第375話◆地域限定素材狩り

 一時間ほど前、俺達はアベルの転移魔法でルチャルトラのジャングルへと降り立った。


「ふう、今回は何もいなかったね」

「準備万端で警戒をしてても、安全の確認が取れない場所に転移をするのは怖いな」

「うん、ガチガチに防御魔法で固めてたけどそれでも怖いね」

 少し怖いと思いつつも時間を惜しんで前回ルチャドーラと戦った河原へ。もちろん何かいてもいいようにアベルの防御魔法で固めて臨戦態勢で。

 ホント、アベルの魔法様々。


 ルチャルトラのジャングルは相変わらず濃い魔力に包まれており、火山の主シュペルノーヴァが活動期である事を示している。

「おっおっ、ドラゴンフロウが生えてる。前回たくさん採取したけど、また生えてきてるな。古代竜パワーすげぇ」

 採り尽くさない程度でかなりの量を摘んだのだが、また新しくドラゴンフロウが点々と生えているのが見えた。

「あっちの日当たりの悪いとこに見えるのリュウノアカネだよね? オルタ・ポタニコのダンジョンは毒や麻痺持ちが多いから状態異常解除関係のポーションも多めにあった方がよさそ」

「了解。リュウノアカネは熱帯限定だから本土では手に入りにくくて、買うとたっかいんだよなぁ。俺はドラゴンフロウを摘むからリュウノアカネを回収しておいてくれ」

「わかった。リュウノアカネはどの部位を使うの?」

「全部使うから根っこから抜いて貰えるとありがたい」


 リュウノアカネもドラゴンフロウと同様に竜の棲息域付近に生える薬草だ。

 ただしこちらは気温が高く雨の多い場所限定なので、ドラゴンフロウより入手が困難である。

 前回来た時はなかったのだが、今回は気温も上がり雨も多い季節になったから生えてきたのかな?

 この薬草は毒や麻痺、視力低下、石化に加え沈黙や軽い呪い系など魔法系の状態異常にも効果があり、品質が良ければ体力の回復効果もある優秀な薬草だ。

 リュウノアカネは以前少し触ってみて大失敗してしまい、心に勿体ないの傷を負ってしまった事がある。

 読んだ本によればドラゴンフロウより扱い易いらしいが、俺の中では高級素材で失敗してしまったというトラウマを蘇らせる薬草だ。

 今ならいけるかなぁ……。ドラゴンフロウより扱いやすいって話だし、ドラゴンフロウの前にリュウノアカネのポーションにチャレンジしてみるか。

 ドラゴンフロウもリュウノアカネも手に入る場所が限られているので自分で調合したことはほとんどない。そして失敗しかしていない。

「けっこうたくさん生えてるから、多めに持って帰れば失敗しても大丈夫でしょ。足りなくなったらまた採りに来ればいいよ」

 アベルはそう言うが、やっぱ失敗したら勿体ないんだよおおお!!

 どんなにたくさんあっても勿体ないものは勿体ないの!!

 はー、とりあえず気が済むまで採取して帰ろ。

 このあたりまでは平和だったんだ。



 納得するまで薬草を集めたのでそろそろ帰るかと思った頃、ふと緑の茂みの中にある赤い実が目に留まった。

「あの赤いの、ルチャキャロットって見えるよ。確か地域固有のラゴラ系だよね、初めて見たかも」

「ああ、あまり強くないが地上に出てくると足はクソ速いって、ギルドの資料で見た。でも体力回復系のエクストラポーションの材料になる」

「よし、捕まえよう。あんまり強くなさそうだね。ラゴラ系なら定番のスリープで眠らせてがいいのかな」

「そいつ魔石から光属性の熱光線を撃って来るらしいぞ」

 ミ”ーーーーッ!

「うわっ!」

 俺が声をかけるより早く、アベルがスリープを使おうとしてルチャキャロットに光線攻撃をされて、慌てて避けたが熱線に触れてしまった髪の毛先が僅かにチリチリになった。

「こんのニンジンめ! ニンジンのくせに生意気な!!」

 あ、キレた。

 キレたアベルがルチャキャロットに攻撃をしようとしたら、ルチャキャロットは素速く土から抜け出し猛スピードで走って逃げていった。


 こうして始まってしまったジャングル内の鬼ごっこだが、ルチャキャロットの足が想像以上に速くて追いかけるだけでやっとである。

 最初のうちはアベルがバッコンバッコンと魔法を撃っていたが全て躱され、今は諦めて追いかけているだけだ。

 そしてその騒ぎを聞きつけたのかバロンがひょっこりと現れて、この鬼ごっこに加わった。楽しそうで何より。

 そして現在に至る。


 ルチャキャロットはルチャルトラ固有のマンドレイク種の仲間で、その根は高い体力回復効果を持っていて、扱いも比較的簡単らしい。

 また実や花も食用可能で、根ほどではないが体力の回復効果があるらしい。

 地域固有種という事もあって、資料で見たことはあっても実物に遭遇するのは初めてだ。

 その見た目は先端がいくつにも分かれた、やや太めの白っぽい根っこ。キャロットというからには、ニンジン系なのだろうか?

 そしてその根は俺の腕ほどの太さで長さは一メートル超え。いや。毛のように細くなった部分まで入れると二メートル近いかもしれない。

 五〇センチ程度のものが多いマンドレイク系の中ではかなり大きい方だ。

 ちなみに、マンドレイクと名の付くものは正統派のマンドレイクのみで、その亜種はラゴラという具合に名前で分類がわかるようにされている。

 ルチャキャロットは亜種の亜種なのでラゴラすら名乗らせて貰えなかったようだ。


 このルチャキャロット、対峙するのは俺もアベルも初めてで、ぶっちゃけよくわからない。

 資料によると、ランクはCとあまり強くない。しかし、地上を走り回る速度は速く、攻撃をすれば先ほどのように根の上のあたりにある二つの魔石から光属性の熱光線を撃ってくる。

 その魔石の位置がなんとなく目のようで、そこから発射される熱光線は生き物の目からビームが撃たれているようでちょっと面白かった。

 ニンジンに目からビーム撃たれるイケメンなんてなかなか見ることができない。

 更に走り回っているうちにどんどんと赤くなり、完全にニンジン色になると目……魔石から極太の熱光線を撃つとかなんとか。

 光線は威力こそ高いが、ルチャキャロットの正面に直線上のみで射程も短く、発射前に前兆があるため避けやすいと資料にあった。

 まぁ、極太といってもルチャキャロットの大きさを考えるとたかが知れているだろう。

 足が速くて捕まえるのは大変そうだが、調合のスキル上げのためにぜひ欲しいぞおおおおお!!


 俺は調合のため、アベルはキレているから、バロンはきっとお祭り気分。

 その二人と一匹で少しずつ赤くなっているルチャキャロットを追ってジャングルの中を全力疾走中である。

「ところでバロン、今日は子供達は?」

「子供達、冒険者ギルドで勉強。バロン、退屈」

 なるほど、子供達がいなくて退屈しているところに俺達が森で騒いでいたから、聞きつけてやって来たのか。

 しかし、バロンが協力をしてくれるなら心強いぞ!

 俺達だけだと逃げきられてしまいそうだが、ジャングルの守護神様がいればきっとなんとかなる気がする。

「そんなことよりあのニンジンどんどんジャングルの奥へ行ってるよ!! 早く捕まえないとシュペルノーヴァの領域の方に逃げ込まれちゃいそう」

 確かに爆走するニンジンを追い回しているうちに、随分魔力が濃い辺りまできてしまった。

 途中で何度か冒険者らしきリザードマン達ともすれ違ったが、ここまでくると人の気配は感じなくなった。

 バロンと一緒に爆走していたから、少し驚かせてしまったかもしれない。すみません。

 ここまで来ると時々魔物は出てくるくらいなのだが、それらもバロンを見て驚いて逃げていく。

 バロンかっこいい! 心強い!


「アイツ、足速い。でも、強い攻撃する時、止まる。そこ狙う、簡単」

 なるほど、噂の極太ビームを撃つ時を狙えということか。

「了解、随分赤くなってきたからもう少し追いかければ、噂の極太熱光線がきそうだな」

「ねぇ、極太の熱光線ってジャングルで撃っても火事になったりしない?」

 アッ!

「大丈夫、バロン、守る。バロンに任せる、みんな安心」

 さすがバロン様!! すっかり頼もしい守護神になって、マジで崇拝しちゃう。


 そうやって追いかけているうちに、ルチャキャロットの色がどんどん鮮やかな橙色になっていき、走る速度が遅くなり始めた。

「そろそろ攻撃がくるか?」

「正面はバロンに任せて、俺達は左右から挟もう」

「バロン、前にいる。強いの、バロンに任せる」

 ルチャキャロットが極太ビームを撃っても、バロンがなんとかしてくれるということかな?

 よし、正面はバロンに任せよう。


「いくぞ!」

 ルチャキャロットの足が遅くなり俺達の距離が詰まった。

 ルチャキャロットが魔力を溜めているような気配はするが、もう少し距離が詰まれは飛びかかって魔石部分を切り落とせる。

「走ってるからピンポイントで魔石部分は狙いにくいけど、空間魔法で引き寄せることはできるかも」

「お、じゃあ任せた。引き寄せてくれたら魔石を切り落とす」

 ルチャキャロットを挟むように、俺と少し離れた場所を走るアベルの提案に頷く。

 攻撃がくる前に倒せそうだな。極太ビームはちょっと見てみたいけれど。

「了解、引き寄せるよー」


 カンッ!


「え? 弾かれた」

「む?」


 ルチャキャロットの周囲を包むように薄い光の壁が現れてアベルの魔法が弾かれたように見えた。

 直後、鮮やかな橙色になったルチャキャロットが足を止めクルリと向きを変え、目のように見える二つの魔石が光った。

 まだ、間に合うか!?

 剣を抜き地面を蹴って大きく跳んでルチャキャロットに斬りかかった。


 ガンッ!!


 鈍い音と共に、振り下ろした剣が硬い金属にぶつかるような衝撃が手に返って来た。

 アベルの魔法の時と同様に、薄い光の壁が俺の攻撃を弾いたように見えた。

 くっそ、物理も魔法も弾くバリアか!?

 Cランクの魔物のくせにとんでもないな!?

 バロン君、これは簡単とは言わないのでは!? 守護神レベルの簡単か!?

「やばそう、引くよ!!」

「わかった」

 ルチャキャロットの色が更に鮮やかになり、赤いオーラのようなものが出ている。

 攻撃は通らないし、ルチャキャロットが不穏な雰囲気を出し始めたので素直に引くことにした。

 これが噂の極太ビームの前触れか?

 収束するようにルチャキャロットの二つの魔石に集まる魔力の量は想像以上に多い。

 この集まっている魔力だけ見ればBランク相当だな。


 俺とアベルがルチャキャロットから離れるとほぼ同時に、その魔石から極太の赤い光線が放たれた。

 や、マジ極太。

 やばっ!

 俺が両手を広げたくらいの幅があるんじゃないのか!?

 誰だよ! ルチャキャロットの大きさからして極太っていってもたいしたことないだろって勝手に思い込んでいたのは!?

 俺だよ、オレオレ!!

 近くに人の気配を感じないのは幸いだが、ジャングルの被害は大きくなるかもしれない。

「大丈夫、バロンいる、ジャングル安全」

 ルチャキャロットから放たれた光線の正面にバロンが立ち塞がり頭を下げて、跳んで来た赤い光線に頭突きをするようにぶつかって、頭をブンと上に振って光線を上に弾き飛ばした。


 パァンッ!!


 バロンが頭で受け止めたルチャキャロットのビームは、ジャングルの上の方へと弾かれて跳んでいき、木々の上で弾けて消えた。

 それがまるで前世の記憶にある赤い花火のようで、思わず動きを止めて見入ってしまった。

「あ、グラン! ニンジンが逃げちゃう!」

「しまった、待てっ!!」

 ここまで追いかけたのに逃げられるわけにはいかない。

 アベルの声で我に返ってすぐに追いかけたが、茂みの中から飛び出して来た大きな赤い影がそれを鷲づかみにした。


「いよぉ、お前らジャングルの中を走り回って祝砲まであげて、随分と楽しそうじゃねーか」


 うげえええええええ! ベテルギウス!!

 や、何も悪いことはしていない!! 最後が少し危なかったけれど、バロンが処理してくれたから被害はなし!!

 相変わらずの威圧感に思わず怯みそうになったが、そういえばやましいことは何もなかった。

 バロンが俺の後ろにこそこそと隠れている気配がする。

 大丈夫だよ、バロンのおかげでジャングルに被害はなかったのだから。

 って、なんでアベルまで俺の後ろに移動してんだ!?


「あ、どうも、お久しぶりっす」

 といっても半月ぶりくらいか?

 ベテルギウスに苦手意識がありそうな二人の気配を背に、俺は笑顔を保ちながら挨拶をした。

 でも内心少しビクビクしてる。


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