第368話◆ドリュアスの住み処
穴を抜けた先は森だった。
森! 森! 森!
森しかない。
お迎えに来てくれたミニトレント君達が歩いている先には森の木々しか見えない。
その中を通る道を、張りだしている木々の枝を掻き分けながら進んでいる。
当然だがここは人の立ち入るような場所ではなく、道は獣道である。
「一応用心のためにフローラちゃんは俺とアベルの間ね。蔓がその辺の木に絡まらないように気を付けるんだよ」
フローラちゃんを振り返って声をかけると、うんうんと頷いた。
先頭をミニトレント君、その後ろをラトが歩いているので危険はないと思うし、魔物の気配も近くにはないのだが念の為だ。
俺の後ろにフローラちゃん、その後ろにアベルがいる。
「そう警戒する必要はない、すぐに到着する」
警戒をしながら周囲をキョロキョロと見ていた俺に、すぐ前を歩いていたラトが振り返って言った。
「お、おう。森しかないのでつい」
「森しかか……よく見よ。ここはドリュアスの住み処だ」
「え?」
ラトに言われて周囲を見回すが木しかないし、気配を探っても小さな生き物の気配があるくらいだ。
まさか周辺の木にドリュアスが混ざっているのか?
やべぇ、さっぱりわからない。
「アベル、わかる?」
「グランにわからないものが俺にわかるわけないでしょ。トレースしたらわかると思うけど、招かれて来たんだしその必要はないでしょ」
「ああ、そこまでしなくてもいいがさっぱりわからないのが悔しくて」
魔物の気配を拾うのは自信があったんだけどな。
ここまで綺麗に気配が森の中に馴染んでいるとさっぱりわからないし、なんだか悔しい。
ドリュアスというと先日の腰布君を思い出してしまい、そのせいでよけいに悔しい。
「ドリュアスは動いていなければ木と変わりない。わからなくても仕方のない事だ」
確かに木に擬態をして気配を消している時のトレントも見つけにくいからな。
ドリュアスは妖精だし、妖精は人間の前に姿を現す方が珍しいし、見つけられないのは諦めよう。
しばらく獣道を進むと森が大きく開けた。
その周囲は高い木々に囲まれその中心部には一際大きな木が空へと伸びていた。
そしてその木々の幹には不自然に白い花がいくつも咲いており、それがほんのりと白く光り、日没が近い森を照らしていた。
さすがにここはわかる。
ここまでの森の中とは全く空気が違う。
この大きな木、そして周りの木もただの木ではない。
大きな木の前まで来ると、俺達を案内してくれていたミニトレント君達がチョコチョコと小走りにその木の方へと走って行き、木を挟むように左右に立ってこちらに向き直った。
直後、空気が震え目の前の大きな木から白い花のローブを纏った小柄な女性が浮き上がるように姿を現した。
「ほほ、よく来てくれたの。なんじゃ、ラトも付いて来たのか、心配性な奴め。わらわはミッシィアニエル、この森のドリュアスの長老ぞ。今宵はゆっくりとしていくとよい」
前回は深々と被られていたフードは外され、長老というには若すぎる美しい顔と、豊かな葉が繁っているような長い髪が露わになっていた。
樹木のような質感の肌だったイクリプスと違い、長老の肌は人間のそれに近い質感で色も白い。
まさに妖精と言いたくなるような美貌の少女に見えるが、長老というからには……うん、考えるのはやめておこう。
「お招きありがとう。俺はグランだ、よろしく。口に合うかわからないが良かったら食べてくれ」
出来たての状態で収納に入れて持って来たヤマモモのタルトをドリュアスの長老に渡した。
「アベルだよ、招待ありがとう。これは俺から、人間の間で人気の蒸留酒とそれに合うチョコレート」
おい、なんかすごく高級そうなものが出てきたぞ! 蒸留酒はブランデーかな? いつの間に用意をしていたんだ!
アベルに続いてフローラちゃんも、植物で作った冠のような髪飾りを差し出した。
その冠には固く閉じられた蕾が付いており、パッと見しばらく開く様子はないように見える。
何か仕掛けのある冠なのだろうか?
「ほほほ、こちらの詫びで招いたのになんとも律儀な者達よの。ありがたく頂くとするぞえ」
ドリュアスの長老が俺達が持って来たものを見て目を細め、フローラちゃんから受け取った冠を頭に乗せた。
緑色の髪に緑色の冠なので色が被ってしまい目立たないのだがその表情は悪くない。
俺達の手土産は好感触だったようだ。
「それでは宴を始めるとするかの。好きなところに座るがよい」
ミッシィアニエルがパチンと指を鳴らすと、大きな切り株のようなテーブルが現れ、その周りには切り株の椅子も現れた。
そこに俺の腰くらいの高さのトレントがトコトコと歩いて来て、大きな切り株の上にテーブルクロスをかけた。
その後ろからは料理や酒をお盆に載せたトレントが続いてやって来て、木の幹を手のように使ってテーブルの上にそれらを並べていく。
トレントも小さいとめちゃくちゃかわいいな。
その給仕をしてくれているトレントの一匹に、ミッシィアニエルが俺とアベルが持って来た土産を手渡すとそれを受け取ったトレントが、いそいそと大きな木の裏へと引っ込んでいった。
せっせとテーブルを整えてくれているトレントに混ざってヒョロッと背の高い奴がいる。
「あっ! 腰布君!!」
「だ、誰が腰布かっ!?」
「ごめんごめん、今日は腰布じゃなくてエプロンか?」
ちっこいトレントに混ざって料理を運んで来たのは腰布君ことイクリプス。
今日は先日と違い花ではなく、緑の葉っぱを纏っている。その形は胸までカバーしているエプロンのような形で、腰から下は後ろまで葉っぱが生い茂っており踝まで丈のあるスカートのようになっている。
先日より変態チックさはないが上半身はエプロンだけで、木の幹のような肌が剥き出しなんだよな。
ドリュアスは花とか葉っぱとかが服代わりなのかな?
じゃあ先日のあれは……やはり変態じゃないか。
そして先日よりかは変態みが薄くなったイクリプス君、なんか妙にスッキリしている。
……頭が。
先日あった時は木の葉のような髪の毛がもっさりと肩の辺りまであったのだが、今日はその髪の毛がバッサリと刈り取られ、少しだけ葉っぱの付いたパイナップルのようになっている。
この世界にも一応パイナップルはある。南国のフルーツなのでユーラティアでは高価な部類であまり見かけないけど。
「ふっ」
横でアベルが笑いをこらえている。
おい、お貴族様、そこは貴族補正のポーカーフェイスをしてやれよ。
「わ、笑うなっ! こ、これは一応その、先日の無礼を謝罪する意味でだな……その、すまなかった」
イクリプスが俺達の前でガバッと頭を下げた。
「お、おう。まぁ、たいした被害も受けてないしな。俺らよりフローラちゃんだな」
ぶっちゃけ少し騒がしかったくらいで何も被害がないし、一番困ったのは知らないうちに見守られていたフローラちゃんだろう。
フローラちゃんの方を振り返ると困ったようにユラユラと揺れている。
フローラちゃんは喋れないのでその動きから大まかな感情を読み取るしかなく、困っているのはなんとなくわかるのだが、やはり細かい事はわからない。
「ふむぅ……、その花の子はイクリプスには興味がないようじゃし、突然謝られても困るよの。イクリプスよ、我らドリュアスは元は木とはいえ、ドリュアスとなったからには知も心もある存在だ。木としての時間が長かったお前にはまだわからぬだろうが、我らには時間がある。植物にはない他者との交流を、時間をかけて学べ。さすればわかり合える友にも番にも出会えるだろう。もうよい、今日は下がっておれ」
「はい。では、失礼します」
ミッシィアニエルに下がるようにイクリプスが頭を下げて森の方へと下がって行こうとした。
「長老さん、アイツも一緒にダメかな? 他者との交流を学べというのなら、この席がちょうどよくないか?」
ミッシィアニエルの話でなんとなくドリュアスの生態は察した。
おそらく長く生きた木が力を持ってドリュアスという妖精になるのだろう。
イクリプスは木からドリュアスになってまだ日が浅く、まだ木としての感覚が強く残っているのだと察した。
多くの木の中からドリュアスになった事への喜びと驕り、しかし積極的に他者に関わる事がなかった木としての長い時間と慣れない他者との交流、彼の中で驕りと焦りが悪い形で行動に表れたのかもしれない。
なんとなくイクリプスが、初めて他の子供と関わった小さな子供のように見えた。
子供故の狭い世界での知識からくる思い込みと暴走。人見知りだと思えば突然積極的になる。
見た目は成人男性っぽいが、ドリュアスとして幼子だと言われるとなんとなく納得しなくもない。
無差別花粉ばら撒きはちょっとどうかと思うが、まぁ植物の感覚ならそうなのだろうな。
「客人がそう言うのなら、そのようにしよう」
満足そうに微笑むミッシィアニエルは、俺がそう言うと予想していたような顔をしている。
「ほんとグランはあまいよねぇ」
アベルも呆れているが、ラトは意味ありげにニヤニヤと笑っている。
「だけど、席は俺の隣だ。フローラちゃんの隣はダメだ」
ユラユラと不思議そうに揺れるフローラちゃんを横目に俺の横を指差すと、そこにニョキッと切り株が生えて来た。
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