第440話◆そんな飯に俺様が――
セーフティーエリアに戻って来たのが朝。いつもなら朝食を終えて探索に出発するくらいの時間。
地形が大きく変わったせいで、十五階層のセーフティーエリアは混乱していた。
調査が終わるまでは一般の冒険者の立ち入りは制限されることになる。原因を作ったのは俺とカリュオンなのだが、その対応はたまたま買い取りに来ていた職員さんがやっている。
冒険者ギルドの職員って大変だなー。
ドリーに手伝って貰って報告書を書いて、干物を干したりなんだりしてテントに入り、フードの中に気付いたのが昼前。
カーーーーーーーーッ!!
しかし眠さに負けてそのままコロン。横でめちゃくちゃカリカリされていたが、睡魔に勝てなかった。
ごめん、俺はか弱い人間なのだ。お休み!!!
カーーーーーーーーッ!!
しかしあまり寝過ぎると夜寝られなくなると困るから、昼すぎには起きよう。
遅くても三時のおやつの時間までには起きて心配と迷惑をかけた分、たくさんおやつを作ろう。スヤァ……。
カーーーーーーーーッ!!
ごめんごめん、でも眠いんだ。再会を喜ぶのはそれからでもいいよね? スヤァ……。
「というわけで昨夜はまっことに申し訳ありませんでした!!」
「心配かけて申し訳なかった!!」
戻って来てとりあえず休んで目が覚めた後、改めてパーティーのメンバー達に謝った。
午後のおやつタイムくらいの時間にみんな起きてきたので、遅いお昼を兼ねておやつの時間だ。
「うむ、不可抗力だったようだが、とにかく無事でよかった」
再会した時は顔色の悪かったドリーだが、今はすっかりいつも通りになっている。
「無事に戻って来て、新区画発見なんて大手柄じゃない」
「シーサーペントもたくさん獲ってきて、さすがだわ。でも夜釣りには気を付けるのよ」
シルエットとリヴィダスは新区画と大量のシーサーペントにご機嫌である。
はい! 夜釣りには気を付けます! 変な宝箱にも気を付けます!!
というか、あれはどうしようもなかった。宝箱は楽しみもあるけれど怖さもあると改めて思い知らされた。
「無事に帰って来たのはホントよかったよ。よかったけど、なんでみんな何も言わないの!? ねぇ、気付いてるよね!? それ! テーブルの上にいるそれ!! その変な亀!!」
「カーーーーーーーッ!!」
俺の皿の横にちょこんと座って、前足で器用にリンゴを掴んでシャクシャクと囓っている海色の亀を、俺の隣に座っていたアベルが手に持っているフォークで指した。
相変わらず首は少し長いけれど普通の亀の頭で、鮫顔ではない。パッと見少し変わった亀。大きさは島で最後に見た時くらいの大きさ、俺の手のひらより少し大きいくらいだ。
「ほら、島で一緒にいたって話した亀。脱出する前に行方不明になっちゃったけど、寝ようと思ったらいつのまにかフードの中に入ってて?」
胸ポケットを押さえるとカメ君の残したアクアマリンはちゃんと入っている。もしかしてこれを目標に追いかけて来たのかな?
可愛い奴めぇ~。
「カメッ子ついてきちゃったかー? それともあれか? 自力でダンジョンから出るのを断念したのかなー? グランなら外まで連れて行ってくれるかもなぁ?」
「カッ!? カッカカカカッ……カーーーッ!!」
何を言っているのかわからないが、カメ君がそわそわしてカリュオンから目を背けたので、おそらく図星なのだろう。
ここは一五階層だし、ちっこい体で外まで行くのは大変そうだし、ダンジョンの入り口には冒険者ギルドの職員が、ダンジョンから魔物が出ないように見張っているからな。
……鮫顔君が強行突破とかじゃなくてよかった。
ダンジョンの外に行きたいのかなぁ? でもダンジョン生物だし連れて出ても大丈夫かなぁ?
鮫顔君がこっそりついて来たりしない?
「カー……」
「しょうがないなぁ」
カメ君が首を傾げる仕草で見上げてきたので、つい次のリンゴを渡してしまった。
そうだなぁ、一緒にダンジョンの外まで行くかー。海に帰りたいのなら、ちょっと海まで行ってもいいかな?
「それが例の島で一緒にいたという亀か? ふむ、俺は魔力察知系は苦手だからよくわからないが、いい色をしているな。ユニーク種なら鍛えれば強力な魔物に成長するかもしれないな」
や、鍛えなくてもいいかな? カメ君はこのまま可愛いカメ君でいいよ。
「あら、グランはついにテイマーになるのかしら? 骨系のペットも可愛いけど、小さくて可愛い爬虫類もいいわねぇ」
骨が可愛い? シルエットの可愛いの基準はよくわからないな。
「それにしても随分綺麗な青ねぇ。動かないとブローチと間違いそうね」
確かにリヴィダスの言う通りカメ君のキラキラと青い甲羅は宝石のようなので、悪い人間に捕まってしまうとアクセサリーに加工されてしまう危険もあるな。
俺が守ってやらないと。
「ちょっと!? なんでみんなそんな自然にその亀を受け入れちゃってるの!? 変な魅了をくらってない!? 確かに綺麗な亀だけどさ、グランの大雑把な説明だとセーフティーエリアに勝手に入って来たってことだよね!? それ魔物だよね? なんで普通にセーフティーエリアに入ってきっちゃってるの!? 鑑定すると"ただの亀"って見えて他は何も見えないんだけど、怪しすぎるよね!? 間違いなく偽装してるよね!? 俺の究理眼で偽装状態しか見えないって絶対おかし……うわっ、冷たっ!!」
怒濤のように捲し立てるアベルにカメ君がぴゅーっと細い水鉄砲を放った。
「カメ君、食卓の上で水鉄砲は、料理に水がかかるといけないからやめるんだ。それと名前を偽装するなら、もうちょっとそれっぽいほうがいいぞ」
「カメェ?」
不思議そうに首を傾げるカメ君は可愛いな!!
だけど"ただの亀"はあからさまに怪しいからダメだな。
「そういう問題じゃないでしょ!! って名前が変わった!? "ホントはすごいけど今は普通の亀"って何!! 何なのこの亀!! あ、また名前が変わった"銀髪より偉いカメ~"? は? 何? この亀、俺にケンカ売ってんの!?」
アベルの究理眼で遊ぶなんて、カメ君なかなかやるな。
「ふむ、小さくても賢くて力もありそうな亀だな。グランとカリュオンに懐いているなら、無理に追い出してどこかで問題になるより、手元に置いて面倒を見るほうがいいだろう。連れて行くなら二人で責任を持って管理するように」
「おう、カメ君は賢いから他の冒険者に迷惑をかけるようなことはしないよな」
「カッ!」
アベルが小動物に煽られるのは、日頃からよくあることなのでノーカン。
「お、またしばらくグランの飯にありつけるなー。もしかしてグランの飯に釣られて来たのか!?」
「フォ?」
まぁ、遭難中ずっと飯を分けていたからなぁ。
「間違いなく餌付けしちゃった系でしょ!? あ、亀の名前が"そんな飯に俺様は釣られない亀"に変わった!!」
アベルはなんでそんなずっと亀を観察しているんだ?
アベルはしばらくブツブツ言っていたが、こうしてカメ君ともうしばらく一緒に行動することになった。
「うわー……、ここセーフティーエリアだよね?」
「どうだ、スローライフの香りがするだろ?」
「スローライフの香りというか海のにおいしかしないけど……」
おやつタイムの後、テントの周りに干していた干物のチェックをしている俺を、アベルが呆れた顔で眺めている。
そんな目で見られても、今日は休息日だし明日出発するまで干物を干しておきたいじゃん。
海に突き出した岬に設けられたセーフティーエリア。
日当たりも良く、気持ちの良い潮風が吹き抜け、絶好の干物区画。
「それにしても、大きさは小さめだけどすごい数のシーサーペントとクラーケンだねぇ。グラン達が行ってた島ってそんなにシーサーペントとクラーケンだらけだったの?」
「ああ、海洋性の魔物は多かったが、それ以上にカメ君が獲物を連れてくるのが上手くてな、釣りをするとほどよいサイズの魔物が入れ食いだったんだ」
「フッ!」
俺の肩の上のカメ君が、後ろ足で立ち上がり誇らしげに胸を張る。
「く……、またそのカメなの!? ちょっと泳ぐのが得意だからって、いい気になるんじゃないよっ! うわ、冷たっ!」
ほら、またそうやって煽るから水鉄砲をくらうんだよ。
「よっし、ちょっとだけ釣りに行ってくるかなー。カメ君、今日も頼むよ」
「カッ!」
干物のチェックが終わって、まだ夕方前なので少しだけ釣りへ行きたい気分だ。
今朝お世話になったバハムートも解体しないといけないのだが、今はすごく釣りな気分なのでまた後でゆっくりやろう。
バハムート君はしっかり塩漬けにした後、香りの良い植物性油エリヤ油に漬けておこう。
やっぱ海は楽しいなぁ。
「ちょっと!? 昨夜夜釣りで行方不明になったばっかりなのにまた釣りに行くつもりなの!?」
そっか。俺にとっては半月前の出来事でもアベルにとっては昨夜の話だったな。
「まだ明るいし、夕方には戻って来るよ。アベルも一緒に来るか?」
「行くよ! 行くに決まってるよ!! グランだけで海に行かせるのは心配すぎるよ!! それと、夜釣りはしばらく禁止!!」
行方不明中、かなり心配をかけてしまったようで、アベルがすごく心配性になっている。
あんなことがあった後なので夜釣り禁止は仕方ないか。
釣りは楽しいが、宝箱から地図、そして強制転移の流れは俺としても軽いトラウマである。そのおかげでカメ君と出会えたのだけど。
ま、せっかく海にいるんだし、いい釣り竿もあるし、やっぱ釣りはやりたいよなぁ。
家に帰ったら釣りはできないしー?
大物が釣れたら夕飯かなー? 安全な宝箱ならいくら釣れてもいいぞお!?
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