第438話◆カタクチイワシの下剋上

「うおおおおおおおおおお!! カリュオン、アレなんとかしてくれえええええええ!!」

「やー、アレはちょっと無理かなぁー? バハムートってすっげー強いんだなー、リヴィダスの強化魔法が恋しくなってきたぜ。その前にお説教かぁ? でもあれってさ、グランが欲しいって言ってたやつじゃん? ガンバレ!!」

「むううううりいいいいいい!! 絶対むうりいいいいい!!! バッババババババハムートは欲しいけど、もっと小さくて可愛くて食べ頃なのがいいのおおおお!!!」

「うおおおおおお! バハムートの津波攻撃がくるぞおおおおおおお!!! グラン! 収納スキルの出番だ!! あ、間違った。おもしろマジックバッグの出番だ!!」

 そこ、妙に冷静に言い直す必要あるのかなあああああああ!?

 って津波収納とか失敗すると俺が死ぬうううううう!!

 ぎゃああああああああ!! 津波来たああああああああ!! タンク仕事しろおおおおおおお!!

「うおおおおおおおお!! 困った時の収納スキルうおおおおおお!!!」


 パックリと割れている海面の切れ目から流れ落ちてくる海水が滝の壁になっている場所から、津波が押し寄せてくる。

 その向こうには高級魚……ではなくて巨大魚の姿が。魚といってもその頭はふっといふっとい角が左右に生えた雄牛の頭をしている。

 体は背中が黒っぽい紺、腹側が銀色でテカテカとした長細い魚。尾びれは真ん中で二つに割れている。サイズを気にしないなら前世で馴染みのある魚イワシっぽい。


 頭は牛で体はイワシ的な魚の深海の王者バハムート――海で遭遇した場合の強さはS+以上に位置づけされている、やっべーやっべー魔物である。

 カタクチイワシって食物連鎖下位のちっこい魚だよね!? 異世界では随分大きくなるんだね!!

 ザ・カタクチイワシの下剋上!!

 これでも資料で見た平均的なバハムートのサイズより小さいんだぜ?


 押し寄せてきた海水に手を触れて気合いと根性で回収する。

 もってくれ! 俺の収納の空きスペース!!

 ふう、なんとか収納の中に津波を押し込めたぜ……。だが、次は無理だな。

 って、バハムートちゃん次の攻撃の構えに入っている!?

 無理いいいいいいいいい!! 高い所に逃げるんだよおおおおお!!

 っていうか、海の中から一方的に攻撃ってズルくない!?

 やだー! 早くお家に帰りたい!! 陸地に戻りたい!!




 現在俺達が大爆走しているのは、鮫顔君が俺達を降ろしてくれた海底都市を出て、陸地の方へ続いていると思われる道の途中。

 この道は海の上から見た時、朝日の方――東へと向かって伸びていた。

 そして俺達が十五階層に入った時、正面に海に沈む太陽を見たのをはっきりと覚えている。

 つまり大雑把に海がある方が西で入り口周辺の陸地がある方角が東である。

 この道を進めば入り口周辺の海岸に戻れる可能性が高い。


 海の一部だけ海水がなくなり、そこに姿を現した海底都市。

 その大きさはドリーの実家オルタ辺境伯領の領都オルタ・クルイローと同じくらいの規模であった。城はオルタ・クルイロー城よりも大きく、その見た目はいかにも高貴な存在が住むための城といった美しい城だ。

 栄えた地方都市ほどの規模の町に、巨大な城が海の中に沈んでいたのだ。

 その城と城下町、そして東へと続く道は、海をパックリと割ったかのように海水がなくなり、上を向けば晴れた空がはっきり見え明るい光が差し込んできている。

 海との境目は海上から海底に向かい滝のように海水が流れ落ち、そのまま海の中に消えていっている。

 壁となっている海の中には海洋性の魔物の姿が見え、時々海中から飛び出して襲いかかってくる。


 城下町と城は広く、道は複雑に入り組んでおり、細かい魔物の気配もあった。

 ものすごく興味をそそられるし、欲望のままに突っ込んでいきたいところだったが、バケツが先ほどの戦闘で魔力強化のポーションを飲み過ぎて気怠そうだし、一度帰って生存報告とこの状況の報告をしないといけないので、いきなり海底都市に突っ込むのは諦めた。

 何があるかわからないし、俺達も昨夜から寝ていないし、怪獣対決にも巻き込まれてしまったしで、かなり疲労が溜まっており一度戻って休んでコンディションを整えたい。


 と思い海底の城下町を出発し、海を割るようにできた道を進み始めた。

 海の底を走る道は大きな街道ほどの広さがあり若干足元は悪いが、魔物が現れても余裕を持って動き回ることができる幅があった。

 快適に戦える場所で、壁のようになっている海から飛び出してくる魔物を倒して素材うめぇと思っていたら、海の奥からヤバイ奴がやって来た。

 サイズ感が最高におかしいカタクチイワシ君ことバハムートである。

 最初は高級素材にテンションが上がったが、すぐにコイツは無理だと悟って逃げることにした。

 だって生きているバハムートを見るのは初めてだったんだもん。資料で見た記述上の強さは知っていても、実物の強さに実感なかったんだもん。

 S+ランクの魔物を舐めていてすみませんでしたああああああ!!


 海の中から飛び出して道を横切るように突進してきて反対側の壁の海へ飛び込んでいくし、海の中から水魔法で攻撃してくるし。

 水球や水鉄砲どころか、ついには津波まで来た。

 そして放たれた津波を気合いと根性で回収して陸地を目指して爆走中である。



「やべー、さっきの魔力強化ポーションの副作用で腹減りすぎて、身体強化を使うのもつれぇー」

 カリュオンの空腹は、ポーションの副作用は関係ない気がする。

「しっかりしろおお! 止まると津波に飲まれるぞおおお!!」

 重装備で元々あまり足の速くないカリュオンにペースを合わせながら、陸地を目指して海底の道をひた走る。

 空腹以外にもポーションの副作用もあるのだろう、カリュオンはいつもより調子が悪そうだ。

 道がやや上り坂になり始め、足元も海水で濡れておりあまり良くない。上り坂ということは陸地が近付いて来たということだと思いたい。


「ここは俺に構わず先に行け!」

 カリュオンが言うとネタなのか本気なのかよくわからないな!?

「まだそんなことを言える余裕はあるみたいだな!」

 これはいつもの冗談だと思っておこう。


 上り坂になりやや走る速度が遅くなり、バハムートがすぐ近くまで迫って来ていた。

 後ろを何度も振り返りながら収納からライトニングハイポーションを取り出しいつでも投げられるように握りしめる。

 インフェルノハイポーションが威力が高すぎるため、その代替えに威力まろやか風味でつくったライトニングハイポーション。瓶を叩き割るとプチ雷が発生するポーションだ。


 しかし割らなければ効果が出ないため、水の中に放り込むだけでは意味がない。ポーション用の瓶は割ろうと思って衝撃を与えれば割れるが、ちょっとしたことで割れない程度には丈夫にできている。

 水の中に投げ込んでしまうと、弓やスロウナイフをぶつけて割るのも難しい。

 雷属性は水属性の魔物にダメージを与えやすいが、今のような状況で水の中で瓶を割るのは難しい。

 要改良だな。帰ったら瓶にニトロラゴラをくくりつけて、水にぶつかった衝撃で爆発するように改良しよう。


 一瞬でも水から顔を出せば雷ポーションを投げつけてやる。

「カリュオン、一回だけアイツを挑発できるか?」

 坂道を駆け上がりながらカリュオンを振り返る。

「お? なんかやるか? 挑発くらいならできるぜ」

 カリュオンが挑発すれば、遠くから魔法を使うより釣られて海中から飛び出してくる可能性が高い。

「頼んだ! 少しでも顔を水から出してくれたらそれでいい」

「りょっかい」

 走りながらカリュオンが振り返り、隙間からバケツの中に指を突っ込んで指笛を鳴らした。

 なかなか器用なことをするな!? というかめちゃシュール!!


 ピーッっという高い音がして、海水の壁の中をこちらに迫って来ていたバハムートの細長い体がビクンと揺れた。

 指笛の音に釣られたバハムートが角の生えた牛頭を下げてカリュオンに狙いを定め、速度を落とし力を溜めるようにグッと胴体を縮めた。

 そして、そのまま勢いよく跳ねるように発射。バハムートが一直線に俺達の方へ向かい海水の壁から通路へと飛び出してくる。

 その顔面に向かって手に持っていたライトニングポーションを投げつけた。


 バリバリバリバリバリバリバリバリバリッ!!


「うおお!?」

「へ?」

 俺が投げたライトニングハイポーションは海水の壁から飛び出して来たバハムートの顔面に当たり、バリバリと大きな音を立てて発生した雷撃が網のようにバハムートの体を包んで突進が止まった。

 カリュオンがすぐさま盾を構えたのでその後ろに滑り込んだ。

 バハムートの回りで炸裂しその体を包み込んでバリバリと激しい火花をあげて、海のにおいと焦げたにおいが混ざり合ったにおいが周囲に充満する。

 二〇メートル越えのバハムートの体が半分ほど海水から飛び出した場所で地面に落下し、ビクンビクンと痙攣している。

 予想外の大きな効果に思わず変な声が出てしまった。

 あっるぇ? ものがものだから試し投げをしていなかったけれど、予想の五倍くらい強烈だったぞお?

 水属性の魔物に雷属性の攻撃は効きやすいが、それにしてもこの威力はおっかしいなぁ?

 予想を遙かに上回る威力にびびりながら、カリュオンの後ろからおっかなびっくり痙攣するバハムートを観察しようとした時。


 ドオオオオオオオオンッ!!


 ものすごく見知った魔力を感じたかと思ったら、地面でビクンビクンしているバハムートの上に巨大な雷が降ってきた。


 あ……っ。


 逃げるの必死で周囲の気配とか全然気にしていなかった。前もよく見ていなかった。


 あ……、うん。バハムートよりヤバイのが現れちゃったかも。


 ライトニングポーションの威力が妙に高いと思ったのは、ポーションの威力だけではなくて、ほぼ同時に雷魔法も飛んできていたのね。


 道の進行方向の先を見た。


 あー、すっごくかっこいい杖だね!! さっすがタルバの作品!! 雷の威力もすごかったなー! いやー、助かった助かった!!


「グーラーンー、カーリューオーンー!! 今までどこに行ってたの!?!? はああああああああああああー……もうううううううううう!! 無事でよかったぁ……。それで、これは何があったの!? 今回は何をやらかしたの!?!?」


 やべー、めちゃめちゃおっかない顔をしたアベルと、その後ろから走って来ているドリー達の姿が見えた。


 別の意味で雷が降ってくる前に帰還の挨拶を先にしておこう。




「えっと……ただいま?」



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