第444話◆仮初めの古代都市

 緩やかで小高い丘の頂上付近に大きな城、その周囲には斜面を利用した立体的な構造の城下町が広がっている。

 俺達が来た道をそのまま道なりに町の中に入ると、それがそのまま城下町の中の大通りとなり、その先は城の方へと続いている。見た感じだとこの道を道なりに進めば城まで辿り着けそうだ。

 城への直通ルートは比較的分かりやすそうだが、緩やかに上り坂が続く町の中は、用水路や段差で区画分けがされておりメイン通路を外れて細い路地に入ってしまうと、簡単に迷ってしまいそうだ。

 また区画を分けている段差の階段、海水の流れる用水路の橋を潰してしまえば、別の道を迂回するために細い路地の中へ入り込まないといけない構造になっており、ぱっと見は栄えた交易都市のような構造だが、よく見るとかなり防衛を意識した造りになっている。

 これはメインルートを外れると罠だらけかもしれないな。

 人が暮らしていてもおかしくないような風景だが、もちろん住人はいない。いるのは水辺に住む魔物ばかりだ。


 こういう市街地地形は死角が多く、奇襲を警戒して常に周囲の気配に気を配らなければいけないので非常に気疲れをする。

 建物の多い地形では遠距離からの狙撃の危険もある。

 狙撃対策にカリュオン以外フードをスッポリと被っている。カリュオンはバケツだからフードなんかいらない。

 フードには射撃耐性が付与してあり、リヴィダスの強化魔法を併せれば弓や投擲武器による攻撃なら半端なものは余裕で弾いてしまう。



「これはズィムリア魔法国中期から後期の町並みっぽいなぁ。詳しい調査を進めるうちに歴史的資料もたくさん出てきそうだねぇ」

 ズィムリア魔法国とは、ユーラティア王国のある大陸で何千年も前に魔法文明を築き上げた巨大な国だが、その記録はあまり残っておらずダンジョンから時折発見される歴史的資料は高値で取り引きされている。

 僅かに当時の遺跡も残っているが、この海底都市のようにダンジョンに当時の町や城を模した空間が形成されていることがある。

 地上で長い時の中で風化してしまった過去の巨大文明が、仮初めとはいえはっきりとした形で作り出された空間は、失われた過去の大国の謎に迫る手がかりとなる。

 そしてズィムリア魔法国を模した空間では、かの国に縁のあるものが手に入りやすい。当時の通貨や武器防具、装飾品に魔道具や書物、ほとんどが価値の高いものである。


「これはとても楽しい調査になりそうね」

 歴史に詳しいアベルやシルエットはすごく楽しそうな表情になっている。

 とくにシルエットの使う沌属性の魔法にまつわる魔導書は、ズィムリア魔法国時代のものが多い。

 沌属性は扱いが難しく適性を持つ者も少ないため、未だ謎が多い。

 アベルの使う空間魔法と時間魔法も同様で、二人ともズィムリア魔法国時代の書物に期待しているのだろう。

 ズィムリア魔法国はその名の通り高度な魔法や魔道具を基盤に成り立った巨大王国で、当時の魔法や魔道具は現在のそれを超えるものがいくつも発見されている。

 魔道具の本とか出てくると俺もほしいなぁ。

 もしかすると俺も魔法を使えるようになる方法がみつかるかもしれないし?

 すっげー、夢のある場所がみつかったなぁ。うっかり調査中にいいものが手に入るといいなぁ。




 城下町の中心部を通る大通り――城まで続くメインルートは道幅が広く見通しがよく、罠などは仕掛けられておらず、時々飛び出してくる魔物以外は危険なものはほとんどなかった。そりゃあもう退屈なくらい。

 お? あの建物にぶら下がっている看板、すごく魔道具屋っぽい。少し覗いてみていいかな? 何か面白い魔道具が中にあったりしないかな?

「カッ! カーーーッ!!」

「グラン、調査中だから変なとこにフラフラ行かないで。カメ君ありがと、グランが変なとこに行きそうになったらまた教えてね」

「カッ!」

 少し建物の中を覗こうとしただけなのに、カメ君が気付いてアベルに知らせたせいでみつかってしまい止められてしまった。

 最初はあんなに煽り合っていたのに、いつの間にかすっかり仲良しになってやがる。


「はいはい、建物――とくに扉や窓には触らないで下さいねー。罠というか防犯用の仕掛けがありますからね、商店系は絶対あるから触らないで下さいね。ほら、建物の扉や窓の上に魔道具っぽいものがあるでしょ、あれが侵入者防止の罠ですよ。おっと、あそこの階段で区画が変わるみたいですね」

 職員さんは経験豊富で探索系の特化スキルも持っているようで、俺より先に罠を見つけて注意を促していく。そしてそれと同時にマッピング作業もしている。

 いつもなら俺がやっている仕事である。


 シルエットの出したスケルトンが先行しているので、前方で気配を消して潜んでいる魔物もほぼスケルトンが釣ってくれている。更には上空から骨の鳥が周囲を警戒している。

 俺がわざわざ気配を探って探し出す前に魔物が骨に釣られて出てくるので、やはり俺の仕事がない。

 時々スケルトンに釣られないで俺達を狙って出てくる魔物はゴリラ勢達が目視と共に倒している。

 俺のやることはゴリラ達が倒した魔物を拾うだけ。

 いつも以上に暇である。

 だがこんな時こそ気を緩めてはいけない、冒険者たる者常に緊張感を保って行動だ。緊張が緩んできた時こそ危険なのだ。

 く、あの看板は本屋っぽい。気になるけれどフラフラと行ってはいけない。

 ……少しだけなら。

「カーーーーーーッ!!」









 と、緊張が緩みそうなのを耐え抜いて進んだのだが……たいしたことは起こらぬまま丘の頂上付近にある城の門の前に到着してしまった。

 高い石の城壁に囲まれた大きな城。城壁には海水の溜まっている堀があり、そこにかかる橋を越えた先に固く閉ざされた城門がある。おそらく近くにこの扉を開く仕掛けがあるのだろう。


 俺達は今その門の少し手前から城を見上げている。

 門の左右の壁には成人男性ほどの大きさのドラゴンがレリーフ状に彫り込まれており、この城がズィムリア魔法国の城を模したものであることを示している。

 ズィムリア魔法国は古代竜を崇拝していたという記録が残っており、この国を模したダンジョンやそこで手に入る当時の装備を模したものには、やたらドラゴンが描かれている。

 壁の竜がゴーレムではないことを確認するため、石を拾って投げてみたが反応はない。アベルも何も言わないのでただのレリーフで間違いないようだ。


 予定では今日はここまでだったのだが、分かりやすく大きな道を道なりに進むだけ、魔物もあまりいないで、予想していたよりかなり早い時間に目的地まで着いてしまった。

 割れた海の間から見える空を見上げると、日の位置はまだ高い。


「思ったよりあっさり到着したな。出てきた魔物もBからAくらいか?」

「だなー、思ったより手応えがなくて拍子抜けだなー」

 ゴリラ達が一発ぶん殴れば吹き飛んでしまうような敵ばかりで、前衛の二人は消化不良気味のようだ。

「メインルートでここまで直通なら罠はなさそうでしたねぇ」

 職員さんがマッピング用の魔道具にカリカリと印を付けている。

 空間魔法系の付与を利用した魔道具で、周囲の大雑把な地形を自動的に記録し、それを手動で細かく修正できるらしい。

 さすが冒険者ギルド、便利そうな魔道具だな。


「それにしても目の前まで来てみると思ったより大きな城だね。ロンブスブルク城ほどじゃないけど、構造はこっちのほうが入り組んでそうだ。外見は綺麗な城だけど内部は防衛重視の構造になってそうだね」

「そうねぇ、町も防衛向きの構造だし戦争が多かった中期の終わり頃かしら? カリュオンどう思う?」

「さぁ~? 俺あんま歴史興味がないし? ズィムリア魔法国の中期って領土広げすぎて周囲の国とドンパチしてたっていわれている時期だっけ? 後期はもっと暮らしやすくて機能重視のシンプルな造りだっけか?」

 古代史に詳しい魔法使い二人が、バケツエルフを巻き込んで城の考察を始めた。


 ズィムリア魔法国の詳細は未解明なことのほうが多く、かつてこの大陸のほぼ全域を長期間にわたり統治していた巨大な古代国家だということくらいしか一般的には知られていない。

 ユーラティア王国はそこから派生してできた国だと冒険者ギルドの歴史講座で習ったことがある。

 冒険者ギルドにもこの国の資料は置かれており、俺も少しだけそこで資料を読んだことはある。

 最盛期にはこの大陸のほぼ全域を支配下に置くほどの多種族国家だったが、種族による身分制度があり人間の地位は低かったとかなんとか。

 王国中期は人間を中心とした内乱が増え徐々に領土を減らし、最終的に今のユーラティア程度の大きさになったところで国の体制が崩壊。その後身分制度を見直し国は立て直され後期は安定して栄えていたらしい。

 ズィムリア魔法国系の階層から出土する高性能の魔道具は、だいたい王国後期のものである。


「元は種族による身分制度の厳しい国だったみたいだけど、領土が削れた後期は種族による身分制度を撤廃して長い時間をかけて種族差別を減らした話はシランドルでも有名ね」

 ユーラティアやシランドルには人間以外の種族も住んでいるが、それにも関わらず平民の間では差別はほとんど見られないのは、このズィムリア魔法国後期に作られた地盤にあるというのはギルドで読んだ資料にもあったな。


 当時の魔道具の中には今よりも高性能のものや大規模なものがあったりする。

 発見された治政の記録を見ると、後期と呼ばれる時期は長くその間大きな争いもなくかなり安定した国家だったようだ。

 そんな国がどうしてなくなったのだろう?

 歴史にとくに興味があるわけではないが、古代文明の存亡に関わるものを目にすると、やはりその不思議さと浪漫に心惹かれてしまう。


「カーーーーーーッ!!」


 なんて滅んだ国に思いを馳せていると耳元でカメ君の声がして、カメ君が俺の肩からピョーンと城門の方へ跳んでいくのが見えた。


 カメ君!?!?


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