第449話◆理由のわからない懐かしさ

 帰って来た時に話が合うように日記を読んでみようと思ったら、何故か開かなかった。

 ビブリオが使用中の時は開かないとか? トイレみたいだな!?

 ビブリオが満足すると元の場所に戻してくれるという話は聞いたことがあるが、出てくる時は引き込まれた場所に出てくるのか、それとも引き込まれた本のある場所に出てくるのかわからない。

 だって俺、ビブリオ未経験者だもーん。ぷーん。

 念のため日記はアベル達が戻って来るまで、そのまま持ち歩いておこう。


 図書室内には魔物の気配を感じることはできない。

 ここには魔物はいないのか、もしくは巧妙に隠れているのか。いてもビブリオくらいか?

 それともここは食材ダンジョンの中だから、食材は図書室出禁か? 図書室は飲食禁止ってか?

 まぁ魔物もいなさそうだし、城をウロウロするよりここでアベル達が戻って来るのを大人しく待っておくのがいいだろう。

 となると、やることは一つである。

 


「アベル達が戻って来るまで本棚を漁ってお宝探しでもするかー! 運良く貴重な魔導書が見つかると高く売れるぞお! 宝探しはやっぱ楽しいよなー!!」

「カッ!? カカーッ!!」

 お? カメ君もやる気になったか。

「お宝本を見つけまくって山分けだな!!」

「ファーーーッ!!」

 カメ君もやる気になったようで、俺の肩の上で二本足で立ち上がりガッツポーズをしている。

 カメ君はアベルの究理眼より性能の良い鑑定が使えるみたいだし、カメ君が協力してくれたらザックザクお高い本が見つかりそうだな!!

 ついでに、付与や魔術の本が見つかったら自分でも読んでみたいな。





 ……と張り切ったのだが、ものすごく大きな落とし穴があった。

「これも読めない!! なんだよー、ズィムリアの言葉って古代語じゃないのかよー! 読めない本ばっかりだぞおおお!!」

「ふぁ~」

 カメ君、そんな呆れたようなため息はやめたまえ。俺は十九歳の普通の若者なのだ。読めない言語の方が多いのだ。

 そう、文字が読めないのだ。

 本棚から出しても消えない本はいくつかあった。しかし書かれている文字が俺の知らない文字で、内容がちんぷんかんぷん。

 しかも鑑定が弾かれる本が多く、ほとんどが何の本なのかもわからない。パラパラとめくって絵が入っていればそれでなんとなくわかるのだが、文字ばかりだとさっぱりである。

 古代語の簡単なやつなら付与でも使うから読めるんだけどなぁ。ズィムリア魔法国で使われていた言葉は俺のしらない言語だったようだ。


「カメ君は読めるのかい?」

「カッ!」

 本を広げながら尋ねると得意げにガッツポーズをされた。

 さすがカメ君。でも読めても内容を俺に伝える方法がないから意味がなかった。

 もういい、全部収納の中に突っ込んでおく。後でアベルに高そうなのとそうでないのを分けてもらおう。







「あー……アベル達戻ってこねーなー」

「カー……」

 本棚に並んでいる本を片っ端から引っ張り出して、消えない本を回収する作業にも飽きてきた。

 というか消えない本率低すぎてだんだんやる気がなくなってきた。本棚三つくらい引っ張り出して一冊あればいい方である。

 本棚を倒したら纏めて本が飛び出して消えて効率よく持ち出せる本が見つけられないかなぁ?

 いや、そんなことをしたら実体のある本が傷んでしまいそうだからダメだな。本は大切にだ。


 どれくらい時間が過ぎただろう。

 アベル達が拉致された後、無心に本を引っ張り出していたので腕が痛くなりそうである。

 二時間? 三時間? もっと経ったかもしれない。いい加減腹が減ってきた。

 それもそのはず、時計を見れば昼を回っていた。


「腹減ったなー、アベル達は戻って来る気配もないし飯にするかー」

「カッ!」

 今日は城の中の探索になることがわかっていたので、現地で作るのは難しいと思いすぐに食べられるものを作って弁当箱に詰めてきた。

 カメ君用にも小さな弁当を用意して、昨日作ったカメ君用のマジックリュックの中に入れている。

「でも図書室のど真ん中で飲食するのはちょっと気が引けるから入り口の方に行くか」

「カメェ?」

 仮初めのものとわかっていても、なんとなく図書室で飲み食いするのは気が引ける。うっかり本を汚してビブリオが怒ってもいやだし。

 ビブリオが怒るという話は聞いたことはないが、それでも妖精であり。大切な場所を傷つけられると怒ってもおかしくない。

 確か入り口の辺りにテーブルとソファーの置かれた休憩スペースのような場所があったのを見た。

 そこでのんびりお昼ご飯を食べよう。


 入り口付近にはお茶を飲みながら本を読むためのスペースなのか、広めのローテーブルと横長のソファーが向かい合うように置かれていた。

 そしてそのすぐそばには先ほどこの図書室に入った時にはなかった、メイド服を着たおかっぱの少女の石像が置かれていた。


「あれ? さっき通った時はなかったよなぁ? ガーゴイルか?」

 ユーラティアではまず見かけることのない膝上……いや、太ももまで丈のスカートにボリュームのあるフリルがその裾から見えている。

 そして膝上まであるリボン靴下は、スカートの丈より少し下の辺りで途切れている。

 石だからわからないがこれは絶対領域というやつだ。そして頭の上に長いうさぎ耳のついたカチューシャ、背中には小振りでふわふわの天使のような翼。

 この石像は間違いなく制作者がこだわりを持って作ったものだ。

 俺の好みからは外れるが制作者の気持ちはなんとなくわかる気がする。決して俺の好みではないが。

 おかしいな? 謎の懐かしさを感じるぞ? いや、全く重要なことではない気はするのだが、なんともいえない懐かしさがあるぞ!?


「カーッ!」

「カメ君、ちょっと待ってくれ」

 水鉄砲を撃とうとしたカメ君を手で制止する。

「カカァ?」

「ここは本を読む場所だから、用心だけをして襲ってこない限り無駄な戦闘は避けよう」

 ガーゴイルくらいなら動き出してから対応しても間に合う。

 ここは静かに本を読むための図書室だ。ダンジョンとはいえできれば無駄な戦闘をして荒らしたくない。

 別にうさ耳のメイド少女だからあまい判断をしたわけではなく、なんとなくこの石像がここで何かを待っているように見えたから。


 いつでも抜けるように腰の剣に手を添えつつ一歩踏み出した直後、石像に色がついた。

 紺色のスカートに白のシャツとフリルとハイソックス。そして健康的な肌の色をした絶対領域。

 この石像――ガーゴイルを作った者のこだわりがカラーで目に飛び込んできた。


 剣に添えていた手に力を入れるが、それを抜くより先にメイド少女のガーゴイルがペコリとお辞儀をした。

 その動作からは全く殺気や敵意というものは感じられない。

「ふぁ~」

 カメ君の呆れたような、気の抜けたようなため息が耳元で聞こえた。

「やぁ、ちょっとお邪魔させてもらうよ」

 剣にかけていた手の緊張を少し緩めた。


 ダンジョンの生物にもこちらから手を出さなければ攻撃してこないやつは結構いるし、知能が高く意思疎通ができるものもいる。

 カメ君やこのダンジョンの三階層であった金のシャモア君みたいな存在だ。

 その存在がギミックであることも少なくない。

 来た時はここにいなかったこのガーゴイル。

 もしかすると何かのギミックかもしれない。


「ようこそ、坊ちゃんの図書室へ。本を大切にする方は歓迎するように仰せつかっております、それがたとえ人間でも異形でも。心ゆくまで図書室でお寛ぎくださいませ」


 うお!? 俺のわかる言葉を喋った!? 坊ちゃんって誰!?


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