第436話◆夜が明ける時

「ちょっと、グラン!? 何それ!? どこから連れてきたの!? そんなでっかいのダンジョンから連れ出せるわけないでしょ!! 元の場所に戻して来て!!」

 たった半月顔を見ていないだけなのだが、その少し神経質っぽい口調がなんとなく懐かしく思えた。


「プププッ! カリュオン、アベルのものまね上手すぎ。わかる、鮫顔君と一緒に帰ったら絶対そうなるわ」

 くっそ、カリュオンがアベルのものまね上手すぎて笑いが止まらない。バケツを被ってアベルの声真似をしながらアベル口調で話すのはやめろ。

「でっしょー? アベルの反応はわかりやすすぎるからねー。話し方も独特だしぃ? ドリーとリヴィダスもいけるよぉ」

「やめろ、笑いすぎて腹が痛くなる」

 ドリーとリヴィダスのものまねも気になるがこんな場所で、笑いすぎて緊張感を切らすわけにはいかない。



 隔離された空間から抜け出したが周囲は夜の海。

 ちっぽけな俺達は島のような巨大生物の上に乗ったまま、成り行きに任せるしかない。

 日が昇って明るくなれば進む方向もわかるかもしれないと、日の出を待ちながら鮫顔君の背中の上でこれからどうするか、戻れたとしたらどう誤魔化すか、カリュオンと話し合っているとカリュオンがアベルのものまねを始めたので思わず吹き出した。

 まぁ、アベルは間違いなくそういう反応をしそうだけど。


「まー、ここは俺達の意見より、クーランマラン様の意思を優先しようぜ。俺達はそのついでに元の場所に戻してもらえればいいし」

 カリュオンはこの鮫顔君をクーランマランだと確信しているようだ。

 島にあった石像と同じ姿だし、クーランマランの法螺貝で動き出したし、クーランマランに縁のあるもので間違いないのだろうが、本物なのかダンジョンが作り出した存在なのか。

 それにあの空間を脱出する直前に出てきた炎の竜。

 火の魔力であること、シュペルノーヴァの魔力で満ちた神殿のあった場所から出てきたことを考えると、あれはシュペルノーヴァの魔力が作り出した竜、もしくはシュペルノーヴァを模したもの。

 あれがこの鮫顔君をあそこに閉じ込めていたと思って間違いないだろう。

 あの空間が崩壊して、あそこに残されたシュペルノーヴァの魔力はどうなったのだろう。一緒に消えたのだろうか?

 水の魔力で作られた空間にあった、異質ともいえる火の魔力。


 ん?


「なぁ、カリュオン。ダンジョンが終わる時って、ダンジョンが作り出したもの以外は外に出されるんだよな?」

「そうだねー」

 アベルのものまねは面白すぎて緊張感が途切れるから今はやめろ。

「あの空間ってこいつの魔力でできてるかもって言ってたよな?」

「ああ、こいつが目覚めた後に空間が魔力に戻り始めて、それをこいつが吸い取るというか、こいつに還るみたいな現象が起こってたからな。おそらくこいつの魔力でできていたものを、こいつ自身が回収したのだと思う。最後まで残ってた月も出る直前に消えたしな」

 クーランマラン様と呼びかけているわりには気安くこいつ呼ばわりである。

「じゃあ、あの最後に見えた炎は?」

 ものすごく嫌な予感がしている。

「言われてみたら、あれはあのダンジョンを形成しているものとはまた別のものっぽかったな。あの空間を構成していたのは水の魔力だが、それを作り出してあの中に閉じ込めてたのは火の魔力か? 俺は付与とかあんま詳しくないけど、火で水を封じるってすごくないか?」

 水属性で火属性を封印するのは一般的だが、その逆は相性が悪く恐ろしく効率も燃費も悪い。火属性の方が圧倒的に強くなければ無理な話だ。


 このクーランマランかもしれない巨大生物君も人知を超えた強さだと思うのだが、それを封印していた者が火属性で封印したのだとするととんでもない強者である。

 火属性の絶対的強者――シュペルノーヴァ。

 最後に見えた巨大な炎の竜。

 いやいやいやいや、シュペルノーヴァはルチャルトラの火山で元気そうに暮らしているみたいだったから俺達が見たのは、模したものか眷属かな!?


「なぁ、あの炎の竜があの空間の作り出した存在ではなかったらどうなると思う?」

「外に出されるんじゃないかなーーー? いやー、俺もグランが言うまで気付かなかったな!! さっすがグラン!!」

 おいいいいい! 今日は妙に冴えているバケツだと思っていたのにーー!!

 まぁ気付いたところでどうしようもないけど!?




 その嫌な予感を裏付けるように星の光しかない暗い空に鮮やかな赤い炎の線が走った。

 そしてそこが空間が引き裂かれるようにパックリ開き、熱風と共に炎の竜が姿を現した。




「げええええええええっ!! シュペルノーヴァ!?」

 でけぇ! そしてあちぃ!

 夜空を引き裂いて姿を現した炎の竜に思わずちびりそうになった。

 こいつ、最後に火球を撃ってきた奴だよな!?

「んにゃ、アイツは自分の巣を長時間空けないと聞いたことがある。シュペルノーヴァの魔力で作られた存在、眷属ってとこだろうなぁ。こいつはあの空間を維持する役目、抜け出そうとした時の最後の試練といったとこかぁ?」

「そっかー、眷属かー、ならなんとかなる……ならないかな!? どうすんだこれ!?」

 本人……本竜ではなくて眷属だとしても、Sがいっぱい付きそうなランクの竜に見える。

 俺達の乗っかっているクーランマラン様もSがいっぱい付きそうだけど!!

 そんなSがいっぱい付きそうな怪獣大決戦をこの場で始められると俺達やばくない????

 あー、めっちゃ睨み合っちゃってるううう!!


「大丈夫だ、クーランマランを信じろ。ここは海上だしクーランマランに圧倒的に有利な地形だ。それにアイツ、竜の姿を維持するのは相当燃費が悪そうだし、中にいた頃より小さくなってる気がするぞ?」

 言われてみれば、中で見た時は遠近感がおかしくなるようなサイズだったが、今は気持ち小さくなってる気がする。

 といっても火山階層でお世話になったレッサーレッドドラゴンよりずっとでかいのだが。

 こいつに力を使わせればどんどん小さくなって弱くなるのかな? 

 脱出直前に大きな火球を使ったのも小さくなった原因の一つかもしれないな。

 この竜もハニカム模様の壁も供給される魔力に限界があるのだったなら、中でもう少し消費させておけばよかったかもしれない。

 しかし火球カウンターも巨大火球は、頑丈そうなクーランマラン君でも当たると痛そうだし。

 そういえば、クーランマランの像を燃やしていた炎もシュペルノーヴァの魔力っぽかったよな。

 まぁあれはチョロチョロした炎だったし、あれを消さないと像は集められなかったし、土砂をドッシャーってしたのは間違ってはいないはずだ。



 先に動いたのは炎の竜。周囲に火球がいくつも浮かびこちらに降ってきた。

 それが俺達のところに届く前に鮫顔君が海水で壁を作って全て受け止めた。

 火球は海水の壁にぶつかって消え、海水の壁もまた火球の熱で蒸発し、周囲の空気の湿度が上がりじっとりと温い風が肌に当たった。

 火球を吐き出した後の炎の竜は、若干小さくなったように見えた。しかしまだまだ大きい。


「ひーこえー、また助けられちまったな」

 目の前で繰り広げられる怪獣大決戦を前に己の無力さを感じる。

「やべーな、俺達を乗せてるせいで水の中に潜れない。今の攻撃も海に潜れば避けられる攻撃だった」

 戦力になれないどころか足を引っ張る形になり、珍しくカリュオンから悔しそうな感情が伝わってきた。

 ああ、確かにさっきからずっと守られっぱなしだな。少しくらい協力はできないだろうか?

 俺達みたいなちっぽけな存在が、絶対的強者の古代竜に力を貸すなんて烏滸がましいかもしれないが、助けられてばかりのお荷物は辛い。

 カリュオンと目が合い頷いた。


「頭の方へ移動するぞ!」

「りょっかい! 頭だけなら俺の盾スキルでカバーできるぜ!」

 鮫顔君の体ができるだけ海中に沈むようにすれば防御の手間は減る。

 頭だけならカリュオンの範囲防御技でカバーできるはずだ。

 背びれから離れ、頭へと走る。


 鮫顔君の目の上辺りまで来た時、炎の竜が口を大きく開くのが見えた。その中にはこの後吐き出されると思われる炎が溜まっている。

 炎には物理攻撃は効かないだろう。魔法が使えない俺にできることは限られている。

「くらえ! 先手必勝、生贄丸太!!」

 本来は火属性攻撃に対する身代わり用の丸太である。

 周囲の炎を吸収して燃え上がる丸太だが、その仕組みは火属性の魔力を吸い寄せる付与だ。

 つまり、火属性の魔力でできている炎の竜の魔力を無駄に消費させることもできる。

 どうせ在庫がたくさんあるエルダーエンシェントトレントの丸太だし、使い切っても投げつけてもまた作ればいいや。


 一メートル程度の長さの丸太を収納から取り出し、身体強化を使い次々と炎の竜に投げつける。

 竜の大きさに対して小さすぎる丸太であるが、レッサーレッドドラゴンのブレスくらいなら吸い込んでくれた。

 炎の竜はレッサーレッドドラゴンとは比べものにならないくらいに大きいが、塵も積もれば山となるだ。少しでも奴の炎を吸い取って弱体化させてやる。

 俺が投げた丸太は炎の竜の近くでその炎を吸い寄せ、丸太の大きさとは不釣り合いなほど大きく燃え上がり炭となって海へと落ちていく。

 吐き出すために口の中に溜めていた炎が少し小さくなっている。いいぞ、多少は効果があったようだ。


 それでもまだ竜の口の中には炎が残っており、それをこちらに向けて吐き出してきた。

「それは俺が受け止めるううううううう!! カメッ子は全力で攻撃しちまえええええええ!!」

 カリュオンがリュウノコシカケで作った魔力強化系のポーションを複数掴んで纏めて飲み干して叫んだ。

 うわぁ……、強化系のポーションは何かしら副作用でデメリットがあるのに、あの量を一気飲みしちゃうんだ。

 カリュオンが鮫顔君の頭の先端付近に立ち、ドンと大盾を前に構えた。

 尖った盾の先端が鮫顔君の頭に刺さっているように見えるのは気のせいかな!? いつもなら足元はだいたい地面だからな!?


 魔力強化のポーションの効果でいつもより巨大な光の盾が、鮫顔君の海に潜っていない部分を覆い隠すように現れた。

 炎の竜が吐き出した炎が光の盾にぶつかって弾け、夜の海が赤い光で照らされた。

 弾けた炎は海へと落下し、炎が触れた海水が一瞬で沸騰して蒸発していく。

 海水がボコボコと沸き立って周囲に湯気が上がり、ムワッとした空気に包まれる。

 海上にいる俺達ですら周囲の海水の熱さを感じる。沸騰する海の中にいる鮫顔君は茹で上がってしまうのでは!?

 えぇと……冷やす? 雪崩いる? 焼け石に水? 熱湯に雪?


 しかし、鮫顔君はさすが圧倒的強者だった。

 俺の心配を他所に沸騰する海水、それよりもさらに広範囲の海水が鮫顔君を中心に渦巻き始めた。

 それは大きな竜巻、島サイズの鮫顔君の周囲を渦巻く巨大な水の竜巻となった。

 炎の竜もでかいが、さすがに島サイズの竜巻の方がでかい。炎の竜君はその水の竜巻に飲み込まれ、高速で渦巻く水流の中をグルグルと流されていった。

 もうスケールでかすぎて、台風とか竜巻の中心部ってこんなの何だとポカーンと見ているだけだ。

 洗濯機で洗われるタオルってあんな気分なのかな? ん? 洗濯機ってなんだ?

 こんな時に転生開花はやめろおお!! はーーー、帰ったら洗濯機作ろ……。や、普通に浄化魔法付与した洗濯箱でいいわ。


 圧倒的竜巻に鮫顔君の勝利を確信して気が抜けていたが、急に周囲の温度が上がったかと思うと竜巻が弾けて蒸発するように消えた。

「あっち!」

 蒸発しなかった熱い飛沫が降ってきて、溜まらず装備のフードを被り、その熱の源を探して水竜巻が消えてよく見えるようになった空を見上げた。

 うっわ、アイツあの竜巻に巻き込まれたのにまだ生きているよ。

 だが、かなり小さくなったな。これくらいのサイズなら俺にも何か有効的な攻撃ができるかもしれない。


「まだ、生きてたかー! このまま撃てなかったら、こいつをどこにぶっぱするか悩むとこだったぜ!!」

 カリュオンのカウンター技の引我応砲が溜まっている。そりゃあんな強烈な炎を受け止めたら、一瞬でカウンター砲発動分の魔力は溜まるわな。

 これで決着が付くかな? 念のためダメ押し攻撃を用意しておくか。

 盾から発射される極太光線が炎の竜を貫くのを見ながら、収納から長いエルダーエンシェントトレントの角材を取り出した。

 以前、ルチャドーラを殴ってみたり、小動物ゾンビを潰してみたりして汚れまくっている角材だ。

 右手のグローブを外し、腰にぶら下げているスロウナイフの刃の上を指で撫でる。

 少しの痛みの後、切れた皮膚から血が溢れてくる。その血で角材にささっと付与のための神代文字を書き込んだ。

 本来なら付与用のインクを使ったり、文字を彫ったりするのだが、今はそんな時間はない。

 炎を吸収する付与を施して、身体強化を発動しながら角材を両手で持ち上げる。

「いっけえええええええ!! 炎を吸い取っちまええええええええ!!」

 一メートル程度のサイズの丸太でもSランクのレッサーレッドドラゴンのブレスを回避できる。その倍程の長さの角材に気合いを入れて神代文字の付与。

 カリュオンの盾光線をくらってさらに小さくなった炎の竜にはこれでも十分な威力が出るだろう。


 俺の投げた角材は一直線に炎の竜に飛んでいき、その口から胴体にかけて突き刺さるように炎の中に吸い込まれ大きく燃え上がった。

 大きく燃え上がったのは角材が火属性の魔力と炎を吸収しているから。

 角材が燃え尽きてなくなる頃には炎の竜はさらに小さくなり、その大きさはレッサーレッドドラゴン以下になっている。

 もう一息。


 炎の勢いが弱まり空中を漂うようにフラフラとしている炎の竜の下から、噴水のように水柱が吹き上がった。

 炎の竜は抵抗するように大きく燃え上がり吹き上がった海水が蒸発するが、水柱が消える頃には炎も小さくなり、最後は水柱の消えた海の上を吹き抜けた風でバラバラと飛び散り、赤い光の粉となって水面に降り注いだ。


 これで終わりかな?

 カメ君とのお別れになるはずの夜は、色々ありすぎて随分長い夜だった気がする。

 その夜も終わりが近付き少しずつ明るくなり始めた空を、鮫顔君の鼻先に立って見つめていた。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る