第422話◆シュペルノーヴァ推し神殿

「あれが地図にある島の真ん中の建物かな?」

 白い建物の入り口の左右には、台座の上に乗ったいかにも竜といった造形の石像が向かい合うように置かれている。

「竜の石像か? ゴーレムやガーゴイルの類でもはなさそうだな。んー? 何か書いてあるぞ……これも海エルフ語だなぁ、えっと"偉大なるシュペルノーヴァ様"? 状況からしてこれはシュペルノーヴァの石像か。そういえば地図にも似たようなことが書いてあったな。ここはシュペルノーヴァ信仰のある島を模してあるのかな?」

 建物の入り口に置かれている石像の台座を覗き込みながら、そこに書いてある文字をカリュオンが訳してくれた。

 また海エルフ語かー。カリュオンがいてよかったな。

 って、またサラッと重要事項の事後報告がなかったか????

「地図にもそんなことが書いてあったのか? 他に何か地図に書いてあったことは?」

 そういう情報は教えておいてほしかったな!! 知ったところで俺が役に立つかわからないけど!!


「んー? だいたいシュペルノーヴァを褒め称える言葉? この地図を作った奴は相当シュペルノーヴァが好きなんだなぁ。というかこの石像も字汚っ! 地図の方もだったけど書き慣れてない奴が書いた海エルフの文字みたいで読みにくいんだよなぁ。なんで海エルフ文字なんだろうなぁ? 海エルフならシュペルノーヴァよりクーランマランだと思うけど」

 石像の前でカリュオンが首を捻っている。

 しかし石像の台座の字が汚いって、シュペルノーヴァがなんだか可哀想。

 まぁ俺はなんて書いてあるかすら読めないので、文字の善し悪しなんてわからないけれど、とりあえずドラゴンの石像はかっこいい。

「この石像もらって帰っていいかな? シュペルノーヴァだよな? かっこいいドラゴンの石像ならうちの前に置いてみたい」

 いらなかったら売るか、投げるかすればいいし。シュペルノーヴァ石像ならいい値段で売れそう。


「でも台座の文字がめちゃくちゃ汚いぜ? それにシュペルノーヴァの石像っていっても見た目はただのドラゴンじゃん。どうせならもっとこう個性的でかっこいいやつのがよくないか?」

「まぁ、言われてみるとただのドラゴンだよな。ただのドラゴンでもかっこいいけど、シュペルノーヴァって書いてないとシュペルノーヴァってわかんないな」

 確かによくあるタイプのかっこいいドラゴンだけれど、一目見てシュペルノーヴァってわかるかと言われると、ただのドラゴン像にしか見えない。

 うーん、やっぱいらないか……。いや、でも投げられそうだしなぁ、迷う。


「俺のおすすめはテムペストとクーランマランかなー? テムペストは故郷の近くの森に棲んでるから遠目に何度か見たことあって、バカでかい森の要塞みたいでめちゃくちゃかっこいい。クーランマランは実物は見たことはないけど、ガキの頃に海エルフの本を写本した時に、その本の挿絵を見てから一目で惚れた! めちゃくちゃかっこいい! 浪漫しかない!!」

 テムペストは暴風王、クーランマランは海竜王という二つ名を持つ古代竜である。

 ドラゴンの話をするカリュオンは妙に楽しそうだ。ドラゴン、その中でも変わり種のドラゴンが好きなのが伝わってくる。

「クーランマランって何百年も目撃の記録が残ってないってギルドの資料で読んだことあるな」

 死亡説すら出てきているが、古代竜の時間と人間の時間は違いすぎる。

 人間にとっては何百年という時も、古代竜にとってはほんの数日くらいの感覚で、広い海のどこかで寝ている可能性もある。

「海エルフの記録にも百年単位で目撃の記録は残ってないみたいだし、海の底で眠っているのかもな。一度くらい見てみてーな。絶対絵よりもかっこいいぜ」


 古代竜とは竜種、亜竜種の原初となる竜である。

 無限に近い寿命を持ち、創世の時代からこの世界に存在する種と言われている。

 しかしその個体数は少なく、他種族との混血の個体も確認されている。

 一説では純粋な古代竜はシンプルなドラゴンらしい姿をしており、混血が進むほどドラゴンの姿から離れ、混ざっている生物の特徴が出てくるらしい。

 石像のシュペルノーヴァの姿が本物に近いのなら、シュペルノーヴァは純血の古代竜なのだろう。なるほどシンプルかっこいい系。

 カリュオン曰く、テムペストは森の要塞。なんだかその単語だけで浪漫が詰まっているな?

 クーランマランはしばらく目撃がないせいか、いろいろな説があったよな。亀だとか鮫だとか綺麗な魚だとか。

 テムペストとクーランマランは混血系の古代竜かー、ハイブリッド生物みたいでなんかかっこいいなぁ。


「カッ! カーッ!!」

 耳元でカメ君の声が聞こえたと思ったら、ピョーンとシュペルノーヴァの石像の方へと跳んでいった。

 亀なのに身軽だな!?

 石像のシュペルノーヴァが鎮座している台座の上に飛び乗ったカメ君は、小さな前足で石像の足をカリカリとひっかいたり、ガジガジと噛みついたりし始めた。

 あまり大きくない石像だが、カメ君がちっこいので巨竜と戦う亀っぽくてなんだか可愛い。


「ん? カメ君、どうしたんだ? 何かあるのか?」

 しばらく見ていると、ピョンピョンと石像の頭の上まで登って、後ろ足で立ち上がってゲシゲシと頭を踏みつけるような仕草をした。

「ケッ!」

 しばらく石像の頭をゲシゲシしたカメ君は満足したのか、ピョンと俺の肩に戻って来た。

「フーッ!」

 なんか、一仕事終えたオッサンの呼吸みたいだな!?

 何か意味のある行動なのかと思ったけれど、もしかしてただシュペルノーヴァの石像が気に入らなかっただけか?

 カメ君は少し変わった亀だな!?


 カメ君が俺の肩の上に戻って来たので、周囲を確認して建物の中へ――その前に。

「建物の屋根の上に登れば、島全体が見渡せるかも」

 神殿のような建物は一階建てだが基礎が高く、屋根の高さも高い。

 俺達がいた海岸からもこの屋根は見えていたので、屋根の上に登れば島のほとんどを見渡すことができそうだ。

「お、そりゃ名案だ」

 カリュオンが風魔法を使ってふわりとした軌道で屋根の上へと飛んだ。

 え、風魔法ずるい!!

 いいもん、俺にはローパーの触手製伸縮式のかっこいいワイヤーがあるもん!

 左手の防具に仕込んでいるワイヤーを屋根の縁に向けて発射して、それが屋根の縁に固定されたのを確認しワイヤーを縮める勢いで屋根の上へと登った。


「なんか面白い道具を使ってるな? 俺もそれ使ってみたいな!」

 褒めてくれるのは嬉しいが、カリュオンはこういう小細工道具は使わないだろ!?

 使ってもすぐに、ごり押しの方が楽だってすぐに使わなくなるだろ!?

「これはウーモの工房で作ってもらったやつだよ」

「ウーモの親父か? 王都に行った時に頼んでみるかー!」

 カリュオンはエルフの血を引いているが、王都で店を営むドワーフ鍛冶屋のウーモとは普通に交流がある。

 ウーモ曰く、カリュオンは見た目はエルフでも中身は人間だから平気らしい。なんだかよくわからない理由だが、まぁカリュオンだしで納得する。

 おそるべし超陽キャエルフ。


「それよりカリュオン、見ろよ。島の全体がよく見えるぞ」

 緩い傾斜の屋根の頂上から周囲を見渡すと、島のほとんどを占めるジャングル、そこから四本の足と頭と尻尾が生えるように海に飛び出している岬が見えた。

「おおー、マジで亀の形だな。この地図の島で間違いなさそうだし、思ったより大きくないな。これなら一日で全部回って帰れるかな」

「これで頭と尻尾の方向がわかったから、進む順番もわかったな。ん?」

「カーッ!!」

 地図を取り出して屋根の上から見える光景と照らし合わせていると、肩の上に乗っているカメ君が威嚇をするような声を出しながら首を伸ばして地図に噛みつこうとしたので、パッと収納の中にしまった。

「これは俺達が元の場所に戻るための大切な地図だからいたずらをしたらダメだよ」

「なんだぁ? このカメッ子、地図が気に入らなかったのか? さっきもシュペルノーヴァの石像を足蹴にしてたし、地図に書いてあるシュペルノーヴァを持ち上げる言葉が気に食わないのかな? 亀だし暑苦しい火竜は嫌いってか?」

「フシューッ!」

 カメ君が鼻息を荒くしながら、伸ばした首をブンブンと縦に振った。

「だよなー、亀だからやっぱ水属性のクーランマラン派か?」

「フンフンッ!」

 カメ君が長い首をブンブンして、俺の肩からカリュオンの肩の上へとピョンッと移動した。

「ん? こっちに来るか? でも俺の肩は敵の攻撃を受け止めるから危ないぞ、グランの肩の上に戻るんだ」

「フシュー」

 カリュオンにそう言われたカメ君が、なんとも残念そうなため息をつきながら俺の肩に戻って来た。

 え? 動物や魔物に好かれる自信は結構あるんだけど!? 俺よりカリュオンの方がいいっていうのか!?

 なんだかショックだなおい!? 

 はー、後で美味しいものいっぱいあげよ。




 屋根の上から島の全体を確認した後は、屋根から降りて神殿のような建物の中へと向かった。

 ジャングルには魔物の気配はあるが、そこそこ強そうかなといった程度で、やばそうな魔物の気配は感じない。

 建物の方は外から確認した感じでは、入り口周辺に罠のようなものはなく、中からは生き物の気配はしない。

 魔物の棲息しているジャングルの中にある建物に魔物が侵入していないということは、ここは魔物が侵入できない、もしくは許可された者しか入ることができない可能性が高い。

 それを裏付けるように神殿からは不思議な魔力を感じる。

「グラン、島の地図を出しておいてくれ。カメッ子は地図にいたずらしたらダメだぞー、重要な地図だからな?」

「フシュー」

「了解」

 カリュオンの言葉にカメ君は納得してくれたのかな?

 もしここが許可された者以外入れない場所なら、ここに来るように指示が書かれていた地図が鍵になっている可能性が高い。


 入り口は青銅の扉になっており、収納から取り出した地図を手に近付くと地図がピカリと光り、地図上の島の中央に書かれた文字が地図から剥がれるように浮き上がり扉へと吸い込まれ、扉がギギギと嫌な音を立てて開いた。

「吸い込まれていった文字は、順番を示している番号だな。なるほど、地図の書かれている数字が鍵になっているってことか。数字の順番通りに回らないと開かないってやつかなー? そんなこと試さなくても順番に回ればいいか」

 海エルフ語を読めるカリュオン、マジで心強い。カリュオンと一緒でよかった。俺一人だと絶対わからなくて、何度も試行錯誤して印の付いた場所を行ったり来たりすることになっていたはずだ。


「中にはやっぱ魔物の気配はないな。罠らしい仕掛けもなさそうだ」

 気配察知と探索スキルをフルに使って建物の内部を探るが、危険な存在は感じ取れない。

 それどころか建物の内部からは聖属性の魔力を感じ、神聖な場所を前にした気分になる。

 建物の中に足を踏み入れると、そこは聖属性の魔力で満たされていた。

 それと同時に荒々しい火属性の魔力と、ジリジリとした熱さを感じた。

 俺はこの圧迫感のある熱い魔力を知っている。そしてその魔力の主の名がポロリと口から出てきた。

「シュペルノーヴァの魔力?」

 ルチャルトラで感じた上から押さえつけられるような圧のある魔力――近付くだけでその圧に押しつぶされて焼き払われてしまいそうな魔力。

「かな? 入り口に石像があったしなぁ。シュペルノーヴァの神殿といったところか?」

 古代竜はその個体を象徴する属性の他に、必ず聖属性を持っていると習った。

 なるほど、この聖属性もシュペルノーヴァの魔力か?

 荒々しい火属性の魔力とは違い、圧はあるものの包み込むような印象を受ける魔力だ。

「カッ!」

 アンチシュペルノーヴァ派らしいカメ君はめちゃくちゃ嫌そうな顔をしている。

 シュペルノーヴァらしき魔力が濃くて肩の凝る空間なのだが、カメ君はちっこいわりに元気そうだ。

 やっぱ、将来大物になる系の亀だな!?


「おいグラン、あっちーのはあれが原因みたいだぞ」

「ん? うわ……なんだあれ?」

「カーッ!!」

 カリュオンが指差したのは神殿の一番奥。

 祭壇の上ではオレンジ色の炎に包まれた何かが見えた。


「まぁた、祭壇に下手くそな海エルフ文字が書いてあるぞ」

「カカカッ!」

 炎のある祭壇にはまた俺の読めない文字――海エルフ文字が書かれていた。

 俺達と一緒に祭壇の文字を覗き込んでカメ君は、嫌そうな顔をしながらもなんか楽しそうに頭を上下に振っている。

「なんて書いてあるんだ?」

「うーん、汚……癖の強い文字だなぁ。大まかに言うと、島に散らばってる何かの像のパーツを集めて修復すれば外に出られるみたいなことが書いてあるな。ついでにシュペルノーヴァを褒める言葉がたくさん? これ書いた奴、シュペルノーヴァ大好きすぎるだろ!?」

 俺は読めないからわからないが、カリュオンからはバケツ越しに微妙な空気が伝わってくる。

 書かれている文字が達筆すぎるんだな。でもまぁ、読めるからよし?


「像のパーツってこれのことか?」

 俺が指差したのは祭壇の上で炎に包まれている拳サイズの何か。

「っぽいなぁ。炎を消して持って行けってことかぁ?」




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