第448話◆嫌な予感

「よしできた! アベルー、これに空間魔法と強めの停滞を付与してくれー。お代はシーサーペントのフライで! 魔石も付けちゃう!」

「何これ? すごく小さいリュック? シーサーペントは美味しいし高級料理だけど、昨日からシーサーペント料理が連続で出てきてるからありがたみが減ってきてるよ。それでも貰うけど」

 夕食の後ののんびりタイム。いや、のんびりしつつ明日の装備を調えているのだ。


 今朝の見張り時間に作り始めて、夕食の後にまたチクチクと弄っていた手のひらよりも小さなリュックが完成したので、アベルの前に差し出した。

 空間魔法と時間魔法の付与はまだまだ勉強中で、初歩的なものですら俺はまともにできない。せいぜい弱い劣化防止効果のある停滞が付与できるくらいだ。

 さすがレア属性、理屈はわかっても適性が皆無だとまともに扱える気がしない。

 というわけで空間魔法と時間魔法も適性が高くて、ごり押しで付与できてしまうアベル先生にお願いだ。


「カメ君用のマジックバッグ? ほら、カメ君が色々協力してるけどカメ君に分け前を渡しても持てないじゃん? やっぱ働いてくれてる分、ちゃんとカメ君にも取り分を渡さないといけないかなって思ってそのための小型マジックバッグ?」

「カメッ!?」

 机の上にチョコンと座って少しウトウト気味だったカメ君が、俺達の話を聞いていたのかパッと顔を上げた。


「えー? このカメ、普通のカメじゃなさそうだし空間魔法か収納スキルくらい持ってんじゃないの? うっわ、ワイバーンの皮製リュックだ。小さいけど結構突っ込めそう」

 確かにカメ君は実はすごいカメかもしれないけれど、やっぱこうリュック背負ったカメ君は可愛いかなって?

 カメ君サイズだとあまり大きなものは作れないので、ワイバーン素材で小さくてもそこそこ効果の高い付与ができるようにした。


「カァ?」

「あっ! "どこにでもいる普通のカメなのでよくわからなカメ"に名前が変わった。この野郎、すっとぼけやがって! もー、リュックが欲しいだけでしょ!? グランそれ貸して! 明日からの調査もたくさん手伝ってもらうから空間魔法と時間魔法くらい付与してあげるよ!」

「カメェ?」

 とぼけた表情で首を傾げるカメ君、ブツブツ言いながらも付与をしてくれるアベル。なるほどこれがツンデレってやつだな。アベルとカメ君はすっかり仲良しだなぁ。


「小さいからあんまり入らないけど、まぁ気分? 明日はカメ君用のお弁当を作って鞄に入れような」

「ほら、空間魔法と時間魔法付与しておいたから、自分で背負って」

「カッ!」

 アベルからリュックを受け取ったカメ君が、後ろ足で立ち上がってそれを背負った。

 よっし、サイズぴったり! 

「うんうん、似合ってるにあってる。ワイバーンの鱗なら火にも酸にも強いからな。明日ブラックドラゴンが出てきても大丈夫だぞ。ついでにリュックとお揃いの帽子でも作っておこうか。甲羅に頭を入れたら脱げるようにしておけばいいよな」

「カッ! カカッ!」

 リュックを背負ったカメ君が水でできた鏡を出して、その前でクルクル回って自分の姿を確認している。

 気にいってくれたかなぁ。気にいってくれたなら帽子も作っちゃうもんねー。


「ほどほどにしないとちびっ子の装備がすごいことになりそう」

「お、おう。でもあの海底の城は強い魔物もいそうだし、城の中の方からは少し嫌な感じがしたからカメ君の装備もしっかりしておかないとな。それから、自分達の装備も調整しておくよ」

 カメ君の装備を色々弄りたいところだが、城の中の探索に向け酸対策の装備を調えておかなければならない。

 ゴリラ達がすぐに倒してしまうと思うが、もしもの時のために対ブラックドラゴン用に光の魔石を砕いて爆弾ポーションの中に入れておくか。

 はー、ブラックドラゴンめんどくさいめんどくさい。


 そしてあの城。なーんか嫌な雰囲気がしたんだよなぁ。気のせいならいいのだけど……。











 ――なんていう嫌な予感は当たるもので。










「え? 待って!? ビブリオ!? 消えた!? アアアアアアアーッ!! 俺だけ取り残されたああ!? もしかして定員オーバー!? 俺を置いていかないでくれええええええ!!」

 これ、俺は悪くないよな!? 悪いのはビブリオだよな!? キエエエエエエエエ!!

「ファ~……」

 少し上に反ったつばが周囲にある帽子を被ったカメ君が、薄暗い図書室の中で呆然と立ち尽くす俺の肩の上でため息のような欠伸をした。

 これは俺が行方不明になったのではない! 俺以外が全員行方不明になったのだ!!

 ドウシテ!? ナンデ!? どうしてこうなった!?






 俺が今いるのは海底に出現した城の内部――本棚に大量の本が詰め込まれた図書室のような場所。

 海底に新しく現れた都市の下見をした翌日、調査隊はまだ到着しないので今日もまた職員さんと海底都市の下見へ。

 今日は昨日入らなかった城の中に入ることになった。大まかなマッピングと棲息している魔物の調査が今日の目的である。

 うっかり宝物庫に辿り付いて古代文明の遺物ザックザクで一攫千金! なんてことがないかなぁと思ったら、図書室のような場所に行き着いた。

 大きな城の図書室なのでその規模も大きく、図書室というか図書館といってもいい規模。


 城の中は広く通路も複雑で、まずは広い通路から順番に回っていると行き止まりにある大きな扉の前に出た。

 今日は大まかな下見だけの予定なので小さな扉の部屋は無視していたが、行き止まりの大きな部屋なら意味のある部屋かもしれないと踏み込んでみたら図書室だった。

 踏み込んだ瞬間、つい最近体験した軽いトラウマを思い出しアベルと顔を見合わせた。

 しかも薄暗くあの時の図書館をどうしても思い出してしまう。


 やだなー、ぱぱっと中を覗いてさっさと別のとこに行きたいなー。しかし古代の図書館なら貴重な本もありそうなんだよなぁ。

 しかし本棚から本を取り出すと、ダンジョンの作り出した仮初めの書物はすぐに具現化が解けて消えてしまうものだった。

 くそぉ、持ち出せるなら全部持って帰ってうったら大儲けできると思ったのに、世の中そんなにあまくなかった。

 職員さん曰く、ダンジョン内に出現する図書館的な場所はだいたいそういうものらしい。しかしたまにその中に持ち帰ることのできる書物も混ざっているという。

 なんか、夢のある話だな! 持ち帰られる本を見つけたらお小遣いになるかなぁ?


「俺の究理眼なら持ち出せる本も見つけられるよ。ほら、あそこにあるのは持ち出させそうだよ。表紙に手書きで名前と日付が書いてあるな、本じゃなく日記帳っぽい?」

 アベルがヒョイと手を伸ばして一番上の棚にあった本を取り出した。

 図書室に日記帳というか、過去の人物の日記帳を作り出してしまうダンジョンさん地味に鬼畜だな……。

 遠い未来、自分日記をダンジョンが勝手に再現して誰かに見せると思ったら、その時代にいないとしても俺だったら絶対嫌だ。

 日記なんか付けていないけれど、未来の万が一を考えると絶対に日記なんて書くのはやめておこう。

 俺も何か持ち出せる本を見つけたいなぁ。手に取った日記を開こうとしているアベルから少し離れた場所で、本棚の本を片っ端から取り出してみる。

 しかしどれもこれも本棚から取り出すと弾けるように消えてしまう。


「アベル、本の類は呪いがかかっているかもしれないから気を付けろ」

「大丈夫大丈夫、ちゃんと確認したから。呪いもかかってないし、魔物が化けてるものでもないよ。ガーランドって名前が書いてあるな……ズィムリア魔法国最後の王の名前と同じだけど、この城は中期の城だし同名の別人かなぁ? それとも書物には時代関係なしに置かれてるのかな? まぁいいや、中身を確認……うわっ!? ビブリオ!?」


 警戒するドリーの言葉を軽く流したアベルの口からビブリオという単語が聞こえて、そちらを振り返った俺が見たのは、小さな本から飛び出した怖い顔の巨大な紺色の狼。そしてその本をあわててアベルから奪い取るドリー、アベルとビブリオの間に割り込む職員さん、アベルを後ろに引っ張りながら盾を構えるカリュオン、防御魔法を使おうとするリヴィダス、一人だけ楽しそうにドリーの手元の日記帳を覗きこむシルエットだった。


 そして彼らの周りに紺色の魔力の風が巻き起こったかと思うと、アベルからドリーが取り上げた日記帳がパタリと床に落ちた音がして、その後アベル達の姿もビブリオの姿も消えて静寂だけが残った。


 あああああああーーーーーっ!! 置いていかれたーーーーーー!!

 また本の中に招待されそびれたあああああああ!!


 これが転送装置とかなら心配になるのだが、ビブリオは本の中を見せてくれるただの本好き妖精だ。

 いきなり拉致されて驚かされることはあるが、ビブリオが満足すると元の場所に戻してくれる。ビブリオに本の中に招待されて危険な目にあったという話も聞いたことがない。

 アベル達のことは心配する必要はないと思われる。



 ……どうしよ、置いていかれたからみんなが戻ってくるまで暇になっちゃった。




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