第445話◆黒い竜

「カーーーーーーッ!!」

「カメ君!?」


 まるで跳び蹴りをするような体勢で城門に、正確には門の右側の壁に掘られた竜のレリーフに向かって跳んでいった。

 カメ君の跳び蹴りが届くその直前に竜のレリーフが光沢のある黒に変わり、壁からぬるりと黒いドラゴンが抜け出してきた。

「な!? 俺の究理眼で見てもただの壁だったのに!?」

 ゴーレムというか本物のドラゴンが石化が解けたように、ぬるりと動き始めたのだ。

 アベルも究理眼でドラゴンの存在を見抜けていなかったようで、その出現に驚きを隠せないでいる。

「カメ君危ない!」

 小さなカメ君が俺の身長くらいあるドラゴンが牙を剥いたのを見てすぐに剣を抜いた。

「カッ!」


 パカーンッ!


 俺が斬りかかるより早くカメ君の跳び蹴りが、黒いドラゴンの鼻先に当たった。

「へ?」

 カメ君に鼻先を蹴飛ばされたドラゴンが後ろに仰け反ったと思うと、すぐにその色が失われピキピキとヒビが入りガラガラと地面に崩れ落ちた。

「カーーーッ!」

 崩れ落ちるドラゴンの欠片を足場にしてカメ君が反対側のレリーフの方へ跳んでいくと、そちらからもぬるりと黒い竜が出てきて、すぐにカメ君の跳び蹴りを浴びて地面に崩れ落ちた。


 ……え、カメ君つよっ!?


「カッ! カカーッ!!」

 レリーフに擬態していたドラゴンを粉砕したカメ君は、今度はその破片の上に降りてゲシゲシとそれを踏みつけて粉々にし始めた。

「うわ、レリーフが小型のドラゴンだったなんて全く気配に気付きませんでしたよ。アベルさんでも見落とすほどのものとは……、危なかったですね」

「うん、全くわからなかったよ。しかも倒した後もやっぱりただの石ころみたい。あまり強い感じではなかったけど、気付かずに門を開けようとした時に攻撃をされて危なかったね。悔しいけどちびっこのお手柄だね」

「フフフンッ!!」

 ドラゴンの残骸を執拗に踏みつけていたカメ君が俺達を見上げ誇らしそうに胸を張った。


 投げた石にも反応せず、アベルの鑑定ですらただの壁にしか見えない。この先、生き物のレリーフを見かけたら要注意だ。

 倒された後、石に戻ったということは、侵入者が近付けば石から生き物に変わる魔法がかけられていると考えるのがよさそうだ。生き物系の置物や細工は片っ端から壊していくか。


「あまり大きなドラゴンではなかったが危なかったな。しかし小さいと侮っていたが、アベルでも見落とすものを見抜くとはなかなか優秀な亀だな」

「当然だよなぁ? カメッ子はやればできる亀だもんなぁ?」

「カメッ!」

「く……次は負けないからね!!」

 アベルがカメ君にライバル心を燃やし始めたようだ。何だかんだで仲良くなってるよなぁ?

「カッ!」

「おかえりカメ君、お手柄だったなー。おっと、魔石があるな回収しておこう」

 石に戻ったドラゴンの破片を踏んでいたカメ君は、納得したのか俺の肩の上に戻って来た。

 その破片の中に黒紫色の魔石、闇属性の魔石があったので回収。

 一瞬でカメ君が粉砕してしまったが、闇属性の魔石で黒いドラゴンということはブラックドラゴン系かなぁ?

 やだなー、ブラックドラゴンは酸攻撃があるから装備が傷むんだよなぁ。


「むぅ、ブラックドラゴンですか……これは酸対策が必要ですねぇ。ちょっとセーフティに待機している連絡係に連絡をしておくので周囲の警戒お願いします」

 職員さんも厄介な酸攻撃持ちの相手に渋い顔をしながら、通信用の魔道具で待機している職員さんと連絡を取り始めた。

 カメ君が一瞬で粉砕したけれど、今いたのはその黒い見た目からしてブラックドラゴン系だろう。となると酸による攻撃が非常に厄介である。


 ブラックドラゴンはその見た目の通り闇属性のドラゴンであるが、同時に土属性も持っており、強烈な酸性の霧状ブレスを吐いてくる。

 酸のブレスを吸い込めば呼吸器官に大ダメージを受けるし、浴びれば皮膚からのダメージ以外にも装備が激しく劣化してしまう。

 酸攻撃持ちの敵がいるなら対策をしておかなければ、甚大な被害を受けることになる可能性が高い。

 またランクの高い個体は沌属性を持っていることもあり、竜種の中でも厄介な類である。

 何が面倒くさいって、これといった大きな弱点がなく光属性にやや弱い程度だ。魔法の使えない俺にとっては小細工も通用しない相手なのだ。

 入り口に二匹いただけだが、この後も出てくることも考えられる。そして奥に行くほど強い個体が出てくることを想定しておくほうがいいだろう。

 海の中なので水属性対策に寄せた装備で来ていたが、ブラックドラゴンに備えて酸の対策も念入りにしておかないとな。



「職員さんは連絡中だし、今のうちに城門の回りを調べておくか」

 今日は中に入らないとしても、どうせ手が空いているから城門の開け方くらい調べておいてもいいだろう。

「そうだねー、門番っぽい竜はちびっこが倒しちゃったし。門番がまた出てくる前にぱぱっと調べちゃおっか」

 チラッと職員さんの方を見ると魔道具で会話しながら頷いたので、張り切って門を開けちゃうぞー。

 城下町に入ってほとんどやることがなかった俺、そろそろ何か仕事をしてデキる雑用係の存在感をアピールしておきたい。


 先ほどのレリーフが変化したドラゴンはアベルの言う通り門番だった可能性が高い。

 となると時間の経過と共にダンジョンによりレリーフが修復され、再びあの石のドラゴンは配置されそうだ。

 本物のドラゴンなら小型でも素材が旨いのだが、倒すと石に戻って魔石以外の素材を残さないドラゴンなんて旨味がなさすぎていらない。


 ダンジョンにある閉ざされた門や扉の類は条件を満たすと開くタイプが多く、その条件は錠の解除だったり、門番の討伐だったり、特定のキーアイテムが必要だったりと様々だ。

 とりあえず門番を倒したからこのまま進めば開く可能性は高い。

 しかし、門番を倒したからといっても、扉に罠が仕掛けられていないとはいえない。


 まずは目視で見える範囲に違和感がないか観察。

 分厚い城壁を大きくくり抜くように設けられた城門はトンネル状になっており、木製の格子扉がはめ込まれてある。形状からして上に引き上げるタイプだろう。

 パッと見、罠らしきものは見当たらない。


 しかし罠とは見てすぐわかるようなものばかりではない。むしろそうでないもののほうが多い。ごく自然に取り付けられている魔道具のようもの、不自然な装飾や文字、違和感なくはめ込まれている魔石、それは罠である可能性がある。場合によっては扉そのものに危険な付与がされていたりする。

 扉を注意深く観察をしながら、探索スキルで城壁の向こう側の見えない部分の地形を探りながら、気配察知のスキルで生き物の気配にも注意を払う。

 扉にはとくに異常なし、扉のすぐ向こうには強力な生き物の気配ない、見えない部分の地形は道のような空間があるのを感じる。


「俺がわかる範囲だと危険なものは見つけられないな。扉の向こうもすぐには強力な敵はいなさそうだ」

 しかしまだわからない、触れると発動する系の罠だってある。

 そういうのはアベルの究理眼やシルエットのスケルトン先生の出番だ。


「そうだねぇ、俺の究理眼でも普通の扉に見えるね」

「じゃあアタシの出番かしら」

 見てわからないなら、触ってみるしかない。スケルトン先生お願いします!!

 こういう時、使い捨てにできるアンデッドが使えるネクロマンサーがいると楽で安全である。


「ファッファッファッファーッ」


「あ?」

「は?」

「え?」


 シルエットがスケルトンを出す前に俺の肩の上にいたはずのカメ君が、いつの間にか地面に降りて鼻歌のような声を出しながら、チョコチョコと扉の方へ歩いていっているのが見えた。

 門の安全を確認していた俺とアベルとシルエットは思わず変な声を漏らした。


「カッ!」


 そして扉の少し手前でピョーンとジャンプして体当たりをした。


 ガラガラガラ……。

 

 カメ君に体当たりをされた扉の向こうから鎖を巻き上げるような音がして、格子扉が上に上がっていった。


「あれ、罠なんてなかったのかな? カメ君すごいな?」

「フフーン」

「ちびっこの名前が"偉大な俺は何でもお見通しのカメ"に変わってる! 何コイツ!? すごいけど、なんか悔しいな!? グラン、一体どういう教育をしたらこんなイラッとくる亀になっ……つめたっ!」

 あ、カメ君がアベルに水鉄砲をピューッてした。素直に褒めてあげないから。そして、俺はとくに何も教えていない。

「小さくて可愛くてなかなかやるわね。アタシの骨も負けていられないわ……」

 や、そこ、対抗心燃やすところなのか?


「うむ、門番以外にはとくに仕掛けはないのか。この門は門番を倒した後に近付くか触れるかすると開くタイプということか?」

「カメッ」

 顎をさすりながら門を見上げているドリーの言葉を肯定するようにカメ君が返事をした。

 何でもお見通しは本当なのかもしれない。

「カメっ子はさすがだなぁ。冒険者の才能があるんじゃないのかぁ?」

 才能はあっても言葉が話せないと冒険者は無理かな?

 言葉を話せて規則が守れるならなろうと思えば亀でも冒険者になれるかもしれないけれど。カメーとかカーッじゃ少し難しいかな。


「進むにしろここまでにするにしろ、今のうちに強化魔法をかけ直すわよ。カメちゃんもこっちにいらっしゃい。カメちゃんが物知りでも一人で先走ったらダメよ? パーティーで行動する時はキリのいいとこで足並みを揃えるのよ。職員さんが戻って来るまで次の行動に備えましょ? カメちゃんも次からは防御だけじゃなくて攻撃の強化もかけておくわね」

「カァ? カカッ!」

 トコトコと先に進もうとしたカメ君だがリヴィダスに引き留められ一瞬不思議な顔をしたものの、ピョコンと俺の肩の上に戻って来た。

 門が開いたのですぐ進みたいところだが、進行を仕切っている職員さんは魔道具で話しているし、場所的にも一区切りだし強化魔法を更新してもらうなら今のうちだな。


 と思ったら連絡が終わったようで職員さんがこちらにやって来た。

「あ、すみませんすみません、こちらも終わりました。見てましたけど扉には罠はなさそうな感じでしたか。うーん、まだ時間はあるので門を入って入り口周辺だけ確認しましょうか。奥の方は予定通り調査隊の本隊がきてからで。ブラックドラゴンがいる可能性があるので、酸対策をしておいたほうがいいかもしれませんね」


 どうやらこのまま内部を少しだけ覗くようだ。

 リヴィダスが全員に強化魔法をかけているうちに酸対策用の装備を着けて、カリュオンを先頭に城門をくぐった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る