第372話◆閑話:更に面倒くさい上司

「ねえ、ドリアン君」

 俺は知っている、この方との会話がこの言葉で始まる時はだいたい碌でもない事だ。

 報告は終わったから帰りてーなー。今日の晩飯何にしようかなー。

「はい、何でしょうか?」

 んなこたー思っても顔には出さないのが、貴族というものだ。

 このドリアングルム・オックス・サンドリエ・オルタ、貴族よりもドリーという名の冒険者の方が馴染んではいるが、これでも東の辺境伯一族である。


「ドリアン君、今帰りたいって思ってるでしょ? 夕飯のことを考えながら僕の話を聞き流そうとしてるでしょ? 全部顔に出てるよ?」

「え?」

 馬鹿な!? 完璧に無表情していたはずだが? まさかっ!

 冒険者ばかりやっているから、表情の管理が甘くなったか?

 やば、思わずひよってしまった。

「やっぱり、そうだよね? 表情が崩れたよ。あ、今、コイツ面倒くさい上司って思ったでしょ?」

 そうそう、そういうところが面倒くさいのだよ。

 今どころかいつも思っている。

「コホン、それで何かお話があったのでは?」

 風向きが悪くなったら話題を変える。それも貴族の話術の一つである。


「逃げたね。まぁいいや。こないださ、エクシィがお土産をくれたんだ。他の兄弟には内緒で」

 うわ、兄馬鹿話始まる。

 おっと、思わず不敬な言葉が頭の中で飛び出してしまったが、口に出さなければ問題ない。

「それはようございましたね」

 適当に相槌を打って流しておこう。

「うん、グラス一杯だけだけどね?」

「は?」

 意味がわからなくて思わず素で声が出てしまった。

 アベルは今度は何をやらかしたのだ!?

「魔法の水って知ってる?」

 魔法の水?

 あ……あー……。もしかしてあれか?

「発泡性の液体ですかね。シランドルの火山地帯辺りでよく湧いている」

 火山地帯で似たようなのが湧いているのはたまに見かけるが、アベルが持ってきたものならそれではなくグランが作ったものだ。

 酒に似たようなものはあるが、それらとも違う。

「そうそう、エクシィが不思議な飲み物を持って来たんだよね。グラス一杯だけ。贅沢に高級スパイスを沢山使ったシロップをその魔法の水で割った飲み物でさ。ねえドリアン君? ドリアン君の諜報力でそれの正体を調べられない? ヒントだけでもいいよ。なんならレシピの保護と十分な報酬、もっと研究したい事があるなら予算も付けるよって交渉できない?」


 魔法の水は心当たりがあるが正体までは知らない。俺の鑑定スキルでは魔法の水としかわからなかった。

 原材料は魔法の粉だ。

 要するに何も情報がない。

 それに高級スパイスのシロップ? なんじゃそりゃ? グランがまた何か作ったのか。

 うーん、グランの作ったものなら俺が聞いてもわからないものの可能性が高いな。


 アイツは無自覚だが職人肌だから、好きなものについて語り始めると周りを置いてけぼりで、ひたすら力説する。熱意は伝わって来るのだが、だいたいよくわからない内容だ。

 スライムの話題はとくにやばい。スライムの話をしている時のグランの言葉はマジで呪文。難解な古代の呪文を唱えているように思えてくる。

 いや、ユーラティア語なのだが、何を言っているのかわからない。しかも熱がこもりすぎてすごく早口。

 まさに呪文である。


 しつこく聞けば教えてくれそうだが、あれは商売も絡みそうだしアベルの邪魔も入りそうだから難しい気がする。

 この方のことだ、能力を認めれば高待遇を約束してくれるはずだ。

 だが貴族が苦手なグランがそれに釣られる可能性は低い。何よりアベルがすごく嫌な顔をするだろう。

 一応それとなく話してはみるが、無理強いはできないな。


 あの魔法水と粉については、今までもグランも詳しく語ろうとしなかったしな。何かまずいものでも使っているのだろうか?

 や、そうだったらアベルがこの方に渡したりはしないな。しないよな?

 しかし、なんてものを渡してくれたのだ。

 しかもグラス一杯だけとか、差し入れというか嫌がらせだよな?


「でもエクシィの友達の彼のものなら、あまり嗅ぎ回るとエクシィに嫌われそうだよね。うーん、嗜好品としても酒の代替え品としても優秀なものになりそうなのだよね」

 実物を見ていないから何とも言えないが、高級スパイスを多く使っているなら、嗜好品としての価値は高いため貴族の欲を掻き立てる。

 それに酒ではないなら酔わないし、酒に弱い者でも飲める。酒が飲めない場面での高価な飲み物として使える。

 それにしてもグランはどこでそんな高級スパイスを手に入れたのだ?

 シランドルか!? そういえばシランドルに行った時に夜にこっそり出歩いていたし、行った先々で色々買い回っていたな。

「一応当たってみますが、期待は薄いかと」

 奴らの事を考えると無理に聞き出すことはしたくない。

 目の前の上司は面倒くさいが、本人達が考えあって公にしたくないものなら適当にお茶を濁しておく方がよいだろう。


「僕もエクシィには嫌われたくないからね。気になるけどあまりしつこく探らないでおくよ。ところで、エクシィ達がつい先日国の南東部から中部の辺りに行ってたみたいなんだけど、何か聞いてる?」

 あー、俺も後で知ったのだよな。

 おそらく、オルタ・クルイローでジュストを俺のところに連れて来た後に、アベルの転移魔法で移動したのだろう。


 俺が知っている情報だと、俺の実家であるオルタ辺境伯領から南東にあるプルミリエ侯爵領をうろうろしていたようだ。

 その折に領都フォールカルテの図書館で発生した強盗事件をあの二人が解決し、強盗犯を捕獲し図書館に監禁されていた人々を助け出したと聞いている。

 その助け出された中にプルミリエ侯爵のご令嬢がいたらしく、このことでプルミリエ侯爵が非常に感謝しアベルとの関係が急激に近くなったという情報がある。

 まぁ実際のとこはアベルがプルミリエ侯爵家に大きな貸しを作った感じだろう。


 プルミリエ侯爵家のご令嬢は才女としても有名で、その見た目は麗しく求婚者も多かったが確か未婚で婚約者もいない。

 社交の場にもほとんど姿を見せないため、プルミリエの幻の妖精姫などと呼ぶ者もいる。

 この妖精姫が巻き込まれたという図書館襲撃の犯人は、シランドル南にある砂漠の国の者だったらしいが、襲撃理由がその図書館に禁書があるとかというガセネタに釣られたという話だ。

 その後の調査でも禁書などは出てこなかったと聞いている。

 俺も情報を扱う身、ガセネタは他人事ではない。情報の質には十分に気を付けたい。


 その後の奴らの足取りは、ユーラティア中部の荒野ペトレ・レオン・ハマダ付近の町で途絶え、その二週間ほど後に奴らが住んでいるピエモンでグランの活動記録があり、その頃にはアベルも王都に姿を見せている。

 しかしその約二週間の間の情報がどうやっても見つからない。

 ペトレ・レオン・ハマダにでも行っていたのだろうか?

 確かにあそこは強い魔物が多く、未発見の遺跡も埋もれている可能性もあり稼ぎはいい。

 だがそこに行くなら付近の町で依頼を受けてから行くはずなので、冒険者ギルドからその痕跡が追えるはずだ。

 しかし、それもない。

 ペトレ・レオン・ハマダを北から東へと囲む山岳部にでも行っていたのか?

 いや、あそこは未開の地で冒険者すら近寄らない場所だ。

 地元民族の小さな村が点在しているが、山が深すぎてその地方の領主すら治めるのを諦めて、今では自治区状態になっているはずだ。

 数年に一度調査のために人員は送り込まれるようだが、地元の民の案内なしでは生還は厳しいと聞く。

 俺もあの辺りは行ったことないな。

 さすがに変人グランでも、そんな場所には行かないだろう。


「いえ、直接は何も聞いてませんね。俺の持っている情報はそちらの持っている情報とほぼ同じかと」

 転移魔法で移動するアベルの足取りを追うのは難しい。

 だがアベルは冒険者なので、行った先で冒険者ギルドに立ち寄ることが多く、そこから足取りを掴める時もある。

 気まぐれではあるが冒険者としての行動が身に染みついており、本人もそれが嫌いではないようで、行く先々で冒険者ギルドに立ち寄る傾向がある。

 グランと共に行動していれば、ほぼ確実に行った先で冒険者ギルドに立ち寄っているはずだ。

 そのためこの方はアベルの足取りを冒険者ギルド経由で把握している。

 権力の干渉を受けにくい冒険者ギルドだが、それすら強引に動かしてしまう兄馬鹿……いや、心配性な権力者である。


「そっかー、ドリアン君も知らないかー。そうだよね、ドリアン君はエクシィに面倒くさがられてるもんね」

 アンタほどではないと思う。

 おっと、危なく口から不敬がポロリするところだった。

「ところでさ、エクシィがあの飲み物以外にもプルミリエ侯爵領のお土産をくれたんだ。ドリアン君にもお裾分けするよ。品質が落ちないようにしっかりとした箱に入れているから、帰る前にうちの側近から受け取ってね」

 溺愛する弟に貰った土産を下賜だなんてどういう事だ?

 しっかりとした箱? 帰りに受け取れ?

 む、もしかしてここでは話せない機密性の高い仕事の指示か?

 貴族の会話には、わかる者にしかわからない遠回しな物言いをすることがある。

 身分が高ければ高いほど敵も多い。敵の目を欺くためただの雑談に重要な伝達事項を紛れ込ませる事もある。

 ただの雑談とはいえ気を抜くことができないのが貴族なのだ。

「はっ、ありがたき幸せ」

「いーよいーよ。どうせ一人では食べ切れないからうちの次男にもあげたし」

 食べ物関係? 何か意味が込められているのか? 弟君にも渡したということは、アベルの二番目の兄にも同様の指示がいっているということか?

 思ったより大掛かりな何かが予定されているのかもしれない。

 国北部、西の国々、砂漠の国、どこもきな臭い。そのどこかに関わる仕事の指示か?


 きな臭い場所が多ければ俺の仕事が増える。

 はー、ダンジョンに籠もる仕事がいいなぁ。

 長引いたって籠もっておけば面倒くさい上司から連絡来なくて、マジ休暇状態。

 うちの領で見つかった食材だらけのダンジョンならグランがいればダンジョンに住み付けそうだ。

 一年くらいダンジョンで休暇を過ごしたい。





 帰り際に受け取った箱は外部との接触を完全に遮断する付与がされていた。

 ここまで厳重に仕舞われているものとは何だ?

 まさか、危険なものか?

 いや、渡される時は何も注意はなかったからそれはないはずだ。

 念のため実家が王都に所有するタウンハウスの別棟で人払いをしてから開けた。



 めちゃくちゃ臭かった。



 これはプルミリエ侯爵領に生息しているドドリンという魔物ではないか!?

 添えられた手紙には、臭いはキツイが味は悪くないと書いてある。

 ついでに、感想を聞かせてくれとまで書いてある。

 これを食べろというのか!?


 遠回しな指示とかではなく本当にアベルの土産だったのか!?

 強固な箱の中に入れられていたのは、単純に臭いからか!!

 アベル!! なんでこんなものを土産にした!!

 ダンジョンを禁止された腹いせか!!

 なんだこの兄弟!? 湿度の高い兄弟喧嘩に俺を巻き込むな!!





 この後、別棟がめちゃくちゃ臭くなってしまい、タウンハウスを管理している姉貴にめちゃくちゃ怒られた。

 解せぬ。



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