第395話◆閑話:本が教えてくれる

「こんにちはー、ちょっと遅くなってしまいました」


「キルシェさん、ごきげんよう」

「いらっしゃい、ちょうどティータイムをしてたのよ」

「今日はミッシィアニエルさんがお手伝いをしてくれたので、畑とスライムのお世話は終わってますぅ。あとはワンダーラプターさん達のご飯だけですねぇ」


 今日はお店の手伝いを休んでいい日なので、午前中に冒険者ギルドの依頼をやって、午後からはグランさんの家の様子を見に来た。

 少し遅くなってしまい、到着したのは午後のおやつが欲しくなるくらいの時間だった。


 グランさんがダンジョンに行くためしばらく家を空けるということで、今回もまた留守中の様子見を引き受けている。

 畑とスライムとワンダーラプターのお世話、それから家の掃除を任されて謝礼まで貰っているのだけれど、ほとんどのことは三姉妹ちゃんとフローラちゃんで終わらせてくれている。

 僕がやるのはだいたい家の掃除や食器の片付けくらい。


 今日も畑とスライムの世話は終わっているようなので、僕は掃除担当かなぁ?

 ワンダーラプター君達とも少し遊びたいな。

 すごく怖い顔で獰猛そうなので最初は怖かったけれど、とても賢くて実はすごく優しい。

 間違いなく僕より強いけれど襲われたことはないし、三姉妹ちゃん達に魔法を教えてもらっていると、お手本を見せるような素振りをする。

 少しでっかい子は、ジュスト君がいる頃に冒険者ギルドの依頼に時々一緒に行っていた。

 やることなすこと豪快なのだけれど、あまり強くない僕や回復役のジュスト君の前に出て魔物を狩ってくれて、とても頼りになる子なのだ。

 今日もご飯前に少し遊んであげよう。いや、僕のほうが遊んでもらっているのかもしれない。


 あれ? そういえば知らない名前が聞こえたような?

「ミッシィ……えっとぉ……」

 やばい、一回で覚えられなかった。商人失格かもしれない。

「ミッシィアニエルじゃ。ほぉ? 面白そうな子が来たの。よいよい、妾のことはアニエルと呼ぶとよいぞえ」

 うっわ、めちゃくちゃ美人なお姉さんが出てきたぁ。

 うちのねーちゃんと同じくらいの歳かなぁ。でもねーちゃんより背は低くくて、胸でっかっ!! 何を食べたらその体型でそのサイズになるのか教えてほしい。

 話し方もなんか身分の高い人の話し方っぽいし、醸し出している雰囲気にも高貴な人のような威圧感がある。


「ちょっと、ミッシィアニエル! 設定! 設定! 威厳だしすぎ!!」

「ミッシィアニエルさんは私達の妹ですよぉ」

「妹は無理があるから従姉妹の再従兄弟の又従姉妹ですわ」

「おぉ、そうじゃったそうじゃった、これは申し訳ない。妾はこの三姉妹様の従姉妹の再従兄弟の又従姉妹じゃ、よろしく頼むぞえ」


 えっと、全部聞こえてるんですけど……、これは突っ込んだらいけないやつだよね。

 三姉妹ちゃんを様付けで呼んでいるし、ヴェルちゃんが呼び捨てにしているということは、三姉妹ちゃんのほうが身分が高いのかな?

 ラトさんと三姉妹ちゃんはアベルさんの親戚と聞いているけれど、それも本当かどうか怪しい。何かの事情があって本当のことを言えないのかな?

 確かアベルさんのお兄さんがグランさんの家に来た時も、三姉妹ちゃん達とは面識がないようだった。

 アベルさんはお兄さんと腹違いの兄弟でお母さん側の親戚だから、三姉妹ちゃんとお兄さんは面識がないって言っていたけれど、あれだけそっくりな兄弟を三姉妹ちゃんが知らなかったのも怪しい。

 三姉妹ちゃんもラトさんもずっとグランさんの家にいるみたいだし、きっと庶民の僕にはわからない事情があるのだろう。


 詳しくは知らないけれどアベルさんは貴族で間違いなさそうだし、三姉妹ちゃん達も貴族なのかな? そういえばウルちゃんはすごくお嬢様オーラがめちゃくちゃ出ている。

 貴族の世界を題材にした小説でよくあるような権力争いに巻き込まれないように、グランさんの家で保護しているとか?

 なるほど、それならアベルさんと遠い親戚という可能性もあるのかー。

 じゃあアニエルさんもその関係? 三姉妹達より年上で、身分の高い人っぽいけれど三姉妹ちゃんのほうが身分が上?

 少し前に読んだ宮廷もの小説に、身分の高い人につく侍女さんも身分の高い人って書いてあったよね。

 なるほどなるほど、三姉妹ちゃん達はもしかするとすごくお嬢様で何か深い事情があるのかもしれない。

 なんか謎が解けた気がしてスッキリした。アベルさんと三姉妹ちゃんの関係はちょっとモヤモヤしてたんだよね。



「グランさんにいつもお世話になっているキルシェです。よろしくお願いします」

「ほうほう、ちょうどグラン達を遠見の魔法で見ておったのじゃ、ぬしも一緒にどうじゃ?」

「見せて貰えるならぜひお願いします!」

 三姉妹ちゃんがグランさんの装備に遠見の目を付与しているらしく、グランさんが遠くに出かけている時はその様子を水の鏡に映し出してくれる。

 魔法のことはよくわからないけれど、間違いなくすごい魔法だと思うんだ。

 小さいうちからこんなにすごい魔法を使えるから、身分の高い人の難しい事情に巻き込まれてしまったのだろうか。

 こんなに小さいのに大変だなぁ。


「水鏡もいいけどキルシェの持って来る本も気になるわ。今日はどんな本を持って来たの?」

 あ、そうだ。最近買って読み終わった本を持って来たのだった。

 冒険者ギルドの依頼を受けるようになって自分で使えるお金が増えたので、仕入れに行った時に気軽に本を買えるようになった。

 アルジネには読みやすい物語系の本をたくさん置いているお店があるので、仕入れで行った時はそのお店に行くのがちょっとした楽しみになっている。

「今日はお仕事ものの本を持って来ました。宮廷に仕える秘密部隊の話ですね。偉い人の命令で色々なところを回って、表沙汰にはできない問題を陰からこっそり解決していく秘密の組織の話です。お役所の話とかもあるんですけど、わかりやすい解説が入ってて勉強にもなりました」

 これはヴェルちゃんが好きそうなジャンルだと思う。

 貴族の世界は全く知らない世界なのでとても新鮮だったし、政についてよくわからない僕でも読めるくらいに、わかりやすくかみ砕いて書いてあった。


「へー、面白そう。ぜひ貸してもらいたいわ」

「へへ、多分ヴェルちゃんはこういうの好きそうだと思って持って来たんですよー」

「お仕事ものですかぁ? 面白そうですねぇ。ヴェルのあとは私も読みたいですぅ」

「わたくしも悪い奴をやっつける系は好きですわ」

「ほほ、宮仕えの話の本かえ? 妾も読んでみたいのぉ」

「僕はもう読み終わったので、皆さんで読んでもらって大丈夫ですよ」

 結局みんな食いついた。






「このでっかい方と猫の方は東の国へ行った時もいましたわね」

「こっちのバケツはその後にダンジョンに行った時にいた人よね」

「この黒い女性は今回初めて見る方ですねぇ」

「ふむぅ、沌の魔力の使い手か、人間にしては珍しいのぉ。グランはこの沌の使い手と随分仲が良いようじゃの、二人で仲間をほったらかしでキノコ狩りをしておるぞ。うむ、これは戻って来たらキノコ料理かの」

「すごい美人……」


 リビングに通してもらって、そこで水鏡の魔法でグランさん達のいる場所を見せてもらっている。

 今日はウルちゃんとアニエルさんが一緒に魔法を使っているようで、いつもよりも長時間見ても大丈夫らしい。

 アニエルさんもすごい魔法使いなのかー。世の中にはすごい魔法が使える人がたくさんいるんだなぁ。

 僕ももっと魔法が上手くなるように練習しなきゃ。


 水鏡に映っているのはグランさんの肩の辺りから見た光景。

 アベルさん達がすごい勢いで魔物を倒していて、グランさんはそれを回収しつつ近くに生えているキノコを採取しているようだ。

 キノコを採取する手際が良すぎて、キノコを集めるついでに魔物の死体を回収しているように見えてしまう。

 そのグランさんのすぐそばで、スタイルもいい女の人がキノコを集めている姿が時々映し出される。

 音は聞こえてこないので何を話しているのかまではわからないが、綺麗な女性がすごく楽しそうに笑っているのが映り、水鏡の向こうには僕の知らないグランさんがいるような気がした。


「『その痺れるキノコは乾燥させて粉末にしてばら撒いても燃やしても効果があるわ。煙幕に使ってもよさそうね。そっちの催眠キノコはたくさん摂取するとそのまま目覚めなくなることもあるから、注意は必要だけど使い勝手はいいわよ。え? 爆弾に仕込んだら広範囲にいけそう? それ味方も巻き込んじゃうでしょ?』 女子と和やかなキノコ狩りかと思ったら、色気がないどころか物騒な話をしておるな。角度的にグランの顔までは見えぬから何を言っておるかわからんが、相手の女子の返答的にこやつら危険物愛好仲間か」

 アニエルさんは水鏡に映っている女性の口の動きを読んだのかな?

 会話内容がその通りなら、やっぱいつものグランさんだった。


 水鏡を覗いていると猫くらいの大きさのネズミのような魔物が近付いてきているのが見えた。グランさんがそれに気付いて、ネズミの口の中に持っていたキノコを投げ込んだ。

 うわー、キノコを食べたネズミがひっくり返ってピクピクしている。キノコこわっ!!

 アベルさんがすっごい困った顔をしてグランさんのほうを見ているなぁ。

 冒険者と活動している時のグランさんは遠い世界の人のような気がするけれど、やっぱりどこかいつものグランさんでホッとした気分になった。


 とてもランクの高いダンジョンに行くと聞いて心配していたけれど、やっぱりグランさん達は強いなぁ。

 僕はグランさんやアベルさんみたいに強くなれる気はしないけれど、少しだけでいいので冒険者の世界を自分でも体験して、その経験を商人としての武器にしていきたいと思っている。

 そしていつか遠くの町に行ってたくさんの人や物を見て回りたい。



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