第378話◆本当の事は言えないから

「たったったったたたたたったったたたたたた……大変変わった形をした調理器具でございますですわね!!」

 リリーさんがすごい勢いで噛んだ。

「だよねー、俺も初めて見た時これでどんな料理を作るのかと思っちゃったよ。よくこんな調理器具を知ってたよね」

「失礼いたしました。見慣れぬものを目にしてつい興奮してしまいましましましたわ。随分独特な形状ですが、こちらはしいいぃぃいったぁっ!!」

 何かを話かけたリリーさんが急に俯いた。

 ん? どこか悪いのか?

「あら、リリーさん大丈夫ですか? どこか具合でも?」

 俺が声をかけるより先に、リリーさんの向かい側に座っていたアリエルさんが穏やかな笑顔で声をかけた。

 さすが料理人、気遣いも早い。

「い、いえ、いえいえいえいえ、ちょっと足が吊りそうになっただけですわ。もももももう治りましたのご心配なく、ほほほほほほ……」

「あらあら、ヒールの高い靴は足が疲れますからねぇ、ところで何かお話をされている途中だったのでは?」

 なるほど、確かにヒールの高い靴は見ているだけでも足が痛くなりそうな気分になる。

 あんなの履いて動き回る女性はすごいな。


「大変失礼いたしました、緊張してしまいつい。それでこちらの調理器具は随分独特の形をしておりますが、グランさんが考えられたもので?」

「ああ、いや、セファ焼き機は随分昔に遠方の商人に見せてもらって、レシピも教えてもらったんだ」

 うむ、ニホンという国の店で売っていたし、レシピも本を読んだり実際作っているところを見たりして覚えたからな。

 だいたい本当の話である。

「随分昔って、グランの故郷は外部から人の来るような場所じゃないよね? 村を出た後は王都に来たんだよね。あー、ペトレ・レオン・ハマダの辺りを通って王都まで来たんだっけ? 確かにあそこらへんは南東部と王都を行き来する商人がよく使う道だし、文化も独特の地域だしその頃?」

 うげえええええええええ!!

 アベルを実家に連れていったせいで、昔どっかでという言い訳がしづらくなったぞ!!!

 冒険者になってからはすぐにアベルと知り合って、しばらくはアベルと一緒に行動していたし……やべぇ、今まで誤魔化してきたのも、つっこまれるとバレルぞ!!

「そそそそそそうだよ。街道を歩いてきたから宿場で一緒になったり、馬車に乗せてもらったりで、その時!?!?」

 鋭いけれど納得してくれたよな!?

 ありがとう、ペトレ・レオン・ハマダ。

「なるほど、ペトレ・レオン・ハマダの辺りは、国南部の港町へ行く街道も通ってますね。あの辺りは南方の国の物品や文化が流入して、独特な文化が出来上がっている地域ですわね。南の海の向こうにある国々でしたら何があってもおかしくないですわね……ええ……そうですよね……ええ」

「ペトレ・レオン・ハマダとその北の山脈のせいで、南部と中部北部の文化がガラッと変わるんだよね。南の国はユーラティアと全く違う文化の国ばかりだしね、なるほど」

 おっ!? リリーさんとアベルが勝手に納得してくれたぞ!!

 さすが、国のことには詳しいお貴族様! そのまま納得しておいてくれ!!








「わたくしは一体何を見せられているのだろう……。推し様が――を焼く姿……、これは一体……どういう状況」

 すっかりセファ焼き名人になったアベルがセファ焼きを焼いている横で、俺はセファ焼き機で別の料理を作っている。

 セファ焼き職人になっても何故か無駄にイケメンなアベルを、リリーさんがポーッとした顔で何かブツブツ言いながら見ている。

 油のはじける音で何を言っているかまではよく聞き取れない。

「こ、これは、なんという貴重な――。これはどちらも違ってどちらもよいですね」

 アリエルさんは俺とアベルがセファ焼き機で調理をしている様子を、食い入るように見ている。

 思った以上に食いつくような反応で、料理人の研究熱心さを目の当たりにしている。


「ふむ、これはこの器具があればテーブルの上でも手軽に調理ができますね。携帯もできそうですが、冒険者や旅行者の方にはあまり効率のよくないメニューですよね」

「そうだな、これは冒険者や旅行者が外で食事をするためより、こうやって机の上で囲んで楽しむか、娯楽として野外で食事をする時を想定しているかな」

 アリエルさんほどではないが、ティグリスも俺達の手元を興味深そうに覗きこんでいる。

「うん、依頼中とかに食べるには量が少ないし、作るのも手間がかかるからやる気は起きないけど、余暇の時間にテーブルを囲んでみんなで食べるのは面白いと思うよ。こういうのは、貴族より庶民の方が抵抗なく受け入れてくれそうだから、アリエルを呼んでもらったんだ。はい、できた、とりあえず味見してみて」

 セファ焼き職人として覚醒したアベルが、焼き上がったセファ焼きを小皿に載せて、ソースと薬味をかけて全員の前に置いていく。


「ええ、ええ、このようなお席にわたくしめのような者をご招待いただき、心より感謝いたします。ところでこの辺りではあまり食べる習慣がありませんし、見た目で嫌がる人もいますからねぇ。でもこれでしたらセファラポッドが入っているのはわかりませんし、セファラポッドの味も全く癖がないので抵抗なく食べられますね。問題は材料ですか……小麦、セファラポッド、生地にも味が付いてますね。これはショウガのビネガー漬けですかね。茶色いのは魚の干物を削ったもの、ソースは野菜系ですよね」

 さすが料理人、アリエルさんは試食用のセファ焼きを食べて素材の考察に入っている。

 紅ショウガはリュネ酢を使うため、今回は紅ショウガではなく砂糖とビネガーで漬けたショウガを使っている。

「……ぉしのセファラポッド焼き……、これは……プレミア……もしアベル様が店頭で焼くようなことがあればそれだけで行列が……いえ、ダメですわ、そんなことをしたら大混乱が起きてしまう」

 リリーさんが何か小声でブツブツと言っているのが、最後の方だけ聞こえて来た。

 店頭でアベルにセファ焼きを焼かせるのはちょっと面白そうだから見てみたい気がする。

 俺は遠くから見学する係。

「確かにセファ焼きが焼ける工程は見ていても面白いから、料理のパフォーマンスとして見える場所で作るのはありかと思うけど、俺が店頭に立つのはいろいろと問題があるから遠慮しておくよ」

「す、すみません、そうですよね。ちょっと思考が飛んでしまい、妄想をしておりましたわ。失礼いたしました」

 そうだよなぁ、王都のギルドでは顔も良く魔導士としての腕もいいアベルは有名だもんな。そんなアベルがギルドの近くでお店を手伝っていたら、アベル見たさに人が押し寄せてきそうだ。

 楽しそうだけど混乱も起きそうだし、知り合いがいる場所で店の売り子をするのは恥ずかしいよな。

 内心かなり見てみたかったというかひやかしたかったのだが、やっぱダメかー。


「っと、俺のもそろそろできたよ」

「へー、こんなこともできるんだ」

 俺が作っていたのは、セファ焼き機の穴に香りの良い植物油のエリヤ油を注いでニンニクと赤トウガラシを少々、その中に一口サイズに切ったセファラポッドやエビ、ロック鳥の肉、キノコ類や野菜などを入れてオイル煮にしたもの。

 具には長い串をさしておいたので、食べたいものを好きに取って食べればいい。

「なるほど、アヒージョですか。大皿の料理と同じ感覚で摘まめるのは、気軽なお酒の席に向いてますね。食材の色がわかりやすくて見た目も華やかですし、これならいろいろなものを少しずつ楽しめますし……、小型の器具があれば一人用も……ステーキプレートみたいな感覚でも使えますね」

 セファ焼き機のプレートの上でグツグツと煮える具材を、アリエルがじっと見つめた後、串を摘まんでそれを口に運んだ。


 そう、今日俺が作ったのはセファ焼き機を利用したアヒージョ。

 セファ焼き機のヘコミが、小分けにしたアヒージョを作るのに丁度よいサイズなのだ。

 小分けにしてあるので、好きな具材だけ食べられる、って、おい、アベル、てめーは野菜も食え。

 アリエルの言う通り小型の鉄板なら一人用としても使えるし、この形状なら油も少なくて済む。

 区切られているので、チーズなどの溶けてひろがりやすい具材を使っても他の具材に影響はない。

 最後は具材の旨味が染み出した油を固めのパンに付けて食べてもいい。自宅だったらパスタに再利用をしていたな。

 セファ焼き機というピンポイントすぎる用途とみせかけ、ケーキやアヒージョにも使えて見た目でも楽しめる調理器具である。

 自分で量産するのは無理だし、これを使った料理の店を出すのも無理だから、バーソルト商会が取り扱ってくれるのなら丸投げしたい。

 そして俺は不労収入が増える。万歳。


「セファラポッドという食材はこの辺りでは抵抗を持つ人もおおいですし、最初は不安がありますが、少しずつ広げていく事はできそうですね」

「あら、バーソルト商会の会長さん、そちらが乗り気ではないのならプルミリエ侯爵家の方で引き受けてもよろしいですわ。うちなら海沿いの町でセファラポッドの水揚げも多いですし、なによりセファラポッド食に抵抗がない地域ですからね」

「いえいえ、そちらの地域は鉄や銅の産出は然程多くなかった記憶がございますが? 器具の製造には金属加工に長け、量産もできる工房が必要でしょう。それにユーラティア西部でもセファラポッドは揚がりますからね。むしろ需要が少なくて仕入れが安く抑えられそうですね」

「ティグ兄、これはぜひうちで取り扱いたいメニューですよ!! セファラポッドに抵抗がある人のために他の具材も試してみたいですね。そしたらそれに合わせて生地もいろいろ……。それと、アヒージョ用に小さいサイズもほしいところですねぇ。厨房で使うのだったら上の鉄板だけでも……、むしろこういう個室なら、器具を持ち込んでお客様の目の前で調理をするのもありかも……。いや、でもここはやはり開発者の方々を前面に出しての呼び込みも……」

 あれ? ティグリスさんとリリーさんの間の空気が不穏だ。リリーさんはなんか商売人っぽい表情になっているぞ。アベルはなんかニヤニヤしている。

 アリエルさんもすっかり乗り気だけれど、開発者を前面に出す必要はないと思うぞ!?

「ふふ、リリーさんを巻き込んで正解だったね。グラン、ここは上手く二人の競争心を煽って上手く両方から良い条件を引き出すんだよ」

 二人のやりとりを聞きながら、アベルが小声で囁いた。

 やばい、俺難しい事はよくわからない!!




 この後、難しい話し合いになって俺はニコニコ笑っておく仕事をしているうちにいろいろ決まっていた。

 だいたいアベルが頑張った。ありがとう、アベル。

 俺が下手に首を突っ込んで、変な条件で契約することになるよりよかったと思うんだ。


 ユーラティアの西部はバーソルト商会が、東部はリリーさんの経営する商会が中心になってセファ焼き機を使った料理の展開をすることになった。

 機材の改良と増産はバーソルト商会に、東方の食材はリリーさんの実家の力を借りることになるようだ。

 当面の間はバーソルト商会とリリーさんの商会がセファ焼き機とそれを使った料理を取り扱うことで契約が纏まった。

 やったー! 不労収入が増えるぞ!!


 一方、冷たいシリーズは飲み物はバーソルト商会、布と軟膏はリリーさんのところが引き受けてくれるそうだ。

 こちらはまだテスト段階なので、テストが終了してから商品化をすすめることになる。

 来週からしばらくダンジョンに行く予定なので、その間に細かい事を詰めていろいろすすめてくれるそうで、続きはまた食材ダンジョンから帰還後だなー。

 なんか、いきなり連れて来られて混乱したけれど、ダンジョンに行って日が空くことを考えたらさっさと打ち合わせを済ませたのは正解だったな。


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