第366話◆それはストーカーだ
「なるほど、たまたまこの辺りに来た時にフローラちゃんを見かけて一目惚れをして、ちょくちょくうちまで通ってこっそりとフローラちゃんを見てたのか。それは、ストーカーだな!!」
「ち、ちがう。私はフローラさんに会いに来てただけだ。ただ話しかける勇気がなくて、木に擬態してフローラさんを毎日遠くから見守ってただけだ、っていたっ! 石やめて石!」
おっと、また収納が滑ってしまった。
そのうち間違えて土石流が出てこないように気を付けないと。
家の近くで土石流ダメ! 絶対ダメ!!
「間違いなくただのストーカーだね。犯罪者予備軍っていうか犯罪者? 平和と安全のために燃やしちゃう?」
「火はやめるんだ! 火は! 森の傍で火はだめだ!!」
む? ストーカーのくせにそれは正論だな?
やっぱ石ころは便利なんだよなぁ。
「いたっ! いたたたたたたっ!!」
おっとまた収納が滑ってしまった。
なんだかものすごくストーカー臭のするドリュアスの話を一通り聞いてみたのだが、やはりこいつ、フローラちゃんのストーカーだ。
勝手に一目惚れして話しかける勇気がないから、木のふりをして毎日見守っていただあ?
勇気を出して告白しようと思ってうちの敷地に入ろうとしたらラトの結界に弾かれて、無理矢理突破しようとしたら吊されただ?
ドリュアスは妖精だが、イクリプスはうちの結界をすり抜けられるほど格の高い妖精ではないようだ。
こんな変態妖精が結界をすり抜けて勝手に入ってきたら困るので、その点は助かった。
「で、これどうする?」
「まぁ植物だし吊してても問題はないと思うけど、柵の傍に居座られるとフローラちゃんも困りそうだしなぁ。フローラちゃん、柵の外には変態さんがいるから出たらだめだよ」
柵の外で吊るし上げられている変態を、俺達は柵の内側から見上げている。
俺の横でフローラちゃんもうんうんと頷いている。
「くそ! 私は干し草じゃないぞ! そして変態ではない!! 降ろせ! 早く降ろすんだ!! くそっ! 植物のくせになんで私の言うこと聞かないのだ! あれ? 魔法が使えない!? なんで!?!?」
騒がしい妖精だな。そして、変態には間違いないと思う。
こんなところにこんな騒がしい変態がいると落ち着かないな。
ただ吊されているだけなのかと思ったら、しっかり魔法も封じられているようだ。おそるべし、番人バリア。
「と言ってもこのトゲトゲ触手みたいなやつはラトの結界の効果だよなぁ。だったら簡単に切り倒せなさそうだし、放してもくれなさそうだな。ラトが帰って来るまで待つか……んー、アベルの転移魔法でいけるか?」
「いけると思うけどこいつ降ろしちゃっていいの?」
「ストーカー行為をやめて森に帰るなら降ろしてやってもいいかな? いきなり交際を申し込んだとしても普通に考えてダメだろ。相手の気持ちを考えて行動しないと嫌われるぞ?」
話しかける勇気がないから見守っていたくせに、どうしていきなり交際を申し込むまで思考がすっ飛んでいくのだ。
妖精の思考回路はよくわからないな。いや、ただのコミュ力が足りていない男か!?
「何故だ? 植物は普通なら交際宣言などなしに花粉……いたっ!! なんで!? 私は妖精で知能も高いので花粉より先にまずは清い交際を……いたっ!! 痛い!!」
やはり、妖精と人間では恋愛観にも大きな差があるようだ。
それにしても今日は収納の締まりが悪くて石がコロコロと出てくる。
「こいつの話はフローラちゃんにはまだ早い話だから聞かなくていいよ」
結論、こいつはダメだ。
「こいつこのまま吊しといてもよさそうだね。ラトが帰って来たら片付けてくれるでしょ?」
アベルも同感のようで肩を軽く上げて首を左右に振った。
「ま、待ってくれ! とりあえず降ろしてくれ、この日差しの中でずっと吊されていたら干からびてしまう」
そのまま干し草になってしまえば平和になりそうだなぁ。
といっても雨上がりの晴れ上がった午前、これから午後になるにつれさらに気温は上がるだろう。
人間なら長時間ひなたにいると体調が悪くなりそうなほど今日の日差しは強い。
といっても妖精だしなぁ……植物だしなぁ……光合成でしのげるんじゃね?
「や! 無理! 水もなしに強い日差しにずっと晒されるのは森の植物には辛い! お願い降ろして!!」
思っていたことが表情に出ていたのか、変態腰布君が涙目で訴えてきた。
うーん、どうしようかなぁ……今日は暑くなりそうだしなぁ。
「仕方ないなぁ……アベル、降ろしてやってくれ。いいか、もうストーカーなんかするんじゃないぞ」
「えー? 降ろしちゃっていいの? しょうがないなぁ、でも悪いことしたら火を点けちゃうからね」
アベルが指をパチンと鳴らすと腰布君が逆さ吊りの体勢のまま地面に移動した。
「ぶへっ!」
そして地面に顔面着地。
受け身の取れない高さに頭を下にしたまま転移とか地味にエグい。
「ほら、解放されたならもう森へ帰れ」
こんな変態ストーカーはさっさと森へ帰ってフローラちゃんの視界に入らないでほしい。
シッシと手で追い払う仕草をする。
「ふははははははっ! 愚かな人間め! こちらが抵抗できないと思ってよくも今まで散々石をぶつけて……あいたっ! ぐはっ!!」
拘束が解かれた途端悪役みたいなことを口走り始めたので、また収納の出口が緩んでしまった。今回はちょっと大きな石が出てきたな。
妖精は執念深い性質の者が多いのでうっかり傷つけると、このように仕返しをしてくる奴がいる。
今回の場合は相手が変態なので俺は悪くない。ただの言いがかりである。
「もう怒ったぞ!! フローラさんの同居人だと思って大人しくしていればいい気になりおって、愚かな人間にドリュアスの怒り思い知らせてくれる」
ええ……、あれで大人しくしていたのか? 十分騒がしかったと思うのだが。
「もー、グランが煽りすぎるからーって、アイツなんか大きくなってない? 火点ける?」
「え? 俺のせい!? うっわー木の妖精の本来は木だってか? ってこんなところで火はやめろ」
アベルだって野菜って言ってみたり、顔面から着地させたりしていたじゃないか。
などと思ったのだが、腰布君がどんどん巨大化し始め、その肌の質感がより硬質の樹皮のようになり、ヒョロヒョロしていた胴体がガッチリと太くなり、肩から背中にかけてたくさんの枝がメキメキ生え始め、腰から下も木の根のようにいくつにもわかれ周囲に張り巡らされた。
木のような姿になった後も腰の周り――根より少し上の部分には白い花がいくつか咲いている。
アベルが今にも火を放ちそうな勢いだが、このサイズの木を燃やすと周囲を巻き込んでしまう。
亜人の中には時々変身能力を持っている種族がいる。
獣人なら同種の獣へ姿を変える獣化能力、竜人なら竜に姿を変える竜化能力などがよく知られている。
ドリュアスは木人とも言われる種族なので樹化といったところだろうか。
そして変身後は、その能力が大幅に上昇する者が多い。
ひとんちの前で大木化するのやめてくんないかなぁ。さすがにこれだけでかかったら小石は効かなそうだなぁ。
樹化した腰布君ことイクリプスは十メートル弱ほどの高さになり、柵の外にドーンと立っている。
その姿はダンジョンでよく見かけるトレントにそっくりだ。
「ふはははははは! フローラさんに告白する前に捻り潰してくれる」
フローラちゃんに告白しに来たというわりには、三流やられ役みたいなことを口走りながら、俺達の方へ向かって肩や背中から伸びた枝を振り下ろしてきた。
一歩前に出てフローラちゃんを背中に隠しこちらに振り下ろされてくる枝を見上げる。
「フローラちゃんはこの木の人好き?」
念の為に確認はしておく。
世の中に絶対はない。万が一、億が一はありうるのだ。
俺が尋ねるとフローラちゃんはブンブンと花を横に振った。
無事万が一も億が一もなかったようだ。
フローラちゃんの気持ちが最優先だからね。
パァンッ!!
柵のすぐ内側に立つ俺の目の前に光の壁が浮き上がり、こちらに向かって来ていたイクリプスの枝を弾いた。
その直後、地面から太い触手が生えてきて大木の姿をしたイクリプスに巻き付き、それと同時に光の壁に弾かれた枝の先端からピシピシと白く凍り始めた。
俺達がいるのは柵の内側だから、腰布君程度の強さだとうちの結界は超えられないと確信はしていたが、結界に攻撃するとこうなるんだ……こわ。
億が一フローラちゃんが彼に対して好意的なら、結界に触れるのは止めようかと思ったんだけどね。
というか一回縛り上げられたのに学習能力ねーなぁ。
「うっわ、ラトの結界の反撃って変身能力も解けるんだ」
「魔法が使えないって言ってたから魔力封じ系の効果があるんじゃないかな? ドリュアスの樹化は身体強化系に近いんじゃないかな?」
一つ賢くなってしまった。
魔力を封じられてムキムキの大木から、ヒョロヒョロの若木に戻った感じに見える。
「くそ! くそ! なんで! どうして!!」
元の人型に戻り再び足を掴まれて逆さ吊りにされる形で、凍った手をバタバタとさせながらイクリプスが叫んでいる。
こいつはもうこのまま天日干しの刑でいいな?
後でカナブンでも捕まえてきて投げつけるか? それとも樹皮に傷を付けて樹液をすするタイプのカブトムシにするか? おっ、クワガタでもいいな?
「何度も結界を発動させおって、落ち着いて散歩もできぬではないか」
この変態がうちに二度と近付かないようにどうお仕置きをしてやろうかと考えていると、ガサガサと木が揺れる音がして森の中から大きな白いシャモアが姿を現した。
「うげぇ! 番人!!」
変態がラトの姿を見て動揺しているぞ!
ラトってやっぱすごいんだな。
「私だけではないぞ、ちょうどドリュアスの長と共にしておったから奴もいるぞ」
「まった、お前はよそ様の花に迷惑をかけおって! 見境になくあっちこっちで節操なく花粉をばら撒こうとするなど春先の針葉樹か!」
「げぇ! 長老!!」
腰布君、フローラちゃん以外にもストーカーをしていたのか……ダメだこいつ。
ラトが出てきた茂みのすぐ傍の木が少し揺らいだと思うと、幹がぐにゃりと膨らむように変形し、そこからフードを被り裾の長いローブを身に着けた小柄な人物が姿を現した。
イクリプスは長老と言ったが声は若々しい女性の声だ。
木の精というからには木と同じだけの寿命があるのだろう。
それは人間よりもずっとずっと長いと思われ、この若々しい女性の声の持ち主もフードで顔は見えないが……おっと女性の年齢には触れてはいけない。
危機管理能力のある俺は深く考えるのをやめ、長老と呼ばれた人物の方を向いた。
フードとローブに見えたのは小さな白い花。それが密集して白いフードとローブのように見えていたのだ。
腰布にしか見えない変態君とは大違いである。
「ほほほ、うちの若いのが迷惑をかけたようですまんの。こやつはこっちで仕置きしておく故、今回は見逃してやってくれんかの」
見逃すもなんもちょっとうちに近寄りたくなくなるようなお仕置きだけして森に返すつもりだったし、保護者が叱ってくれるならお任せする。
ついでにこの周辺を出禁にしてほしい。
「フローラちゃんに近付かないようにしっかり言ってもらえればそれでいいよ」
結界のおかげで実害は何もなかったからな。
雰囲気的にすごく強そうな感じがするしここは貸しにしておく方がいい気がする。
「ほほほ、心の広い人間だこと。この礼は必ずする故――そうじゃの、次の満月の夜に我らの里に招待しよう」
ポトリと俺とアベルの手の上に、フローラちゃんには蔓の上に、白く大きなリュンヌの花が落ちて来た。
「では、満月の日の日暮れ時に遣いを寄こす」
ブワリと花弁が舞って長老と呼ばれた人物と腰布君を包み、花弁が消えると二人の姿は消えていた。
「ところで次の満月っていつ?」
「明日」
アベルに聞いてみるとすぐに答えが返ってきた。
最近満月を見たばかりの気がしたが、それは妖精の地図の中の話だった。
え? 明日? えぇ!?
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