第442話◆出発前の確認
「ええと、グランさん。何やってるんですか?」
「ん? 津波……じゃなかった、海水を捨ててるだけだけど? 捨てないとマジックバッグがいっぱいなるし?」
「いやいやいやいやいや、なんでマジックバッグの中に海水が入ってるんですか!?」
「あー、昨日アベル達と合流した時にバハムートがいただろ? アレに津波をぶっぱされてさ、やべーって思って咄嗟に津波をマジックバッグに収納して躱して、そのまま持って帰ってきたんだよな。捨てないと荷物持ちできないから? 拾ったものは元の海へ?」
「いやいやいやいやいやいや、ちょっと言っている意味がわかりませんね! あーーーーーーー! グランさんーーーーーー!! 困りますーーーーーーー! そんなところで海水を大量に捨てるから、あっちのほうで小規模な津波が起こってますよーーーー!! どんだけ収納してたんですかーーー!!」
亀島から帰還して無事にパーティーに合流し、一日しっかり休んで一晩明けた今日は、鮫顔君を解放した拍子に出現した城下町の調査の下見へ行くことになった。
本来なら冒険者ギルドから職員が指揮する調査隊が来るのだが、たまたま現地に職員パーティーがいたため、簡単な下見に行くことになった。
昨日、俺達の報告を受けて戻った職員が、ギルドに報告をしてそれから調査隊が派遣されることになるだろう。
ここは一五階層なのでどんなに急いでも調査隊が到着するのは、明日か明後日になりそうだ。
本格的な調査はそれからだが、その前に現地にいる職員の指揮で調査隊の本隊がすぐに活動できるように、下見を済ませておくことになった。
職員パーティーのリーダーさんがわりと偉い人だったみたいで、調査隊の経験の多いドリーのパーティーの協力があるならと、下見を決行することになったのだ。
ドリー達は新ダンジョンの調査には慣れているが、俺は調査隊初参加である。
以前、ダンジョンの新区画を発見したことはあるが、その時は俺のランクが低かったため調査隊には参加できなかった。
誰も踏み込んだことのない場所、しかも発見したの自分。そんな場所の調査に参加できるのは未知の場所への期待と不安が入り交じって、楽しいような怖いような気分である。
その下見への出発時間、集合場所――に行く前に。
昨日、受け止めてそのまま収納に入れっぱなしだった津波を海に還していた。
場所は夜釣りをしていてあの宝箱を釣り上げた岩場、セーフティーエリアのある岬の下辺りの場所。
一津波分なら大丈夫かと思って纏めて捨てたら、思ったより量が多かったみたいで、周囲の海岸に波が押し寄せてしまい、集合場所にいた職員さんに目撃されてしまった。
俺は悪いことはしていないぞ! 海に津波を捨ててはいけないなんて規則はないし、回収したが不要なものを元に戻すことはゴミ処理として推奨されている行為だ。
ちょっと津波の量が多かったのはだいたいバハムートの野郎が悪い。
集合場所はセーフティーエリアを出て岬から海岸に降りた辺り。
そこから一四階層へ繋がる通路がある方向とは反対方向へ海岸を進んでいくと、海が割れてできた道があり、その入り口には立ち入りを制限する魔道具が、昨日の時点で設置されていた。
簡易的なもので強行突破しようと思えばできるものだが、そんな物も持ち歩いているとは職員パーティーの準備の良さと対応の早さに驚かされる。
下見に行くのは俺達のパーティーとギルド職員が二名。
昨日いた職員パーティー四人のうちの一人は連絡のために帰還し、残ったのは三人。そのうち一人――職員パーティーのリーダーさんが俺達と一緒に下見に行くことになった。
残る二人のうち一人はセーフティーエリアで連絡要員として待機。
当初は海底の下見班に職員さんが二人入る予定だったが、昨日一四階層で謎の地形変化と大規模な水攻めトラップの発動があったらしく、その調査も行われることになり、そのトラップの被害にあったパーティーについて職員さんが調査に行くことになったそうだ。
たまたま出張売店に来ていただけなのに職員さんも大変だなー。
しかし地形の変化はダンジョンで売られているマップの意味がなくなるから困るし、水攻めトラップは命に関わる危険なトラップなので発動場所と原因をしっかり調べておかなければならない。
ギルド職員は一定距離なら離れていても会話ができる魔道具を持っているらしく、ダンジョンの同じ階層くらいなら別々に行動をしていても連絡が取れるそうだ。
今はまだ連絡を取れる範囲はさほど広くなく職員が使っているだけだが、いずれ冒険者カードにも冒険者ギルドと連絡を取れる機能を付ける予定で、その機能の研究、開発中だとかなんとか。
すげー便利そうな機能だな。ぜひそのテストがあれば立候補したいな。
「このくらいで驚いてたら、この先の非常識についていけなくなるよ」
「フンフンッ」
津波を捨てた俺を見た職員の反応に対して、アベルが俺に失礼なことを言っている。
カメ君も俺の肩の上で頷いている。カメ君まで酷い!!
「グラン、初見の場所ではごり押しはダメだぞ」
ドリーにだけは言われたくない言葉だな!?
「ランクのわからないエリアはたまにヤベー罠もあるからなぁ、罠はちゃんと解除しないとなー。気を付けろよ、グラン」
普通は罠を体で受け止めないで解除するよ。バケツ以外。
「グラン、今日は先走っちゃダメよ?」
お母さん、誤解しているよ。俺は普段からあまり先走っていない。
「先行偵察は私がスケルトンを出すから、その後ろから行けば安全よ」
はーい、骨先生の後ろをついて行きまーす。あ、魔物の骨いる? 魔物を解体してたくさんあるから寄付するよ。
「いやー、ドリーさんのとこのパーティーはバランスが良くて頼りになりますねー。シルエットさんのスケルトンで安全に偵察できますし、アベルさんの転移魔法で移動も撤退も楽ですし、強い敵が出てきても処理の早いパーティーなので心強いですねぇ。それで今回はグランさんですか。マジックバッグの容量は多いみたいだし、料理も上手い、素材の知識も豊富みたいです、調査が捗りますねぇ」
ドリーのパーティーは確かに攻守のバランスがすごく優れている。アンデッドを扱えるシルエットがいるので危険な場所の偵察も可能。アベルが転移魔法を使えるので撤退も素速くできる。
俺は荷物持ちとそして素材の選別かなぁ。料理は関係あるのか?
「ところでその亀は? グランさんペットなんて連れてましたっけ?」
職員さんがカメ君に気付いた。パッと見すごく弱そうな魔物に見えるからなぁ。
「えーと、ペットってわけじゃないけど同行者かな? 害はないから大丈夫だよ」
「カッ!」
「そうですか、危険な場所なので弱いペットでしたら、事故には気を付け……わっ、冷たっ!」
あー、カメ君が職員さんに水鉄砲を撃ってしまった。
大丈夫だよアピールかな?
「あ、すみません。ちっこいけど、かなり賢くて俺達の会話も理解してると思います。まだ、仲間になったばっかりで人間には馴れてないので、たまに可愛い自己主張するのは許してやってください」
うむ、これはカメ君の自己主張だ。人間に馴れていない動物が砂をかけたり、唾を飛ばしたりするのと同じだ。ちょっと冷たい水鉄砲なら汚くないから可愛いものだ。
集合場所にメンバーが揃ったところで、未知の場所での基本、調査の手順、役割分担が細かく説明される。
ドリー達も職員さん達も何度もダンジョンの調査に参加をしていて慣れているだろうが、開始前の説明は毎回細かく丁寧に行われるそうだ。
初参加の俺にも非常にわかりやすく、基本的なことから細かく確認をしていく。
危険な場所に行くからこそ、当たり前のことでも開始前に全て確認を徹底しているのだ。
何が起こるかわからない場所での活動。命に関わる事故も起こりやすい。己の身を守るため、わかりきっていることも徹底して確認してから調査へと出発となる。
今日の下見の目標は海岸から城までの道と、時間に余裕があれば城下町の大まかな地形と棲息している魔物の調査。
城内部の調査は調査隊の本隊が来てからになるのでまた後日だ。
できれば調査隊が来る前に城の入り口までの最短ルートの目星を付けたいとのこと。
初めてのダンジョン未開エリアの調査。
楽しさと怖さが入り交じった気持ちでの出発となった。
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