第419話◆保護者付き夜釣り
セーフティーエリアのある小高い丘の麓は海沿いが岩場になっており釣りをするにはちょうどよい場所だ。
ただし月がなく星の明かりだけで暗くて足場も悪い。そして、魔物もいる場所なので気を付けなければいけない。
水深の浅い場所なのでランクの高い大型の魔物が来ることはないと思うが、周囲の気配には用心をしておこう。
まぁ、心強いボディーガードがいるから平気か……いや、逆に少し不安だな。
「アベルは相変わらず心配性だなー? ま、グランならきっと何かやらかしてくれそうだから、暇潰しにはちょうどいいけどなー」
「俺がいつどこで何をやらかしたっていうのだ!? やらかしの数ならカリュオンのほうが絶対多いぞ!?」
俺も時々うっかりがあるけれど、パッシブにごりおしが発動している歩くやらかし製造機のカリュオンに言われたくない。
「ハハハー、そうかなぁ? まぁ、そういうことにしておこうかー」
く……なんだその余裕? 悔しいな、おい!?
眠くなるまで少し釣りでもしてみようかなぁって、セーフティーエリアを出ようとしたら見張り番中のアベルに見つかって、暇そうにしていたカリュオンを連れて行くように言われた。
俺は子供か!?
アベルの後の見張り役のカリュオンが、半端に寝ると辛いと言って起きて暇を持て余していたので、アベルに言われるまま俺について来た。
カリュオンがいたら魔物を倒してくれそうなのは安心な一方で、暇が苦手なカリュオンが海に向かって挑発スキルを発動しないかとても不安である。
叫んだら魚が逃げるからやめろ、いや挑発スキルなら寄って来そうだけれど、そんなことをしなくても魚はいるから叫ばないで!!
魔法で照明が出せない俺の代わりに、そこで光魔法の照明を出して大人しく光ってて!
え? エルフの血を引いているからインフラビジョン持ち? 真っ暗でも余裕? そういえばそうだったよな! エルフって暗い場所でも目が見えるんだったよな!!
おのれ、高性能バケツめ。俺なんか夜目はそこそこ利くけれど、真っ暗だとさすがにつらい。しかも魔法が使えないので照明は魔道具頼り。光の魔石たけーんだよ。
え? ライトの魔法を使ってくれる? ありがとう、ついて来てくれてよかったよ。そうそう、そうやって良い子で光のバケツになっていて。
「カリュオンも釣りする? 今まで使った釣り竿なら余ってるぞ」
俺だけ釣りを楽しんでいるのはなんか申し訳ないし、暇を持て余したカリュオンが何かやらかしても困る。
「いんや、釣りをすると幼少期のトラウマが蘇るからやめとく」
え? 釣りでトラウマって何があったんだ?
カリュオンは超陽キャだがハーフエルフという生い立ちのため、本人がそれを見せないだけで過去には苦労があったのではないかということは容易に想像できる。
エルフ――とくにカリュオンが血を引いているハイエルフは人間やその他の亜人種より古い種族で非常にプライドが高く排他的な種族だ。ハイエルフはハイエルフの血と共に他種の血が混ざる者に対しても差別的だと聞いたこともある。
そんな種族だからエルフに苦手意識を持っている者も多く、エルフというだけで距離を置かれやすい。
またエルフはその見た目の美しさから、奴隷商や変態に狙われやすい。
カリュオンはハーフで耳が目立たないので言われなければエルフだとはわからないが、黙っていれば美術品レベルの美形である。黙っていれば。
若い頃には苦労したのかもしれないな。なおカリュオンの正確な年齢は知らない。
「いやー、子供の頃にさ、お袋の釣り竿を勝手に持ち出して遊んでて、近所のお兄さんの頭に釣り針を引っかけちゃってさ。運悪くそれがカツラでさ、釣り上げちゃったわけよ。お兄さんにはめちゃくちゃ悪いことしたし、そのことと釣り竿勝手に持ち出したことでお袋にめちゃくちゃ怒られて、罰として地獄のように写本させられてトラウマ。釣り竿を見ると当時写本した海エルフ語で書かれた昔話を思い出しちゃう」
なんだ、心配して損した。カリュオンらしいほのぼのエピソードだった。
って、父ちゃんのじゃなくて母ちゃんの釣り竿なんだ。
「うちはお袋のほうが人間でさ狩人の家系だから、食料調達はお袋がやってたんだよね。ほら、エルフって肉とか魚が食えないじゃん、親父に任せると野菜中心になるし? 俺は育ち盛りだったから肉とか魚を食べたい年頃だったし?」
なるほど、カリュオンが逞しいのはお袋さんの影響か。
お、釣れた。仕掛けも機能も手作りの釣り竿より全然使いやすいな。
って海エルフなんているんだ、初めて聞いたぞ? 世の中には知らないことがたくさんあるな。
「エルフってさ、ハイエルフから別れて各地に散らばっていって、その地の環境に順応したり現地の部族と混血したりして、見た目もハイエルフからかけ離れたエルフも結構いるんだよね。ハイエルフはずっと森に籠もってて混じりけがほとんどない種族だから、無駄にプライド高くて面倒くさい奴が多いんだよね。まぁそのせいで肉が食べられないとかいう脆弱で不幸すぎる体質になっちゃってるからザマァ」
ハイエルフの悪口言う時のカリュオンは妙に楽しそうだな。
しかし、エルフにも色々な部族があるという話を聞いていたことはあったが、想像していたのとは随分違っていて面白いな。気付かないだけでエルフは身近にたくさんいるかもしれない。
カリュオンだって耳が目立たないので言われなければ、ちょっとうるさくて暑苦しいただのかっこいいお兄さんである。
「人間から見るとエルフって耳が長くて金髪で色白でヒョロヒョロモヤシのイメージじゃん? それってだいたいハイエルフで、海の方に住んでるエルフは筋肉ムキムキで血色のいい肌をしているし、逆に寒い場所に住んでるエルフはハイエルフより更に真っ白なって髪まで白くなっていてゴーストみたいだし、チリパーハの方のエルフとかなんかやたら耳がびよーん伸びていて、女の子はエルフの癖にちょっと肉付きのいい子が多くてグランが好きそう。それからアイツらは何故か女も男もめちゃめちゃツンツンしてるわりにグラン並みにチョロいし」
俺並みにチョロいってどういう意味だよ!?
ん? 肉付きがいい? カリュオンちょっとそれ詳しく!!
エルフの女の子って華奢な子が多くてさ、確かにすごく可愛いのだけど、俺的には折れそうで怖いというか、もうちょっとこうムチムリプニプニのほうが心に響くというかなんというか……もにょもにょ。
あー、いやいや、そっかーエルフも地域で差があるんだなぁ、世界は広いなー。
これはチリパーハに行かないといけないなぁ。ああ、もちろん食材探索のためだよ。巨乳エルフの里探しではないよ。
へーとかほーとか相槌を打っているだけで、カリュオンがずっと喋っていてくれるのでなかなか魚がかからなくても退屈しない。
そしておもしろエルフ知識がどんどん増えていく。
「お、引いた! なんかすごく重いな、岩にでも引っかかったか?」
強い引きがあったので竿を上げると妙に重い。
そういえば魚がかかった時独特のクルクルッとした感覚ではなく、何かズシッとした感覚だった。
んー? 何かゴミでも引っかけたか?
セーフティーエリアから海にゴミを捨てる奴はいそうだな。ダンジョンだとしても海にゴミを捨てるなよー。
「すごく引いてる? 重そうだね。でっかい魚かな?」
「いや、魚っぽくない。ただ重いというか引っ張られてるというか、あまり激しく暴れている感じはないな。変なものが飛び出して来た時に備えて、念のため注意してくれ」
「了解ー! どうせでっかいものを釣るならバハムートとか頼むぜ」
ないないないないない。バハムートは深海魚だし、そんなでかい魔物がいたら気付くわ。というかそんなSランクの魔物が釣れたら対応できなくて困るだろ!?
水の中で気配がわかりにくいが、さすがに釣り針にかかってまで気配を感じないのは、たぶん魔物ではないと思うけれどなぁ。
逆にここまで完璧に気配を消しているのならヤバイ魔物だけど。
かかっているものの重さで釣り竿がものすごくしなっている。お手製のしょぼい釣り竿だったらきっと折れていただろう。
そこは、レッサーレッドドラゴン君の巣で手に入れたなんだかすごそうな釣り竿。
本体にも糸にも強化系の付与がされているので、少々強く引っ張られても問題ない。
リールはやや重いがそれでも順調に糸を巻けているので、海底の岩に引っかかったとかではない。
やっぱ、ゴミでも引っかけたか?
ガコンッ!!
糸を巻き上げているとすぐ近くで何か固いものが足場の岩にぶつかる音がして、その音の主が水の中から姿を現した。
「宝箱!?」
「おー、すげー! 宝箱って釣れるもんなんだ!」
普通はつれないと思う。
きっとダンジョンだからだよ。いや、ダンジョンでも宝箱が釣れるのは初めてだな。
釣れたのはやや小振りの宝箱。予想外のものに目が丸くなっている自信がある。
しかし、海で宝箱が釣れるなんてものすごく夢が溢れていて、徹夜で釣りがしたくなるくらいワクワクしてきたぞ!!
「罠はー……、ないようだなぁ。よぉし、開けるか。これはみんなに内緒で中身は二人で山分けだな!」
「お、そうだな! 何が出るかなー。やっぱ宝箱は楽しいねぇ。この開ける時のワクワクがたまんないな!」
そうそう、宝箱を開ける時のワクワクは、何年冒険者をやっていてもたまんない。
釣り竿をいったん収納にしまい、宝箱を持って海から離れた足場の良い安全な場所へ。
周囲に人もいない、危ないものもない。大雑把に安全確認ヨッシ!!
さぁ、開けるぞおおおおおおおおおお!!
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