第437話◆助けた亀?鮫?に連れられて

 夜が明け始め薄い光が海を照らし、海面に降り注ぐ赤い光の粉。

 海面に落ちた赤い粉は海水に触れると弾け消え、今度は海面から青白い光の粉が上がり始めた。

 その青白い光の粉は、あの空間の時と同じように鮫顔君に吸い込まれていった。


「なっ!? もしかしてこの空間も吸収するのか!?」

 それは少し……すごく困るかも!?

 ここが元の十五階層なら俺達以外の人もいる。それに海の階層がなくなると海産物がとれなくなる!!

 困る!! すごく困る!!

「うひょー、海水がどんどん減ってるぞ!! もしかしてこれは、このまま海水がなくなったら十五階層攻略できちまうんじゃねーか!? そしたら俺達大手柄じゃないか!! 海水なんか全部取り込んじまえ!!」

 カカカカカカカリュオン!?!? 

「いやいやいやいや、この階層が消えるとやべーから!! 攻略できても海がなくなると俺はかなしーから!! 海がなくなると鮫顔君も困るでしょ!?」

 あああああああーーー、海がどんどん青白い光になって鮫顔君に吸われていくううううう!!!

「お、それもそうだな? ちょっとくらい残してた方がいいかもな。というかこの海、クーランマラン様の魔力が溢れてこの階層を沈めてただけじゃね? あそこの境界の壁は穴だらけだったし、あそこから溢れた海水じゃね?」

「え? マジ?」

 それマジ?


 ぶふぅ。


 鮫顔君がため息のように鼻から空気を吐き出し、海面にあたり飛沫を散らした。

 あ、それ肯定?

「つまりここは元々海ではなかったってこと?」


 ぶふぅ。


「そんなぁー、せっかく海産物の宝庫の階層なのにぃー」


 ぶふぅ。


 鮫顔君、ため息つきすぎである。

 そんな、呆れた風にため息をつかれても海の幸もっと集めたかった。バハムートが欲しかった。

 まぁ海水が鮫顔君……クーランマラン様の魔力だったのなら、持ち主が回収するのを止めるわけにはいかないな。

 少ししょんぼりとした気持ちで海水がどんどん減っていく光景を、鮫の頭の上から眺めていた。




「なんだあれ?」

 だんだんと空が明るくなる中、海水が青白い光の粉になって鮫顔君に吸い込まれていく光景をボーッと眺めていると、どんどん減っていく海水の隙間から妙に整った三角や四角の岩のようなものが見え指差した。

 自然物にしては違和感のある形だ。

「なんか屋根みてー……って、おいグラン! 海の中見てみろ!」

 先ほどの戦いで全力を出しすぎて、バケツを外してぐったり顔で太い棒状のサラミを丸かじりしていたカリュオンが、俺が指差した方を見た後に鮫顔君の頭の上から乗り出すような体勢になりながらハイテンションで叫んだ。

 テンションが上がりすぎたカリュオンの手からサラミ棒がポロリと海の方へ落ちていった。

 鮫顔君が青白い光を回収するついでに、落ちて来たサラミの塊をパクッと巨大すぎる口で回収。

 怒濤のようにいろいろあった後なので、その光景が最高に平和な時間に感じる。

 いやいや、平和な気分に浸っている場合じゃない。


「城!?」

 カリュオンと同じように鮫顔君の鼻先から乗り出して海の中を覗き込み、そして目に入った光景に驚きのあまりでかい声が出てしまった。

「そう、城!! すっげー! 海の中に城、底の方には城下町があるぞ!?」

 ずいぶん明るくなった朝の光が透き通った海の中に差し込み、それに照らされた大きな屋根が見えた。

 更に深い場所には城下町もあるようだが、俺の目にはぼやけてはっきりとは見えないが、暗い場所でもよく見えるエルフの目には、海の深い場所まで見えるようだ。


 海水が鮫顔君に吸収されて減っていくにつれその姿がはっきりと見え始める。

 城!! 城下町!!

 海の中に見えるのは、歴史の本の挿絵にありそうな雰囲気の大きな城とそれを囲むように広がる城下町らしき建物の屋根。

 深い場所までははっきり見えないが、ユーラティアの王都を何百年も遡ったような雰囲気で、広さもかなりある。

 最初に波の間から見えていたのは、城の一番高い部分。

 小高い丘の上に大きな城があり、その周囲に城下町が広がっているように見える。

 そして水没した建物の間を魚や海洋性の魔物が泳いでいるのが見え、上から見るだけなら非常に神秘的な光景である。


 鮫顔君が水底に建物がない場所までゆっくりと泳いでいく。

 体が大きいため、海水が減ってくると建物にぶつかってしまうからだろう。

 沈んだ町? 遺跡? 

 なんだこれ!? 前世で海の中にある城のおとぎ話を思い出した。

 亀を助けたら招待されて、戻って来たらすごく時間がすぎていたやつ!!

 え? 亀!? 鮫顔君? カメ君!?

 もしかして、招待されちゃう!? ちょっとそれは困る!!


「カカカカカカカメ君!? ああ、いやいや鮫顔君!? もしかしてあの城って中に入って出てきたら何百年って時間がすぎたりしない!?」

 ぶふぅ。

 あ、違う? ため息で返事をされてしまった。違うならまぁいいか。

「十五階層の沖の方なのかな? 確か大型の魔物が多いから沖の方まで調査は終わってなかったよな?」

 サラミを落としてしまったカリュオンは、今度はパンを取り出してムシャムシャと食べている。

「ああ、大型の魔物に対応できるほどの船は港がないと無理だし、飛行系のペットを出しても海の魔物が強くて調査はほとんど進んでないとあったな」

 この辺りまで調査が来ていないのなら、この水中の城下町の存在が知られていなくても不思議ではない。

「もしかしてあれが次の階層への出口かぁ?」

 前世の記憶のせいで思わず竜で宮な城かと思ったが、言われてみるとこの階層攻略のキーになっていそうだな。

 この城と城下町に入ることができるなら、この階層の攻略に進展があるかもしれない。




 すっかり日が昇り明るくなった頃、海底に沈んでいた城と城下町がその姿の全てを現した。




 海底まで海水がなくなったのは城と城下町の周囲、そして朝日が見える方へと続いている道の部分。

 海水のない部分の周囲は海がぱっくりと途切れ、海水でできた崖のような壁になっている。その壁の表面は海面から海底まで海水が滝のように流れ落ちている。


 まさに海に囲まれた、海の中の町――どうやらこれが十五階層の本来の姿だったようだ。

 なんだこれ!? めちゃくちゃかっこいい! ファンタジー! 神秘的! この中を超探索したい!!

 でも一回戻って報告しないといけないし、ドリー達にも謝らないといけない。ついでに新しい場所なら調査もありそうだしなぁ。


 俺達が乗っている鮫顔君がいるのはその城と城下町を見下ろす海の上、滝すれすれの場所である。

 ある程度海水が減った後は、海底が見えるようになった場所以外の海水が減らなくなったのだ。

 その海底へと海水が流れ落ちる壁から鮫の部分を出した状態で、鮫顔君がゆっくりと海底まで潜っていく。

 何故かその時間がもう少し長く続いて欲しい気持ちになった。


 ふわふわと、そしてゆっくりと海底都市を上から下へと見ながら会話もなく海の底が近付いて来る。

 何か話そうと思っても言葉が出ない。おい、バケツこういう時こそいつものうるささでなんとかしてくれよ!!

 そんな期待のバケツも今は無言。

 結局何も言葉が出ないまま、現れた海底都市の地面まで降りて来た。鮫顔君がペタリと元海底に頭を付けたので、鼻先から飛び降りた。

 つい先ほどまで海底だった場所は、まだ海水が多く残っており海底に生えていた海藻と混ざって、非常に足場がわるい。

 わざわざ安全なところまで送ってくれたのだろう。怖い顔をして親切な鮫亀である。

 お礼と別れの言葉を言わないといけないのにそれが出てこない。


 鮫顔君に会ったのはほんの数時間前。

 なのになんだろう、もっと前から知っている気がする。

 きっとよく似た甲羅の色をした小さな亀のせいだろう。

 あの時はちゃんと言えなかったから今度こそ。


「楽しかったし、たくさんありがとう。また、来るから。時の流れは違うかもしれないけど、また会えるといいな」

 少し怖い顔の鼻先に向かって大きく手を振る。

 また、この海に会いに来よう。その時、カメ君がまだここにいて、俺達のことを覚えていてくれるかわからないけれど。

 俺は忘れない。たった半月の幻のような時間だったけれど、覚えておくから。


「クーランマラン様はガキの頃からの憧れだったんだ。混血で生まれた俺の憧れだったんだ。やっぱ、思ってた通りでかくて強くてかっこいい、そして守り抜く強さ。俺も誰かにとってそういう存在になれるよう、タンクとしての高みを目指すよ」

 クーランマランは混血の古代竜、カリュオンもハーフエルフ。

 超陽キャなカリュオンも過去にはその生い立ちで辛い思いをしたことがあるのかもしれない。

 そんな時こんなやばい強い混血竜がいると知ったら、そりゃ憧れるわな。

 って、カリュオンはこれ以上硬くなって何を目指すつもりなんだ!? やはりアダマンタイトエルフ!?


 ぶふぅ。


 少ししんみりとした空気になり始めたところで鮫顔君がため息をついて、ゆっくりと海の中に頭を引っ込めていった。

 そしてそのまま海の奥へと後退していく。

 少しずつ姿が見えにくくなり大きな影となっていくのを見送りながら手を振って叫んだ。




 ありがとう、またね。


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