第443話◆海底調査

「水に浸かってない場所は自分で採取するから、アベルは海中の海藻お願い。遠い場所はアベルに任せればいいから、カメ君は安全なとこだけでも大丈夫だよ。二人ともありがとう」

「そうだよ、ちびっこは無理しないでいいよ。遠いとこは俺の空間魔法で回収すればいいからね。無理に遠くまで泳ぎ回らなくていいよ、ちびっこだからね、フッ……」

「クワーーーッ!」

「あら、海藻や貝の回収なら骨でもできるわよ」

「あ、じゃあシルエットはあの辺のラパパ貝を頼む」

「今日のお昼ご飯は海底で海の幸料理かしら? それなら、海底に擬態している平べったい魚が美味しいわよ」

「ふむ……俺はあそこにいるでかいエビがいいな」

「もう面倒くさいから挑発して全部集めちゃうかー」

「ちょっとちょっとちょっとーーーー!! 新区画の下見に来たんですよね!? 調査ですよね!? 何、海産物ばっかり集めまくってるんですか? え? ちょっと!? 海に向かって挑発なんかしないでくださいよ!!」


 海底に棲息している魔物や海藻の調査を兼ねた採取活動が忙しい。海産物ばかりなのは周囲が海だから当たり前なのでは?

 それにこれは決して食べるために集めているわけではなく、調査のためである。

 もちろん調査が終われば、もったいないから美味しく召し上がる。

 そんなつもりで海が割れてできた道を、その先の海底都市を目指して歩きながら目に付くものを採取していたら、職員さんにただ海産物を集めているだけだと誤解されてしまったようだ。


「目視範囲に棲息しているもの、採取できそうなものを確認しているだけだよ。別にお昼ご飯を集めてるわけじゃないよ」

 おいアベル、本音が少し漏れているぞ。貴族のくせに言い訳が下手くそだなー、ここは俺がフォローをするしかないな。

「この赤い海藻は酢を少し入れて煮た湯を漉して、冷ますとゼリー状になってお菓子作りにもダイエット食にも使えるんだ。この楕円形のでかい貝はラパパ貝。コリコリした食感で美味いし、ポーションの素材にもなる。殻はめちゃくちゃ固いから防具の素材にもなるぞ。リヴィダスが言っているのは、あそこで海底のふりをしているやつだな。白身の魚で繊細で上品な味だ。背びれや尾びれの付け根の身は歯ごたえがあって美味いぞ。ドリーの言っているエビはよくいるロブスターだな。それと海に向かって挑発はやめとけ」

 とりあえず目に付く魚介類や海藻を簡単に説明しておく。ダンジョンに棲息するものや、採取できるものの情報は重要だよね?

 調査じゃなかったらカリュオンの挑発で高級素材底引き網漁をしたいところだが、今日は我慢だ。

 この辺りは昨日一度通って罠はないのは確認している。調べることがあるとしたら出現する魔物と採取できる素材類くらいかなぁ?

 本番は海底都市に入ってからになるだろう。


「食べ物ばっかりじゃないですかーーー!!」

「そりゃ食材ダンジョンだから食べ物ばかりなのはおかしくないのでは?」

「あ……あー、言われてみればそうですね。そうか、確かに全部食材なのはおかしくないですね。なるほど調査ですねぇ」

 よっし説得完了!!

 手に入る素材が食べられるか食べられないかは非常に重要である。美味しそうに見えて毒があるものを間違えて食べてしまったら大変だからな。

 食べ物だから集めているわけではなく、これは生態と品質の調査である。

「って、しっかり回収してバッグの中に詰め込むんですね」

「そりゃ、食べられるものを採取したのに捨てるなんて、神様に怒られてしまう」

 無信仰だが食べ物は粗末にすると天罰が下ると思っている。


「しかしあまり道草を食ってると城下町に到着するのが遅くなりそうだな」

 そう言っているドリーの手にはいつの間にか大きなロブスターが握られている。

 って、道草って白状したあああああ!!

「そうですよ! 今日は下見ですからね! 細かい調査はしなくていいんです! 道中に危険な生き物や仕掛けはないか、進みやすいルートはどれか、目標地点までどのくらいの時間がかかるか、そういうのを調べるんです! 食材はまた今度! 美味しそうなものはほどほどでお願いします!」

 ほどほどならいいんだ……。じゃあ、ほどほどに持って帰ることにしよう。

 昨日と違って今日は心強いゴリラに囲まれているから、こっそり素材を摘まんでいくくらいの余裕はある。













「では少し早いですけどここで昼休憩にして、この先の調査へ行きましょう。って、はやっ! もう調理器具が出てきてる! 組み立てたままマジックバッグの中に入れてるんですか!?」

 準備と後片付けの時間を削れば休憩できる時間は長くなるからな。手早く設置、手早く片付け。これも冒険者のスキルである。

 毎回組み立てるのが面倒くさいので、折りたたみ式の屋外用調理器具は組み立てたまま収納につっこんでいる。収納に余裕がなくなった時だけ折り畳めば問題ない。


 割れた海の間を通る道を進んで、海の底から出てきた都市の手前に到着したのは、まだ太陽が頭の真上より手前にある頃だった。

 昼には少し早いが、町の入り口手前は広くなっており見通しがよく、海水の壁からも離れていて海中からの奇襲もされにくい。

 見通しの悪い市街地に入る前に休憩するならここしかない。

 指揮をしている職員さんが足を止め、休憩の言葉を出した時にはすでに調理器具をすぐに出せるようにスタンバっていたのだ。


 よって職員さんが昼休憩を宣言した瞬間に、後は火の魔石を起動させるだけの状態の野営用の網付きコンロが収納から飛び出してきたのだ。

 そして着火、後は焼くだけ。

 どうだ、これが長年ガチパーティーの飯係をしてきた勇者の実力だ。

 ……なんだかむなしくなってきたぞ。


「こっちが魚介用で、こっちが肉用で。昼飯は簡単ですぐに食べられる網焼きだな!!」

「うわー、一個かと思ったら二個用意してあるうううう!! 椅子とテーブルも出てきた!! 準備はやっ!! グランさん、やっぱ冒険者ギルドの職員にならない!?」

 当たり前だ、肉と魚は別々の網で焼くべきである。後、開幕タレ付きの食材を網の真ん中で焼く奴はギルティ。

「焼くだけでいい食材はテーブルの上に置いておくから、どんどん焼いてくれ。あと、冒険者ギルドの職員にはならない」

 今日は状況のよくわからない場所で、何が起こるか、移動にどれだけ時間をとられるかがわからず、昼飯の準備をする時間がない可能性を考えて好きに焼けばいいバーベキューと決めていた。

 現地ですぐに焼けるように食材を切って皿に盛ってきてあるので、後は焼くだけである。


 これに道中で捕まえたエビを追加。貝の類は砂を吐かせないとジャリジャリするのでまた今度だが、ラパパ貝は砂袋を取り除けば砂抜きなしでも平気なので、こいつはパパッと捌いて食っちまおう。

 生きている貝は収納にもマジックバッグも入らないから、持ち歩かないといけないので地味に邪魔なんだよな。

 殻から身を外してー、食べやすいサイズに切ってー、殻の上に戻してー、そのまま網の上へ!

 殻の周りに出てきた水分がグツグツする頃にバターを乗せてー、バターがとろけてきたら最後に少しだけ醤油を垂らして、ラパパバター醤油!!

 あー、バターと醤油の甘くて香ばしい香りがたまらないんじゃあ~。そして癖になるコリコリ食感。

 ポーション素材としても優秀なラパパ貝だが、この美味さ、ポーションにはもったいない!!



「しかし、思ったよりもでかいな。や、貝の話ではなく海底から現れた町の話だ」

 大きめのラパパ貝を皿に載せて、その身をフォークで刺して口に運びならドリー。

 言い直さなくてもわかってるよ!

「魚が水から飛び出してくることはたまにあるけど、積極的に水のない場所にまで来るのは甲殻類系や貝類系ばっかりなのは、他の海底系ダンジョンと同じだねぇ。昨日、バハムートがいたからまたいるかと思ったけど、今日は見かけなかったね。バハムートどころかシーサーペントの姿もなかったけど、昨日のやつがたまたまで大型の水中系の魔物は周辺には少ないのかな? ラパパ貝のバターショウユ焼きはなかなかいいね。ラパパ貝を山ほど持って帰りたくなるね、転移魔法で集めまくっちゃおうかな」

 そういえば大型の魔物は、昨日の帰り道でバハムートに襲われた以外遭遇していないな。

 そしてラパパ貝は持って帰りたい。市街地に入る前に転移魔法でパパッと集めてもらえるとすごく嬉しい。


「あまり大きくないクラーケンがフラフラしてくるくらいかぁ? 食べ頃サイズでちょうどいいから大歓迎だな」

 そうなんだよなぁ、クラーケンにしては小さめのやつが泳いでいるくらいで、やばいサイズのは見かけていない。

 そのクラーケンも今は網の上でこんがり焼けて、カリュオンがもちゃもちゃとゲソを囓っている。

「そういえば海には必ずいる大型の鮫系もいないわね。すぐには食べられないけど、食用にヒレを回収するのには手頃なサイズばかりね」

 鮫もあまり大きくないのがウロウロしているだけだな。

 ユーラティアでは鮫はあまり食用にしないのだが、鮫のヒレの使い道を知っているリヴィダスはさすがである。

「海藻類も貝類も調合にも使えるものが多かったわね。素材の採取場所としてはなかなかいいんじゃない? ラパパ貝が多いのはすごくいいわね。食べても美味しいし、調合素材としても高級だし、調査が終わって解放されたら通い詰めたくなるわね」

 確かにこのダンジョン色々な食材と調合素材の宝庫で、今回引き上げた後もこまめに来たくなるなぁ。

 後でシルエットには海洋性の素材の調合を指導してもらおう。


「そうですねぇ、ここまで危険度の高い魔物はほとんどいませんでしたね。しかし昨日バハムートがこの道まで来ていたことを考えると、油断はできませんね。それより、この先は市街地地形での調査になりますので、十分に注意していきましょう」

 休憩の後はいよいよ市街地の中の下見だ。

 道の先にはやや青みのある白い石でできた建物が並ぶ市街地が見える。

 その更に先には市街地同様に青白い石でできた巨大な城。こちらは市街地の建物に比べ光沢があり、海の上から差し込む日の光に照らされてキラキラと輝いて見える。

 今日の目標はその城の入り口までの予定だ。


 建造物の多い市街地は、身を隠す場所や死角が多い。また遠距離からの狙撃の危険もある場所だ。そしてトラップが多いのが特徴だ。

 しかし人工的な建築物の階層は宝箱が多いという特徴もある。家具が設置されていれば、家具の中にもたまに珍しいものが入ってたりする。

 つまり、合法的に空き巣行為ができるのがこういった人工的建造物のある階層なのだ。

 危険も多いが楽しみも多い階層である。

 そして市街地系の地形は植物系の素材はほとんどないことが多いのだが、ここは海底にあったせいか、それとも海に囲まれているせいか、建物に海藻のようなものが張り付いているのが見える。

 ちょっとワクワクしてきたぞ?


「グラン、下見だから建物の中までは入らないからね? 道も入り組んでそうだからはぐれて迷子にならないようにね? 素材や宝箱に釣られてフラフラしたらダメだよ?」

「失礼だな、子供じゃないし迷子になんかなるわけが」

 アベルは相変わらず失礼な奴だな!!

「まぁ、そのカメが一緒にいれば万が一でもなんとなりそうな気がするから、カメと一緒にいるんだよ?」

「カメッ!」

 おい、カメ君、なんだその任せてくれみたいなガッツポーズ!!

 俺ってそんな信用ないか!?


 そんな、行方不明になって帰って来た翌日にまた行方不明とか、さすがにねーから。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る