第403話◆おまたせ!!

 アベルが俺を転移魔法で引き寄せさせ、そこを狙われたのは予想外だった。

 しかも、大型の火球。狙っているのは俺達のいる場所付近の地面。

 火球自体を避けたとしても、すぐ近くの地面に当たって小爆発のように爆風が起こり、炎が飛び散ることが容易に想像できる。

 その範囲内には俺とアベルとシルエットがいる。

 そして避けたところに次の攻撃が飛んで来ることも予想できる。

 このドラゴン、俺が思っている以上にずっと賢いぞ!!


 どうする?


 避けてもすぐに次の攻撃が来て、反撃をする余裕などない。

 だが、それでいい。

 俺の役目は時間稼ぎだ。それにアベルとシルエットも協力してくれて、もう十分時間は稼げたはずだ。

 そろそろ、俺の役目も終わる。


「ごっめーーん!! おまたせえーー!! うっかり吹き飛ばされちゃったーーー!!」


 脳天気な声と共に俺の前に赤いバケツが滑り込んできた。

「超待ってた!!」

 リヴィダスに回復してもらって、たっぷりと強化魔法を盛り盛りにされたバケツは、なんだかすごく光り輝いて見える気がする。

 いや、光り輝いているわ……盾が。


 俺の前――こちらに向かって放たれた火球と俺の間に立ちはだかったカリュオンが、左手の大盾をドンッと地面に突き刺して構えると、そこから光が広がりカリュオンの前に壁のような巨大な光の盾が現れた。

「俺の後ろに攻撃は通さないぜえええ!!」

 やだ、バケツ様素敵!!

 カリュオンが出した巨大な光の盾に飛んできた火球がぶつかり、その場で炎をまき散らしながら小爆発をおこした。

 しかし、その爆風も飛び散った炎も光の盾に阻まれて、カリュオンの後ろにいる俺は炎の熱さすら感じない。ただ、火球が光の盾にぶつかって、ビリビリと空気を震わせる音だけが響いた。

 やっぱりこのバケツの堅さ、人間じゃねーな!!

 ……あ、ハーフエルフだったわ。


「さぁ、もう一回突進してこいよ! 今度は受け止めてやるぜ?」

 カリュオンが盾を構えたまま、右手に握るトゲトゲ棍棒をレッサーレッドドラゴンに向けながら煽るように言った。

 おそらく挑発スキルを使ったのだろう。いや、そんなスキルを使わなくても、このレッサーレッドドラゴンはすごく煽り耐性が低そうだったけれど。

 ただでさえ煽り耐性の低そうなレッサーレッドドラゴンに、挑発スキルの効果も乗って、カリュオンが少し煽っただけなのに、ものすごい殺気と共にレッサーレッドドラゴンの体が赤いオーラを纏った。

 口の周辺が潰れていなかったら、きっとくっそうるさい咆吼が聞けたかも知れない。


 って、その赤いオーラ身体強化だよね!?

 ただでさえやばそうなレッサー君が、身体強化状態で突っ込んで来て大丈夫!?!?

 さっきは光の盾がちゃんと発動していなかったけれど、素の状態のレッサー君に吹き飛ばされたよね?

 バケツ、大丈夫なのかアーーーッ!! レッサー君が突っ込んで来たーーーーー!!!


 ガッ!!


 赤いオーラを纏ったレッサー君が頭を下げて、バケツの構える盾に体当たりをするように突っ込んで来た。

 それを真正面から盾で受け止めるカリュオン。

 受け止めた直後、カリュオンが踏ん張ったままズリズリと後ろに押されたが、それもすぐ止まって赤い竜対赤いバケツの押し合い状態。

 ええ、なんだこれ、めちゃくちゃシュール。いや、カリュオンすげぇ、それ受け止めちゃうんだ。

 二〇メートル級のドラゴンとひょろっとしたハーフエルフの力比べは均衡とれて動かない。

 その光景をポカンと見ていると、ブワリと空気が揺れた。


 ゴドオオオオオオオオオオオッ!!


 バケツと押し合いをしているレッサー君の胴体に、横から剣撃が飛んできたのがはっきりと見えた。

 そして二〇メートル級のドラゴンの体がその衝撃で横向きに倒れた。

 ええ、それ倒れちゃうの!?


 剣撃の飛んできた方を見れば、大剣を振り切った体勢で満足そうな顔をしているドリーがいる。

 なんだろう、あれ。めちゃめちゃ蒸気みたいなの吹き出しているけれど魔力? いや、ドリーって魔力自体はそんな多くなかったよな? あ、うん、筋肉? 根性? なんかそんな気がする。

 その顔には、先ほどレッサー君の火球を切って吹き飛ばされた時に受けたと思われる火傷が見えた。おそらく見えていないだけで、装備の下には吹き飛ばされた時の物理的な負傷もそのままだろう。

 だよねー! ドリーのギフトって、確か負傷の度合いが大きいほど攻撃力が上がるとかいうドMギフトだったよね!!

 リヴィダスお母さんに、身体強化もりもりもらったけれど、空気を読んで回復はもらえなかったのね。

 さすがリヴィダスママ! 癒やし系と見せかけたドSヒーラー様!!

 ひぇ! なんか遠くから睨まれた気がする!!


 そしてひっくり返ったレッサー君を喜々として殴り回し始める二人のゴリラ。

 あんま気合い入れて殴ると素材が傷つくからホドホドにして欲しいな。

 もっとこうキュッとスマートに絞めて欲しい。

 どうしよう、俺も参戦しようかな? 近付いて反撃をくらいたくないから弓かな?


 あ、レッサー君が体勢を立て直してまとわりついている二人を振り払ったぞ。

 さすがに攻撃中で防御に集中していないとカリュオンでも振り払われてしまうか。

 ゴリラ二人を振り払ったレッサー君が翼を大きく広げた。

 風魔法か? いや、違う。

 レッサー君がバサバサと羽ばたき体が地面から浮き上がった。

 状況の不利を悟って逃げるつもりだ。


「逃がすわけないでしょ!」

 地面から真っ黒い手が何本も生えてきて、浮き上がったレッサーレッドドラゴンの足を掴んだ。

 うっわ、気持ち悪っ!!

 シルエットお得意の沌属性の魔法かな? あんなのに足を掴まれたらちびってしまいそう。

 ていうか二〇メートルもあるドラゴンの体を引き留めてしまうなんて、その気持ち悪い手、もしかしめちゃくちゃ力持ちさん!?


「離れないと巻き込んじゃうよーーーー?」

 すごくすごくすごく機嫌の良さそうなアベルの声が聞こえてきて、そちらを振り返るとゴージャスな杖からバッチバチと金色の火花を散らしならが振り上げているのが見えた。

 それ、いつぞやの俺があげたニーズヘッグの杖だよね。

「ちょっと、アベル!?」

 明らかにやばそうな雷魔法を撃ちそうなアベルを見て、リヴィダスがレッサーレッドドラゴンの近くにいる、俺とドリーとカリュオンに雷耐性の強化魔法をかけた。

 それを確認したアベルが杖を振った。


 アベルの魔法に気付き、レッサーレッドドラゴンは更に翼を強く羽ばたかせ、シルエットの出した大量の気持ち悪い手を振り切って舞い上がろうとするが、シルエットが次々と気持ち悪い手を地面から出している。

 見ているだけで精神が削られる気分になるが、大型の竜を捕まえてしまうほどの強さだ。

 そして、たとえ今から舞い上がったとしてもレッサー君はアベルの魔法からは逃げ切れないだろう。


 俺が心の中で手を合わせるとほぼ同時に、耳が痛くなるような雷鳴と共に空から雷の柱が降ってきた。

 おいおい、その威力せっかくの超高級素材がこんがりしちまうだろぉ!?

 ひぇ、バチバチがこっちまで飛んできたぞ!? こえーこえー。


 あれ? もしかして終わった? 俺がぼーっと見学しているうちに終わった??

 あ、これいつものやつ~!! 親の顔より見たなんとか!!

 俺がヒィヒィ言いながら引っ張り回していたのが一瞬で処理されるやつ~。

 Aランクになってこのパーティーメンバーに少しは追いついたかと思ったが、格の違いを改めて感じた。



「グラン、終わったから回収を頼む」

 あ、はい。俺は俺の仕事しますね。

 ドリーに促され、地面に転がっているレッサーレッドドラゴンを回収に向かった。

 ってこれ、レッサードラゴンにレッドドレイク二匹、途中でつまみ食いしたサラマンダー、入り口のフェニクック底引き網、前の階層のコカトリス軍団、今日だけで解体が終わらないやつだよなああああ??

 その日のものはその日のうちに解体をしないと、収納で渋滞をおこしてどんどん溜まっていくんだよなぁ!?

 溜めると収納が狭くなるし、解体もめんどくさくなるし、一日休みもらってひたすら解体する日が欲しくなる。


「今回は危なかったが、グランの時間稼ぎのおかげでスムーズに立て直せたな、助かったぞ。少し見ない間にまた手数を増やしたな」

 ドリーにポンと肩を叩かれたが、大量にある今日の戦利品をどうするか考えていたため反応が遅れ、しばらくポカンとしてしまった。

「そうそう、いきなりだったから開幕スキルが間に合わなくて、吹き飛ばされちゃったからなー。いやー、助かった助かった」

 カリュオンにまでバンバンと肩を叩かれた。少し手加減しろ!

「グランが意外と余裕ありそうだったから、回復の後に強化魔法をしっかりかける時間がとれたわ」

 余裕なんてないないないない!! めちゃくちゃギリギリだったし!!

 なかなか復帰してこなかったのは念入りに強化魔法をかけていたのか!? だからカリュオンの防御力やドリーの攻撃力がおかしなことになっていたのだな!? しかも二人に足並み揃えるために、待てをさせてたな!?

 うむ、攻撃を仕掛ける時の足並み大事。


「グランだけじゃなくて俺も頑張ったんだから、俺も褒めてよ!!」

 え? 俺もしかして褒められていたの?

「アンタはグランが追いかけられている間に、遠くから魔法を撃ってただけじゃない」

「時々こっちにも来てたよ! そういうシルエットだって、たまに骨を出すだけでほとんど応援してただけじゃないか!」

 時々アベルの方に行ってくれていたから休憩できたし、シルエットがちょいちょい骨で牽制してくれていたし、最後は翼竜君が頑張ってくれたし?


「やっぱ、グランがいると何かあった時に機転が利くし、どのポジションのカバーにも入れるから心強いな」

 あ、やっぱ褒められてる?

 えへへ、褒められちゃった。嬉しくて今日の夕飯豪華になりそう。


 この面子と一緒にいると、俺の弱さが際立つからいつも自分がお荷物の気がして、落ち着かなくなる時があるんだよな。

 それでもこうして褒められると嬉しいし、役に立てたのならよかったのかなとなる。

 他の面子より劣った部分が目に付くとへこみそうになるけれど、それでも自分のやったことを褒められると嬉しい。

 それにパーティーでダンジョン攻略はやっぱり楽しい。


 でも俺はスローなライフがしたいから、ずっとドリーのパーティーで活動するのは無理だけど、たまにこうしてパーティーに入れてもらえると嬉しいな。



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