第365話◆花一輪あればいい

 侵入者避けの結界には虫一匹通さないような強力なものもあるが、そういったものは形成に手間もかかり維持するための燃費も非常に悪く使い勝手も良くない。

 一般的に使われる結界は場所に応じたものが使われ、裕福な家庭なら購入できる程度の値段で相応の性能の侵入者避け用結界魔道具も売られている。

 うちの結界は魔道具ではなくアベルとラトによるものなので、時間経過で効果切れの時期が近付くといつの間にか張り直してくれていて非常にありがたい。

 俺が最初に作ったエンシェントトレントの材木の柵も魔物避けの付与がしてあったのだが、完全に飾りと化している。むしろ役に立ったこともなさそうだ。

 魔法すごい! 魔法ずるい!!


 一般的に使われている侵入者避けの結界は目の粗いザルを伏せたようなイメージで、小さな生き物はその隙間をすり抜けて中に入ってくる。

 それが小さな虫や小動物なんかだ。

 物理的な大きさ以外にも、魔力的な大きさでも弾くことができるので、大きさが小さくても魔力の量で侵入を拒むことができる。

 うちもそんな感じで細かい虫はバンバン入ってくるし、飛んでくる鳥が植物の種を運んで来る。

 この小さすぎるものを弾くのが意外と困難で、このあたりまで遮断しようとすると高い技術を必要とし更に燃費も悪い結界になってしまう。

 そして伏せたザルなので、すでに中にいるものや中で生まれたものには効果がない。

 それに地面の中まで結界を張るのも地上よりも技術も必要とし、燃費も悪いので結界の効果は地上だけのものが多い。

 そういう要因があって侵入者避けの結界内でも、今日のような雑草と虫大増殖が起こってしまうわけだ。

 虫とか鳥がいない方が農作業には悪影響になるので、虫すら弾く結界は農地で使うことはあまりない。

 ……害虫だけを弾く結界用魔道具があったらいいのになぁ。無理だよなぁ。そんなものを作れたら絶対億万長者になれる。


 しかし結界も万能ではないので、結界を通り抜ける能力を持った者や、結界の制作者より遙かに高い能力を持った者の前では意味を成さない場合がほとんどだ。

 アベルが張った結界をいとも簡単に抜けて来たラトとか、いつの間にか家に入り込んでいる小さい妖精達がまさにそれだ。

 昨日ラトが妖精の地図に行く前に結界を強化していたが、それでも今朝起きたら靴が片方だけ磨かれていたし、夜中に水を飲んで台所に投げていたカップが綺麗に洗われていた。

 妖精じゃ、妖精の仕業じゃ!!

 うむ、妖精だから仕方ないよね。いつもありがとう。


 そんな結界を超えようとした奴がいるようで、侵入者や来訪者を知らせる魔道具がリンリンと鳴っている。

 んん? お客さんか?

 お客さんなら門から来るよな? 門には呼び鈴の魔道具が取り付けてあるし、やはり侵入者か。

 魔道具をポケットから出して見れば森の方向を指している。

 この侵入者や来訪者を教えてくれる魔道具は、結界が発動するか門の呼び鈴を押すかすると鳴るようになっており、侵入者を感知した場合はその反応があった場所を指す針が付いている。

 普段はリビングか俺の部屋に置いているのだが、ポケットに入る程度のサイズなので外に出る時でも持ち歩くことができる。

 まぁ、あまり客も侵入者も来ないので鳴ることは滅多にないのだが。

 滅多になさ過ぎてよくポケットに入れっぱなしにして忘れてしまい、時々服と一緒に洗ってしまったり、出かける時に一緒に持って出たりしてしまうこともある。

 気を付けないといけないのだが、ポケットの中はつい忘れてしまうのだ。


「森の方かー、確かに何かいるな。元気な魔物が柵にでも突っ込んだのかな」

 エンシェントトレントはBランクの魔物なので、弱い魔物は素材に含まれるエンシェントトレントの魔力を嫌ってあまり近寄ってこないのだが、ごく稀に柵に突撃してくる元気のいい魔物もいる。

「どんくさい魔物もいるもんだね。どうせなら夕食になる魔物ならいいのに」

 そうだなぁ、どうせなら美味しくいただけるやつがいいなぁ。

 うーん、しかしこの感じ獣系の魔物の気配ではないな。

「あんまたいしたことなさそうな奴っぽいけど、とりあえず見てくるかー」

 通知用の魔道具の針が指す方向には何か生き物の気配があるが、あまり強そうな感じはしない。

 少し触れたくらいでは結界に弾かれて魔道具の音は鳴らないので、音が鳴ったという事は結界を超えようとしてる、または結界にがっつりと攻撃をしたということだ。

 この感じだと結界の中にまでは入ってきてはいないようだ。

「あ、俺も一緒に行くよ。おにっくおにっくー」

 いや、多分肉じゃないぞ?

 アベルはもう少し気配察知系のスキルを鍛えた方がいいんじゃないかな?

「フローラちゃんも一緒にくるの?」

 侵入者がいると思われる場所に向かおうとすると、フローラちゃんも椅子から立ち上がり蔓を曲げて力こぶを作るような仕草をした。

 可愛いけれど、どこでそんな仕草を覚えたんだ?





「うっわ、肉じゃなくて野菜じゃん」

「いや、確かに植物だけど野菜とはちょっと違うし、これはちょっと食べないな……。ていうか、侵入者避けの結界って発動するとこんなことになるのか」

「これはラトの結界だろうね、俺のは弾いてちょっと凍るだけだからここまで物騒ではないよ」

 アベルとラトがうちに張ってくれている結界って弾くだけだと思っていたけど!?

 防衛機能が付いているなんて今初めて知ったぞ!?

 というか今まで無理矢理中に入ってこようとした奴なんていなかったからな。

 目の前の光景を何とも言えない気持ちで眺める。


「だ、誰が野菜!! そして食うだなんて野蛮な人間どもめ!! 放せ!! はやくこれをなんとかしろ!!」

「えーと、ドリュアス? 木の妖精かな? こんなところで何しているの?」

「いや、妖精の考えることは俺にはよくわからないな」

 俺達の目の前――柵の外には、地面から生えたふっとい触手のような植物に拘束されて俺の頭より高い位置で逆さ吊りにされている植物。

 いや正しくは植物の妖精、アベルの言うドリュアスというやつだ。

 ドリュアスは妖精の類だが、妖精というよりどちらかというと魔物や亜人に近い。木の姿をした亜人――木人とも呼ばれる種族だ。

 目の前にいるドリュアスは人の男性のような姿をしているが木の幹のような肌に木の葉のような質感の緑色の髪、体の表面を飾るように蔦が体の表面を這っており、ところどころ白い花も咲いている。

 見るからに植物系の亜人という姿である。

 しかしその花の咲いている位置が、人間の感性からするとちょっと困惑する。

 なーんでちょうど人間でいう股間から腰回りにかけて花が咲いてんのかなぁ……腰布代わりか?

 植物なので服を着ていないため、腰回りに咲いている白い花がちょうど腰布に見えるのだが、そのせいで面積の少ない腰布しか着けていない男性に見えてしまう。

 非常に言い難いのだが、あまり肌の露出の多くない文化の国においてこの恰好は変態さんに見えてしまう。

 植物の妖精なので性別があるかどうか不明なのだが、フローラちゃんが女の子というのならきっと性別はあるのだろう。

 そしてコイツは男であってるのかな?

 顔は人間基準だとイケメンだと思うのだが、吊されている光景とその腰布一枚みたいな恰好のせいで非常に残念な感じになっている。


 そんな残念な植物系男子が柵の外で、ラトの結界のものだと思われる植物に足を掴まれて持ち上げられる形で吊されている。

「ええと、どちら様? うちに何かご用で?」

「フローラさんに交際を申し込みに……いたっ!!」

 おっと、思わず手が滑って収納から小石が出てきて、指に弾かれて飛んでいってしまった。

 うっかり腰布君に当たってしまったようだ。

 いやー、すまんすまん。

「フローラちゃんに交際を申し込む前に、まずは名乗りたまえ。最近の妖精は礼儀もわきまえないのか? そんな奴との交際は認めない」

 礼儀のなっていない男にうちの可愛いフローラちゃんはもったいない。

「ふん、人間などに名乗る名前などいたっ! いたたっ! おのれ! 野蛮人間め!! いたっ!!」

 あっれー? おっかしいなー? 今日は妙に収納の締まりが悪くて石ころがやたら転がり出てくるぞぉ?

 あぁん? ちょっと土砂を詰め込みすぎたかぁ? 整理したばっかりなのになぁー、おっかしいなー?

「客でもないし帰るか」

「そうだね、野菜だし興味ないや。ラトの結界だし、ラトが帰って来た時になんとかするでしょ」

「ま、待て、私の名はイクリプス、森に棲むドリュアスだ。フローラさんに交際を申し込みたくいたっ! なんで! 名乗ったのに! ていうか、貴様らこそ名乗れ!! フローラさんと一緒に暮らしているくせに礼儀のなってない人……いたっ!! だからなんで石!?」

 あっれれぇ? 収納から勝手に小石がどんどん出てくるぞー?

 変態腰布野郎なのにかっこいい名前だな!?

 いや、名前はかっこいいのに変態すぎて残念な感じしかないな!?

「ああ、すまない忘れてた。家の主のグランだ。石は勝手にどんどん出てきているだけだから気にするな」

「同居人のアベルだよ。生のドリュアスって初めて見るけどうるさい妖精だね」

 確かに木の妖精なんてもっとこう、物静かで穏やかなイメージだったな。

 ただの変態だったなんて知らなかった。やはりこの世界には俺の知らないことがたくさんあるな。


「と言っているが、フローラちゃんはこの人とはそういう仲なのかい?」

 フローラちゃんの方を振り返って尋ねるとブンブンと花を左右に振った。

 これは否定の合図。

 しかもこれだけ力強く振っているということは全力で否定しているようだ。

「なるほど、じゃあお友達?」

 フローラちゃんはやはりブンブンと花を左右に振る。

 交際未満どころか友達未満だったようだ。

「うーん、じゃあ知り合い?」

 コテンと花を傾けながらその下側に蔦を添えるような仕草をするフローラちゃんはとても可愛い。

 こんなに可愛いから変な虫が付くのは仕方ないな。虫というか植物だけど。

 この反応からしてフローラちゃんの知り合いではないのかな?


 つまり知り合いでもないのに、家まで押しかけて来て交際の申し込み。

 もしやストーカー!? 見た目も変態!! 

 うーん、有罪!!

 やはりもう少し石をぶつけておくべきか!?




 

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