第426話◆海の見える小さな家?
炎を見るなり作業のように埋めたからあまりよく観察をしていなかったのだが、像の頭の部分が置かれていた祭壇の近くには海の見える窓があり、そこから入って来る光が祭壇を照らすようになっている。
今は日が暮れ薄い星の光だけだが、昼間には日の光が、月の明るい夜には月の光が祭壇に置かれた鮫亀の像を照らすのだろう。
天から降り注ぐ光は魔力を持っている。それに晒されることでこの像にも何か変化があるのだろうか?
一刻も早く仲間と合流したいところだが、海の上を漂うこの孤島から脱出する方法は、今のところ像が吐き出した指示に従うしかない。
一日だけならと思ったがそれが半月になり、焦る気持ちが強くなった。
孤立した状況下では冷静さを失ってはいけない。焦りはしょうもないミスのもとだ。
とにかく冷静に冷静に――。
「いやーーーー、遭難したのがグランと一緒の時でよかったぜ。他のメンバーだったら快適さどころか飯も絶対やばいことになってたはずだ」
「カ、カーーー!?」
「早く帰りたいところだが、今日はもうどうしようもないし、とりあえず飯をくって体を休ませて冷静になろう」
「グランは十分冷静すぎるんじゃないかな?」
そうかなぁ? とりあえず、一晩ゆっくり休める環境を即席で作っただけだけど。
泥だらけだった祠の中をカリュオンと共に綺麗に片付け、収納の中から二人用のテーブルと椅子を二脚出して設置。思わずテーブルの上に花瓶を置いて、適当な花なんか挿してみた。
少し狭くなるが一階にはベッド代わりになる小型のソファー、二階にはベッド。
うむ、持ち歩いていてよかったいらなくなった家具。アベルがうちに来た時に高そうな家具を持ち込んで来たせいで、自分で用意していた家具が不要になっちゃったんだよね。
収納の中を大断捨離した時にいらない家具はほとんど捨てたのだけれど、もしものことを考えて一人暮らし分だけ残しておいてよかった、安心遭難セット。
だって遭難した時、快適に救助を待ちたいじゃん? マジで遭難するとは思わなかったけれど、備えあれば憂いなし。
幸いこの祠は魔物は入ってくることはないようで、この祠で夜を過ごすことにした。念のため魔物除けの魔道具を置いて、カリュオンにも魔除けの結界を張ってもらった。
広さでいえば中央の神殿のほうが広いのだが、像はこの祠にあるしジャングルの中まで移動するのはめんどくさい。
海の見える小さな家と思えばわりと悪くない。ただ一緒にいるのはカリュオンだけど。
完全に孤立した状態。
半月立てば脱出できるという希望はあるものの、不安のほうが多い状態である。
この状態で冷静さを失うのは命取りである。そして何が起こるかわからない状況、体力はできるだけ温存しておかなければならない。
つまり快適な休息環境。安心して休める場所と美味い飯!!
少しでもストレスの少ない遭難ライフで健全なメンタルを保って冷静さを失わないようにするのだ!!
その夜、すっかり民家の一室風に模様替えされた祠の中でカリュオンとこの状況の打開策はないかと話し合った。
しかし、手がかりは地図と祭壇に書かれた文字だけ。当然のように解決の糸口なんてなかった。
翌日は島の神殿と祠を回って何か手がかりはないか念入りに調べてみた。
それでも新しい発見はなにもなかった。
そして、島に来て三回目の朝食の後。
「グラン、何作ってんだ?」
「んー、魚がいっぱい釣れるから干物にしようと思って、こっちは魚、これはクラーケン、これはセファラポッド。今は祠の軒先に吊してるけど、どうせ暇だし後で干物用の台でも作ろうかなぁ。ここさ、ダンジョンだけどものが吸収される速度かなり遅いみたいなんだよな。ほら、昨日、像のあった場所を回ったじゃん? さすがに雪は溶けていたけど、祠周辺は俺がぶちまけた土砂の残りがまだ消えてなくてさ、これなら干物を作れるかなって? 一応魔力耐性を上げる付与はしておくけど」
土砂は大雑把に回収しただけだったから、祠の床にジャリジャリとわずかに土砂を残したままにしていたのだ。それが消えずに残っていた。
「なるほど。でもジャングルの中は普通に吸収されてる? 回収せずに捨てて来た昆虫系の魔物の死体はなくなってたぜ」
「となると祠周辺が特殊なのかな? まぁ理屈はわかんないけど、魔物も寄って来ないみたいだしありがたく利用させてもらおう」
俺達は諦めて快適孤島ライフをスタートさせることにした。
せっかく魚がたくさん釣れるし干物なんか作っちゃおうかなーって思って、干物を干すための台を作り始めた。クラーケンの干物も作りたいし海藻も採り放題だからたくさん乾かしておこう。
海岸も近いし、引き潮の時は貝掘りでもしてみるのも悪くない。
それにせっかく半月もこの島に閉じ込められるのなら、ここに生えているドラゴンフロウを採り尽くしてしまおう。
ちょっと……いや、すごく楽しくなってきた。
「まぁ、脱出方法みつかんねーしな。諦めて半月後一緒にドリー達に謝り倒そうぜ」
「そうだな、めちゃくちゃ心配してそうだしな。帰ったらたくさん謝らないとな」
ドリー達のことを考えると非常に申し訳ないのだが、遭難中のメンタル維持のためにも俺は開きなおって孤島ライフを楽しむことにした。
一緒に怒られてくれるタンクがいるのが非常に心強い。
「んじゃ、俺はちょっとその辺でスライムを捕まえてくるよ」
「おう、頼んだ。これが終わったら祠の近くにトイレを設置しておくよ」
冒険者にはトイレ問題が付き纏う。
そんな冒険者のために、魔物除け効果の付いた使い捨てのポータブルトイレや、長期の野営に備えた囲い付きの簡易トイレが冒険者向けの道具屋で売られている。
簡易トイレのほうは組み立て式でコンパクトにはなるが、やや大きいため持ち運ぶのに荷馬車もしくはマジックバッグや収納スキルが必要になってくる。それでも野営を伴う長期活動の時には必須アイテムである。
組み立てた後、タンクにスライムを入れておくだけなので非常にお手軽である。
魔物がいる場所でのトイレの安全は非常に重要で、冒険者に絶対に付き纏う問題なのだ。用を足している時に魔物に襲われる事故とか絶対に嫌だ。
「ふんふんふ~ん、ふふんふ~ん」
「ヵァー……」
「ここは日当たりが良くて気持ちいいなぁー。よっし、前足の鱗は綺麗になったぞ」
「カヵッ……」
「ははは、そんな心配すんなって。この俺の腕を信じろ! 満月の日までにこの像は綺麗に修理してかっこよく仕上げてやるからなー! お? どうせなら背中に大砲を付けてみるか? かっこいい翼でもいいな? 頭の横にはガトリング砲みたいなの? えっと、ガトリング砲っていうのはなー」
「カッ!! カーッ!!」
「え? ダメ? めっちゃかっこいいと思うのに」
午前中は干物を作ったり、トイレを設置したりとしばらくここで生活するための環境を整えた。
昼からは祠の周辺でドラゴンフロウを摘んでいたが採り尽くしてしまい、ジャングルの奥まで行くのも少しめんどくさい時間だったので、祠の中に戻り日当たりの良い祭壇の前に座り込んで鮫亀の像の手入れをしていた。
せっかく時間があるのだから、毎日少しずつ細かい傷まで修復してピッカピカに磨いて満月に備えよう。
ついでにかっこいいオプションも付けようとしたら、カメ君が俺の手をパシッと掴んで邪魔をし始めた。
なんだよぉ、やっぱ人工的なかっこよさはダメかぁ?
窓の外には青い海、窓を開ければ吹き込む心地の良い潮風、そして差し込む暖かい日差し。
なんというのんびりと平和な午後。
あまり良いとはいえない状況ではあるが、やることもあまりなくすごく平和なスローライフ状態である。
考えてもどうしようもないので、俺はこのまま孤島のスローライフを楽しむことにするぜ。
退屈が苦手なカリュオンはジャングルに遊びに行っている。そろそろ遊び疲れて戻って来そうな時間かなー?
あまり大きな島ではないので魔物を狩り尽くしたりしないか少し不安である。狩り尽くすのならまだいいけれど、範囲攻撃を当ててそのままここまで魔物を連れて来ないか心配だ。
ははは、さすがにヒーラーや遠距離範囲火力がいないこの状況でそんなことはしないよなぁ?
しないよな!?
「ファー!?」
「あぁー……」
フラグのつもりではなかったのだが、外の気配が急に騒がしくなった。
その先頭には離れていてもわかる騒がしさ。そう、カリュオンの気配。
おいいいいいいいいいっ!!!
やめろ、せっかく約半月の無人島生活に備え生活環境を整えたのだ。魔物なんか連れてくるんじゃねえ!!
鮫亀の像を祭壇に戻し、修理道具を収納に戻して祠の外に出ると、ジャングルの中からバケツが飛び出して来るのが見えた。
「たっだいまあああああああああ!! グランならお出迎えしてくれると思ってたぜ! お土産だよおおおお!!」
「土産じゃなくて、トレインだろおおおおおお!!」
「ファーーーーーッ!!」
カメ君、わかったか!? すっかりカリュオンに懐いているが、これがカリュオンの日常茶飯事だぞ!?
思わず始まってしまった孤島スローライフは、スローじゃなくなる予感がした。
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