置いてある日記帳をチラリと見た。
「坊ちゃんの日記は私にとっても、ここのビブリオ達にとっても坊ちゃんとの懐かしい思い出ですから」
日記は貴重な資料かもしれないが、アベル達が戻ったら彼女に返そう。
「この日記は中に引き込まれた仲間が戻ってきたら返すよ。ところで君達からそんなに慕われている"坊ちゃん"ってどんな人物だったんだい?」
少ししんみりしてしまったので、話を変えよう。
彼女の話に何度も出てくる"坊ちゃん"という存在にもすごく興味がある。
ここの図書室の主だと思われる坊ちゃん。読んだ本の全てを記憶しているってやばい記憶力だな!?
話からして彼女やビブリオにも慕われていたのだろうということが感じられる。
俺の中で大きなメガネをかけて本に埋もれる、大人しそうな子供のイメージが勝手に出来上がっていた。
「うふふ、よくぞ聞いてくださいました!」
「ふぉ!?」
「ファ?」
少ししんみりした空気だったのだが、メイドイルちゃんのテンションがいきなり上がったので、俺もカメ君も驚いて変な声が出た。
「坊ちゃんはこの城の主様の息子で王子様なのです! そして、いずれこのズィムリア魔法国史上の最も偉大な王になられる方なのです!! あ、現実にはもうそれは随分昔の話ですね。長い内乱を平定し、ズィムリアを最も繁栄させた王。賢王ガーランド――後に皇帝竜ラグナロックと呼ばれるお方です!!」
「ブフーーーッ!!」
「ファ~」
その名前を聞いて口に含んでいたお茶を吹き出した。
テーブルの上ではカメ君が間の抜けた欠伸をしている。
皇帝竜ラグナロックって、古代竜の中でも最強クラスといわれる伝説級のやつじゃないか!?
その姿を見た者はほとんどおらず、記録にも残っていない。嘘か真かわからない伝説だけが各地に残っているだけの古代竜。
え? それがズィムリア魔法国の王? どういうこと!?
もしかして、歴史的大発見なのでは!?
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