第369話◆丸い月の下で

 長く生きた木の中にはごく稀に自我に目覚め、木とは別の姿へと変化する個体がいる。

 理性より本能が強い木の魔物トレントとはまた違う。

 魔物というより妖精や精霊に近い存在、人に近い姿に変化する者が多いため、木人と呼ばれる事もある。

 それがドリュアスだ。

 どんなに木として長く生きていて自我に目覚めようとも、動く事のできない木が知れる世界は狭い。

 ドリュアスに変化して動き回る事ができるようになったとしても、自分の持つ記憶以上に賢くなるわけでもなく、他の生き物との接し方がわかるわけでもない。

 そのためドリュアスに変化したばかりの者は、イクリプスのような奇行に走る者も少なくないそうだ。

 ちなみにイクリプス君、木としては三桁の樹齢を生きてきた木だが、ドリュアスになってまだ五年と経っていないらしい。

 つまり五歳児以下!! 前世の感覚でいうと幼稚園児!! 力だけ持った幼稚園児!!

 冷静に考えると恐ろしいな!?!?!?


 生まれたばかりのドリュアスはそんなとんでもない存在なので、先に生まれたドリュアス達が生まれたばかりのドリュアスの面倒を見るのだが、まぁそのへんは人間の子供と一緒。長年知る事ができなかった世界に興味津々、珍しいもの好みのものがあればあっちこっちうろうろとして、目を離せばどこかにすっとんで行く。

 先輩ドリュアスさん達、マジ子育てママ状態。

 それでもドリュアスになる木は少ないため、ドリュアスに変化した者は大切にされる。

 イクリプス君も約百年ぶりのドリュアス誕生だったそうだ。

 おかげでそりゃあもう先輩ドリュアス達に可愛がられて、少しわがままに育ってしまったうえに好奇心旺盛で、あっちこっちうろうろしまくるやんちゃ小僧。

 そのくせ木の頃の記憶と感覚は残っているので、花の季節になって花粉をばら撒かないといけないという使命感にかられて今回の奇行だったというわけだ。

 いやマジ、妖精ってホント謎に満ちた生き物だね!!!


 そんなドリュアスだが、木として生きていた頃は動物の番を見守る事が多いため、恋愛や番というものに憧れる傾向があるそうだ。

 なるほど、これが三姉妹達の言っていたドリュアスの婚活か。

 ダメだ、そんな五歳児にうちのフローラちゃんはやらないからな!!

 イクリプスだけではなく、他のドリュアス達もその傾向が強いらしいが、女性のドリュアスは花粉が飛ばせない男には興味ないとかなんとか。

 男性のドリュアスも花粉を飛ばすので、植物以外の生き物には避けられそうだな!?

 うむ……植物系の生き物と仲良く愛を育んでくれ。




「だからさー、それはグランの常識であって、それを世間一般の常識みたいに言うのやめてくれる? 人間がみんな収集癖のある変人だと思われるじゃないか」

「はぁ? ものがあったら集めたくなるのは当たり前だし、世界中には面白いものがたくさんあるし、収納系の能力があるなら残しておけばいつか役に立つだろぉ?」

「面白いものはたくさんあるけどさ、グランの感覚でものを集めてたら森がゴミで埋まるよ!」

「はあああ? 分ければゴミじゃないだろ!」

「分けずになんでもかんでも突っ込んでるから、ゴミだって言ってんの!」

「若いドリュアスよ。私も人間というものは詳しくないが、あの二人は人間でも変人にあたる部類に間違いない。あれらを基準に思わぬほうがよいぞ」

「なるほど、そんな気はしていた」

 出された食事と酒を頂きながら、酒も回ってきていい気分でイクリプスに人間の話をしていたら、気付けばアベルと口論になっていた。

 なんでだ、人間の法に従えるならドリュアスだって冒険者になれるだろ!? 冒険者になったら素材集めはその醍醐味だろ!?

 イクリプス君にそう教えたら、アベルが割り込んできて俺の事を変人扱いし始めたのだ。失礼なやつだな!!

 って、ラトが何か俺達に失礼な事を言った気がするぞ!?


「ほほほ、楽しそうじゃの。イクリプスももう少し他の者との接し方を覚えたら、人の町へ行ってみるのも悪くないかもしれぬな。人の町は賑やかでよいぞ。ここでは見られぬものがたくさんある」

 そう話すミッシィアニエルの表情は何かを懐かしんでいるようだった。

 この口ぶりから察すると、人間の中で過ごした事もあるようだ。


「人間の町には興味ある。だが、ずっと森の奥にいたから人間などほとんど会った事がない。人間だけではない他の生き物にもどう接していいかわからない」

「まぁ、いきなり攻撃したり花粉を飛ばしたりしなけりゃいいんじゃないかな? 誰だって何かを始める時は必ず"初めて"を経験するんだ」

「そうだねぇ、誰だって最初は初心者だからね。でも予習は大事だからね、行動する前に下調べはちゃんとしようね。人間だって場所によって習慣もルールも違うんだ、それはきっと人間以外の種族も一緒だよ」

 うわ、アベルがすげーまともな事を言ってる!?

「そうだなぁー、でも行き当たりばったりもわりと楽しいし、それが旅の醍醐味だったりもする」

「グランは行き当たりばったりすぎ」

 だって知らない場所に行く時は到着するまで楽しみを取っておきたいじゃん。


「人間の事を知りたいと言ったらもっと教えてくれるか?」

 先日の事でミッシィアニエルにコッテリと怒られたのか、今日のイクリプスは妙に大人しい。

「まぁ、暇な時なら。家に来るなら門から来いよ? 呼び鈴を押して待ってれば結界に吊される事はないから」

「お、おう、わかった」

 イクリプスは二度も吊されたのがトラウマになったのか、結界の話をした途端に顔が引き攣った。

「でもただで教えるのはねー? ねぇねぇ、イクリプスに色々教える代わりにさ、庭の草むしりしてもらおうよ。植物同士だから仲良しでしょ?」

 どういう理論だかよくわからないけれど、草むしりを手伝ってもらえるなら悪くないな。

「草むしりくらいならやるぞ! 植物の事なら詳しいぞ!」

 さすが元ご長樹、植物の事なら詳しいようだ。

「よかったのぉ、イクリプス。せっかくドリュアス以外と交流が持てるのだ、縁を大事にするのだぞ。そなたらもイクリプスが迷惑をかけるやもしらんが、よろしく頼むぞえ。もし悪い事をしたらきつく叱ってやってくれ」

 そう言ってミッシィアニエルが俺とアベルに頭を下げた。

 格の高そうな妖精に頭まで下げられると断るわりにくい。

 まぁ、少し大人しくなったイクリプス君ならたまに話すくらいならいいか。


 いつの間にか高い位置まで昇った大きな満月が俺達を照らし、その光を浴びたミッシィアニエルの頭にある冠が白く大きな花を開き始めていた。





 出された食事を摘まみながら酒を飲んでいるうちに月は高くなっていき、ミッシィアニエルの冠の白い花は月の進行と共に更に花弁を広げていっている。

 フローラちゃんのプレゼントはなんとも粋な趣向の冠だった。

 森で採れる植物を中心とした料理は想像以上に多彩で、ドリュアスは火が苦手と聞いていたにも関わらず、火の通った料理が多かった。

 そして酒。

 美味い! 飲みやすい! 

 花の蜜を薄めたような甘味と、リュンヌの花のような甘い香りの酒。

 甘味が強いのに蒸留酒のような強さ。

 やばい、ついついグイッといってしまう。


 最初に脱落したのはイクリプス。机の上につっぷして完全に寝てしまっている。

 まぁ、ドリュアス五歳児だから酒に弱いのは仕方ない。

 俺もアベルもチビチビと飲んでいるのだが油断するとイクリプス君のようにテーブルに沈んでしまいそうだ。


 ドリュアスの料理は火は使わないが代わりに光魔法の熱で調理をしているようだ。

 肉よりも植物が多く、肉好きのアベルのテンションが下がるかと思いきや、一見肉に見えるように調理された料理に興味津々である。

「これも野菜だよね? グランが作る挽き肉のステーキにそっくり。火を使わずに光の熱で調理してるのかー」

「それは豆をすり潰して麦の粉を混ぜたものじゃの。光も集まれば火になるが、火を使うよりまし故に、熱が必要な時は光の力を借りるのじゃよ。まぁ、食事などせずとも光と水と大地の力があれば腹は減らぬのじゃがな。やはり、酒と食事は不要とは言っても楽しいものじゃ。不要なものは余裕であり豊かさでもあるのじゃ」

 わかる、不要だと思えるものも、心の余裕に繋がるものなんだよなあ。

「こっちも植物をすり潰したものが蒸してある料理か。これも肉だとしか思えない味と食感だ。味も濃くて酒がすすむから飲み過ぎが怖いな」

「人間は肉好きが多いようじゃしの。気に入ってもらえたようで何よりじゃの」

 もうすでにかなり食べてしまい空いた皿が目立つようになっているが、これでもかというくらい色々な料理で歓迎された。

 本来食事の必要のない種族がこれほどまでにたくさんの料理を用意してくれたという事は、それなりの歓迎の証しである。


 それにしても、酒がきつい。

 つい先日、キノコ君の地図で大失敗をしているので今日はかなりセーブしている。

 しかしこのまま飲み続けると意識を飛ばしてしまう事になりそうだ。

 このままではやばイと思いもしもの時のために用意して来たものを収納からスッと取り出した。


「ドリュアスは酒が好きと聞いたので、実は酒を用意してきているんだ。あまり強い酒ではないので口に合うかわからないが、どうかな? グリュキュエリヤの花を白ワインに漬け込んだものだ」

 グリュキュエリヤとは秋に橙黄色の小さな花を無数に付ける木で、その香りは非常に強いが嫌みはなく甘く優しい。

 うちの傍に立派なグリュキュエリヤの木があり、去年の秋にその花を集めて、アベルに頼んで少しいい白ワインを買って来てもらい、それに漬けておいたのだ。

 それとは別にリュネ酒と同じ要領でポラーチョの酒に漬けたものもあるが、今回は相手が格の高い妖精なので高級ワインに漬けたやつだ。


「ほう、グリュキュエリヤとな? なるほどこれは良い香りだ」

 酒の入った瓶の蓋を開けるとふわりと甘く爽やかな香りが溢れ出した。

 花から出た色で琥珀色に染まった白ワインを、収納から取り出したワイングラスに注ぎミッシィアニエルの前に差し出した。

「なんだ、そんな酒を隠し持っていたのか?」

 それに反応したのはラト。

「隠してたわけじゃなくて、飲み頃になるまで熟成させていたんだよ」

 まぁ、実のところ漬けて熟成させるため倉庫の地下に置いて、そのまま忘れていただけだけれど。

 本来なら三年とか漬けておくものだから、もうしばらく忘れていても問題なかったので忘れていたうちに入らない。

 ちなみに持って来る前に収納先生で熟成を完了させた。今日もありがとう収納スキル様!!


「これはこのシュワシュワの水で割っても美味しいんだ」

「あ、俺もそっちが欲しいな」

 アベルは俺の意図がわかったらしい。

 ドリュアスが出してくれた酒は蒸留酒のようなきつい酒で、それをそのまま何杯も飲むのは非常にきつい。

 お酒は自分に合ったものをほどよく美味しく飲みたい。

 強い酒をこれ以上飲むのはきついと思い、元からあまり酒精の強くないワインを更に炭酸水で割るという、飲み過ぎ対策に出たのだ。

 フローラちゃんはお酒を飲まないから、グリュキュエリヤの蜂蜜漬けをシュワシュワで割ってあげるね。ついでにレモンも添えておこうか。


 よっし、これでもうしばらく飲めるぞ!!





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