第420話◆帰って来いと言われそうだけどもう遅い

 宝箱を開けるだけだが、念のため足場の悪い岩場から足場のよい場所に移動し地面に宝箱を置いた。

 周囲に魔物の気配も俺達以外の人の気配もない。


「罠なし、中身の魔物の気配もなし、周囲の安全確認もよし、周りに人もいないから迷惑もかからない、ヨッシ!」

 周囲に人はいないし、何かあって周囲に被害があっても巻き込まれるのは魔物くらいだから問題ない。

 もしなんかあったとしても、今の俺には心強いバケツ大明神が付いている。


 今まで宝箱は無数に開けてきたけれど、やはり宝箱を開ける瞬間は毎回ドキドキする。

 何が出るかな? 何が出るかな?

 しかもここまで珍しい物の入っている宝箱がいくつも出ており、今回も期待ができる。

 ドキドキとわくわくで手がぷるぷるしそうになるのを我慢しながら、宝箱の留め具を慎重に外し、ゆっくりとその蓋を開けた。


「ん? 紙? いや、これは――」

「何々? 何かいい物は入ってたか? お? 地図? 宝の地図かぁ?」


 宝箱の中には羊皮紙が一枚。そこに描かれているのはどこかの島の地図。その島の一箇所に赤いバツ印、他にも見慣れない文字で細かい書き込みがありいかにも宝の地図というやつだ。

 俺の横から宝箱を覗きこんだカリュオンが手を伸ばして、その地図を摘まみ上げた。

 最近、地図を見ると構えてしまうのはきっとトンボ羽とキノコ君のせい。

 妖精の地図と違って巻物ではないし、ここはダンジョンの中だし、大丈夫、大丈夫……。


 カッ!


「おお!?」

 カリュオンが摘まみ上げた地図が眩しく光り、そしてカリュオンの楽しそうな声。

 ああああああああああーーー!! どうして妖精の地図が巻物だと思った!? ダンジョンなら大丈夫だと思った!!

 俺の馬鹿!! 知っている! 知っているぞ、この感覚!!


 光が収束して目の前に水流でできた門が現れた。

 そしてその扉が開く。後はいつもと同じ――開いた扉の中に為す術もなく吸い込まれた。

 ただいつもと違うのは、すぐ横でカリュオンのものすごく楽しそうな声が聞こえていたこと。

 おかしいな、なんとかなる気がする。






 まず思ったこと。

 見張りの交代の時間までにカリュオンが戻らなかったら、俺達の行方を捜して大騒ぎになりそうだ。

 ダンジョン内で行方がわからなくなれば事故の可能性を真っ先に考えてしまうので、ものすごく心配されそうだ。

 ドリーは口うるさくておっかない時も多いけれど、責任感の塊のような性格だからパーティーメンバーが二人同時にいなくなったら、自分のミスだと思ってガンへこみしそうだし、アベルも心配性だからな。早く帰らないと心配かけすぎて、帰った時に山のようなお説教をされそうだ。



 そんなことが頭の中を通り抜けているうちに視界が切り替わった。

 目の前に広がったのは暗い夜の砂浜と海。海との境界線がわかりにくい空には月はなく星だけが瞬き、やや湿り気のある暖かい風が頬を撫でた。

 その雰囲気と景色から、地図に吸い込まれたというかどこか別の場所に転移したような印象を受けた。

 しかし後ろを振り向き明かりで照らせば、熱帯系の植物が生い茂るジャングル。砂浜と海しかないと言われている俺達のいた階層とは違う場所か?

 地図から出てきた扉に引き込まれたので、似ているだけの別空間だと思うのが自然だろう。

 周囲には細かい魔物の気配はするが、今のところ大きな気配は感じない。


「へー、空間魔法のかかった地図か。時々妖精が持ってるやつに似てるな」

「そうそう、妖精の地図。って、妖精の地図を知ってるのか?」

 キョロキョロと面白そうに周囲を見回しているカリュオン。脳筋ではあるが頭の回転はけっして遅くないので、状況の理解が早くて頼もしい。

 しかも妖精の地図についても知っているようだ。さすがエルフ。もしかすると俺より詳しいかもしれない。

「ああ、俺がいたエルフの里は森の中で妖精も多かったんだ。絞めると時々地図をくれるから、エルフの子供は妖精をとっ捕まえて遊ぶんだ。なんだグランも妖精の地図を知ってるのか」

 エルフの子供の遊びって思ったより過激だな!? エルフの里の周囲に住んでいる妖精さんも大変だな。

「ああ、何度か地図の中に招待されたことがあるよ。でも俺が知ってるのは巻物型ので、開くまで引っ張り込まれることはなかったから油断してたな」

 まさか宝箱を開けたら、妖精の地図が入っていて問答無用で引っ張り込まれるとは思わなかった。

 稀なパターンだと思うが宝箱を開ける時の注意事項が増えてしまった。注意していても、今回みたいなケースはどうにもならない気がするから、滅多にないレアケースだと思いたい。


「俺の知ってる妖精の地図も巻物が多いな。たまに、今回みたいに巻いてないのも見たことあるけど、これは妖精の地図じゃなさそうかな?」

 へー、やっぱ巻物じゃないのもあるんだ。今回みたいに宝箱を開けると同時に問答無用で拉致される系は、状況によってはおっそろしいな。

 あれ? カリュオン最後に重要なことを言ったな!?

「今、妖精の地図じゃないって言った?」

「妖精の地図に似てるけど、ちょっと違うかな? ほら、妖精の地図と違って消えないで地図が残ってるぜ」

 カリュオンがピラピラと古びた地図を摘まんでいる。

「なんだって? ちょっとその地図を見せてくれ」

 今まで俺が引き込まれた妖精の地図は、扉が出て引き込まれた後にはなくなっていた。

 カリュオンの持っている地図をひったくるように取り、それをすぐに鑑定した。


 愚亀の地図?


 鑑定して見えたのはそれだけだった。

 地図にはその名の通り亀を上から見たような形をした島が描かれており、所々に印が付けられ俺の知らない文字であちこち何か書いてある。

 そして、亀の頭にあたる部分に意味ありげに大きな赤いバツが付いている。それだけ見ると宝の地図っぽくてなんだかわくわくしてくるが、そうも言っていられない状況である。

 今俺達がいる場所がこの地図に描かれている島の可能性は高いが、あくまで可能性である。

 くそぉ、アベルがいたらこの地図の正体がわかりそうなのに。


「鑑定しても愚亀の地図としか見えないし、文字も読めないな。だがこれは確かに妖精の地図ではなさそうだな」

 ただの妖精の地図なら普通に鑑定できた。鑑定のできないこの地図は、カリュオンの言う通り妖精の地図とはまた別のものと思った方がよさそうだ。

「状況は妖精の地図と似ているけど妖精の地図ではないから、ここは地図の中ではなくダンジョン内のどこかに転移させられた可能性も考えておいた方がいいな」

「言われてみたらそうだな。もし同じ空間ならアベルが俺達の場所に気付いて助けに来てくれるかも」

 ストーカー付きマジックバッグに感謝する日がくるなんて思ってもみなかった。

「うーん、それはどうだかな? 気付いたとしてもここまで来る方法はなさそうだしなぁ。まぁグランがいれば、島に永住することになっても大丈夫そうだな!」

「おい、怖いことを言うのはやめろ。俺はおうちに帰ってベッドで寝るんだ!!」

 恐ろしいことをすごく楽しそうに言うんじゃない!!

「ま、それは冗談だけど、多分この地図に書いてある通りに島を回ると帰れるかも? これ海エルフ語だな。番号順に島を回れば道が開けると書いてある」

 カリュオンが地図の文字をなぞるように指を差した。

 え? 読めるの!? バケツすごい!!


 地図に書かれている文字が全く見たことのないものだと思ったら海エルフの文字だったのか。確かに、数字っぽい記号があるな。

 数字っぽい記号が書いてあるのは亀の足にあたる部分の四箇所と、足よりも長く海に飛び出ている尻尾と頭、そして島の中央部分の七箇所。

 これを全部回るとなると、絶対に見張りの交代の時間どころか朝までに帰るのも無理だ。

 俺達がいないことに気付いて大騒ぎになりそうだが、もはやどうにもならない。とにかく戻れる可能性のあることはやってみよう。

「カリュオンは地図の文字全部読めるのか?」

「もちろん余裕。番号通りならまずは島の中央からだが、昼間の疲れもあるから一度休んだ方がよさそうだな。時間が過ぎれば明るくなる可能性もあるし、それを確認してからジャングルに入るのがいいかな?」

 呑気なことを言っているようにも聞こえるが、ドリー達にバレる前に帰還が難しいのなら、無駄に急ぐより未知の場所の探索に向けコンディションを整える方が優先である。


 島の大きさがわからないため、この七箇所を回るのにどれだけ時間がかかるかわからないし、夜目が利くといっても夜のジャングルに無闇に踏み込むのは危険である。もし時間経過で朝がくるなら明るくなってから行動を開始した方が安全である。

 まだ自分達の置かれた状況はほとんど掴めていない、急ぐことよりも安全な選択をして無事に帰還することの方が優先である。


「そうだなー、とりあえずテントを張って交代で休むか」

「やー、アベル達には悪いけど明日のグランの朝飯は、俺が独り占めだなー! アイツら、明日の朝飯は何をくうのかなぁ? 異形目玉焼きか~?」

 こんな状況でも明るいカリュオンがいると安心感がある。

 俺一人だったらパニックを起こしてジャングルの中に手がかりを探しに行っていたかもしれないな。


 とりあえず昼間の疲れをしっかり取って、島の探索に備えよう。

 潮が満ちてもいいように波打ち際から距離を取った場所、しかしジャングルに近すぎない場所にテントを張った。

 セーフティーエリアで野営のためにテントを出したが、収納には予備のテントも寝袋も入っている。

 冒険者たる者、何かあった時のために装備や旅の必需品は予備の予備のそのまた予備まで用意しているのは当たり前なのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る