第376話◆しょんぼりギルド長

 アーーーッ!

 せっかくもう少しで捕まえられるはずだったのに、ベテルギウスに取られてしまった!!

 逃げられそうだったけれど、俺の予定ではこの後ババーンとかっこ良くミラクルショットで捕まえるはずだったのだ。

 俺の素材がっ!!


「ルチャキャロットを捕まえる時は後ろから行くより、逃げる先を予想して待ち伏せておく方が楽だぞ。こいつは足は速いが根の先端が髭状になっているせいで比較的綺麗な道を選んで走る。それがわかると逃げ道を予測しやすかろう。それと、強力な光線を撃つ直前から撃ち終わるまでは後方以外バリアが張られる。こいつは硬いが後ろは無防備だ。次からは後ろを狙うといい」

 まじかよ後ろに回り込めば簡単だったというオチか!

 次に見つけた時は追い回してビームを撃たれる前に、アベルが待ち伏せているところに俺が追い込む感じで少し上手く狩れるかな?


「コツがわかれば、もっと上手く立ち回れるだろう。もう、無闇やたらにジャングルを走り回って、無様な狩りをするんじゃないぞ。ほら、持って行け」

 う、無様。

 次は上手くやろう。そして、怒られるかなってちょっと思っていたが、お小言を少しもらっただけで終わって拍子抜けである。

 お小言だけで済んだどころか、ベテルギウスが手際よくルチャキャロットの魔石を抜き取り、ルチャキャロットをこちらに放り投げた。

「え? 貰っていいのか?」

「うむ、追い詰めたのはお前らだからな。俺はたまたま近くにいて光が見えたから、様子を見に来ただけだ。まぁ、捕まえてやった手間賃に魔石を貰うことにしよう。あちらにこいつらの群生地があるから、まだ必要なら行ってみるとよかろう」

 欲しかったのは魔石より根っこなので、捕まえてくれた礼だと思えば魔石なんて安いものだ。

 倒し方と群生地まで教えてもらってありがたい。

 しかし群生地で纏めてビームを撃ってきたら、通常ビームでも怖いな!?


「ありがとう、ポーション用の素材を集めてたから助かる。ところでギルド長はなんでこんなジャングルの奥にいたんだ? 何か強い魔物でも出たのか?」

 ルチャルトラは魔物のランクが高い個体が多く、それに対しての冒険者の数が足りているとは言いがたい。

 冒険者だけでは間に合わない時はギルド長も現場に出ているのだと思われる。

 仕事熱心なギルド長だな。事務仕事より現場の方が好きそうなイメージを勝手に持っているけど。

 ルチャキャロットを貰ったし、魔物の駆除を少しなら手伝ってもいいな。

「ああ、まぁそれはもう片付いたんだがな、戦ってる途中で大切な物を落としてしまって、それを探してたのだよ」

 うへぇ、ジャングルの中で落とし物は、だいたいの場所がわかっていても見つけるの大変そうだなぁ。

 お小言だけで済んだのは、捜し物が忙しいからか。

 魔力が含まれているものなら、アベルに周囲をトレースしてもらえば見つけられるかもしれないが。


「あまり範囲は広くないけど魔力が含まれているものなら、俺の魔法で見つけられるかも」

 俺の後ろからアベルの声。

 これは親切心よりギルド長に貸しが作れるチャンスだと思っていそうだ。

「バロンも、探す! バロン、鼻すごい! 赤いの、臭いわかる!」

 バロンは相変わらず善意の塊である。

「いや、物は先ほど見つかった。心遣い感謝する」

 見つかったのか、それは良かった――と思ったがベテルギウスの表情はあまり嬉しそうではない。

「見つかったというわりにはあまり嬉しそうではないが、どうかしたのか?」

 リザードマンなので表情はわかりにくいのだが、ベテルギウスが俺の言葉に困り顔で苦笑いをしたような気がした。


「まぁ、形ある物はいずれは壊れるものなのだがな」

 少し困ったような悲しそうな表情をしながらベテルギウスが胸の内ポケットから出したのは金色の懐中時計。

 その蓋は大きくへこんで細工部分が潰れ、留め具の部分が割れて、蓋が時計部分から外れてしまっていた。

 落とした時に壊れてしまったのだろうか? へこみ方からして落とした後に踏まれたのかもしれないな。

 ジャングルの中だ、見つける前に魔物に踏まれてしまっていてもおかしくない。

「留め具だけなら直せるかもしれないから見せて貰えないか?」

「む? 留め具も壊れたのだが、それと一緒に中に掘ってあった魔法陣が歪んで動かなくなってしまったのだよ」

 ベテルギウスが留め具が壊れて外れてしまった蓋をどけると、蓋の内側は透明な魔石が嵌められ、その周囲に掘ってある魔法陣の一部が蓋と一緒に歪み、一部は欠けてしまっていた。

 一方時計の本体の方はおそらく劣化しやすい金属だったのだろう、金でできた外側と違い、かなりボロボロになっており文字盤の文字もほとんど消えて、時計の針は動かないだけではなく、金具が外れてぶら下がっている状態になってしまっている。

 この様子から時計の方は随分前から動いていなかったような印象を受けた。

 もう一つ、時計とは別の機能――それが今回壊れてしまった魔法陣か。


「ううーん、蓋には何か記録を再生する付与がされているのか? ふむー、この透明な魔石の中に記録の内容が入っていて、魔力を流すと再生するようになっているのか? かなり小型だが、仕組みは冒険者ギルドにもある記録を再生する魔道具と同じか……時計本体の方は、昨日今日壊れたわけではないよな?」

 懐中時計ほどのサイズに記録を再生する付与も珍しいが、透明な魔石も珍しい。透明の魔石は無属性の非常にレアな属性の魔石である。

「ああ、わかるか? 時計としての機能はすでに失われていた。だが、この蓋に施された付与が気に入ってたのだが、壊れてしまったものは仕方ない」

 仕方ないと言いつつベテルギウスの表情は暗い。

「俺は細工を直すほどの腕はないけれど、壊れた留め具部分と記録されたものを再生する付与なら直せるぞ」

 幸い記録された内容は魔石に刻まれているようで無事だ。壊れた魔法陣はそれを再生するための部分。難易度の高い時間系の付与だが、記録の再生は停滞と同じく時間系の付与の中では簡単の部類だ。

「それは本当か? 魔法陣部分だけでも直せるのなら頼んでもいいか? 壊れたものだと諦めていたものだ失敗しても問題ない、やれるだけやってくれないか」

「うん。記録そのものは無事だから、ここの金具を取り替えて、へこんでるとこを戻して魔法陣を彫り直せばいけると思う。やるなら安全なところがいいな、流石にここだと集中できない」

 ベテルギウスの表情がパァッと音を立てるかのように明るくなった。

 この魔石の中に残されている記録は、彼にとって大事なものだったようだ。

「安全なとこ? バロンの家、来る? 安全! 綺麗!」

「バロンの家なら俺の転移魔法でいけるし、そこにいこっか」

 バロンの家の前に祭壇みたいなテーブルを作ったのがあったから、それを借りるか。

「わかった。では時計は預けておくから先に行っておいてくれ。俺は用事を済ませて向かうとする」

「おう、バロンの家で待ってるよ」

 俺に時計を預けてジャングルの中へと消えていったベテルギウスの背中を見送って、アベルの転移魔法でバロンの家へと移動した。




 留め具の壊れた部分とへこんだ部分は合成スキルで金属を変形できるので、わりとあっさり直せた。

 ベテルギウスが壊れたパーツをちゃんと拾い集めていたので、形を戻して組み立てるだけだ。

 割れた部分は合成スキルを使えばくっつけることができる。くっつけた部分に少し跡が残るが、一応蓋は元に戻ってパカパカと開閉できるようになった。

 そして問題の魔法陣部分。

 記録されているものは透明な魔石の中のようなので、これが壊れなかったのが救いだ。

 その魔法陣なのだが、へこんだ蓋は元の形に戻せたが歪んでしまっている部分もあるため、一度消して書き直すことにした。


「グラン、がんばる。バロン、応援する。踊る」

 時々俺の作業を覗き込みながら、バロンが周りをピョンピョン跳ねている。

 そんな純粋に応援されると、すごくがんばれる気がするぞぉ。

「グラン、時間魔法系の付与できないって言ってなかった?」

「初歩的なのしかできないよ。劣化防止用の停滞とか、短い記録と再生とかくらい? ちょっと小さいけど再生だけならいけるかな」

「再生は上級ではないかもしれないけど、初歩的じゃない気がするんだよなぁ……。それに再生だけでも、このサイズに付与できるのはもう職人芸なんだよなぁ」

 初歩的といっても時間魔法系はやっぱ難しいからな、集中しなければならない。

 アベルが何か言っているけれど、ポーションの時のように心を乱すわけにはいけない。


 む、神代語を使えば魔法陣がスッキリするな。

 ……よしよし、一応直ったと思うが、再生してみるのは持ち主が戻ってきてからにしよう。

 うーん、また壊れないように物理耐性を付けたいけれど怒られるかなぁ……また壊れるよりいいよな。

 バロンが踏んでも大丈夫な程度にしておいたが、流石に人のものなので踏んで試してみるわけにはいかない。

 きっと大丈夫! 信じるんだ! 俺の力を!!

 時計は流石に無理だが文字盤の錆は分解で落とせるな……よし、綺麗になった。

 針は動かないけれど、ネジが外れてガクガクになっているのは直せる。

 よしよし針のネジも直した。動かないけれどそれっぽい。

 文字板の文字は消えてしまっているから無理だな。

 よしよし、あとは磨いてピカピカにして、出来上がり!!

 蓋の細工と時計の機能は直せなかったけれど、他は綺麗になったな。





 時計の修理にすっかり集中してしまい、ひやりとした夕方の風が頬を撫でて通り過ぎ我に返った。

「んあ、だいたい直ったけどそろそろ夕方か。すっかり長居しちまったな。しかし、いい気分転換になったな」

 集中力が切れて気分転換に来たはずが、気分転換後にまた集中力を試される作業をすることになったのだが、できるところまでやった達成感がある。

 大きく伸びをしながら夕方のジャングルの空気を吸い込んだ。


「すまない、待たせたな。どうだ、何とかなったか?」

「お、ちょうど終わったとこだよ。多分再生はできるようになったと思う。細工と時計は無理だったけど綺麗にはしといたよ」

 細かい作業をして凝ってしまった肩の筋肉を伸ばしていると、ジャングルの植物を掻き分けてベテルギウスが姿を現した。

 その手には何か野菜のようなものをいくつもぶら下げ……ルチャキャロットじゃないか!!

 もしかして用事ってルチャキャロットを獲りに行っていたのか?

 キャロットといっても白に近い色のせいで、大根をぶら下げているように見える。

 ちなみに俺の住んでいる国の大根はララパラゴラという、ラゴラ系の魔物である。


「なんと!? 見せてくれ。っと、これは礼だ。とりあえず、銀髪のに渡しておくぞ」

「え? 俺!? うわっ、ニンジン!!」

 唐突にルチャキャロットを何匹も放り投げられたアベルの声が裏返った。

 安心しろ、ルチャキャロットはニンジンっぽい名前だが、ニンジンよりセリに近い植物系の魔物だ。


「ほら、魔法陣は元のとは少し変えたけど動くはずだよ。それと壊れにくくなるように少しだけ物理耐性も付けておいた。停滞は元からかかってたけど、金以外の部分は劣化が進みやすいから錆びだらけになる前に職人に頼んで手入れしてもらった方が長持ちするぞ」

「感謝する。ぬ? これは神代文字か……、冒険者ギルド情報に講習会の受講履歴がやたら記載されていた記憶があるが、想像していた以上に本格的だな」

 そういや、冒険者の情報はギルド内で共有されているんだよな。

 登録されたギルドとの距離によって情報の遅れはあるものの、冒険者の活動履歴は大規模な記録系の魔道具で管理されており、権限のある職員ならどこのギルドからでも閲覧ができる。

 ランクや年齢などの基本情報の他に、その者の戦闘の傾向や素行、過去数年の依頼の履歴や受けた講習と取得した資格などが登録されている。

 良い事をすればプラスの評価ポイントとして記載されるし、悪い事をすればマイナスとして記載され、悪い方は消される事なくずっと残る。

 悪い事、絶対ダメ。


「勝手に記録を再生するのは悪いと思って、動作確認してないから確認してくれ。見られたり聞かれたりしたくないものなら離れて再生して、不具合があったら教えてくれ」

「いいや、聞かれて困るものではない。直ったというのならせっかくだ、皆も聞いてくれ」

 ベテルギウスが目を細めながら、太い指から伸びた鋭い爪で透明な魔石に触れると、そこから少し低い女性の歌声が聞こえ始めた。

 やや低音で始まった歌は、サビに近付くにつれキーが上がっていく。

 歌い出しが低音だったため、然程高くないはずのサビの歌声が妙に澄んで聞こえ、空に舞い上がっていくような歌声に聞こえた。

 少し古い言葉や言い回しが多い歌詞は、その空に舞い上がっていくような声の雰囲気と同じく、愛される喜びで舞い上がる気持ちを歌った優しくて明るい歌だった。

 しかし何故だろう、明るい歌声の中に少し寂しさに似た何かを感じながら聞き入ってしまった。


「いい歌だな」

「ああ、亡くなった嫁さんの歌声だ。また聞くことができて良かった、心から感謝する」

 そう言って大きな手の上で小さく見える時計を見つめるベテルギウスの表情からは、いつもの威圧感はまったく感じなかった。


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