第391話◆これは先行偵察である

「や~い、お前の頭キーノーコー!! ふぉっ!? ぐええええ、行き止まりいいい!?」

 鬼のような形相で追いかけて来るアベルから逃げて曲がり角を曲がると、通路が少し先で行き止まりなっているのが見えた。

「誰がキノコだ!! ふふふ、行き止まりだったみたいだね。さぁ、もう逃げられないぞ!!」

「おい、言葉が戻ってるぞ!!」

「グランだって戻ってるじゃないか!! チリパーハ語の練習時間も、追いかけっこも終わりだよ。覚悟はいいね? デコピンすごく痛かったんだからね」

「いやいやいやいや、あくまでキノコ狩りだよな? ほら、キノコは付いてないよな? 目的を間違えるんじゃなぁい!」

 頭をワシワシと掻いてみるが、キノコの気配なんてない。アベルの目的は明らかに先ほどのデコピンの仕返しである。

 やべぇ、ちょっとデコピンしたついでに煽っただけなのに、執念深いやつだな!!


 しかし逃げようにもこの先には壁があって行き止まりだ。

 あるぇ、逃げながらちゃんと探索スキルで地形の確認はしていたのだけれどな?

 ここは道で間違いなかったはずなのになぁ……、こっちが正解だったと思ったのに、おっかしいなぁ?

 いや、明らかにおかしいぞ。


 ギルドで見た資料だと、五階層入り口から六階層に直行するメインルートは入り口から一番大きな道を道なりに進めばよかったはずだ。

 道は六階層方面に向かって緩やかな上り坂で、その途中で枝分かれしている細い道は全て行き止まりか回り道という、わかりやすい構造だったはずだ。

 一番大きな通路を上に向かって進んでいけば迷うことはないと思っていたのだけれどな。

 少しふざけてはいたが、ちゃんと先行して偵察という目的もこなしながら進んでいたので、周囲の地形は探索スキルで確認しており、俺達が進んできたのは直通ルートで間違いなく、今行き止まりになっているここもちゃんと道だったはずだ。


「まった! アベル、ちょっとまった!!」

 これはアベルと遊んでいる場合じゃないぞ。

「今さら謝ろうたってもうおそいよ! めちゃくちゃ痛かったんだからね!! ほら、絶対タンコブになってるでしょ!?」

 いやいや、デコピンくらいでタンコブにはならな……あ、なってるわ……おでこにタンコブできてるわ。たかがデコピンでタンコブとか鍛え方が足りないんじゃね!?

 まぁ、タンコブは後で賄賂を渡して許してもらうことにして、今はそれどころではない。


「いやいやいやいや、そうじゃなくて、この通路おかしいぞ!」

「そんな言い訳してもダメだよ!!」

 やばい、白々しいことを言いすぎたせいで信じてもらえない!

「ホント! ホントだって! あの行き止まりの壁をよく見ろ! 絶対おかしいぞ、俺達は大きな道を道なりに来たんだ、それは六階層へ行くメインルートだよな? 行き止まりはなかったよな?」

「え? あっ、そういえばそうだね。じゃあ、あの壁は?」

 よし、アベルの注意が俺から前方の壁に移った。

「隙あり!」

「あっ!」

 その一瞬の隙に向きを変えて、アベルの後ろへと回り込んだ。

 ふざけているわけではない、あの怪しい壁から距離を取っただけだ。

 その証拠にアベルにデコピンを叩き込む余裕はあったのだがやらなかったぞ。俺、偉い!


「生きているものの気配はしないが何かおかしい」

 壁の気配はすでに確認済みだ。

 しかし奇妙な魔力は感じるが生きているものの気配ではない。

 確か五階層には木に擬態する魔物もいるとか資料にあったが、それなら注意深く探れば生き物の気配がするはずだ。

 目視できる程まで近付いても生き物としての気配を感じないのは怪しい。

「プリモジロだっけ? 木の鎧みたいな表皮のデカネズミ。アイツじゃなくて?」

「そいつかと思ったけど、生き物の気配がしないんだ」


 プリモジロは木のある場所に棲む鎧ネズミの一種で、体の表面は木の幹のような皮膚で覆われている。

 パッと見は木の表面と見分けがつかず、気付かず前を通り過ぎて背後から襲われることもある。

 ちなみにネズミといっても、三メートルを超えるずんぐりでっぷりの巨大ネズミである。

 顔はわりかし可愛いが大きさは全くもって可愛くないし、雑食なので人間だって捕食対象だ。そのうえ丸まって転がりながら体当たりしてくるし、ろくでもないネズミである。


 そんなネズミが通路で壁に擬態をしているのかなと思ったけれど、目の前の怪しい壁はなんかこう生き物の気配ではないのだよな。

 そう、まるでゾンビのような、生きていないものの気配。

 となると……。


「くらえ! ちょっとまろやかな爆弾ポーション!!」

 威力を抑えた威嚇用の爆弾ポーションを収納から取り出して怪しい壁に向かって投げた。

 少し距離があるから、多少の爆発なら大丈夫大丈夫。

「ちょっと!? グラン!? なんで洞窟の中で爆弾なんか投げちゃってんの!?」

 アベルがギョッとした顔でこちらを振り返った。

「大丈夫だ、威力はまろやかに調整してあるし距離もある。しかもこの階層は洞窟といっても木だから岩みたいに崩落はしないし、爆発しても炎上しないように調整してある」


 ドゴンッ!!


 なかなかいい音がして空気と周囲の壁がビリビリと震え、使用後の爆弾ポーション独特の匂いが俺達のところまで漂ってきた。

「いやいやいやいやいやいや、まろやかって何!? いや、周りに被害はないからまろやかなのか? そもそも爆弾の威力の形容にまろやかっておかしいだろ!?」

 アベルは細かいことを気にしすぎである。

「あちゃー、さすがに威嚇用だから外側が少し剥げただけか? だが正体が出てきたな」

「威嚇用に爆弾っていうのもおかしな話だと思うけど……。うっわー、きっも」


 俺が投げたまろやか爆弾で怪しい壁を完全に吹き飛ばすことはできなかったが、木のような表面が吹き飛んで、その正体と中身がはっきりと見えた。

 吹き飛んだのは木の表面のようなカチカチとした鎧状の皮膚。その正体はおそらく元は巨大ネズミ――プリモジロだったもの。

 その中身は虫にでも食い荒らされたように、体の中に大きな空間ができている。

 そして、先ほどまで俺達の方からは見えなかった場所に、まるで体毛のように小さなキノコがビッチリと生えていた。


 うわああああああああ……ユキムシノココロに寄生されたプリモジロだあああ……。


 乗っ取られてここまでたくさんのキノコが生えるまで養分にされていたら、そりゃ生きているわけがないから生き物としての気配は感じないよな。

 

 元プリモジロ君はキノコが生えておらず、鎧状になっている背中側をこちらに向けて通路の壁に擬態をしていたのだ。

 うっかり近付いたら、あの木製鎧でタックルをされて小さいキノコにたかられるところだったな。アレに攻撃されて気でも失おうものならそのまま養分コースである。

 一匹一匹はちっこくても、あの数にたかられると乗っ取られる前に養分にされてしまいそうだ。

 小さいものが大量に集まっているのが苦手というわけではないが、これは数が多すぎてさすがにゾワゾワするな。

 ユキムシノココロは食べることもできるし、バター炒めや天ぷらにすると美味いのだが、ここまで固まって生えていると食欲よりも気持ち悪さの方が先にくる。


 しかしアレどうするかなぁ。

 物理で攻撃するとちっこい胞子やらキノコやらが飛び散っていきそうだし。

「下手につつくと飛び散りそうだから、少し時間を稼いでくれたら凍らせて粉々に割っちゃうよ」

「ううーん、ちょっとアレ相手に時間稼ぎはつらいかも」

 物理攻撃をすると色々飛び散りそうでいやだし、キノコに乗っ取られていて痛覚のない相手なので非常に戦いづらい。

 しかも取り付いているキノコがいる限り、動けないくらい体を破壊しない限り攻撃をしてくる。

 頭のあたりにいると思うけれど、あれだけキノコだらけだと近寄りたくねぇ。

 プリモジロにしろキノコにしろよく燃えるからなぁ……、燃やすか!?


「近くに人はいないみたいだし、サクッと燃やして燃え広がる前に消火するのがいいかも……って、うげぇ!!」


 ゴロン。


「うわあぁ……マジ!?」


 キノコまみれになっているプリモジロ君はキノコごと燃やして、燃え広がる前にアベルに消火してもらうかと思ったら、そのプリモジロ君が装甲がボロボロになって中身が見える体を丸めてこちらに向かって転がり始めた。


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