第367話◆準備はしっかりと

「ふんふんふふーん」

「グラン何を作ってるの?」

「ドリュアスの里に招待されるから、フローラちゃん用のアクセサリー。せっかくだからおしゃれしようねー?」

 変態襲来の翌日、朝から料理をしながらその合間にリビングでアクセサリーを作っていた。


 リビングからテラスにいるフローラちゃんに手を振ると、俺の言葉が聞こえているのか聞こえていないのか、ふわふわと蔓を振り返してくれた。

 フローラちゃんはリビングの外のテラスで三姉妹達に弄られている。

 今夜ドリュアスの里に招待されていると言ったら、妙に張り切り始めたのだ。

 フローラちゃんの花や葉を整えながらとても楽しそうに話している。

「うっわ、そのネックレスみたいなのもフローラちゃん用? 電撃に氷結に麻痺に吹き飛ばし効果まで付いてる」

「綺麗な花に変な虫が付かないためのお守りだよ。アベルは兄弟は男ばっかりだったっけ?」

「妹がいるよ」

 妹かー、アベルに似ているのならさぞかし美人そうだなぁ。

「その妹さんにさ、腰布一枚の変な奴が近付いたらどうする?」

「燃やす」

 間髪入れずに物騒な答えが返ってきた。

 アベルは意外とシスコンのようだ。

「だろ? フローラちゃんが変な奴に絡まれた時のお守り」

「なるほどそういう事なら俺も協力しようかな。装備はグランに任せて俺は便利な魔法をたくさん教えてあげよう」

 何に便利なのか非常に気になるな。


「おっと、そろそろタルトの生地が焼き上がる時間だ」

 キッチンからタルトの土台が焼ける甘い匂いが漂ってきたので、時計で時間を確認してソファーから立ち上がる。

「タルトの香りかー、いい匂いがしてきたからお腹空いて来ちゃった」

「さっき朝飯をくったばっかりだろ? それにこれは、今夜ドリュアスの里に行く時の手土産用」

 詫びで招かれたとは言っても手ぶらで行くよりは何か手土産があった方がいいだろう。

 変態イクリプス君はともかく、あの長老はかなり格の高い妖精のオーラが出ていた。

 非があるのはあちらだし、昨日の感じからして敵意は感じなかったが、妖精が相手なら何があるかわからない。

 きまぐれな妖精、ささいな事で突然機嫌が悪くなる事だってある。

 食べ物で懐柔というわけではないが、あちらが礼を尽くすというのならこちらも礼で答える。

 そんなわけで、妖精なら甘いものかなーとタルトを焼いている。

 ドリュアスは植物の妖精なので甘いものより肥料がいいと言われたら、スライム肥料でも渡すとするか。

 実は好物は肉だったりするのかな? 

 フローラちゃんも花だけれど肉は好きだしな。一応肉系も用意しておくか。

 ドリュアスの生態が不明すぎる。


 キッチンに行ってオーブンから焼き上がったタルト台を取り出して、冷めるのを待ちながら載せる具材を準備する。

 森で採れる木の実で作ったクリーム、それから今が旬のヤマモモとそのジャム。

 ヤマモモが酸味があるため、ジャムは砂糖を多めでかなり甘めに作ってある。

 今日のタルトはヤマモモをたっぷり使ったタルトだ。

 タルト台の上にまずは木の実のクリーム。ペースト状のクリームの中には、細かく砕いた木の実の粒をあえて残してある。

 その上にヤマモモのジャムをたっぷりと載せて、更にその上にヤマモモを中央が一番高くなるようにもりつけて完成。

 ついでに小さなミントの葉をちょこちょこと載せたらかなり可愛くなった。

 どうせアベル達も欲しがると思い、一口サイズのものも焼いてある。

 昼前だから一口サイズのを一人一個ずつだけだ。




「森に木は多いですけどぉ、ドリュアスさんの数は少ないですからねぇ」

「種の保存のために彼らも必死なのよ。まぁうちに来たドリュアスは話を聞く限りちょっと気持ち悪そうだけど」

「キルシェさんに借りたロマンスショウセツというやつにあったコンカツというものですわね」

 ウルよ、いったいどういう本を借りて読んだのだ。

 そしてキルシェ、それはどういう内容のロマンス小説だ。

 留守番を頼んだ間に三姉妹とキルシェがすっかり仲良くなり、三姉妹はキルシェに魔法を、キルシェは三姉妹に人間の文化を教えているようなのだが、俺の知らないところで予想外の方向に成長している気がしてならない。


 ヤマモモのタルトでティータイムをしながら、三姉妹にドリュアスの事を聞いてみた。

 俺もアベルもドリュアスを見るのは初めてだったし、その里に招待されるなんて思ってもみなかった。

 亜人とも言われるが妖精に近い種族故に、その生態はあまり知られていない。

 里に招待されたはいいが文化も作法も全くわからないので、現地でやらかさないように予習をしておこと思ったら、すっかり昨日の変態君の話である。

 三姉妹の話によるとドリュアスの数が少なく、植物系の妖精や魔物の間で子孫を残せるとかなんとかで、若いドリュアスはパートナー探しに積極的な者が多いらしい。

 なんとなく事情はわかったけれど、うちのフローラちゃんは腰布一枚にはもったいない。

「でもあの種族の男って必死すぎてちょっと引くのよねー。アイツらにフローラちゃんはもったいないわ」

「わかりますわかりますぅ。フローラちゃんは将来美人さんですからねぇ、相手はやっぱすぱだりという人がいいですねぇ」

「フローラちゃんには白馬に乗ったすぱだりという人がお似合いですわ」

 スパダリとかどこでそんな言葉を覚えた!?

 キルシェに借りた本か!? どんな本を借りているのだ!?

 キルシェもキルシェでどこからそんな本を買ってきているのだ。

 三姉妹の話にフローラちゃんが困惑した風に花をあちこちに向けている。

 そうだよね、フローラちゃんはアベル一筋だよね。俺は応援しているぞ!!


「とりあえずドリュアスの前でやったらいけない事とかあるかな?」

 招かれた側だが妖精の禁忌に触れる事だけは避けたい。

「そうですわね、とりあえず火は絶対ダメですわ」

 それはさすがにわかる。森の中だし不用意に火は使ったらダメだな。

「火は魔石もできれば避けた方がいいですねぇ。温める必要があるなら光属性ですねぇ。火以外にも氷も苦手ですねぇ」

 その辺は一般的な植物系の魔物の弱点とだいたい同じ感じか。

「塩も苦手な木が多いわね。後は植物を食べる虫も、特に葉や根を囓る虫が嫌いよ。好きなものは綺麗な水や光属性のものかしら」

 なるほどなるほど、だいたい植物。

「でも妖精さんなので甘いものも好きですよぉ。お肉も召し上がるみたいですねぇ」

 ふむふむ、肉料理を追加で作っておくか。

「それからお酒がすごく好きですわ。特に長老はラトの飲み友達ですから」

 なるほど酒好きかー、いいこと聞いたな。


「グランー、話に夢中になるのはいいけどキッチンからいい匂いしてるよー。何か作ってるんじゃないの?」

「アッ!!」

 そういえばタルトでティータイムをしている間にと、ショウガクッキーを焼いていた。

 キノコ君に貰った地図で採って来た新ショウガたっぷりのクッキーだ。

 キッチンの方からバターとショウガの香りが漂ってくる。

 危ない危ない、うっかりクッキーを焦がしてしまうところだった。

 バタバタとキッチンへ走って行き、クッキーを無事保護。

 三姉妹達がドリュアスの好物を教えてくれたので、それを参考に手土産を追加しておこう。




 そして日没が近付いた頃、ドリュアスの長に貰ったリュンヌの花が突然キラキラと輝き始めたので門へと向かった。

 招待されたアベルとフローラちゃん、そして何故かラトもついてきた。

「夜だから一緒に行けないのが残念ですわ」

「気を付けて行ってらっしゃい。ドリュアスは女性もコンカツってやつに必死だから気を付けて」

「ドリュアスの里を楽しんで来て下さいぃ~」

「ホッホーッ!」

 お留守番の三姉妹と、用心棒に来てくれた毛玉ちゃんに見送られながら門から外に出ると、手のひらサイズの可愛いトレントが二匹、門の外にある木の前で待っていた。


 手のひらサイズのトレントが木の前で二匹交互にピョンピョンと跳ぶと、グニョリと木の幹が膨らんでぽっかりと黒い穴が空いた。

 そこからドリュアスの里へと行けるらしい。

 ラトが迷うことなくその穴に入ったので、俺達もそれに続いた。



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