第396話◆酷い男と罪の味

「六階層目は草原。ここはまだそこまで敵は強くないけど数で押してくるタイプの敵多くて、美味しい敵はわりと多いね。グランの大好きなコカトリスもいるよ。こっちのは王都のダンジョンで見かけるやつより大きくて群の規模も大きいよ。ってグラン、寝なくて平気なの?」


「ああ、もうちょっとポーション補充してからな。ここまでは魔力回復系のポーションしか使ってないけど、これから何があるかわからないからな。それにこうしてこの先の階層の具体的な話を聞いておくと明日のためになるしな」


「まぁ、ギルドの資料よりはずっと詳しい話はできるけど……って、それライトニングハイポーション? え? 雷?」


「使いどころに困ってたニーズヘッグの素材が余ってたから? ほら、今日のインフェルノポーションはちょっと後始末が大変だったから、もっとこうまろやかで威力より状態異常重視の?」


「状態異常重視なら、今日採ったキノコとかどうかしら? 粉末にして風の魔石を砕いたものと一緒にポーション瓶に詰めておけば簡単な煙幕代わりになるわよ。この方法ならガラスの破片も派手に飛び散るから対人だと目潰しにもなるわ」


「グランはまろやかって意味を辞書で調べてきて!! シルエットはグランに変なことを教えないで!! 真似するどころかさらに極悪なものを作り出すから!! ていうかそれ煙幕じゃなくない!?」


「アベルは細かいことを気にしすぎよ。グランは発想が豊かだから、のびのびと好きなようにやらせた方が伸びるタイプだと思うわ」


「のびのびとしすぎて世界樹もびっくりなくらい天高く才能が伸びまくってるよ!! 伸びすぎてうっかり倒れたら大災害だよ!!」


 いやぁ~、そんな褒められても照れるなぁ。

 シルエットは俺が詰まっている時によくヒントをくれるし、少々失敗してもフォローしてくれて、次への手がかりを一緒に考えてくれる。

 まぁ時々大失敗をしてしまうこともあるのだが、俺が薬調合が好きなのはだいたいシルエットのおかげだ。


 ちなみに世界樹とは創世神話に出てくるすっごくでっかい聖なる樹で、その世界樹から接ぎ木されたという言い伝えのある樹が各地に存在している。

 まぁ、そのほとんどが信仰の理由だったり観光客目当てだったりで、それっぽい古くて大きな魔力持ちの樹に後付けで逸話が作られたものだ。

 その中には本物もあるかもしれないし、もしかすると世界のどこかに本物の世界樹があるかもしれない。

 


 そんなすごい世界樹を例に俺が褒められているのは、五階層のセーフティエリア。

 夕食を済ませ、腹ごなしにベヒーモドキを解体したら、カリュオンとアベルとシルエットも手伝ってくれて、デカイ魔物を和気藹々と解体していたら、なんだかテンションが上がって目が冴えてしまった。

 解体し終わる頃には、アベルが見張りの時間だったのでアベルに付き合いながら俺も眠くなるまで、ポーションの補充作業をすることにした。

 と言ってもここまでの道中、ゴリラ達が蹂躙してきたし、リヴィダスもいたので傷や状態異常を回復するポーションは使っていない。ゴリラ達が魔力や体力を回復する用のポーションをがぶ飲みしているくらいだ。

 多めに用意してきているが、この勢いだとゴリラ達が手持ちのポーションを切らす可能性もあるので、補充できる時に補充をしておくのだ。

 カリュオンは寝てしまったが、アベルの後が担当時間のシルエットも半端に寝ると起きるのが辛いと言って、俺と一緒にポーションを作っている。

 そしてポーションを作りながら、アベルに先の階層の細かい話をしてもらっていたのだが、どうやら俺が作っていたポーションがお気に召さないらしい。

 シルエットの言っていたやつはおもしろそうなので、見張り番の時にでも作ってみよう。


 風の魔石で風を起こしてそれで粉末にした素材を宙に舞わせるだけなら、粉末にしても状態異常効果が出る素材ならなんでも行けるよなぁ?

 粉末にするだけなら分解スキルで簡単にできるから、ものすごく簡単に作れるのでは!?

 ん? 燃えやすい物質に火の魔石を砕いて入れても良さそう……いやいやいやいや、これはまたインフェルノとかなったら困るから、素材が余ったらにしよう。


「って、コカトリスか。石化解除のディゾルブポーションは多めに用意してきてるけど足りるかな?」

「そうだねぇ。王都近くのダンジョンにいるやつらより石化効果も高いし、油断してるとガッツリ石にされるからね。調査で来てた時も油断した奴が何人も酷い石化を貰ってたよ」


 コカトリスは巨大なニワトリのような魔物で尻尾はヘビの尻尾である。

 そしてその目からは石化効果のある魔力を視線に乗せて放つことがあり、それに触れた部分は石になってしまう。

 と言っても、一発で完全に石になるわけではなく、少しかすったくらいなら皮膚の表面がパリパリするくらいだ。それくらいなら手でこすると皮と一緒に剥がれ落ちてヒリヒリするくらいなので、適当にポーションか回復魔法をかけておけば問題ない。


 危ないのはその石化効果のある視線に何度も当たった時。

 少し当たるくらいならたいしたことがなくても、同じ部分に何度も当たるとその効果は大きくなる。

 軽度なら表面がパリパリする程度だが、重ねて当たるうちにだんだんと硬い石のようになりそれは肌の内側まで入り込んでくる。

 そうなると無理に剥がすと肉まで剥がれてしまい痛い上に身体的な負担も多い。しかもそのレベルで石化してしまうとその部分を動かすのも困難になってくる。

 そうなるとディゾルブポーションという石化解除用のポーションを使わなければいけない。


 また石化が進むと、その部分は衝撃で砕けることもあり、砕けてしまった部位を失うことになる。そしてその場所によっては命にも関わり非常に危険である。

 命に関わる部分でなくとも石化後に砕けて失ってしまえば、それを回復させようとすると非常に高価なポーションや、回復魔法の中でも再生と呼ばれる非常にハイレベルな魔法でないと治すことができないため、治療は困難でめちゃくちゃ費用もかかる。

 石化、とてもこわい。


 ちなみに全身がほぼ一気に石化した場合は命に関わる部分が破損しなければ、石化から回復した時に命に別状がなく助かることが多い。

 これは石化中は時間が止まっているような状態になるかららしい。

 しかし体の一部だけだった場合――生命活動に重要な部分だけ石化をした場合は命に関わってくるので、中途半端な石化能力を持っている魔物は実はかなり恐ろしい魔物だったりする。


 コカトリスの石化は石化効果のある視線によるもののため、その視線を避ければすむことなので、比較的対策はしやすい部類ではある。

 装備を着けていればまず装備から石化していくので、肌の露出を抑えるだけでも対策になる。

 気を付けないと行けないのは目で、うっかり目を合わせてしまうと眼球に石化をくらうことになり、視界を奪われ非常に危険である。

 少し高いが瞳の石化対策用のゴーグルもあるので、視線に石化効果を持つ魔物のいる場所に行く時は用意しておく方がいい。

 王都の近くのダンジョンにもコカトリスだらけの階層があるため、王都の冒険者ギルドにもこのゴーグルは売られており購入を推奨されていて、王都で活動する冒険者はだいたいそれを持っている。

 もちろん俺もアベル達もちゃんと持っているし、常に持ち歩いている。それにそれ以外にもしっかり石化対策の装備を着けているので、少々の石化攻撃なら問題ない。

 石化視線以外にも、埃っぽい場所や眩しすぎる場所、吹雪の酷い場所など目に優しくない場所ではゴーグルを着けるので、俺の使うゴーグルには石化耐性以外にも色々と便利な効果が付与してある。


 俺は大きめのゴーグル派だがリヴィダスやシルエットはメガネ系の装備を使っていた記憶がある。

 冒険者用の装備って機能だけではなくて見た目にもこだわったものが結構あり、女性を中心にその手の装備は人気がある。

 リヴィダスがそういう装備が好きで、よくおもしろ装備を持っている印象がある。


「ところでグラン、そっちの鍋は何を作っているの? キノコを煮ているみたいだけどすごくお腹の減る匂いがするわ」

「うん、いい匂いがしていて俺も気になってた」

 あ、気付かれてしまった。

 ポーションを作りながら一緒にご飯のお供を作っていた。

「これはキノコの甘辛煮? 長細いキノコを短く刻んで、海藻で作ったスープに砂糖とイッヒ酒とショウユを足して煮てるだけ」


 こいつも細かいキノコが密集して生えるタイプなので、昼間にユキムシノココロの集団を見た後だと、ややトラウマな光景が蘇りそうになる。

 今料理しているキノコは、ユキムシノココロよりも細くてシューッと長いキノコが束のようになって生えているやつだ。


 そいつを砂糖醤油で甘辛味に煮付けたのだ。後は冷まして瓶に詰めると完成なのだが、鍋から溢れる醤油の香ばしい香りのせいで夕食の後だというのに非常に腹が減ってくる。

 これをほっかほかのご飯の上に載せて食べると最高に美味しいんだよなぁ。


「ご飯食べた後なのに、なんてことをしてくれるの? グランは酷い男ね」

「く……、今日はキノコの集合体はもう見たくないと思ってたのに、この匂いは人を誘惑する悪魔の匂いだ」

 酷いもなにも料理していただけだ。醤油の香りは確かに悪魔の匂いだが。

「しょうがないなぁ……、ちょっとだけ夜食にするか。これをほっかほかのコメの上に載せて食べるとすごく美味いんだよ」

 もしもの時のために炊きたてのご飯はちゃんと収納に入っている。

 炊きたてのコメが入っている鍋を取り出して、器に少しずつよそってアベルとシルエットに渡した。


「ご飯の後にこんな誘惑をするなんてホント酷い男。いいえ、ちょっとポーションを作って魔力を使ったからこれはその分の補充ね」

「俺は夜食分は明日消費するからいいよ」

「そうそう、明日からAランク限定エリアだしな。これは明日のための備えだよ。そしてこれはドリー達には内緒、俺達三人は共犯者だ」


 深夜に食べるほかほかご飯に細長キノコの甘辛煮は、罪の味である。


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