第398話◆怒濤の火の鳥

 コカトリスの巣を思う存分漁って、卵やら謎の綺麗な石ころやらを回収した後は、六階層の出口付近で昼ご飯をすませ、しっかり準備をして七階層へ。

 気持ちの良い気候の六階層と打って変わって活動中の火山地帯。八階層の入り口はこの山の六合目辺りにある洞窟の中だ。

 つまり登山! 活動中の火山を頂上まで行かなくていいのだが、それでも足場の悪い火山を登るのは辛い。

 時々地震を伴った小規模の噴火もあるらしく、中腹辺りからは火山礫には注意するようにと資料にあった。


 そんな過酷な環境の階層なので装備もそれようにしっかりしたものにしなければならない。

 普段はヘルム系は頭が蒸れるし重いしで被らないのだが、ここはそんなことを言っていると飛んできた岩に当たると死ねるので、竜皮製の頭防具を着けることにした。

 火山なんていう暑い場所でそんなものを着けていると毛根が蒸し殺されてしまいそうなので、そうなる前にこのエリアを抜けてしまいたい。


 さらっと抜けてしまいたいのだが、七階層で出てくる敵は王都のダンジョンでもお馴染みのサラマンダー君。

 君、すごく美味しい万能肉だもんね。やっぱたくさん狩って帰りたいよね。

 サラマンダー以外にも低級亜竜種レッドドレイクやフェニクックという燃えさかる二足歩行の鳥など、火属性系の魔物が多く棲んでいる。

 そのどれもが美味しいうえに、素材としても高級品ばかりだ。


 さっさと抜けたいけれど、準備中からすでに物欲に負けそうである。

 そうだな、毛根にダメージを受けた時のために、毛根を癒やすポーションを作れないか調べてみよう。

 きっとこれは悩める男性からお金が取れると思う。

 そんな美味しい食材と高級素材だらけのエリア、ゴリラ達が張り切らないわけもなく、そして俺もめっちゃ張り切って七階層へと入った。




 七階層に入ると空気はむわっと生暖かく、火山特有の臭いも漂っていた。

 時刻は夕方くらいなのだろうか、それともこの階層の属性の色なのだろうか、空は夕焼けのように真っ赤に染まっており、周囲を照らす光も赤い。

 ごろごろと岩が転がる赤茶けた山の斜面が、その赤い光を受けて更に赤く染まり、まるで炎の色をそのまま火山にしたような階層である。

 そのところどころにある地面の割れ目からは、白い蒸気が上がっているのが見える。


 七階層で最初に目に入ってきた魔物は、フェニクックというずんぐりとした二足歩行の鳥。ダンジョンの火山系の階層でよく見かける珍鳥だ。

 こいつらは入り口付近の標高の低い場所で群を形成して暮らしており、大きさは一メートル弱と小さく、短い足でよちよちとあるいて移動をする姿はほのぼのとしていて、ほっこりとした気分になる。

 性格は大人しくこちらから手を出さなければ攻撃してこないが、体には燃えさかる炎を纏っている。

 見た目は前世にいた飛べない鳥――ペンギンを赤くして豪華な尻尾と鶏冠を生やしたような生き物で、愛嬌のある面白い顔だがフェニックスの亜種である。


 不死鳥と呼ばれるフェニックスの亜種ではあるが、フェニクックは不死というわけではなく、炎を纏っていることくらいしかフェニックスっぽいところはない。

 しかし、その尻尾と鶏冠はヒーリングエクストラポーションの素材であり、その効果は非常に高く、特に品質の良いものなら軽い欠損も治してしまうほどである。


 強さはBで単体なら苦戦をするような魔物ではない。

 単体なら然程強くないが、一匹怒らせると周囲のフェニクック全てが怒りモードになって襲いかかってくる。

 こいつら何十羽という大規模な群を作って、一匹つつくとその全てを相手にしないといけないのだ。まさに数の暴力。


 七階層では入り口付近でこいつらを狩っている冒険者がちらほらと見えた。

 フェニクックは警戒心があまりなく好奇心も強い生き物なので、その習性を利用してやつらの興味を引けるものを使って少ない数を群から離れた場所まで釣って、そこで騒がれないように手早く倒してしまえば安全に狩ることができる。

 あまりよろしい狩り方ではないが、この場所なら失敗しても袋だたきにされる前に六階層に逃げ込めばよさそうだ。

 まぁAランク限定の場所でそんなことをする奴はいないだろ~~~。


「フェニクックの素材は旨いが、狩ってる者も多いから今回は素通りでいいな」

「他の人がいるから、ど真ん中で纏め狩りできないしねぇ」

 ああ、カリュオンはこいつらの纏め狩り好きそうだなぁ。

「目視範囲に纏めて氷の矢を刺したら、いけないかな?」

 やめろ。それは失敗した時に怒濤のフェニクックラッシュをくらうことになるし、周りの人に迷惑がかかるからやめろ。

 そしてやった張本人のアベルは空中に逃げて、フェニクックにもみくちゃにされるのは地上で処理する俺達だ。


「鶏冠と尻尾は効果の高いヒーリングポーションになるけど、この先にレッドドレイクもいるんでしょ? レッドドレイクの素材のほうがフェニクックより効果は高いから、私達はそっちのほうを狩りましょ」

 レッドドレイクは個体数も少なく強さもA+の強敵だが、大型の魔物のため一匹仕留めるだけでもとても良い儲けになる。

 大量のフェニクックをひたすら解体するより、でっかいレッドドレイク一匹のほうが俺に優しい。

 というか前のエリアでコカトリスだらけになっているので、物量系は解体もめんどいし収納の容量のこともあるのでほどほどにしてほしい。

 ただフェニクックのほうがレッドドレイクより素材としては扱いやすいので、俺の薬調合のスキルでも失敗率が下がる。

 シルエットほど薬調合の腕が良くない俺は、レッドドレイクは失敗しまくりそうなのでもったいない病を発動してしまう。


「鳥と竜ならやっぱ竜の肉よねー。ここはさっさと抜けてレッドドレイクのところまで行きましょ」

 リヴィダスお母さんはお肉の価値で決めちゃうんだ。

 竜系の魔物の肉はだいたい美味しいので、俺もリヴィダスの意見には大賛成だ。

 しかし、一匹、二匹くらいなら狩っておきたい気がするけれど、変につついて全部来ても困るし我慢我慢。




「ああああああああああーーーー!! すみませーーーーーーん!! フェニクックの団体が通りますううううう!!」


 は?


 八階層へのメインルートを通って緩やかな斜面を登っていると、メインルートから外れた方角から女性の叫び声が聞こえてきた。

 そちらを振り返ると数名の冒険者の姿と、その後ろに赤い砂煙が見えた。


「うわぁ……」

 思わず声が出てしまった。

 アベルの故意のトレインよりはマシだけれど、これは酷い。

「うっわ、怒濤のフェニクックトレインだ」

 火耐性の高い赤いバケツに着替えたカリュオンは妙に楽しそうだ。

「下手に手を出すと獲物を横取りしただの何だので揉めそうだからやーね」

「そうね、道を空けてやりすごしましょ」

 シルエットとリヴィダスの言う通り、魔物に追われている冒険者を見かけても相手が応援を求めていない場合、下手に手を出すと倒した魔物の所有権で揉めることもある。

 そのため相手が援護を求めていないトレインを見かけた場合は、速やかに進路上から撤退するのが無難である。


 フェニクック程度のトレインならAランクの冒険者なら、多少引っ張り回してもそのうち処理できるだろう。幸いこいつらは、手出しした相手にしか攻撃しないので、避ければ巻き込まれることもない。

「Aランクになってまでダンジョンでトレインをするなんて、Aランク失格だよねー」

 おまいう。

「道を空けてやりすごして援護を求められた場合だけ参戦しよう」

 ドリーに促されてフェニクックの団体様が通過しそうな場所から離れた。


「ん?」

 こちらに向かって来ているフェニクックの集団とは別の方向から、騒がしい気配を感じた。

 小型の魔物の集合体が爆走しているような気配。すごく嫌な予感がする。

 そちらを振り返ると遠目に赤い砂煙が見えた。

 その先頭には数人の人影。あ、俺達に気付いたかな?


「申し訳ない!! フェニクックが予想外の数が釣れてしまった……って、ええええええそっちもおおおお!?」

 別方向からもフェニクックの団体様が来てしまったようだ。


 タイミング的に二つの群がメイン通路辺りで合体してしまいそうだ。

 どちらも入り口付近にまで逃げながら戦ってダメなら六階層に逃げ込むつもりだったのだろう。

 しかし群二つぶんの規模が入り口周辺に大集合してしまうと、触らなければ攻撃してこない魔物であっても、燃えさかる炎を纏っている生き物なのでこの数が通過する中に突っ込んでしまうと危険である。

 メインルートで登山している者や知らずに七階層に入ってきた者が被害を受けてしまいそうだな。


「どうする?」

 危険度が低ければ他人のトレインに手を出さないほうがいいのだが、さすがに群二つが合体すると規模が大きくなりすぎてやばい。

 判断に困ったらリーダーの指示に従う。

 俺らには関係ないトレインなので放置が最適解ではあるが、助けることができる状態で死人や重傷者がでるのも後味が悪い。

 全てがそうではないが、命をかけた活動をする冒険者同士、多少の仲間意識みたいなものはある。


「どうせ群が二つ合体したら、どっちがどっちの取り分かわからなくなるな。このまま入り口まで引っ張って行くのは危険すぎる。足止めだけして処理は彼らに任せるか。それで協力したぶん、分け前を貰えばいいだろう」

 トレイン処理後に少々ゴチャゴチャしそうだが、交渉はドリーの役だしドリーの判断に従おう。


「フェニクックは水をかけると弱体化するけれど、濡れると鶏冠とか素材の品質が下がるんだよね?」

「肉は平気だけど鶏冠とか羽とか炎を纏っている部分の品質は下がるな」

 纏っている炎がなければかなり楽に戦えるのだが、濡れてしまうと品質が下がるため弱点である水は使わないほうがいい。もちろん氷もアウトだ。

「風系は炎が大きくなるし土魔法で岩をぶつけても素材が傷つくから、光か闇魔法で一匹一匹撃ち抜くしかないのよねぇ」

 素材を綺麗に回収しようとすると、アベルとシルエットも面倒くさそうな顔をするくらい手間がかかる。

 綺麗に倒す方法は首を刎ねるか遠距離武器で弱点を撃ち抜くかである。

 しかしこの数だし、今回は倒すことではなく足止めなのでなかなかハードルが高い。


「盾で受け止めることはできるけど、この数全部は盾の大きさ的に無理だなぁ」

 カリュオンのスキルで巨大盾を出してもフェニクックの数が多すぎて溢れてきそうだし、受け止めた直後カリュオンを巻き込んで大乱戦がはじまりそう。

 そしてそのカリュオンを回復すれば、回復したリヴィダスもフェニクックの敵対対象になる。

「グラン、何か穏便にすませそうな考えはあるかしら?」

 お母さん、穏便にって言われてもすでに状況が穏便じゃないです。

 コカトリスに使った閃光爆弾は、他のパーティーがいるからいきなりは使えないし……うーんうーん。


「穴を掘るくらいしか?」

 そうだ、穴に落としてしまおう!

「少し下った辺りで地面を分解して砂地に変えるから、アベルはその上に一時的に土魔法で橋をかけて、ドリーとリヴィダスは二つのパーティーをアベルが作った橋の上に誘導してこっちに渡って来てくれ。全員が通過したら橋は崩してくれ。カリュオンとシルエットは砂地に嵌まったフェニクックが上がって来ないようにたのむ。あとは連れてきたパーティーに砂地に嵌まっているフェニクックを始末してもらおう」


「あー、なるほどー。その狩り方、昔よくやってたよね。グランが足場を崩して、その中に俺が集めてきた魔物を嵌めて纏め狩りするやつ」

 おい、アベル。余計なことを言うな。

「ほう、お前らそんなことをしていたのか。なかなか効率が良さそうな。とりあえずこっちに来てる奴らを誘導するから、その話は後で詳しく聞かせろ」

 やばい、底引き網漁がバレた。昔のことだからもう時効だよ!!

「おおおおおう。地面を砂に変えるから、今は誘導をたのむよ!!」

 今は時間がないからな! 


 ドリーとリヴィダスがこちらへ向かってくるパーティーを誘導に向かったのを確認して、今いる場所からメイン通路沿いに少し下った場所で地面に手をついた。

 道になっている部分を多少巻き込むことになるが、ダンジョンなのでそのうち修復されるので問題ない。


「いっくぞおおおおおおおお!!」


 魔力抵抗の高いダンジョンの床に対して広範囲でスキルを使ったため、地面が分解されて砂になり始めるとガッツリと魔力を持って行かれる感覚がした。

 ここのとこ、大規模な分解や合成をしたり収納を溢れさしたりで、何だかんだで魔力を限界まで使うことが多かったせいか、俺の魔力量もちょっぴりだが増えている。

 このくらいならまだまだいけるぞおおおお!!

 ゴリゴリと魔力を消費する疲労感に襲われるが、これでまた魔力が増える可能性もあるので、のりのりで地面を砂に変えていった。


 俺が分解した場所が砂のプールのようになり、その上にアベルが土魔法で岩の橋をかけた。

 そこをドリーとリヴィダスに誘導された冒険者達がこちら側に渡って来る。

 その後ろにはフェニクックの群、二つの群が合体してすごい数になっている。


 冒険者が橋を渡り終えるとアベルがすぐに橋を崩し、その後ろから来ていた炎を纏ったフェニクック達が次々と砂のプールにダイブして足を取られて転がっていく。

 その転がったフェニクックの上に更に後ろから来たフェニクックがダイブして、砂場の中は業火の地獄のようになっている。


 や、これ足止めしたはいいけれど倒せるのか!? 倒しても回収できるのか!?

 うむ……、これを狩るのは俺達ではないからまぁいいか……。連れてきた奴らががんばれ。



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