第382話◆羊を導く者

 巨大な羊が姿を現し、即座にリヴィダスの身体強化の魔法が飛んで来る。

 自分の身体強化スキルも発動し、ミシミシと身体能力が上がる感覚が体の奥から湧き上がる。

 更に身体強化のポーションを飲み干した。これなら火力も十分だろう。

 収納から俺の手持ちの武器で最大火力である大弓を取り出し、今回のダンジョンのために用意しておいた矢をつがえた。

 頭をこちらに向けたら即眉間に矢を叩き込んでやる。

 矢には強力な暗闇効果が付与してあり、目の近くに撃ち込むことができればしばらく相手の視界を奪うことができる。

 雷を纏った巨大羊、どう考えても危険な相手だ。暴れる前にその視界を奪ってやる。


 さぁ、こっちに顔を向けるんだ。


 空中で生まれ、地面に着地した巨大羊から目を離さず、弦を引いた体勢で顔がこちらに向くのを待った。

 その俺の視界の端っこを、銀色のバケツが大盾を担いで巨大羊に向かって走って行くのが見えた。

 その担いでいる盾からは真っ白い光が溢れている。

 あ……、さっきまでちっこい羊の攻撃を受け止めていたもんなぁ。

「先手必勝!! ジャスティスカウンターーーー!!」

 先手必勝と言いつつカウンターという大矛盾の叫び声を上げながら、地面にドスンと盾を降ろすバケツが見えた。

 盾から溢れる光が収束し一本の太さのある光線となって巨大羊に向かっていった。

 盾で受け止めた攻撃のエネルギーを蓄積し、光属性の光線として放つカリュオンのユニークスキル。

 無計画な範囲攻撃マニアのバケツかと思っていたが、ランポペコラの後に出てくる巨大羊にぶつける攻撃の準備をしていたようだ。


 カリュオンの放った光線が大羊の横っ面に当たり大きく仰け反った。

 あー……頭が上を向いてしまった。

 首の方が狙いやすいか?

 いや、首回りはもこもことした毛に覆われているし、曲がった角が首の辺りまで伸びており微妙に狙い難い。それに矢の効果が暗闇なので顔面を狙いたい。

 しかしこの後、攻撃をしたカリュオンの方を向き直るはずだ。そうすれば頭の正面が俺の位置からでも狙える。

 ……と思ったら。


「うおおおおおおおおおおお!!」

 カリュオンに続いてドリーがブォンと大剣を振って衝撃波を放ったのが見えた。

 そして再び仰け反る大羊。

 えぇと……もう素直に首を狙おうかなぁ……。


 弓の狙いを定めていると、上空に現れた大きな氷の槍と真っ黒い闇属性の槍が交叉するように、大羊の首に刺さった。

 おわた。

 二本の魔法の槍に首を貫かれた大羊が崩れ落ちるように倒れる様が、妙にゆっくりとして見えた。

 この俺が敵を触る前に敵が死んでいるやつ。懐かしいな。

 まるで実家のような安心感のある光景だな!!


 ……ねーよ!!

 どうすんだよ、この行き場のない矢!! 張り切って身体強化のポーションまで使っちゃったから超ムッキムキ状態だよ!!

 今なら、小型のブラックバッファローくらいなら素手で殴り飛ばせそうなくらいムッキムキだよ!!

 はー、弓も矢も収納に戻してでっかい羊ちゃん回収しよ。くやしいからしばらく担いで歩こうかな。


「ん?」

 弓と矢を収納に戻そうとした時、異変に気付き弓をしまうのをやめ、警戒を解かず弓を構えたまま待機した。

 倒れたはずの大羊がビクンビクンと動いている。

 死にかけて痙攣しているだけか?

 いや、違う。

 羊の周りに魔力の渦が巻いて、それが羊の体の中に引き込まれていっている。


 強力な魔物の中には倒された後に蘇り別の魔物に変化するタイプのものもいる。

 これもそのタイプか?

 いや、ギルドで見た資料にはそんなことは書いてなかったぞ?

 このダンジョンは発見されてまだ二年経っていない上に、一般開放されて一年程度だ。まだ判明していない事があってもおかしくない。


「アベル、どういうことだ!? 何か知ってるか!?」

 前に出ていたドリーが痙攣する羊と距離を取りながら叫んだ。

 アベルはこのダンジョンが一般開放される前から調査隊に参加しており、俺達の中ではこのダンジョンについてもっとも詳しい。

「今までこんな事はなかったよ、おそらく条件がかみ合って復活と変化が起こったのかも。名前も憤怒の山羊に変わってる」

 なんだってーー!?

 山羊肉と羊肉なら羊の方が圧倒的に美味しいし、羊毛にも価値があるのに!!

 何で羊が山羊になるんだよ! 羊は羊のままでいいだろ!!

 羊の群に山羊を入れると、気の弱い羊は気の強い山羊に付いていき羊の群が纏まりやすいってか?

 だったら最初から山羊でいいだろう! ちくしょうメェー!!


 なんて考えても山羊になっちまったものは仕方ない。

 羊から変化した山羊の周囲で渦巻く魔力が山羊の体へと吸い込まれ、白かった羊が黒色の山羊に姿を変えユラリと立ち上がった。

 その大きさはもこもこした毛がなくなったぶんスッキリして、一回り小さくなっている。

 しかし、山羊を取り巻く魔力は先ほどの羊より多く、そして濃くなっている。

 変化してランクアップもしたか――SまではいっていないがA+くらいか。


 立ち上がった山羊がゆっくりとこちらを振り返る。

 それに合わせて、カリュオンが一歩前に盾を構え俺達と山羊の間に仁王立ちになった。

 そのすぐ後ろには大剣を構え、再び衝撃波を撃つ準備に入っているドリー。

 しかし先ほど放ったばかりなので、すぐに次は撃てなさそうだ。

 背後ではアベルとシルエットが魔法を準備している気配がする。

 

「行けっ!!」

 羊に攻撃をしそびれて弓を構えたままの俺だけは、すぐに矢を放つことができる状態だった。

 なんというか、ラッキー。無駄撃ちしなくてよかった。

 山羊がこちらを向くなりすぐに、つがえていた矢を眉間に向けて放った。

 それが狙った場所に刺さるのを確認するより先に、別の効果が付与してある矢を取り出して弓を引く。

 リヴィダスにもらった身体強化に身体強化のポーション、そしてちょっぴり日頃の鍛錬の成果もあるだろうか、いつもならかなり硬くて引きづらい大弓の弦が楽に引ける。


 二本目の矢を構える頃には先に放った矢が狙い通り山羊の眉間に刺さり、その場所から黒い靄が発生し山羊の頭を包み込んだ。

 付与をした暗闇効果である。これでしばらくの間、山羊の視界は奪える。

 だが視界を奪っただけで動くことはできる。

 すぐに追加の矢を連続で放つ。二発目は左の肩に、三発目は右の肩へと連続して矢を放つ。

 矢が刺さった場所から、黒い蔓が伸び山羊の両肩に絡みついた。

 矢に付与していたのは闇属性の麻痺効果。

 山羊の体格からして完全に動きを止めることはできないが、時間稼ぎ程度には行動を阻害できる。

 時間を稼げば後は超火力組が何とかしてくれる。


「グラン気を付けて! そいつヤエル系の山羊だ!」

 四本目――今度は威力重視の付与をした矢で首の付け根を狙おうと弓を構えた時、後ろからアベルの声が聞こえた。

 アベルの声に警戒を強めると大山羊が頭を下げ、角をこちらに向けるのが見えた。

 俺の放った暗闇の矢の効果で視界はほとんどないはずなので、矢の飛んでくる方向から俺の位置を予想しての行動だろう。


 ヤエル――山羊系の魔物で伸縮自在の角を持ち、伸びるだけではなくグネグネと曲げることもでき、狙った相手を追尾する非常にやっかいな魔物である。

 角を持つ魔物の中には角を自在に操ることができるものも多い。

 大羊相手に視界を奪う矢を叩き込もうと思ったのは、それを防ぐためだったのだが、羊君は動き出す前に倒されてしまった。

 まぁそのおかげで、突然出てきた大山羊の視界を初手で奪えたのは運が良かった。

 攻撃の方向や気配で俺の位置はなんとなくわかるかもしれないが、角で俺を正確に追尾することはできない。

 角は直線的な攻撃しかこない、曲がったとしても避けやすいはずだ。

 しかし角の攻撃を避けてしまうと、その後山羊が視界がないまま適当に角を曲げた場合、俺の後ろにいるアベル達の方へ攻撃がいってしまう可能性がある。

 幸いヤエルは一本ずつしか角を伸ばしてこない傾向がある。

 片方が折られたり避けられたりしても、もう一方の角で攻撃するためだ。


「リヴィダス! 矢の強化を頼む!」

「了解!」

 すでに威力上昇の付与はしてあるが、リヴィダスの魔法をもらって更に倍だ!

 弓には弦の強度がある以上、これ以上俺自身を強化しても仕方ない。ならば矢の方だ。


 二本の角のうちの片方がグリグリと動くのが見えた。

「そこだっ!」

 最大まで発動した身体強化スキルとリヴィダスにかけられた身体強化の魔法、そして身体強化のポーションまで乗った状態、更に矢は威力上昇系の付与。


「くらえ! マッスルアロー!!」


 俺が適当に付けた技名を口にしながら矢を放つとほぼ同時に、グリグリと動いていた角がこちらに向かって高速で伸びて来た。

 狙ったのはグリグリと動いていた方の角の付け根付近。

 いけるか!?

 伸ばしている時のヤエルの角は、通常時よりやや強度が低い傾向がある。

 ヤエルの魔物とは何度か戦ったことがあるが、伸びている時の角は比較的折れやすい印象がある。

 しかも今は身体強化のせのせで、矢にも付与が施されているため威力は盛り盛りの盛り状態だ。

 たかが矢といってもこの威力なら角を折ることができる。それが無理だとしても頭に近い位置に当たれば衝撃で仰け反ると予想される。


 角の伸びる速度より矢の方が速い。

 ほぼ同時なら矢の方が先に当たる。


 カーンッ!!


 刺さるというよりぶつかるような音がして、矢が当たった、角の付け根の辺りが割れるように折れたのが見えた。

 伸びてきた角は俺の目の前で止まりゴロリと地面に落ちた。


 しかしまだ、もう一本ある。

 片方の角が折れ、残った一本がすぐにこちらに伸びて来る。

 避けようと思えば避けることは可能だがその必要はない。

 伸びる角の軌道上に滑り込んできたカリュオンが、大盾でそれを受け止めて右手に持った棍棒でその先端を叩き折った。


 そして、角を伸ばし硬直をしている大山羊に向かってドリーが大剣を振って衝撃波を放つのが見えた。

 背後からはアベルとシルエットが魔法を放つ気配。

 これは終わったな。

 左手に持っていた大弓を収納にしまうのと、大山羊が床に倒れるのがほぼ同じタイミングだった。


 大羊ちゃんの時は空気だったけれど、大山羊ちゃんの時は活躍したぞ!!

 ほんと偶然だけどな!!

 いや、偶然も実力のうちだな!!

 何が起こるかわからないのが冒険者の活動だ。常に保険になる行動は必要なのだ。

 偶然だったけれど、追加の山羊をスムーズに倒せたのでよっし!! 







「こいつの出現条件はおそらく、先のラムロードをランポペコラが全滅してから一分以内に倒すことみたいね。グランが弓で待機していてくれたおかげで楽に倒せてよかったわ」

 地面に倒れている巨大山羊こと憤怒の山羊の死体に手を触れながらシルエットが言った。

 そのシルエットと大山羊の体には沌の魔力が絡みついて、沌属性と相性の悪い俺には近寄りたくない空間になっている。


 シルエットは沌属性に高い適性を持っており、見慣れない魔法を多く操る。

 沌属性に高い適性があるため、ネクロマンサーとしても優秀なのだが、臭いという理由でゾンビを使うことは滅多にない。

 沌属性の他に闇属性に高い適性を持っており、その属性的なイメージと名前、そして黒髪に黒いローブという見た目もあって、王都では影の魔女という二つ名を持っていた。

 実際ユニークスキル持ちの魔女なんだよね。


 彼女は通常の鑑定スキルに加え、死者の記憶を覗くという特殊な鑑定スキルも持っている。

 その精度は死体が新しいほど高い。

 そんなスキル持ちだから、王都では犯罪調査の協力をよく依頼されている。


「なるほど、一分以内か。だったら調査中にもこれまでにも報告が上がらなかったのもわかるな。調査中はこんなに早く倒せたことはなかったからね。予想外だったけどグランが山羊の動きを封じてくれたから手早く処理できたね」

「うむ、ラムロードで全力を出した後の連戦だと苦戦するとこだったな。ラムロード自体がそこそこ強いからな、無理に出さないパーティーも多いし、そのラムロードの討伐時間がこの山羊の出現条件だったのなら、今まで未発見だったのもおかしくないな。これは後で報告しておかなければいけないな」

 そのそこそこ強いラムロードを瞬殺したのがこいつらである。

 そして今回はたまたま攻撃しそびれて弓を構えたままだっただけなので、あまり褒められると恥ずかしい。


「やー、新しいダンジョンは未発見があるから楽しいよねぇ」

 以前にもこのダンジョンに来たことのあるドリーとアベルが真面目な顔で話している横で、カリュオンはとても楽しそうである。

「でも雷羊と山羊だと雷羊の方が儲けは多いから、ラムロードは討伐に少し時間をかける方がよさそうね」

 そうなんだよなぁ。

 個人的に山羊より羊の肉の方が好きだし、山羊の毛皮も悪くないのだが、雷属性の羊毛の方が価値は高い。

 つまり急いで倒して山羊にしてしまうと損をするのだ。

 なんという罠。


「生成されて間もない魔物だからこの死体からわかる事はこれくらいだわ。グランもうこれ回収しちゃって問題ないわよ」

「了解、ギルドへの報告はどうするんだ? 条件は厳しいかもしれないが大型ヤエル系に変化するなら、早めに報告した方がいいんじゃないか?」

 山羊を回収しながら、リーダーのドリーに尋ねる。

 ギルドに戻らなくても、入り口の警備をしている職員に軽く伝えておくだけでもいい。

「そうだな、そう頻繁に出てくるものではないが入り口の職員にギルドへ伝言を頼んで、詳しい報告は帰ってからにするか。アベル、頼めるか?」

「了解、ちょっと行ってくるよ」

 空間魔法で形成されているダンジョン内は転移魔法の使用は制限されるが、同じ階層内なら使えるダンジョンもある。

 一階層目なので入り口までアベルなら転移魔法でピューッと往復できる。


 アベルが報告に行っている間少しのんびりするかな。

 食材ダンジョンというだけあって、生えている植物も食べられるものだらけで採取が滾る。



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