第400話◆失われた野生

 フェニクックの棲息地帯を抜けると、岩場で岩盤浴をしているかのようにゴロゴロとしているサラマンダーが目につき始める。

 ゴロゴロして腹が減ったら少し下に行ってフェニクックをつまみ食いしているのか。サラマンダーのくせにいいご身分だな!?

 サラマンダーはわりと好戦的で、普通なら目視されるとすぐに襲いかかってくるのだが、ここのサラマンダーは岩盤浴が気持ち良すぎるのか、目が合ってもこちらが手を出さなければほとんど無視をされる。

 ヘソ天で寝ているその姿からは野生というものを全く感じない。いいのか、それで!!


 サラマンダーは仲間意識はそこまで強くないのだが、好戦的なので一匹殴ると近くにいるやつらが俺も俺もと集まって来て、乱戦になりやすい魔物だ。

 そのためサラマンダーを狩る時は自然と纏め狩りになってしまうのだが、ここのサラマンダー達は、仲間が近くで攻撃されていても自分の方にこなければ知らん顔。やる気というものを全く感じられない。

 狩る側としては楽でいいのだが、なんかこうもっとサラマンダーらしくとも思う。

 まぁ、これだけやる気のないサラマンダーが食っちゃ寝しているからなのだろうか、いい感じに丸々と肥えていて美味しそうではある。

 そんなやる気のないサラマンダーをつまみ食いするように狩りつつ、岩だらけの道を登って行く。

 

 サラマンダーが棲息している辺りには、サラマンダーを餌とするレッドドレイクが徘徊しているとギルドの資料にはあった。

 資料によるとレッドドレイクの報告があるのは五合目から八合目辺り。

 三合目辺りまではフェニクックの姿を見かけていたが、そこより上はやる気のないサラマンダーだらけである。

 レッドドレイクの報告のある五合目までくると、さすがに天敵を警戒しているのか、ヘソ天で寝ているサラマンダーの数は少なくなってきた。

 少ないだけでヘソ天はいるし、ヘソ天でないだけでベッタリと堕落した体勢のサラマンダーはあちこちにいる。

 この辺りってレッドドレイクが獲物を探して徘徊しているんだよな!?!?


 レッドドレイクは頭から尻尾まで入れると五メートルほどの下級の亜竜種で、大きい個体は七メートルを超える。

 その名の通り体の表面は真っ赤な鱗に覆われた竜系の魔物で、前足は翼と一体化しているワイバーンに近い形状をしている。

 大きくて分厚い翼を持っているが飛ぶことは苦手で、基本的に地面を走って移動し飛んだとしても高い場所から滑空する程度である。

 その赤い見た目からも連想できるように火属性の亜竜種で、火魔法に加え炎のブレスを使い、火属性の攻撃に対して非常に高い耐性を持っている。

 そして大きくて立派な体格、物理攻撃も強烈で硬い鱗に覆われた体は魔法も物理も攻撃を通しにくく、さらにめちゃくちゃタフである。

 アベルがうちに来た頃に持ち込んできたグリーンドレイクもレッドドレイクと同じドレイク種で強さはA+とされる魔物だが、同じランクでも赤のほうが緑よりやや体が大きく好戦的で少し手強い印象がある。


 そんなレッドドレイク君、立派な体に分厚い鱗、鋭い牙や爪、魔力に満ちた瞳、そして体と魔力の大きさに比例する質の良い魔石、とってもとってもとっても素敵な素材の塊である。

 グリーンドレイク君も素材としては高価なのだが土と風属性のグリーン君より、火と光属性のレッド君のほうが素材として需要が多く高く売れるのだ。

 ごめんな、緑は不人気。やっぱ赤大人気。


 しかしこの高級素材君、個体数が少ないのでなかなか遭遇できないのが難点である。

 その程度の遭遇率だからサラマンダー君達は緊張感がないのか?

 サラマンダーの他にも火属性の生き物がうろちょろしていて、活動中の火山だというのに緊張感のない光景である。


 このまま直通すればすぐに八階層へ繋がる洞窟へと到着する。

 そこがセーフティーエリアになっているのだが、まだ休むには早い時間だし、この階層では巻き込まれたフェニクックとサラマンダーを少し狩っただけだ。

 先ほど会った冒険者がサラマンダーが下の方まで来ていたと言っていたので、サラマンダーの縄張りにレッドドレイクがいることを期待したが、今のところ遭遇はなし。

 せっかくレッドドレイクなんていう大物がいる階層なので一匹くらい狩って帰りたい。

 このパーティーならレッドドレイクくらい余裕そうなので一匹とはいわず、二匹、三匹。

 しかしあまり多いと解体が面倒くさいし、ギルドにたくさん持ち込むと買い叩かれるのでほどほどの数がいいな!



「むう、思ったよりもレッドドレイクがいないな。以前に来た時はもう少しいた気がするが……、やはり一般にも開放されて冒険者が増えたからか」

「そうだね。調査の時はメインルートを歩くだけでも出てきてたのに」

「確かに近くにいる気配はサラマンダーより大きなやつはいなさそうだなぁ」


 ドリーとアベルが周囲を見回している横で、俺も気配を探って見るがほとんどサラマンダーである。あとは細かいのがちょろちょろ。

 サラマンダーより大型の生き物の気配はわかる範囲にはいない。

 というかサラマンダーが気配を隠すことなくその辺に散らかりすぎていて、他の生き物の気配を探しにくいともいう。

 それでも明らかにランクの高いレッドドレイクがいればわかるはずなんだけどなぁ。

 すでにお昼ご飯のサラマンダーを食べ終わって、自分の縄張りに帰って行った後か?


「このままセーフティーエリアに行くにはまだ早いしさ、ちょっと上か奥の方もまわってみようぜ」

 今日はなんだかんだでタンクとしての活躍の場があまりなかったカリュオンが、消化不良気味なのかそわそわしている。

 放っておくと魔物を追いかけてすっ飛んで行きそうだ。

 ぶっちゃけ俺も戦い足りないし、レッドドレイクの素材は欲しいのでカリュオンの意見には賛成である。

「そうだな、今日はあまり大物が狩れていないし、少し奥の方まで見てみるか……ぬお!?」


 グラッ!!


 ドリーがメインルートから逸れたルートの方へと進もうとした時、突然地面が大きく揺れた。

 この階層に入ってから度々起こる火山性の地震だ。今回のは今までで一番大きな揺れだ。

 山頂の方を見上げると、小規模な噴火をしているのか噴煙の量が先ほどより多く、チラチラと赤い光が見える。

「いてっ」

 揺れが収まったかと思うと、今度はパラパラと小さな石が降ってきた。

 ヘルムを装備しているので頭は平気だが、装備が薄い部分に当たればそれなりに痛い。


「やーね、火山が噴火してるみたいだわ」

 リヴィダスが防御魔法を展開した。

 火山系の階層は魔物だけではなく、こういった火山活動にも気を付けなければいけない。

 この階層は溶岩がないだけまだマシなほうである。

 資料によると、ここの階層の火山は今のところ小規模な噴火だけで大きな噴火は観測されていないらしい。

 しかし、まだまだ未解明なことの多いダンジョンなので油断はできない。



 しばらく続いていた揺れが収まり、パラパラと降ってきていた小石も止んだ。

 周囲を見ればサラマンダー達が何事もなかったように、火山の熱で温かい岩の上でゴロゴロしている。さきほどまでバラバラと降っていた小石も彼らにとっては岩盤浴中のマッサージみたいなものなのかもしれない。

 気持ち良さそうだな、おい!?


「ここのサラマンダーはいつ来てもやる気がないやつらばっかりだね」

 その堕落した姿にアベルも呆れている。このやる気のないサラマンダーはいつものことなのか。

「コイツらがやる気がないおかげで、この辺りの探索は楽そうだけどちょっと物足りないなー」

 だよなー、ダラダラしていて襲ってこないが数は多い。もしこれが全部襲ってきたら、びっくりして、物足りないとか言っているバケツに全部なすって逃げちゃう。


「うむ、確かに探索は楽だが物足りなさはあるな。まぁ、ドレイクは他のダンジョン同様好戦的だ、近くにいれば向こうから寄ってくるだろう。寄って来た敵は俺達で処理するから、グランは大型の魔物の気配を探すことを優先してくれ」

「了解。サラマンダーよりでかそうなのを見つけたら教えるよ」

 この辺りでサラマンダーより大きい魔物はレッドドレイクくらいだし、他の大型の魔物がいたらそれはそれで美味しいな。





「お、見つけた!」

 メインルートから逸れて別のルートを通ってしばらく上へと登っていると、離れた場所でウロウロとする大きな気配を見つけた。

 この辺りまでくるとサラマンダーの姿も疎らになって、サラマンダーよりも強い魔物の縄張りに入ったことがわかる。

 大きさ的にレッドドレイクだな。


「メインルートからけっこう離れた場所だね。ここまで遭遇がないとは思わなかったよ。レッドドレイクを狩るパーティーがそれなりにいそうだね」

「かもしれないわね。レッドドレイクの素材は高いから、一匹狩るだけでもいい儲けだし」

 レッドドレイクの気配を見つけたことを伝えると、魔法使い二人が戦闘に向けて自己強化の魔法をかけ始めた。


「まぁいいじゃないか、レッドドレイクがいるなら他のパーティーが来る前にさっさとやっちまおうぜ」

「カリュオン、まだよ! 強化魔法をかけ終わるまで、そこで大人しくしていなさい」

「レッドドレイクはA+だからな。個体によってはSに近い、場合によっては他の個体が寄ってくることもある、準備は怠らずに行くぞ」

 すぐにでも走り出しそうなカリュオンをリヴィダスが制止した。

 大型の竜種は個体によって強さに幅があるからな、A+といっても油断できない。いや、俺にとってはA+であっても十分強敵だな。

 油断せずヒーラー様の強化をちゃんともらってから行こうな、ほらドリーもちゃんと待てをしてる。



「あれ? これは誰かがレッドドレイクを倒した跡かな? かなり吸収されてるけど鱗や翼の残骸が残されてるなぁ。持ちきれなくて残して帰ったのかな? もったいないから貰っちゃおう」

 戦闘に向けて強化魔法をかけてもらっている間、周囲を警戒していると岩の陰に赤いものが散乱していることに気付いた。

 すぐ近くなので回収に行ってみると、すでにダンジョンにほとんど吸収されていたが、レッドドレイクの残骸だった。


 レッドドレイクは大きな魔物なので、高ランクの冒険者はほとんど高性能のマジックバッグを持っているとしても、不要な部分は置いて帰る。

 残っていたのは傷が付いている鱗の一部とボロボロの羽の骨組み部分で、ここまで損傷が激しいと買い叩かれるので置いて帰ったのだろう。

 もっと綺麗に倒せばいいのに、もったいないなぁ。

 売ると買い叩かれそうなくらいボロボロだが、それでもレッドドレイクの素材は他の素材より高く効果も良い。


 せっかくだから貰って帰ろう。容量の多い収納スキル持ちで良かった。

 収納スキルはなかなか伸びない域まで成長してしまっているが、もっと素材を持って帰れるようにダメ元で収納スキルを鍛えておこう。



 思わぬ拾いものをしているうちに、ヒーラー様の強化魔法も全員にかけ終わっていたようだ。

 さぁ、高級素材ちゃん狩りの時間だ!!


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る