第418話◆産地直送異形定食

「海だああああああああああああああ!!」

 階層と階層を繋ぐトンネルを抜けると白い砂の砂浜、そしてその先には果ての見えない海。

 その光景に思わず両手を挙げて叫ぶ。

 人間は海を見ると叫びたくなる生き物である。

 この一年でわりとちょいちょい海には行っていた気がするけれど、それでも海を見ると叫びたくなる。

「馬鹿野郎おおおおおおーーーーー!! いたっ!!」


「階層の入り口で立ち止まって大声で叫ぶのはやめてよ、恥ずかしい」

 水平線の向こうに沈み行くオレンジ色の大きな太陽に染め上げられる砂浜と海。まさに夕焼け小焼けのサンセット!!

 十五階層に入ってすぐ目に入った圧倒的な光景に思わず叫んでしまい、後ろからアベルに小突かれた。

 だって、夕焼けの眩しいオレンジと暗くなり始めた空の青紫のグラデーション、そしてその色に染まる海が綺麗だったんだもん。

 十五階層は外部の時間とほぼ同じように環境が変化する階層だ。

 つまり今は夕暮れ時。もう少し早く到着する予定が道中のんびりしすぎてしまった。おかげで素材はたくさん集まった。

 今日の夕飯は異形定食かなー!?


 このダンジョンに入って七日目、現在入ることができる最深部、十五階層までやってきた。

 そこは海。

 海の手前に砂浜がある以外は海しかない。そしてその果ては見えない。

 なるほど、船がなければ攻略は無理そうだが、周囲をかるく見回してもこの海を渡ることができる程の大きさの船を泊められそうな場所がない。

 この階層を攻略するには港を作る必要があるということか。それには莫大な金がかかるだろうし、ここで攻略が止まるのもうなずける。



「でもこれは確かに叫びたくなるくらい自然の大きさを感じる光景だねぇ」

 俺の横でカリュオンがスゥッと息を吸い込んだ。 

 さっすがカリュオン、バケツだが情緒を理解してくれる。ダンジョン内だから自然ではないけど。

「カリュオン、お前は叫ぶな。大型の魔物が挑発されたと思って海から寄って来たら、入り口付近では通行人の迷惑になる」

 今まさに叫ぼうとしたカリュオンをドリーが制止した。

 さすがに叫んだだけなら魔物は寄って来ないだろう。カリュオンが挑発スキルを使わなければ……、ナチュラルに使いそうだな!?

 バケツを被っているため表情は見えないが、カリュオンが残念そうに吸い込んだ息を吐き出す音が聞こえた。

 コイツ、海に向かって挑発スキルを使おうとしていたな!?

 海の幸……いや、海の魔物にはすごく興味があるが、ここは人通りの多い階層入り口前。こんなとこで広範囲挑発スキルなんかを使って魔物を呼び寄せたら非常に危険である。


「魚はいくらでも欲しいけど、今日はもう夕方だからまた明日ねー」

「そうね、道中でのんびりしすぎて遅くなっちゃったから、お腹が空いたわ」

 そうだなぁー、腹が減ったからとりあえず飯だな!!




 十五階層の入り口の周辺は砂浜になっており、その先の正面は海。

 海岸を左右のどちらかにひたすら進むと、進んだ反対側から入り口に戻ってというループ階層である。

 ダンジョンには階層の端でループしている系と端で途切れていたり超えられない壁があったりする系とある。

 ループのパターンも色々あるのだが、この階層は入り口から見て左右は円柱状にループしている階層らしい。

 このことから、出口は調査ができずにいる入り口から正面方向――海の方向にあるのではないかと言われている。

 海岸のどこかにギミックがあってそちらに隠されている可能性も否定できないが、一年以上調査して見つかっていないのでその可能性は低そうだ。


 入り口から砂浜に沿ってしばらく歩くと、砂浜が一度途切れ小高い丘が海に突き出している場所があり、そこにセーフティーエリアが設けられている。

 セーフティーエリアからは海が見え、体を休めながら景色を楽しむこともできてちょっとしたリゾート気分になれる。

 海の近く故、大型の魔物が悠々と泳いでいるのが波間に見える時もあるが、大丈夫、冒険者ギルドの技術を信じるなら、Aランクくらいの魔物までならセーフティーエリアには入って来られないはずだから、大丈夫。

 ここは丘の上だから大丈夫。





「とりあえずこれからは、十五階層を拠点にして荷物が持てなくなるまで滞在だな。グランとアベルが持てなくなったら帰還しよう。ちょうど買い取りも来ているし、もうこれ以上奥はないから奴らはここで帰還だ。いらないものは全部買い取ってもらえ」

「そうだねぇ、前の階層でグランが狩りまくってた変な生き物も買い取ってもらおうよ。確かに味も食感も良いけど見た目がちょっとエグすぎるよ」

「ドリーさん、アベルさん、聞こえてますよ! 肉はすごくたくさん買い取らせていただいたので、できれば肉以外がいいですねーって、前の階層のあの意味不明な生き物も狩ってきたんですか? え? それ、食べてるんですか!?」


 セーフティーエリアに到着して夕食の準備ができた頃には、周囲はすっかり暗くなっていた。

 今日の夕食は十四階層で倒した魔物を使ったものもある。

 ポミュプの体にたくさん張り付いている目玉を剥がしてマリネしたら、俺的にはわりとありだったけれどアベルにめちゃくちゃ嫌そうな顔をされた。

 目玉であることを気にしなければ、コリコリとした食感で癖があまりない味が、スライスタマネギの辛みとビネガーの酸味と相性が良く脂っこいものを食べた後の口直しにちょうど良いと思ったのに!!

 ニャン=ゴのほうは甲殻類のような胴体部分の殻を付けたまま縦に切って、殻を器代わりにして塩胡椒とハーブ類で味付けをしてチーズを乗せて網の上で焼いてみた。

 これは言わなければただのロブスター料理にしか見えない。

 目玉マリネには眉を寄せていたアベルも、首を捻りながらもこちらは平気そうに食べている。

 シロイナは少し臭味をとったほうが良さそうだったのでまた明日以降かな?


 そしてさらっと聞き流してしまったが、俺とアベルが持てなくなるまでって、ドリーはどんだけ籠もるつもりだ!?

 いや、雪原で雪崩をテイクアウトしてきたから空きスペースは控えめだな。帰りたくなったら海水でも突っ込んで誤魔化しておこう。

 アベルの収納魔法もかなり入るからなぁ……、せいぜいあと一週間くらいでお家に帰りたい。


「職員さん達も食べてみてください。わりといけますよ、ポミュプの目玉焼き」

「え? それ目玉焼きっていうか確かに目玉焼きだけど僕の知ってる目玉焼きと違う。というか目玉の串焼き?」

 十四階層の生き物の料理はやはり珍しいのだろうか、俺達の近くにテントを構えているギルド職員さんがこちらを気にしているので、焼き上がったばかりのポミュプの目玉焼きをお裾分けした。

 たくさん付いている目玉を本体から外し三つほど串にさして、かるく塩を振って網焼きにしたものだ。コリコリとした歯ごたえと癖のない塩味でエールと交互で延々といけそうだ。

 これに茶色いタレをかけたら前世にあったみたらし団子みたいだな。


「それ見た目は目玉だけどあっさり塩味とコリコリ食感が絶妙で悪くなかったよ。グランの料理はどんなものでもちゃんと食べられるから試しに食べてみたらいいよ」

 アベルがものすごい笑顔で串焼きを職員さんに勧めている。俺としてもポミュプの目玉焼きはおすすめ料理だ。

 どんなものもというわけではないが、見た目はエグくても食べたら美味しい料理はこの世にたくさんある。

 十四階層で手に入る食材は見た目はけっこうエグいけれど味はけっして悪くない。さすが食材ダンジョン、何でも食べられる。


「十四階層のあの生き物、見た目は最悪だけど味はすごくいいわね。これはニャン=ゴの胴体部分よね? お高いロブスターを食べてるみたいだわ。大きすぎない魔物で解体の手間も少なそうだし、このダンジョン限定じゃなかったら実家に勧めてたわ」

 リヴィダスはニャン=ゴの殻焼きが気に入ったようで、香ばしく焼き上がったものを、せっせと身をほぐして食べている。


 確かに魔物にしてはそれほど大きくないので、捌きやすかったな。ポミュプもシロイナもそのほか十四階層で手に入れた魔物食材は、見た目はアレだが調理は比較的楽な部類だし味も悪くない。

「うむ、ニャン=ゴのほうは料理にしてしまえば、元の見た目は気にならないな。この頭というか触手の部分はクラーケンの足に似ているが、そのまま網焼きでも癖がなくて意外と食べやすいな。ショウユというやつをかけてあるほうもいいな。うむ……、見た目で避けられてるが十四階層はもしかすると化けるか? いや、ものによるな……ものに……」

 十四階層は見た目さえ気にしなければ、味は良い食材ばかりだった。なんだか金の匂いがするんだよなぁ。ドリーもニャン=ゴの足を囓りながら首を捻っている。

 しばらくこの階層に滞在するなら、自由時間に十四階層で食材を確保して新しい料理を考えるのもありかもしれないな。






 ご飯の後はいつもならスーパー解体タイムなのだが、昨日今日と魔物を狩るより採取と移動が中心だったため、解体するものはほとんどなく眠くなるまでのんびり自由時間である。

 十四階層の魔物が少々あったが解体に手間のかからないものばかりだったので、それをささっと処理して夜の海でも満喫しよう。


 そう、先日レッサーレッドドラゴン君のお家で手に入れた高級釣り竿!! 今の俺には海を満喫するグッズがある!!

 へっへっへっ、夜釣りだ夜釣り!! 太公望に俺はなる!!


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