第392話◆プリモジロ君爆発炎上事件



 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。



 ゆっくりと転がり始めた元プリモジロ君は、少しずつ速度を上げながらこちらに迫ってきた。

 まずい、道が微妙に傾斜しており俺達のいる場所はその低い側である。


「やべぇ、転がってきた。アベル、あれ一瞬で消し炭にできたりする?」

「できるけど、それだけの火力を出すのは時間がかかって、その間に目の前まで転がってきちゃいそうだから俺達も巻き込まれちゃうよ」

 ですよねー。


「だったら俺がこれを投げたら即、曲がり角より手前の安全な場所まで転移してくれ」

 俺が収納から取り出した秘密兵器は、先日作ってしまったインフェルノハイポーション。

 どれくらいの威力なのかは実験はしていないけれど、一本だけならほどよくプリモジロ君を吹き飛ばせるくらいの威力だと予想している。

 近くに人はいない! 洞窟系エリアだけれど岩肌ではないから崩落の心配もない。

 壁は木なので多少は燃え移ると思うが、ダンジョンなので破壊しても元の姿に戻ろうとする力が働くため、そこまで酷く燃え広がらないと思われる。

 燃えるようだったら、アベルウォーターガンぶっぱでどうにかしてもらおう。

「え? 何そのやばそうな赤色のポーション。インフェルノハイポーション? どれだけの威力か知らないけど、それはまずくない?」

「大丈夫、周りに人はいない! 曲がり角の手前まで戻れば爆風の影響も少ない! いくぞ! ファイヤッ!!」

「ひぇ!? マジで投げちゃうの!? グラン、思い切りよすぎっ!」

 こちらに転がってくる元プリモジロ君に向かい、インフェルノハイポーションをぶん投げると、すぐにアベルが俺の上着を掴んで転移した。


 俺の予定では元プリモジロ君はインフェルノハイポーションで燃えるか吹き飛ぶかするはず。

 それでもまだ転がってきたとしても曲がり角を曲がりきれず壁にぶつかり、その衝撃で大破すると踏んでいる。

 ユキムシノココロに体の中を食い荒らされ、すでにボロボロのとこに二つも爆発系ポーションを投げたのだ、これでまだ転がる余裕があったとしても少しの衝撃で崩れてしまうはずだ。

 インフェルノハイポーションはヴァーミリオンファンガスも入っている炎上系だ。ボロボロになって動けなくなった元プリモジロと一緒に大量のユキムシノココロも焼き払ってくれるはずだ!!

 怖くて試していないけれど、一瞬で燃え上がり爆発に近い状態になるポーションだと鑑定さんも示している。

 作ってから一度も試していないので、どれくらいの威力と効果があるのか非常に気になっていた。

 べ、別にここぞとばかりに試してみたかったわけじゃないんだからね!!


 ドゴオオオオオオオオオオオオッ!!


 アベルに掴まれて曲がり角の手前――十分に距離のある位置まで転移した直後、一瞬で最大火力まで燃え上がった炎が空気を震わせる音と共に、曲がり角の奥から勢いよく広がる炎が見えた。

 炎は曲がり角の突き当たりの壁にぶつかり、そこで砕け散るように広がりこちらにも伸びてくるが、俺達のいる場所には熱い空気と火の粉が飛んできただけですんだ。

 角からしっかり距離を取っていなかったら、巻き込まれていたかもしれないな。


「おー、思ったより火力があったな」

「いやいやいやいやいや、あの小さいポーション瓶でこの火力ってどうなってんの? この威力の爆発炎上を魔法で起こそうと思ったら、俺でも少し時間がかかるよ? それを小さな瓶ポイッと投げるだけでやっちゃうってやばいに決まってるでしょ!?」

「いやいや、ポイッて投げるだけって……、確かに使うのは一瞬だけど、作るのにはそれなりに手間がかかってるからな。ニトロラゴラやヴァーミリオンファンガスは取り扱いが難しい素材だから、作業中に爆発や炎上をしないように細心の注意を払った上で加工して、他にも色々火力を上げる素材を詰め込んでるからそれも取扱注意のものがほとんどだし。そうそう火力アップに火の魔石を砕いて入れてみたんだ。これも加工中油断するとファイヤーするから少し怖かったけれど、その苦労の甲斐があってのこの火力だよ。作るのにはちゃんと手間がかかってるんだよ」

 使うだけなら簡単だが、作成には手間がかかっているのだ。

 ノリと勢いで作ったものではあるが、それなりに手間がかかっているので、アベルが少し時間をかけて使う魔法程度の威力なのはなんだか悔しい。

 といっても、魔法が使えない俺からしたらこの火力でも十分である。

 燃焼や爆発は火力を上げ過ぎると逆に使いづらくなってしまうので、このくらいが使いやすいと思うのだ。

 うむ、我ながらなかなかよい燃焼系ポーションを作った気がする。


「何その絶対爆発炎上させるって強い意志に溢れたポーション。作るには技術と知識がいるかもしれないけど、投げるのは誰でもできるよね? それでこの威力だからやばいやつに決まってるだろ!? って、この火力ならあのキノコプリモジロも燃え尽きてそうだね」

 そんな褒められても、実際炎上爆発させるつもりで作ったポーションである。

「ああ、キノコもプリモジロも火に弱いからな。ポーションの威力が足らなくて燃え尽きなくても、曲がり角を曲がりきれなくて壁にぶつかって自滅するかなって思ってたけれど、まだ来ないってことは燃え尽きたかな」

 洞窟のトンネル状の通路ということもあって、思った以上に効果があったようだ。

 あとは周囲に燃え移った後始末をしたら終わりかな。


「キモねずみを焼き払ったのはいいけど、こんなとこ爆発炎上系ポーションを使ったのがドリーとリヴィダスにバレたらお説教されそうだし、燃え広がると危ないから証拠隠滅しないとね」

「そうだなぁー、周囲に人はいないけど爆音がしたし、勢いよく燃えてるから野次馬が来る前に片付けないとな。向こうの方が高いから収納の水は使いにくいから、アベルよろしく」

「デコピンの分も合わせて、お肉料理と甘いものね。野菜はなしなしで」

 肉と甘いものでデコピンの仕返しを回避できて、ついでに爆弾の証拠隠滅もしてくれるなら安いもんだな。

 セーフティーエリアに着いたら、気合い入れて飯の準備をするかー。


「おう、じゃあ今夜は肉肉の肉と甘いものだなー、って、は? はあああああああああ!?」

「桃のコンポートを所望するー、って何? え? は? キノコねずみいいいいいい!?」

 アベルに消火を頼んで一件落着と思って気が緩みかけたところに、曲がり角の先の炎が大きくなりその中に黒いなにか大きなものが見えた。

 黒いのは燃えて炭になりかけているから。

 なにか大きいものは、俺がインフェルノハイポーションを投げつけたアイツ。

 もし燃え尽きなくてもそのまま転がって壁にぶつかれば終わると思っていたプリモジロ君の体。

 爆弾やら炎上やらで体がボロボロになって滑らかに転がれなくなったのだろうか、炎を纏った前足で曲がり角の壁を掴んでのっそりと頭を覗かせ、半分しか原形を留めていない顔をこちらに向けた。


 体全体に火が回っており、プリモジロの体が宿主として機能しなくなるのは時間の問題だ。

 だが、寄生しているキノコが生きているなら命のない宿主は動き続ける。

 まさかあの炎の中で小さなキノコが生きているというのか!?


 ユキムシノココロは寄生していなければ小さくて弱い。

 捕まえてしまえば子供ですら簡単にプチッと潰してしまえるし、傘の内側にある小さな魔石を取り出すのも簡単だ。

 そんな本体は弱い弱小キノコが、B-なんていう高ランクに設定されているのにはちゃんと意味がある。

 強力な魔物を乗っ取った時の強さを考慮してのランクなのだが、実はこのキノコ、乗っ取りを繰り返すうちに僅かずつだが強化されるという。

 小さく非常に弱いキノコなので、長期間生き残りなんども乗っ取りを繰り返す個体は非常に珍しいのだがゼロではない。

 取り付いた相手を完全に乗っ取るまで成長したユキムシノココロは、その宿主の記憶も吸収するとかなんとか。そして時折その宿主の持つスキルまでも吸収してしまう個体もいるとかなんとか。

 極稀にそうやって知能と力を得た強力なユキムシノココロが現れることもある。


 コイツもその類か? まさか火に対して耐性を持っているのか?

 だがユキムシノココロが大型の魔物を完全に乗っ取るには月単位、年単位の時間がかかる。

 ここは発見されて日の浅いダンジョンのため、そんな個体はまずいないと油断していた。

 冷静に考えると、ダンジョンが元から突出した個体を生み出していた可能性はないとはいえない。

 そんな個体なら火に耐性を持っていても不思議ではなく、そうなるとプリモジロの体が燃え尽きるまで動き続ける可能性が高い。

 うおおおおおお、火が付いたまま動き続けるって厄介だな!?

 しかし、耐性を手に入れるほど乗っ取りを繰り返しているユキムシノココロがくっついているなら、めちゃくちゃ高く売れそうだしできれば回収したいな!?


「うわ、アイツこっちに来たよ」

 考え込んでいたのほんの一瞬だったが、その間に燃えさかるプリモジロがのそりとこちらに乗り出してきている。

 キノコを切り離せば動きは止まるはずだが、プリモジロの体は炎に包まれておりキノコの場所を特定できない。

 首をはねるしかないか。

 いや、あの火だるまに近寄るのは厳しいな。インフェルノハイポーションを投げたのは失敗だったかもしれない。

 そう思っているいるうちにも、プリモジロは燃え落ちる体を気にすることなくドンドンこちらに向かってきている。

 体は燃えて崩れていっているにも関わらず、その歩みは速くなっているような気がする。

「くそ、下がるしかないか」

 下がりながら弓を撃ち込むといけるか?


「グランとアベルみつけた! リヴィダスがめちゃくちゃ怒っててやばいからこっちに入れてー! あー、なんかすっごいことになってるぅ!」

 迫って来るプリモジロから距離を取るため後退を決断した時、背後から脳天気な声が聞こえてきた。

「アベル!」

「了解!」

 アベルの方を見るとアベルも俺と同じことを考えたようで、すぐに頷いて俺の服を掴んで転移した。脳天気な声の主、カリュオンの後ろに。


「カリュオン! アレを止めてくれ?」

「へ? あの火だるまを止めればいいのかい? よくわからないけど了解!」

 さっすがタンク様!!

 カリュオンが前に出て、大盾をドンッと地面に付くと光の壁が展開され、そこにこちらに向かって来ていた燃えさかるプリモジロ君が突っ込んできた。

 そのぶつかった振動で周囲の空気が震えた。

 そしてその衝撃でボロボロになったプリモジロ君の体から、ほとんど原形を留めていない頭がコロリと落ちた。

 頭が取れたため胴体の動きが止まり、ボロボロの胴体が地面に崩れ落ちた。


 よっしゃ! 計画通り!!


 崩れ落ちたプリモジロに駆け寄り収納の中に入っている水をぶっかけて火を消すと、黒焦げの頭の中からピョコリと赤っぽい小さなキノコが飛び出して壁の方へと跳んで逃げていった。

「逃がすかよ!!」

 すかさずスロウナイフを抜いてその赤っぽいキノコに向けて投げる。

 よく見かけるユキムシノココロより二回りくらい大きいだろうか、色も赤味が強く妙にツヤツヤとしている。

 明らかに普通のユキムシノココロとは違う。しかし、やや大きめなので素速くても狙いやすい。


 俺の投げたナイフはキノコの傘の付け根部分に当たり、胴体部分と傘を貫いて切り離し、その先の壁に刺さった。

 傘と胴体が切り離されたキノコは動きを止め、コロリと倒れるように地面に落ちた。

 やったぜ! 高級素材ゲット!!

 あとはドリーとリヴィダスが来る前に証拠隠滅だ。カリュオンがリヴィダスから逃げてきたのはラッキーだった。


「ふいいいいいー、あとは消火作業をして証拠隠滅したら完璧だなぁー」

 ダンジョンに元からあるものは復元されるから、どうせ火もすぐ消える。

「そうだね、周囲に人はいなさそうだけど派手にやり過ぎちゃったね。水魔法でパパッて消しちゃえばバレないか。ドリー達にバレる前にカリュオンも消火作業を手伝ってー」

 少し焦げて水浸しになっているくらいなら問題ないよな?

「ん? 手伝うのは構わないけどドリー達ならもうそこまで来てると思うよ。俺が逃げたからドリーも逃げようとしてたし、当然のようにリヴィダス達も来てるからな」

 え?

 あっ! プリモジロ君に夢中でドリー達の気配に全く気付いていなかった、まずううううううう!!


「おい、なんだか騒がしいがどうした? ぬお!? なんだこれは!!」

 うげえええええ!! すぐそこじゃなくてもう到着してるじゃねーか!!

「なにか大きな音がしたと思ったら、これはなかなか派手にやったわねぇ。私もこっちに付いて行けばよかった」

 シルエットがいたらもっとスムーズに倒せていたかもしれない。

「はいはい、そろそろふざけるのも終わりにしてちょうだい。追いついたなら、そろそろ足並みそろえて補助魔法を更新しましょ……ええ、これは何があってこんなことになったの……」

 最後に到着したリヴィダスはポカンとした表情で、この惨状を見ている。


 足元に転がるプリモジロ君の残骸。

 彼が燃えながら移動したため、焦げているダンジョンの床や壁。ところどころ火が燃え移って、木でできた壁が煙を上げている。

 そして俺がインフェルノハイポーションを投げたあたりは、投げた直後より火は小さくなったがまだ炎があちこちから上がっている。

「えぇと、プリモジロ君爆発炎上事件?」

 思ったより大惨事だな!?

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