第447話◆専属伝言係

「いやーー、十五階層から進めたと思ったら十六階層がまた難所でしたね。まったく、とんでもないダンジョンですねぇ」

「君、なんでうちでご飯を食べてるの? 職員は冒険者から賄賂を受け取ったらダメでしょ!?」

「いやいやいやいや、これは賄賂じゃなくて夕飯ですから。あ、グランさんありがとうございます、いただきます」

「いえいえ、これで今日の津波投げ捨てのことはなしに」

「しょうがないですねぇ、今回だけですよ。ホントに危ないですからね、海に津波を捨てる時は周囲の安全を確認してからお願いしますよ」

「賄賂! 絶対それ賄賂だよね!? でもグランのやらかしが帳消しになるなら、ま、いっか」

「今日はやらかしってほどやらかしてないと思うけど?」

 これは賄賂ではない、ただの夕飯だ。お隣さんを招いたただのお食事会だ。

 ちょおおおおおっと、海に大量の海水を投げ捨てたのは、危険行為として素行にマイナス評価を付けられたかもしれないと不安だったので、職員さんを夕飯に招いて事情の説明と言い訳とお願いを。

 よってこれは賄賂ではない。

 そんなことより今日の下見で得た情報の整理と明日以降の計画を立てなければいけない。






 十五階層の海底に現れた城下町、その中心部にある大きな城。城門をくぐり進んだ先にある庭園にあった十六階層の入り口。

 見つけてしまったので確認をしなくてはいけない。

 入り口だけと十六階層に入ってみると、目の前に広がったのは見渡す限りの砂! 砂! 砂! 砂漠!!

 海の階層の次は砂漠の階層である。


 その砂の中から三角の黒い板状のものが突き出して、スイスイと泳ぐように動き回っている。

 そしてそれが砂の中から跳び上がり、その姿の全てが見えた。

 黒い大きな魚のような生き物。腹側は白く、顔の辺りにも楕円に近い白い模様が入っている。

 砂漠の殺し屋とも呼ばれるカサートカという魔物である。

 ぱっと見は魚――前世にいたシャチに似ている。しかし泳ぐのは水中ではなく砂の中。

 砂漠の砂の中を泳ぐように移動し、砂の上にいる生き物を捕食する。もちろん人間もパクッといかれることがある。


 しかし幸いなことにやつらの主食は人間ではなく、同じ砂漠に住む別の生き物。

 シャチがいるならアレもいるよなぁ!? アレだよアレアレ、クジラだよ!!

 カサートカと同じように砂の中を泳ぎ回る魚のような生き物、バジェーナという前世のクジラに似た魔物がいる。

 バジェーナは種類によって大きさに幅があり、その小型から中型のものがカサートカの主食だ。

 クジラと同じように超巨大なバジェーナもいる。むしろクジラよりさらにでかい。

 その中でも特に大きいのがテラナガスクジラというバジェーナで、その大きさは島と間違えるほど。

 それにしてもこの名前を付けた奴は元日本人な気がして仕方がないんだよなぁ。

 ちょいちょいあるんだよね……俺と同じような前世の記憶持ちがいた痕跡。

 ちなみに同じように砂漠を泳ぐ魚のような魔物にはイルカに似たデルピスというやつもいる。

 こいつは小型で性格は比較的温厚、好奇心も強く、上手く手懐ければ背中に乗せてくれて、砂の海の移動を楽にしてくれる。

 もちろん鮫やデザートサーペント系もいる。


 俺達がいる入り口から離れた場所で大きな尻尾が砂の中からニョキッと生えたのが見えた

 そしてそれが砂の中に戻る時、周囲の砂が大きく巻き上げられて飛び散った。

 巨大バジェーナが悠々と砂の海を泳いでいるようだ。

 十六階層は砂漠は砂漠でもただの砂漠ではなく砂の海――砂海階層だった。

 おそらく、棲息している生き物は砂漠の生き物より海の生き物に似たものが多いと思われる。つまり歩ける海のようなもんだ。

 うっわー、これは難度の高そうな階層だなぁ。


 そんな難易度高そうな階層をチラ見して、そっと十五階層へと戻り。

 うん、ただでさえ砂の海系の階層は面倒くさいのに、そんなの場所を前情報なしで突入とか、ダンジョン調査初心者の俺には無理。

 やばい砂漠魚シリーズが泳ぎ回っているので、俺のようなひよっこAランクは砂の上を歩くだけでもびびり散らかしてしまう。

 十六階層は見なかったことにしよう。きっとベテラン調査隊が攻略してくる。

 俺は攻略された後、資料を見て準備万端にしてから十六階層を楽しむのだ。


 十六階層をチラ見した後は十五階層に戻り、セーフティーエリアへと帰還。

 ダンジョンの中なので制限があるとはいえ、アベルの転移魔法はやはり便利である。帰りが楽って最高。

 そして夕飯タイムへ――。

 明日も引き続き調査を行うということで、打ち合わせも兼ねて職員さん達と一緒に夕食をすることになった。

 夕飯に招待するぶん食材も分けてもらったし、お隣さんだしついでだついで。

 ついでに今日の出発前に津波を海にぶん投げて注意されたのが、素行にマイナス評価にならないようにお願いしておいた。



 夕飯を食べながら今日の出来事を振り返りつつ、今後の予定を話し合う。

「十六階層は砂海か。そっち専門の調査隊が来ることになりそうだな。うちは砂海や海に特化したメンバーがいないからな、十六階層の調査は厳しいな」

 ベテランのドリーですら、ものすごく険しい表情になる砂に覆われた十六階層。

 砂漠といっても棲息している魔物が海洋性の魔物と性質が似ているため、砂海の性質は陸地より海に近い。

「ええ、十六階層の調査は砂漠慣れをしている砂漠出身の獣人や砂エルフが中心になりそうですね。遠くから呼び寄せることになりそうなので、十六階層の調査はもう少し先になりますね。とりあえず十五階層の調査について詰めていきましょうか」

 砂エルフ!?


 砂エルフはユーラティアではあまり見かけないのだが、乾燥して気温の高い地域、つまり砂漠のような場所に住むエルフで、小柄でくすんだ茶色や黒に近い髪の毛をした者が多いエルフだ。

 耳が尖っているのはエルフっぽいのだが、小柄でややぽちゃっとした体型で、童顔の者が多くぱっと見人間の十代前半くらいに見える。

 あまりエルフっぽくない種族だがエルフらしく顔は整っているのですごく可愛い。

 暑い地域出身のせいか、肌の色は健康的な色の者が多く、個人的には色白で細いエルフらしいエルフより安心感を覚える種族だ。

 ハイエルフほど魔法の扱いが得意ではないものの、体力や筋力には優れている。

 また砂漠出身の獣人も小柄でぱっと見幼く見える種族が多く、見ているだけで癒やしを感じてしまう。

 砂漠に生きる種族は小柄で可愛い種族が多いイメージである。

 小柄で可愛いけれど、砂地での戦いになるとめちゃくちゃ獰猛さを感じる戦い方ですごくすごく頼りになる。 


「あの城なぁ……。アベルの魔眼が通用しない奴がいたんだよなぁ?」

 カリュオンが珍しく難しい顔をしている。

 確かにアベルの鑑定を弾く敵となると、そのもの自身もしくはそれを支配しているものがランクの高い存在である可能性が非常に高い。

「うん、あの門番っぽいのはただのレリーフにしか見えなかったよ。中に入ってからいたゴーレムやガーゴイルはちゃんと見えたけど……」

「カッ!」

「え? 報酬次第で手伝うカメ? グランの料理目的か!? くっ……悔しいけど俺の究理眼よりちびっこの方が確実そうだね」

 テーブルの上に座って、パリパリに揚げた小型のシーサーペントの骨をカリカリと囓っていたカメ君が、ぱっと顔を上げて俺の方に可愛い手を片方伸ばし、短い指をチョイチョイと曲げた。

 代償次第でアベルが見抜けないものも教えてくれるってことかな?

「うんうん、働くなら報酬はちゃんと渡さないとな。ん? これか? これはクラーケンリングのフライだな。これが欲しいのか? 好きなだけ食っていいぞ」

 俺の前の皿に盛られているクラーケンのリングフライをカメ君用の小皿に置いてやる。

「カカカッ!」

 それを見てガッツポーズをしたので、海底城の調査で力を貸してくれるということだろう。

「うんうん、でもこれだと報酬としては少ないから欲しいものがあったらアベルに伝えといてくれ」

「カッ!」

「え? 俺!?」

「だってカメ君と正確に意思疎通ができるのはアベルしかいないし?」

 カメ君は俺達の言葉を正確に理解しているようだが、俺達はカメ君の鳴き声や行動で判断するしかない。

 アベルの究理眼ならカメ君と意思疎通できるし?

「"銀色は有能な伝言係カメ~"!? くそ! この亀、また俺のことおちょくってる!!」

「カァァ?」


 やー、アベルが見抜けないものを見抜いてしまうカメ君も心強いし、そのカメ君と意思疎通ができるアベルも心強いなぁ。

 



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