第377話◆商談は突然に
「あ、グランごめん。昨日バタバタしてて言い忘れてたけど、今日ティグリスとの商談を入れてた」
「え? は? 俺も参加?」
「うん。ほらこないだ色々冷たい系のもの作ってたでしょ、それとセファ焼きとか。いきなりだし、簡単な料理をすることになりそうだから、今日は少し崩した服装で大丈夫だよ」
朝食を食べている時にいきなり言われて、意味を理解するまで間があった。
や、話を進めるのはやすぎでは?
というかそういうこと当日の朝に言うのやめてくれないかな!?
今日は、昨日ルチャルトラで手に入れた素材でポーションを作る予定だったの!!
ベテルギウスがたくさんルチャキャロットをくれたから、調合スキルがドドーンと上がる予感がしてワックワクしてたの!!
追っかけっこを手伝ってくれたバロンにもお礼のパイを渡したら、薬草や南国フルーツをくれたのでそれも弄りたいの!!
そうか、ひんやり系は暑い季節だと売れそうだからか。今シーズンに売りたいならたしかに急がないといけないよな。時期的に時間があまりないから今年は小規模になりそうだけど。
ああ、食材ダンジョンからいつ帰って来るかわかならないし――やだ、ダンジョンは好きだけれど何ヶ月も籠もりたくはない。
わかった、行く前に話し合って大まかな企画だけでも作っておくか。
うん、服装は一応スーツね。上着を脱げば作業はできるな。エプロンもちゃんと収納の中に入っている。
ん? 材料は少し試食するくらいならまだあるよ。
でも西の方はセファラポッドを食べる文化ないよね。まぁ、ケーキ系でもいいかー。
あ、いいこと考えたーー。大丈夫大丈夫、変なことはしないから、料理するならちょっと試してみるだけだから。ホントホント、変なことはしないってば。
朝食後大急ぎで支度をしてアベルの転移魔法でやって来たのは、王都にあるメッサ・ガート・ネグロというバーソルト商会が経営する庶民向けのおしゃれなカフェ風の料理屋である。
黒猫の看板が目印のメッサ・ガート・ネグロは、冒険者ギルドから近い場所にあり冒険者達の間では黒猫亭と呼ばれて親しまれている。
軽食やデザートの持ち帰りも可能で、王都にいた頃は時々ここで買い食いをしていた。
冒険者ギルドにある料理屋は量を重視し味もやや濃いめの店で、こちらは量は少し控えめだが見た目が華やかで味はあっさりめの店だ。
味は甲乙付けがたく、どちらも違ってどちらも良い。
俺は男なのでつい量の多いギルドの料理屋に行くことが多かったが、体型を気にする女性はこちらの店を好む人が多い印象だ。
昼間はカフェ風のメニューだが、陽が落ちるとバー風のメニューになるので、仕事を終えた後に立ち寄って飲んで帰ることもあった。
おしゃれな店なので、女性グループやカップルの姿が多い店である。
料理は美味しいのだがむさい男だけで入るのは少し恥ずかしいので、ここに来る時はだいたい女の子かアベルと一緒の時だった。
そのメッサ・ガート・ネグロの二階にある個室に俺とアベルとティグリスさん、そしてメッサ・ガート・ネグロのメインシェフのアリエルさん。
そして、もう一人。
商品の打ち合わせということもあり、給仕の人員などもおらず広くない部屋に関係者だけである。
「えぇと、わたくし本当にここにいてよろしいのでしょうか?」
「やだなー、ユーラティア東部からシランドルにかけての物流といえばプルミリエ侯爵家じゃないか。それにリリーさんは食にも詳しそうだし?」
「それは家の話であってわたくしは……え、ええ、なんでもございませんわ。お招きありがとうございます。プルミリエ侯爵家が長女アイリス・リリー・プルミリエでございます。普段は平民として暮らしておりますので、リリーとお呼びいただいて、そのように接して頂けると」
俺達と同じ席に座っているのは、引き攣った笑顔のリリーさん。
え? たしかに食べ物関連と物流関連なら心強いけれど……半月ほど前にフォールカルテにいたよね?
もしかしなくてもアベルの仕業かっ!!
って、は? 侯爵家? お嬢様だとは思っていたけれど侯爵家?
プルミリエ侯爵ってこないだ行ったフォールカルテのあるところじゃん! めちゃめちゃ領主様のご令嬢じゃん!!
や、言われてみるとそうだよな、領立図書館の関係者区画にいたし、招待された屋敷は金持ちのお貴族様のお屋敷ぽかったし。
侯爵って上から何番目だっけ?
えぇと、一番上が王族だろ? これは俺でも知っている。
その下が公爵だよな。王家と共に国を興した時からの忠臣の家系や、王家の血筋とか。いや、たしかここら辺は婿入りとか嫁入りで王家と親戚ばっかりなんだっけ?
とりあえず王家の次に偉いのが公爵家。
その下が侯爵だったな。侯爵は古い家門以外に、功績により下の階級から上がって来た家門もあるって習った。
王家との縁故関係なしに成り上がれる階級では、侯爵が最上位になるとかなんとか。
公爵のように王家から別れた血筋ではないが、王家から降嫁したお姫様や婿入りした王子様がいたりで、王族の血を引いている者もいる。
その下が辺境伯だっけ? 辺境伯は少し特殊で、国境を守る役目を担っているため独自で軍を持つことが許される貴族だ。
名目上の階級は侯爵より低いが、実際の影響力は公爵に並ぶ家門もあると聞いたことがある。ドリーの実家が辺境伯なんだよな。
ここまでが上位貴族と呼ばれる階級で、そこから下に伯爵、子爵、男爵、騎士爵と続く。
うっわ、マジでリリーさん超お嬢様じゃん!? 雲の上のお嬢様じゃん。
「まぁ、公の場じゃないからかしこまらなくていいよね? とりあえず簡単に紹介だけしておくよ。アリエルはメッサ・ガート・ネグロのメインシェフで、バーソルト商会の会長ティグリスの従姉妹。今回、グランの考えたものを商品化するのに協力してれるよ。グランはー、言わなくてもみんな知ってるよね?」
おい!? 俺はアリエルさんと初対面だぞ!?
王都で冒険者をやっていた頃にメッサ・ガート・ネグロには何度か来たことあるけれど、アリエルさんとは今日が初めてだからちゃんと紹介しろ!!
「ええ、噂はかねがね聞いております。メッサ・ガート・ネグロのメインシェフのアリエルです。何度かお店に来られたのも覚えてますよ」
噂って何!? かねがねってどういうこと!?
コック服姿のアリエルさんは豊かな金髪を高い位置で綺麗に纏めた美人さんだ。
そしてコック服のボタンが吹き飛ぶのではないかってくらいの巨乳、シェフなのでやや逞しく見える体型だが俺的には豊満な女性はすごく魅力的だと思う。
すごくコック服がお似合いで、新しい扉が開いてしまいそう。
「なるほどリオート草を餌にしたスライムですか……酸味が少し強めですけど、飲みやすいですね。氷魔法を使わずに水を入れるだけで冷たい飲み物は、冒険者に限らず需要がありそうですね」
「汗をかいた後に飲むと、不思議と甘く感じるんだ。筋トレしてみます?」
「いえ、その辺は人材を使ってサンプリングしてみましょう」
まぁ、狭い部屋だし汗をかくほど筋トレは無理だよな。
ティグリスが飲んでいるのは、先日試作したリオートスライムの粉末を使った飲み物だ。
蜂蜜とレモン果汁の粉末化はわりとあっさり成功して、水を入れるだけで冷たくて甘くてほんのり塩味爽やかドリンクは完成した。
あとは保存期間と実際の使い心地を食材ダンジョンに持ち込んで確認してみようと思っていた。
「これは粉末で持ち歩けますし、暑い季節にはぴったりですわ。冷たいといっても氷ほどではありませんし、水も塩も糖分も取れるので暑さで体調を崩した時にいいですわね。で、こちらが額に貼る冷たい布ですか? 風邪で熱が出た時に使う? 風邪以外の時にも気持ちいいこと間違いないですわね。これを安い繊維で使い捨てにしたいと……なるほど。量産が利いて安価で肌に当てても問題ないもの……ちょっとこちらは調べてみてご連絡差し上げる形でよろしいかしら?」
リリーさんはリオート水を飲んだ後、顎に手を当てて真剣な眼差しで、額に貼る冷たい布を手に取って考え込んでいる。
最初は困り顔だったリリーさんも、商売や商品開発の話は好きなのか、緊張も解けて話し合いに加わっている。
プルミリエ侯爵領の領都フォールカルテの辺りは、ユーラティアの中でも温暖な地域で夏は非常に暑い。夏場に暑さで体調を崩す人も多そうな地域だ。
ルチャルトラはもっと暑そうだから、地元のリザードマン達は暑さに強そうだが、本土からルチャルトラへ行く冒険者にも、リオート水は需要がありそうだな。
そして作っている時からリリーさんにすごく相談したかったひんやり布。
「ああ、もちろん。俺の知ってる限りだと使い捨てできそうな布が思いつかなくて……安い繊維というか布みたいな質感の紙でも。あ、でも布よりも紙の方が高くなるかもしれないな。植物の葉っぱとかで使えるものはないかな? それとこっちは、ひんやりするだけの軟膏」
「うーん、額に当てるものですからねぇ。女性でしたら値段より肌触りと安全性を優先したくなると思いますわ。軟膏もですけど布も紙も肌に直接当てるならテストをしなければなりませんね。その辺も含めて、素材を探してみますわ。たしかに布のような紙で安価なものが提供できるなら……布のような紙……」
なるほど、やっぱ男性と女性だと目を付ける場所が違うな。協力者がいるのは刺激にもなるしありがたいな。
「それより昨日アベル様がおっしゃっていた、調理器具と料理を見せていただきたいですね」
「そっちもやらないとね、グランお願いしていい?」
「おう、材料は用意してきてあるから作るだけだけどな。とりあえず食べ物だから試食してみないことには、商品化できるかどうかもわからないからな」
やはり料理人、アリエルさんは調理器具と料理の方に興味があるようだ。
アベルに促されて持って来たセファラポッド焼き機を机の上にドンと置いた。
「こ……これは……っ!?」
それに真っ先に反応したのは意外にもリリーさんだった。
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