第387話◆本当はダメだけど

 金色のシャモアの背には矢が三本、首の辺りにも一本、肩の辺りにも二本、そして左前足の付け根の後ろに深く刺さっているのが一本――これ致命傷じゃないのか!?

 これで生きているとか普通のシャモアではない。

 ダンジョンにいる時点で、ダンジョンによって作り出された生き物なので普通ではないのだが。

 そういえば、ギルドで見た資料に三階層にカモシカ系の魔物の報告があったな。


 光の加減で金色に見える毛皮とかものすごく高そうだし、角はポーションの材料になるしで普段なら狩りたくなるのだが、このシャモアは色違いのラトのようでどうにも攻撃しづらい。

 そして見ているだけで痛そうである。

 狩る気にもならないので矢を抜いて手当してやりたいが、触ると怒るかなぁ。

 雷羊ちゃんも毛を刈ったら怒ったしなぁ。


 そんなことを考えていると、金シャモア君がのたのたとすぐ近くまで来たので警戒をしたが、俺のすぐ横でララマニィの葉をムシャムシャと食べ始めた。

 え? それ麻痺毒あるよね? 大丈夫?

 シャモアだから大丈夫なのかな? もしかしてシャモア君にとっては麻痺毒が痛み止め代わりだったりする?

 血がダラダラ出ていてやばそうだけれど、止血効果のあるもの食べるかな?

 収納の中にストックしているワイルドローズの実に止血効果と体力の回復効果があったな。 


「止血効果あるけど食う?」

 金シャモア君の前にワイルドローズの実を差し出すと、フンフンとにおいを嗅いでもしゃもしゃと食べ始めた。

 なんだか出会った頃のラトを思い出すな。

 俺より大きなシャモアだが気性は穏やかなようだ。


 うーん、うーん。

 体に刺さっている矢を抜いてやりたいのだが、矢を抜く時の痛みで攻撃されたと思って暴れ出すとやばいよなぁ。

 そもそもダンジョンで生成された仮初めの命だから、怪我をしていても気にかけるようなことではないし、本来俺達はその仮初めの命を狩る側だ。

 矢が刺さっているいうことは、どこかで冒険者と戦って逃げて来たのだろう。

 うーん、うーん。

 手当とかしない方がいいのだけれど……積極的に人間を襲う魔物ではなさそうだし……。

 かと言って手負いの魔物を回復させると、傷つけた相手に仕返しに行く可能性だってあるしなぁ。

 ホントはダメなんだよなぁ、うーんうーん……。


 くそ、シャモアの顔の見分けなんか付かないから、なんとなく色違いのラトに見えて情が湧いてしまうぞ!?

「あー、もう! どうしても気になるから、その矢を抜いてもいいかな!? ホントはダメなんだけど、どうしても気になるから! それとダメ元でお願いなんだけど、今回お前に矢を射ったやつに仕返しに行かないで欲しいな。俺もバレるとやばいし、お前もまた怪我したらいけないし、今回だけは穏便に済ませてくれないかな!?」

 俺の差し出したワイルドローズの実を食べ終わり、再びララマニィの葉をムシャムシャとし始めた金シャモア君に話しかけてみた。

 俺に話しかけられた金シャモア君は口の中をララマニィの葉でいっぱいにしたまま、ちょこんと首を傾げたかと思うと鼻を鳴らして体をこちらに向けた。

 お、理解してくれたか? シャモアって賢いな!?

「面倒くさいこといってすまんな。冒険者も色々柵があるからな。おっと、痛かったらごめんな? 痛い時は右手、いや右前足を上げて教えてくれ」

 賢そうだからきっと痛かったら右前足を上げてくれるはずだ。いきなり踏まれたり蹴られたりはしないと思いたい。

 まずはあまり深く刺さっていない肩と背中かな。深く刺さっている首と左前足の後ろは後回しだ。


 肩は手が届くから、まずはそこから。

 軽く矢を引っ張ってみると矢尻に返しがない形状のようで、思ったより楽に抜けそうだ。

 おそらく冒険者達がよく使う、先端が鋭い三角形の貫通力重視で形もシンプルで安価な矢だ。

 矢は少し引っかかったが、肉を大きくえぐることなく抜けた。

 傷口から血が噴き出して来るので布で押さえながら、失敗して品質が低くなってしまったドラゴンフロウのヒーリングポーションをかけた。

 最初のうちに豪快に失敗してしまったやつで、ドラゴンフロウを使ったのにハイポーション程度の出来である。

 自分で使うつもりだったが、これはちょうどいい証拠隠滅。

 失敗作ドラゴンフロウポーションをかけた傷口は、みるみる塞がって血も止まった。

 引き抜いた矢を鑑定してみると毒は塗られていなかったので、そこは一安心だ。


 同じように肩に刺さっているもう一本も抜いてポーションをかけてやる。

 次は背中なのだが、シャモアがでかすぎて手は届いても抜きにくい……と思ったら後ろ足を折ってお座りのような体勢になってくれた。

 シャモアってお座りできるのか……そういえばラトもシャモアの時にお座りをしていたな。

 これで背中の三本も抜けるな。

「俺の知り合いに真っ白なシャモアがいて、金シャモア君にそっくりなんだよね。シャモア視点からだと全然違う顔なのかもしれないけど、俺にはそっくりに見えちゃうみたいな? それでなんか妙な親近感あるみたいな? 大きさも同じくらいだし? シャモアってこんなでかい生き物なのか」

 前世の記憶で名前は知っていたが実際に見たことのない動物シリーズだ。俺の住んでいた国には棲息していなかったんだよな。

「よっし、背中のやつも抜けた! 後は首と左前足の付け根のやつだな。先に首かな? そのまま座っててくれると助かるな」 


 一方的に話しかけているうちに背中も終わり。そして首。

 よく見るとこれも致命傷ではないだろうか……まぁ、ダンジョンの魔物だから気にしないでおこう。

 これを抜いても大丈夫かなぁ……血がドバーッてなりそうで怖いのだが、抜かないわけにもいかないし金シャモア君の生命力を信じよう。

「ちょっと痛くて血もたくさん出るけど、頑張ってくれよ」

 俺が矢を引っ張ると、右前足がプルプルしているのが見えた。

 あー、痛いのを我慢しているのか。

「ごめんな、すぐ抜くからな」

 矢を握っていない左手で耳の後ろ辺りを撫でるように押さえつつ、矢を一気に引き抜いた。

 角度的に首の血管に刺さっていたため勢いよく血が噴き出した。そこにすぐに布を当ててドラゴンフロウの失敗ポーションを傷口にかける。

「大丈夫か? これで残りは左前足の後ろのやつだな。これはかなり深そうだな、大丈夫か?」

 普通なら心臓まで届いていそうな刺さり方なのだが、ここまで移動してきて普通にララマニィの葉を食べているということは、運良く心臓まではいっていないのだろうか?


「これはちょっと深いから怖いな。これで最後だから耐えてくれよ」

 俺には抜いてポーションをぶっかけることしかできない。後はシャモア君が耐えてくれることを祈るだけだ。

 さすがにこれはちゃんとしたエクストラポーションを使うか。

 これだけ体格のいいシャモアなら効果の高いポーションを使っても大丈夫だろう。むしろここで効果の低いものを使ってしまうと命が危ないかもしれない。

 運良く心臓を逸れているにしても、他の臓器が傷ついている可能性は高い。

 矢を握る手が緊張で震えそうになるのを必死で耐えながら、できるだけ肉を引っかけないで抜けるように慎重に矢を引っ張った。


 矢は不思議なくらい手応えがなくするりと抜けた。

 しかしその直後、大量の血が噴水のように噴き出し地面を赤く染め、俺の装備にも降りかかった。

 すぐにエクストラポーションを傷口にかける。布で押さえたところで気休めにしかならないが、それでも金シャモア君の血で真っ赤に染まった布で傷口を押さえた。

 後はポーションの効果で傷口が塞がって血が止まるのを待つだけだ。


 傷口が塞がり血が止まる頃には、金シャモア君から流れ出た血で周囲の地面はすっかり赤く染まり、周囲は血のにおいで満たされていた。

 傷は塞がっても血を失いすぎたか? ポーションで傷は回復しても失った血は戻って来ない。

 それに、これだけ血のにおいが強くなると肉食の魔物が寄って来そうだ。

 俺も金シャモア君もはやくここから移動した方がいいだろう。いざとなったら俺が頑張って倒すしかなさそうだな。


「そうだ、これを食えるか?」

 金シャモア君の顔の前にぷっくりとしたドングリのような木の実を差し出した。

 オミツキ様の天罰木の実である。

 天罰として降ってくる木の実だが、食べると少し体力が回復するし小さな怪我なら治ってしまう不思議な木の実である。

 帰る前に挨拶に行った時に雨アラレのように降らされたので、ありがたく持って帰って来たやつだ。

 鑑定もできないしよくわからない木の実なのだけれど、調子の悪い時に食べると体調が良くなるありがたい木の実なのだ。

 あまり効果は大きくないのだが気休めくらいにはなるかなと思い、金シャモア君の前に出してみた。

 人助け……いやシャモア助けのためなら、お裾分けをしてもオミツキ様も許してくれるだろう。


 金シャモア君は俺が差し出した木の実をフンフンとにおって、ペロリと舐めるように俺の手からそれを食べた。

 よしよし。きっとオミツキ様の御利益があるはず。

 天罰で落ちてきた木の実だけど。


 木の実を口に入れてしばらくもごもごしてゴクンと飲み込んだ金シャモア君は、スッと立ち上がり俺の方を向いた。

「もう動いて大丈夫なのか?」

 ヒーリングポーションで回復するのは傷だけだ。傷は回復しても失った体力や血液は戻らないし痛みもしばらく残る。

 しかも今回は効果の高いポーションをたくさんぶっかけて、急速に回復をしたので体力もかなり消耗して魔力も乱れていそうだ。

 俺の問いに金シャモア君は鼻を鳴らしながら首を振った。

 でかいダンジョン生物だから平気なのかなぁ。

「そうか、でも無理すんなよ。ここにいると肉食の魔物も他の冒険者も来そうだしメインルートから外れた場所でゆっくり養生しろよ」

 ダンジョンで生まれた仮初めの命であり、俺達のような冒険者に狩られる可能性が高い存在だが、つい情が移ってしまいできるだけ長生きして欲しいなどと思った。


 軽く手を振った俺に金シャモア君が短く鳴いて答えた。

 その直後、金シャモア君の体がキラキラと光り始めて、まるで水の中で溶けて泡が上がっているかのように、尻尾の方から金色の光の粒になって消え始めた。

「は? え? おい!?」

 思わず手を伸ばして触ろうとしたが、それより早く金シャモア君の体は金色の光の粒となって消えてしまい、俺の手は空を切っただけだった。

 突然の出来事に呆然とするしかなかった。

 もしかして死んだのかな?

 いや、死んだら死体が残るはずだ。それにあの消え方はゴーストが消滅する時の消え方に近い。

 もしかしてゴーストだった? 冒険者に殺されたシャモアのゴースト?

 ランクの高いゴーストの中には実体化したものもいる。しかしポーションが効いたのでゴーストではないはずだ。

 ええ? なんだったの? ダンジョンの精霊さん? 妖精さん?

 うむ、新しいダンジョンだから、未発見の生き物がいてもおかしくないな。


「な!?」

 金シャモア君が消えた後、彼の血で赤く染まった地面を緑色に塗り替えるように、背の低い植物が芽吹き白い小さな花をたくさんつけた。

 そしてそこに光が当たれば金色にも見える細くて長い弓が現れた。


【ズラトルクの弓】

レアリティ:S

品質:マスターグレード

属性:光/聖

素材:シャモアの角

状態:良好

耐久:22/22

<付与効果>

獣特効

不死特効

人特効

高原の番人からの贈り物

使用者固定


 鑑定すると先ほどの金シャモア君からの贈り物だったようだ。

 人特効なんていう物騒な効果が見えるけれど、アンデッドと獣に特効がある弓か、レアリティも高いしありがたいな。

 って番人? え? もしかしてフロアボス? ええ? マジで??

 やっべ、フロアボスを回復しちゃった!? もしかしなくてもまずいやつでは??

 や、資料ではこの階層のフロアボスはいないってなっていたよな?

 うむ、きっとフロアボスではない。金シャモア君はきっと高山の番人だったんだ。番人であってフロアボスではない。フロアボスなんていなかった。

 戻ったらそれとなくアベルとドリーにこの階層のカモシカ系の話を聞いてみよ。


 そして弓だけではなく白い花の植物――これはスノーレオンという非常に珍しい薬草だ。

 傷の回復に加え状態異常系の麻痺回復効果を持ち、その効果は非常に高い。

 状態異常回復効果付のヒーリングエクストラポーションになるため、めちゃめちゃ高額で取り引きされる薬草だ。

 しかもここに生えてきたのは品質もいい。

 薬草屋で売られているのを見たことがあるだけで、地面から生えているのを目にするのは初めてである。

 ありがとう、金シャモア君!!

 やっぱ人助け……いや、シャモア助けはするもんだな!!

 えへへ、調合スキルが上がったらポーションにするんだ。失敗はしたくないからもっとスキルが上がってからやるんだ。




 貰った弓は収納にしまって、スノーレオンを全て回収してセーフティエリアに戻ると、見張り番がリヴィダスからアベルに変わっていた。

 俺が夜に抜け出すのはよくあることなので、そのことはなにも言われなかったのだが、金シャモア君を手当した時に噴き出した血で血まみれになってしまったので、そりゃあもうアベルがものすごい形相になってしまった。

 俺の血ではなく魔物の血だとわかってすぐに落ち着いたけれど、リヴィダスだけではなくアベルも心配性だなぁ。

 事情を根掘り葉掘り聞かれそうだったので、明日朝起きてから話すと言ってテントに逃亡しておやすみなさい。


 その夜、三人の少女に囲まれてスノーレオンの咲き乱れる花園にいる金シャモア君の夢を見た。

 金シャモア君とラトが似ているからそういう夢を見たのだろうか。


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