第373話◆使い方いろいろ
今日はパッセロ商店に納品に行く日。
せっかくなので昼飯にセファラポッド焼きを振る舞おうかなぁと、先日作ったセファ焼き機と材料をいろいろと持参した。
その材料の準備をしているのをアベルに見つかってしまい、何故かアベルまでついてきた。
今日は実家に行かなくていいのか? え? お兄様煽って満足したからしばらく実家には近寄らない? へ、へぇ……?
え? それに俺を一人にすると何をやらかすかわからない?
失礼だな! 俺がいつ何をやらかしたって言うのだ!!
……あ、先日やらかしたばっかりでしたね。その節はご心配をお掛けいたしました。
納品を終え、久しぶりにお店の隅っこで間借り営業をした後、裏庭を借りて昼飯のセファラポッド焼きパーティーだ。
裏庭に持ち出したテーブルを囲みながら、俺とアベルがせっせとセファ焼きを焼いている。
パッセロさんと奥さんのマリンさんは俺達がセファパをしている間は店番をしているので、焼き上がったものをお店の方へ届けよう。
「ほへー、今度はオルタ領のダンジョンに行くんですか? 最近見つかった新しいダンジョンですよね?」
「そそ、来週の納品は二週分纏めて持って来るよ。再来週までには帰って来るつもりだけど、ドリーの指揮だと長くなりそうだなぁ。おっと、そろそろいいかな? 熱いから気を付けろよ。ほい、キルシェの分」
「丸い! 鉄板は半球型なのに丸い! 不思議!」
焼き上がったセファ焼きを皿の上に載せキルシェに手渡した。
「ドリーは期限を決めないでダンジョンに行くと、荷物が持ちきれなくなるか物資が尽きるまで籠もりたがるもんね。稼ぎはすごい事になるけど、食材ダンジョンでグランがいる状況だと、一年くらい帰って来られなくなりそう。はい、これはアリシアのね」
「ありがとうございます、アベルさんも料理ができたのですね」
「グラン程じゃないけど一応俺も冒険者だからね、野営でやることはだいたいできるよ」
アベルはすっかりセファ焼きのスキルが上がってしまっている。
冒険者をやめたとしても、超イケメンセファ焼き屋で生きていけそう。
「ドリーなぁ……、前にがっつりとダンジョンに籠もってみたいって誘われたことがあるな。断ったけど……ドリーはほんとダンジョン好きだよなぁ」
ドリーは屋外よりダンジョンの方が好きなようで、ダンジョンへ行くと状況が許す限りダンジョン内の活動を続けたがる傾向がある。
放っておいたら物資がなくなるか、回収したものが持てなくなるまで籠もろうとするので、ドリーのパーティーでダンジョンに行く時はあらかじめ期日を聞いておかないと、いつ帰って来られるかわからなくなる。
俺とアベルの収納の容量を考えると、それが溢れるまで籠もったら冗談抜きで月単位で帰れなくなりそうだ。しかも食材ダンジョンなら食い物には困らない。
やだ、お家のベッドで寝たいし風呂にも入りたいので、長くても一週間か十日くらいにしてほしい。どんなに粘っても一ヶ月くらいでお家に帰りたい。
「グランがいると食事には困らないからねぇ。ドリーが仕切ると長くなりそうだから、今回はグランがパーティーリーダーをやったら? せっかくAランクになったんだし、ドリーに言えば快くやらせてくれると思うよ?」
「やだよ、面倒くさい。リーダーっていえばすごく聞こえはいいけど、事務的な意味で雑用係じゃん。ドリーのパーティーだと物理的に雑用係になるのに、これで事務面でも雑用係になるともう真雑用係じゃないか」
パーティーリーダーといえばすごく聞こえがいいし偉く感じるが、実際のところパーティーリーダーの主な役目はパーティーの指揮というより雑用係である。
目的地の下調べと日程の計画、遠出の場合なら宿の手配、もしもの時の予備物資の準備、目的地に合った依頼の選別と受注と達成後の報告、帰還後には儲けの計算と配分等々。
特に冒険者ギルドの関連手続きは、各自でやるよりリーダーが纏めてやる方が、自分達もギルドの窓口も手間を減らせるので、ほぼパーティーリーダーに丸投げされる。
これ以外にも、他のパーティーと狩り場が被った時の交渉や、トラブルになった時の対応、特殊な場所なら許可の手続きでお役所に行く事もある。
パーティーの戦力が足りなかったら能力的に丁度良く尚且つ他のメンバーと相性のいい人材を冒険者ギルドで探してこないといけない。パーティーメンバー同士の争いがあれば仲裁しないといけないし、パーティーメンバーが何かやらかした時には後始末をしなければならない。
ぶっちゃけ面倒くさい。パーティーリーダーなんて誰かにやってもらって、俺は後ろからヒヨコのようについて行くのがいい。
パーティーリーダー手当を付けていいレベルで面倒くさい仕事なのだが、ドリーのパーティーリーダーの場合、稼ぎは全員で等分である。
つまりドリーはいつもこの面倒くさいパーティーリーダーというスーパー雑用係をボランティアでやってくれているのだ。
ありがとう、ドリー!!
延々ダンジョンに籠もるのはちょっと遠慮したいけれど、あの曲者だらけのパーティーのリーダーはやっぱりドリーしかいないよ!!
「だよねー、パーティーリーダーなんて絶対やりたくないよねー。面倒くさい事は誰かに任せて何も考えないでバンバン攻撃してるのが楽でいいよねぇ」
「わかるー、難しい事とか考えないで殴ってるのが楽でいいよな」
冒険者になって間もないキルシェの前で先輩冒険者の俺達がこんなことは言ってはいけないのだが、パーティーリーダーの仕事は非常に面倒くさい。いや、俺には荷が重い。
心を無にしてぶん殴るだけのポジジョンは気が楽でいい。
「オルタ領のダンジョンっていろいろな食材がたくさん手に入るって話ですよね。おかげで最近、海産物系の値段が少し下がりましたね。ふぁつぅ!」
キルシェがセファ焼きを一つ丸ごと口に入れてトロトロトラップにハマったようで、口を押さえてえぐえぐと涙目になっている。
「これは油断をすると口の中を火傷しそうですね。セファラポッドは本でしか見たことがないですが海の魔物ですね? 初めて食べましたけど見た目と違って食べやすいのですね」
口を押さえてハフハフとしているキルシェの横で、アリシアが少しずつお上品にセファ焼きを口に運んでいる。
「そういえばあの食材ダンジョンって海のエリアもあるんだっけ?」
以前アベルが黒くてテッカテカなくそでかい魚を獲ってきていたのも食材ダンジョンとか言っていた気がする。
「うん、あるよ。次のエリアに行くには海を越えないといけないから、そこで攻略が止まってるね」
船を持ち込まないと無理そうだとか言っていたやつだよなぁ。
ダンジョンの性質上、人工的な港を作って大型の船を長期間置いておくのは、費用的に厳しそうだなぁ。
しかし、そんな難易度の高いエリアを抜けた先にはもっとすごいエリアがありそうでワクワクするな。
「グラン、こっちで焼いてたやつもそろそろ冷めたかも?」
「お、そろそろいけるかな? じゃあこっちは上にこのクリームを絞って、チョコチップやナッツを振れば完成」
普通のセファ焼きを焼いている横で、もう一台セファ焼き機を並べて別のものを焼いていた。
小麦と卵とバターと蜂蜜の生地に少しだけ重曹を足して、中にはセファラポッドの代わりに季節の果物やチョコレートや木の実。
セファ焼きと同じ要領で丸く焼いて、焼き上がった後少し冷まして生クリームを少し絞って、チョコチップやナッツとトッピング。
丸くて可愛い一口サイズのケーキの出来上がりだ。
「材料を変えればケーキも作れるんですねぇ。他にもいろいろ作れそうですねぇ」
キルシェはすっかりセファ焼き機に興味津々。
お世話になっているしパッセロさんち用にも一つ作っておくかー。
「そうだなぁー、挽き肉料理や魚介類の料理もできそうだな」
「これで作ると一口サイズで食べやすいし、ケーキ系なら見た目もいろいろ飾れて楽しめそうだしいい調理器具だね。ねぇねぇグラン、これさレシピとセットで売り出したら絶対流行るよね?」
アベルの表情が妙にキラキラしている。
なんだかんだでアベルは細かい金儲けが好きなんだよなぁ。
「一口サイズだから食べ歩きもできるし、料理屋さんに売り込んだらたくさん売れそうですね」
あ、キルシェまで乗っかり始めた。
そんな料理屋に売り込むとか、たくさん作らないといけなくなるから面倒くさいぞ?
「あー、五日市で屋台をやっている方にも売れそうですね」
アリシアまで真面目な顔をしてセファ焼き機を見ている。
五日市でセファ焼き機を使った屋台をやってみたいというかアベルに屋台をやらせてみたいが、料理関連の出店は研修を受けて許可を取らないといけないので面倒くさい。
「いやいや、これは材料が金属だし作るのもちょっと手間だから量産は厳しいかなぁ」
タルバの工房に行かないと作れないし金属を使う量も多いので、残念ながら俺一人だとあまりたくさんは作れない。
「それじゃあティグリスを巻き込んで、面倒くさい事はバーソルト商会に全部丸投げしちゃおっか?」
うっわ、アベルが超笑顔でエグイこと言っている。
ティグリスさん大変そうだなぁ。
や、それは、俺も忙しくなりそうだな!?
最近のんびりと自堕落な生活を満喫していたのに、ダンジョン行きの準備と合わせて忙しくなりそうだな!?
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