第383話◆平和な自由時間

 ランクの高いダンジョンで立ち入れる者も限られているので、浅い階層でも冒険者の姿は少なめだ。

 人が少ないと狩り場が被ることなく、他のパーティーを気にせず魔物を倒すことができ非常に快適である。

 快適すぎて火力勢がやりたい放題である。そして俺は完全に回収係。

 平和だなー。

 ここBランク以上限定のダンジョンだよなぁ?


「今日はここの階層までだな。野営の準備をするにはまだ時間もあるし、一時間くらい自由時間にするか」

 っとドリーが足を止めたのは、二階層目を抜けて三階層目を奥まで進んでセーフティーエリアが見え始めた辺り。

 周辺に人の気配はなく、貸し切り状態のような場所で自由行動ができるのはありがたい。

「グランも採取したそうにそわそわしてるしね」

 アベルはよく見ているな!? そんなに俺、そわそわしていたか?

「ギルドで熱心に資料を見ていたプラクスね。思ったより生えてるから、私も摘んで帰ろうかしら」

 シルエット、正解。さすがお師匠様。

 俺がそわそわしているのは、そこらじゅうに生えているプラクスという甘い薬草が原因だ。

 三階層に入ってここに来るまで、自分の役割をこなしつつちょくちょく採取していたが、できればがっつりと採取したかったので自由時間が貰えて非常に嬉しい。


 三階層目は高原エリア。

 足元には芝生のような草の絨毯、まるで人工的な牧草地である。ひんやりと心地の良い風が駆け抜け、周囲にはもこもこの羊ちゃん達がのんびりと草を食んでいる。

 まぁその羊ちゃん達、ランポペコラなんだけどね。

 触るとめっちゃビリビリするし、ちょっと毛を刈らせてもらえないかなーって触ってみたら、怒り始めて群全部こっちに向かって来てびっくりだよね。

 びっくりして全部カリュオンになすって逃げちゃったよ。

 でも君達、たまに毛を刈らないと生え替わらなくて延々ともこもこが巨大化し続けて困るんじゃないの?

 魔物だから大丈夫なのかな? まぁいい、深く考えるのはやめよう。


 三階層の入り口から出口までの最短ルートは、その高原の牧草地帯の真ん中を突っ切るように走る歩きやすい道で、こちらからランポペコラに手を出さなければ彼らとは戦闘にならず平和に通過できる。

 ここまでの階層は全てそんな感じで比較的平和なので、ここがBランクのダンジョンだということを忘れそうになる。

 しかしコイツらCランクの魔物である。

 そして数は少ないがそのCランクの魔物を捕食する魔物も棲息しており、時々その姿を見かけ、場合によっては戦闘になる。

 こちらは肉食の好戦的な奴らなので、いきなり襲いかかってくるため注意が必要だ。

 その羊達の天敵である捕食者は狼や熊系の魔物だ。

 熊は食えるけれど狼も食えるの? いや、食えることは食えるだろうけれど美味いのか?


「じゃあ俺は薬草の採取に行ってくるよ」

「あたしもそうするわ」

 俺もそわそわしているが、シルエットも気になっていたようだ。

 プラクス以外にも薬草があちこちに生えているので、調薬に携わる者にとっては宝の宝庫である。

「おう、狼や熊もいるから気を付けろよ」

「でっかいの出たら、こっち連れてきていいよー」

 うむ、処理がめんどくさそうなのが出たらドリーとカリュオンになすろう。

「俺達も近くで魔物を倒してるけど、薬草を追いかけて変な迷子にならないようにね」

「シルエットは大丈夫だと思うけど、グランは薬草に夢中になりすぎてあまり遠くまで行かないようにするのよ?」

 アベルもリヴィダスも心配性だなぁ……。

 メインルートを外れて草原地帯を奥の方へと進んで行くと、岩場がありそこは山羊の魔物ヤエル達の住み処になっているので、そちらには行かないようにしよう。

 ヤエルは好戦的なのでこちらが手を出さなくても、縄張りに踏み込めばビヨンビヨン伸びる角で攻撃をしてくる。

 一階層で出てきた奴と違って普通のサイズだが群で角をビヨンビヨンされるとデカイのが一匹だけより怖い。





「ホントだ、葉っぱが甘い」

 草原の一画に繁りまくっているプラクスの葉を一枚摘んで、念の為鑑定して水で軽くすすいでから少し囓ってみた。

 口の中に甘い味が広がるが、それと同時に生の植物の苦みも広がった。爽やかといえば爽やかだが、青っぽいとも言う。

「水に長時間晒しておくか、沸騰した湯の中に入れて一煮立ちさせると、甘味が水や湯に移るのよね。湯は煮立たせすぎると青臭さと苦みも移ってしまうわよ。残った葉っぱは、乾燥させてお茶にもできるわ。スライムはちょっと専門外だからなんとも言えないわね。でもこれだけたくさんあるなら、砂糖の代わりにもなりそうね」

 甘味に混ざる植物っぽい味にやや微妙な顔をしながらプラクスの葉をシャクシャクと噛んでいたらシルエットが教えてくれた。

 お湯で煮出すだけで甘味が湯の方に移るなら、後で料理をする時に試してみてもいいな。


 ランクの高いダンジョンではあるが入り口から近い場所で、甘味の素になりそうな薬草がたくさん生えているとなると、砂糖に変わる甘味料として広まってくるかもしれない。

 砂糖なぁ……ピエモンだと近くに砂糖の原料のシュガーラゴラが棲息しているので、俺は自力で砂糖を入手できるし、少々高くても砂糖を買えるくらいの経済状況ではある。

 一般的にも裕福な家庭ならそれなりに使っていると思うのだが、やはり庶民的には高い部類なので砂糖よりハチミツや果物の方が甘い味付けには使われる。

 庶民向けの食堂でよく見られる、ドライフルーツを細かく刻み、それで甘味を付けた料理には俺的にはすごく好きである。

 しかしもう少し砂糖が気軽に買える値段だったらなぁとは思う。

 うちはスイーツ系のおやつをよく作るので砂糖の消費量が多く、砂糖が高いのは少し辛い。


 とりあえずプラクスがもりもりと生えているから、自由時間の間に採れるだけ採って帰ろう。

 うむ、魔物の対処の時間すら勿体ない。変なのが出てきたら、ゴリラ勢になすってしまおう。

 というか近くに好戦的な魔物っぽい気配はないから大丈夫かな?

 むしろ少し離れたところで脳筋達が大暴れしているから、こっちでお行儀良く採取している俺のとこよりあちらに行きそうだ。

 それにゴリラ組達も薬草を採取している俺とシルエットに気を遣ってくれているようで、付かず離れずの距離で魔物を狩っている。

 これなら安心して採取ができそうだ。

 アベルやリヴィダスに釘を刺されているし、採取に夢中になって遠くに行きすぎないようにしないとな。もちろん迷子にもならない。



 周辺で採取をしているのは俺とシルエットだけだが、同じ場所で採取をするのは効率が悪いので少し離れた場所でやっている。

 俺よりシルエットの方が強いのだが、そこは俺は近接職であり男である。

 他のメンバーが魔物を狩っている近くはシルエットに譲って、俺は少し離れた岩場に近い場所で採取をしている。

 小高い丘のようになった岩場の上では山羊の魔物、ヤエル達がくつろいでいる姿が見える。

 ヤエルは好戦的な魔物だが、少し距離があるのでこの辺りなら攻撃をしてくる気配はない。

 おそらく、あの岩場が縄張りなのだろう。そこに踏み込まなければ大丈夫かな?

 これ以上近付かなければ、ゴリラ達の攻撃の余波が飛んで来るシルエットのいる場所より案外安全な可能性がある。

 あ、ちっこい羊ちゃんが宙を舞っているのが見えるぞお? まぁた、カリュオンかなぁ?

 突っ込んで来た敵を打ち返すように盾でぶん殴るのはいいのだが、そのまま遠くまで吹き飛ばすのはやめろ。

 吹き飛んだ羊がシルエットの方へ飛んで行って、それをシルエットがとどめを刺しカリュオンにお小言を言っている。

 三階層の天気もやはり晴れ時々羊のようだ。



 心地の良い風が吹く高原の牧草地帯、少し離れたところでゴリラ達が繰り広げている乱闘、時々宙を舞うもこもこの羊ちゃん。

 平和だなぁー。

「メェェェェ」

 羊の鳴き声が聞こえ最後の一匹だと思われる羊がこちらに飛んで来るのが見えた。

 まったく、しょうがないゴリラどもだな。

 そろそろ時間だし、羊も刈り尽くしたみたいだし、引き上げ時かなぁ。

 飛んできた羊にとどめを刺して回収していると、ゴリラ勢がこちらに向かって来る気配がしたので振り返った。


「グラン達はまだ採取してるみたいだし、ついでに岩場のヤエルも狩っちまうか」

「えー、でも山羊の肉って微妙じゃん」

「微妙なら売ればいいんじゃないかな? ひゃっほーー!! 突撃ーーーー!!」

 おいいいいいいいいいいいいいい!?

 周囲に俺達以外の人がいないのをいいことに、完全にバーサーカーモードに入っている三人がものすごい勢いで岩場に向かって来ている。

「ちょっと! アンタ達!! ヤエルの纏め狩りは角が危ないわよ!!」

 あー、ゴリラ達のテンションが上がりすぎてリヴィダスママがおこだよ。


「言われてみるとそうだが大剣は急には止まれない」

 止まれないのではなく、止める気がないのでは!?!?

 先頭を切って突っ込んで行くカリュオンの後ろから、ドリーが岩場に大剣を振って衝撃波を放ったのが見えた。

 逃げるか……。


 ドゴオオオオオオオオオンッ!!


 ここにいては巻き込まれる予感しかしないので、背後で岩場に衝撃波がぶつかる音を聞きながら場所を移動することにした。

 ヤエルの攻撃に巻き込まれるのも、リヴィダスのお説教に巻き込まれるのも勘弁願いたい。


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