第421話◆ドラゴンはかっこいい

 時計を見るとここに来たくらいの時間を指したまま、針がプルプルとふるえていた。

 俺のだけではなく、カリュオンの時計も同じ状態だった。

 なんか最近似たようなことがあった気がするけどいつだっけ?

 魔力の乱れの激しい場所やダンジョンの中は時計は狂いやすい。もしくは時間魔法が作用している可能性もある。


 時計が狂うことはそう珍しいことでもないので、そんな時のために時間を計るものもある。

 火を付けるとジリジリと燃えて、その燃えた長さでだいたいの経過時間がわかる渦巻き状で目盛りの入った線香のようなもの。

 その見た目と使い方から何となく前世の蚊取り線香を思い出してしまう。

 非常に単純で環境によってややぶれもあるものなのだが、単純故に魔力の干渉を受けにくく、時計が狂うような場所では非常に便利で冒険者の必需品である。

 ちなみにこれもスライム素材が原料になっている。スライムさんは相変わらず優秀である。

 そんなスライム線香でだいたいの時間を把握しながら浜辺で一晩を過ごした。






 一晩明けてわかったこと――無事に朝がきた。

 そりゃ夜が明けたら朝がくるもんだし当然といえば当然なのだが、ダンジョンだとそうでない場合もあるので、朝がきて周囲が明るくなると非常に安心する。

 それにやはり暗い中での行動は危険も多く気が滅入るので、明るい時間があるということがわかっただけでかなりホッとした。


 それから、おそらくだがこの島は非常にゆっくりとした速度で移動している。

 周囲には海しか見えないため、正確な速度や方角、進路まではわからない。移動というより波間を漂っているといったほうが正しいかもしれない。

 見張り番をしながら空を眺めていて違和感に気づき、日が昇り太陽の位置が微妙にずれていっていることで確信した。

 あくまで日が地上と同じような動きをしているのならの話だが。


 明るくなってきたのでジャングルのほうもよく見えるようになり、テントの周囲を少し確認してみると、生えている植物はルチャルトラの植物に似ていた。つまり熱帯系の植物だ。

 そして近くの木に登って遠くまで確認してみると、ジャングルの中――太陽が外と同じ動きだとするなら西の方向に何やら白い石作りの建物が見えた。

 あれが地図にある島の中央の建物だろうか?

 海の方が東。となると、地図に印が付いている亀の足の部分が南東と北東に見えるはずだと思いそちらを確認すると、そのどちらにも海岸線が海に突き出し岬状になっている場所が少し離れている場所に見えた。

 ここが地図に描かれている島であることはほぼ間違いないようだ。

 その地図と、ここから見える岬の距離を照らし合わせると、さほど大きな島ではなく一日あれば余裕で一周できる広さだと思われる。


 ただ地図には方角が書かれていない。それはおそらくこの島が海の中を漂っているからだろう。

 何かはっきり目印になるものがあれば、ここが地図上のどこかわかるはずだ。

 特徴的な地形は足の部分と頭と尻尾。とくに頭と尻尾は明らかに形が違うため、どこか高い場所から確認できれば現在地が把握できそうだ。

 ジャングルの中に見える建物の屋根の上に登れば島全体が見渡せそうだなぁ。

 飯を食ったらまずはあの建物を目指そう。




「やー、朝から豪勢だねぇ。もしかして見張りをしながら釣りでもしてたのか?」

「うん、砂浜から投げるだけで結構釣れたよ」

 見張り番はパーティーでいつもやっているように、朝食の準備をする俺が後だ。

 そして日が昇り始めて明るくなり始め、朝が来たことが嬉しくなってつい釣りなんかを始めてしまったのだ。

 いや、これは食料の調達だ。もしもの時のために、収納に入っている食料は大事にしておいたほうがいい。

 今日の朝ご飯は海で釣った魚を、ジャングルに生えていたバナナの木の葉で包んで蒸し焼きにしたものだ。

 それから、これもまた海から採って来た海藻のサラダ。

 焚き火の周りでは串に刺した魚が、火に炙られていい匂いを漂わせている。

 そして、俺達の朝飯を食っているテーブルの横には、海水を張った桶に採って来たばかりの巻き貝を投げ込んで砂抜き中である。


 あーーー、何か南国ビーチのアウトドアって感じでめちゃ楽しい。

 置かれている状況は非常によろしくないし、残してきたパーティーメンバーがめちゃくちゃ心配していそうなことを考えると非常に申し訳ないのだが、この謎の孤島生活にわくわくしている。


「でさ、グラン。そのキラキラした亀はなんだい? 食べ物じゃないのかい?」

「こんなちっこい亀のどこを食べるっていうんだ。貝を採ってたらいつの間にか袖口に張り付いてて離れようとしないから、仕方ないから連れてきたんだ。飯を作ってたらクレクレして無駄に可愛いし、真っ青な甲羅が海の波みたいですげー綺麗だろ?」

 テーブルの隅っこでチーズを載せて焼いた小さな魚を、しゃくしゃくと食べている手のひらサイズの小さな亀。


 貝を集めていたらいつの間にか袖口にくっついていた。

 海水で泥や藻で汚れた甲羅を指で擦って洗ってやると、まるで目の前に広がる青い綺麗な海をそのまま甲羅にしたような、鮮やかでキラキラとした美しい甲羅が現れた。

 海にいるくせに足は海亀のようなヒレ状のものではなく、川にいる亀のような爪と水かきの付いた足である。そして尻尾が亀にしては妙に長く、先端が魚の尾びれのようにヒラヒラとしている。首は甲羅の中に引っ込めているが、めいっぱい伸ばすとびよーん長いようだ。

 海に還そうとしたのだが、その爪でガッチリと袖口に張り付いてイヤイヤとされてしまい、諦めて連れて戻って来た。

 島を出る前には何が何でも海に還そう。

 あまりに綺麗な亀なので人間の目に付くところに連れて帰って放して、万が一人間に見つかると捕まえて売り飛ばされる、もしくはこの綺麗な甲羅目的に殺されてしまいそうだ。

 実は俺も見つけた時は少しそんなことを思ったのだが、亀って可愛い顔をしてんだよね……目があったらもうダメ。

 くっそ、これは転生開花の影響だ。俺がチョロいわけではない。


 そんなわけで、離れないのなら仕方がないと連れて帰って、適当に果物をあげると大喜びでシャクシャクと食べ始めた。

 可愛い。

 朝飯を作っていると、調理済みの魚に興味を示したので少しだけやってみると普通に食べた。

 可愛い。

 亀なのに焼き魚なんか食うのか。まぁきっと魔物だな。魔物なら仕方ない。

 どうやら魚の上にのっているとろけたチーズが気に入ったようだ。魚を焼いているとクレクレをされてつい……ね。


「グランはあざとい生き物が好きだからなぁ。連れ回すなら責任を持って守ってやるんだぞぉ」

「お、おう。食事が済んだら満足して海に帰ってくれるかもしれないから……、そうじゃなくてもここを出る前に海に戻すから」

 腹が減ってついて来ただけかもしれないから、飯を食い終わったら海へ帰っていくかもしれない。



 ……と思ったんだ。



「はははー、やっぱりくっついて来ちゃったかー。グランの飯は美味いもんなぁ、ちっこい亀でもわかるんだなぁ」

 食事を終え野営の片付けをして、島の中央に見える神殿に向かいながらめちゃくちゃカリュオンに茶化されている。

 めっちゃカリュオンに茶化されている俺の肩には、海色の甲羅のカメ君ががっしりとしがみついている。

 そこは危ないと思うのだけど大丈夫かぁ?

 結局、カメ君は海に帰ってくれなかった。仕方ないのでここにいる間は気が済むまで連れ歩くことにした。


「カーッ!」

 カメ君を煽るように、その鼻先で指をクルクルと回すカリュオンをカメ君が威嚇をしている。

 威嚇をしているのだが、指の先まで金属の鎧を着けているカリュオンの指と、カメ君の頭の大きさが同じくらいで非常に微笑ましい光景になっている。

 カリュオンが指を動かすと、それを追うように少し長い首をブンブンと動かす。亀ってこんな可愛いのか!?

 あー、いやいやいやいや、情が湧くと連れて帰りたくなるから気を付けないと。

 うちは山の中だから海の生き物は飼えません!!


「おう、グラン、そのちっこい亀を連れて来たのなら、責任持ってちゃんと守ってやれよ。ここのジャングルの魔物はそこそこ強そうだ。油断してると亀だけじゃなくて自分も危ないぞ」

 そう言いつつも出てくる魔物を棍棒で叩き潰しているカリュオンは、余裕の表情を浮かべている。

 リヴィダスがいないので強化魔法はなしかと思ったら、カリュオンがかけてくれた。リヴィダスほどではないにしろ、タンクの強化魔法とは思いがたい効果だ。

 このタンク、俺よりずっと勇者らしい力を持っていそうだな!?


「おう、わかってるよ。お、あそこにドラゴンフロウが咲いてる。この島のドラゴンフロウちょっと変わり種で面白いんだよな。外傷の回復だけじゃなくて、体力の回復効果も付いてる。回復効果はルチャルトラのドラゴンフロウより低そうだけど、傷と体力両方回復するならそっちのほうが使いやすいよな。俺はこのドラゴンフロウ好きだな。ちょっとだけたくさん採って帰ってもいい?」

 ジャングルの中に入ると、あちこちにドラゴンフロウが生えているのが目に付いた。

 採取して鑑定してみると品質は悪くないのだが、本来なら外傷の回復に特化しているはずのドラゴンフロウに体力の回復効果も含まれているようだった。

 その反面、回復効果自体はややひかえめのものができそうな感じである。

 傷回復だけに特化したものはここぞという時に必要だが、効果はほどほどで体力も回復するものは普段使うのにちょうどよい。

 それにしてもドラゴンフロウが生えているということは、そこそこ強い竜系の魔物がいるのだろう。

 ドラゴンフロウに影響を与えたドラゴンの力によりその効果にはやや差が出る傾向がある。

 ここのドラゴンフロウは普通のものと違うので亜竜系かもしれないな。


「ちょっとだけたくさんって矛盾してる気がするけど、珍しいものっぽいし採っちゃえ採っちゃえ。ドラゴンフロウが生えているってことは竜でも住んでんのかなぁ? あまり大きな竜なら気配でわかるはずだけど、そんな気配はないな」

「ああ、それが怖いんだよな。品質のいいドラゴンフロウが生えてるってことは、ランクの高い竜種がいそうなんだよな。ちょっと変わったドラゴンフロウだから、個性的なドラゴンかもしれないなぁ」

 個性的な竜なんて対処に困る未来しか見えないから遭遇したくない。

 いや、この脳筋パーティー状態でランクの高い竜なんて絶対に逢いたくない。カリュオンが強いのはわかっているけれど、それでも強力な竜はやばい。


「個性的なドラゴンかー、かっこいいよなぁ、ちょっと変わった亜竜系のドラゴン」

 バケツを被っているので表情は見えないが、ドラゴンをかっこいいというカリュオンの声は少し子供っぽくて楽しそうに聞こえた。

 でもすごくわかりみが深い。

 ドラゴンに憧れて冒険者になる者も少なくはないくらいに、ドラゴンは恐ろしくも魅力のある生き物なのだ。

 

「わかるー! ドレイクとかレッサードラゴン系とかのいかにもドラゴン! って感じのやつらもかっこいいんだけど、シルキードラゴンみたいなモフモフしたのもかっこいいし、可愛いし? サーペント系の長くてヘビっぽいやつらもかっこいいよなぁ。竜種はドラゴンらしい強さと格好良さだけど、亜竜系の個性的な格好良さと癖のある強さも捨てがたいよな。竜と亜竜、どっちも違ってどっちもかっこいい」

 戦いたくはないが、個性的で癖があるけれど強くてかっこいいはやっぱ憧れるよなぁ。ドラゴンはおっかないけれど、やっぱかっこいいんだよな。

 ユニークスキルを何一つ持っていなくて、よくあるスキルだらけの俺は、個性的な強さや格好良さに憧れてしまう。


「フンフンッ」

 耳元で鼻息が聞こえたのでそちらを見ると、カメ君が後ろ足で立ち上がり前足で俺の髪の毛を掴みウンウンと頷いている。

「もしかして、カメ君も変化球的な格好良さがわかるのか? そうだよなぁ、カメ君の甲羅も見たことのない綺麗な甲羅だもんなぁ。尻尾も長いし首も長いしちょっと変わった亀だなぁ。大きくなったらよそでは見ない、かっこいいユニーク系の亀になりそうだなぁ?」

 大きくなったらやばい魔物かもしれないが、その頃には俺達はここから脱出しているので関係ない。

「フンフンッ」

 ものすごく得意げな表情をして頷くカメ君は可愛い。




 ドラゴンフロウを採取しつつ、ジャングルの奥へ小一時間ほど進むと白い神殿のような建物が見えてきた。



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