第364話◆シュワシュワしてパリパリ
「これは謎のシロップ、これはいつもの魔法の粉が入ったシュワシュワする魔法の水。このシロップを氷の入ったグラスに入れて、この魔法の水で割って上に氷菓子とチェリーを載せて、はい完成!!」
茶色のシロップに魔法の水を注げば、色が薄まって少しくすんだ黄色っぽい色になる。その上に大きなスプーンで掬ったアイスとチェリー、最後に長いスプーンを挿して完成。
前世の記憶にあったなんちゃらフロートとかいう、デザートを兼ねた飲み物だ。
お昼前だからガッツリとしたおやつを食べると昼ご飯が入らなくなるので、喉を潤して涼をとる程度の軽いものだ。
リビングの掃き出し窓から外に出たところにある屋根付テラスに設置しているテーブルを囲んで軽いおやつタイムだ。
これも俺達を見て覚えたのか、フローラちゃんは茎と蔓を器用に曲げて、人が椅子に座っているような姿勢になっている。
その茎と蔦のバランスからだんだんフローラちゃんが人間の女性っぽく見えてきた。
いや、フローラちゃんは女の子だからね、そう見えるのもおかしくないか。
「見てるだけですごく涼しくなる飲み物だね。で、謎のシロップって何? 鑑定すると薬草っぽい材料がたくさん見えるけど?」
すでに鑑定されていた。
名前を思いつかなかったので謎のシロップと言っただけなので何もやましい事はない。
「薬草っていうかスパイス系の植物だな。シランドルに行った時に買って来たものやラトがくれたものを色々混ぜて、更にショウガとレモンとハチミツを加えて煮た後に漉したものだな。ほら、このシュワシュワ感とスパイスのキリッとした味とハチミツの甘味が、作業をした後の乾きと疲れに気持ちいいだろう」
「うん、このプチプチしたのどごしと冷たさがたまらない。上に浮かんでる氷菓子は塩が入ってるんだね」
「汗をかいた後だからな、水分だけじゃなく塩も取らないとな」
アイスはいつもの生クリームと卵ベースのアイスだが、砂糖の他に塩が少しだけ加えてある。
隠し味程度なので、アイスの味を壊すことなく逆に甘さにアクセントを与えて引き立たされる感じだ。
美味しいし、何より汗で出て行った塩分も補充できる。
暑い季節には甘くてしょっぱいものが美味しく感じるし体にも優しい。
「フローラちゃんのは塩は入ってないからな」
フローラちゃんは植物なのであまり塩を摂りすぎるのはよくないと思い、塩なしのアイスが浮かべてある。
フローラちゃんは普通の植物とは違うし、日頃から肉やお菓子なんかも平気で食べているので摂りすぎなければ大丈夫そうだけれど、もしもの事があったらいけないからな。
フローラちゃんは蔓を人間の手のように上手く使って、一つでグラスを固定して、一つでスプーンを持って飲み物の上に浮いているアイスを口に運んでいる。
その仕草は器用であり、なんとなく優雅さと女性っぽさが垣間見え不思議である。
アイスを口に運んでゆらゆらして、グラスから飲み物を飲んでまたゆらゆらしてと、たぶん喜んでくれているのだと思う。
「これはバニラビーンズも入ってるのかー。他にも見かけない香辛料ばかりだし、これも魔法の粉ってやつを使ってるし簡単には作れないものだよね?」
「そうだな、たまたま手に入ったものでコストとか考えずに作ったので完全に身内用!!」
重曹を使っているのでこれは身内用!!
材料も近場で手に入らないものばかりで、たくさん作るのは無理なので身内でひっそりと楽しむのだ。
「そうだね、グランのところでしか飲めない飲み物っていうのも悪くないな。あ、でもちょっとだけそのシロップと魔法の水を分けて欲しいかも。ダンジョン禁止令を出したうえに山ほど仕事を押しつけた兄上にちょっと自慢したい」
アベルの顔がものすごく邪悪だ。
「それ自慢した後に面倒くさい事が俺に降りかからなければ別に構わないけど?」
秘密の素材が混ざっているから、作り方を教えろと言われると困る。
「グランには迷惑がかからないようにするから、ほんの少しだけ分けて欲しいな。ふふふふふ……、少し前に一番上の兄にだけお土産を忘れちゃって少し機嫌悪いんだよねぇ。ほんの少しだけでいいんだ、たくさんあると満足されたら意味ないからね。お礼に実家から超高級食材を持って来るからさ。ふふふ、ついでに兄上の執務室にドドリンも置いてこようかなぁ、よっしドドリンも差し入れしよ」
うわぁ……、ダンジョン禁止中はうちで大人しく本に囲まれていたと思ったが、ものすごく根に持っているな。
真っ黒な笑顔のアベルを見ながら、まったく面識のないお兄様に心の中で手を合わせておいた。
しかし超高級食材と引き換えなら仕方がない。アベル基準の高級食材だから少し恐ろしさもあるが、高級食材だから仕方がない。
うむ、これも高級スパイスたくさん使っているからな。対価が高級食材でもぼったくりではないな。
「うーん、これさ、なんか塩味のものが食べたくなるね」
スパイス入りのシュワシュワドリンクを飲みながらアベルがボソりと言った。
わかる、塩っぽいもの――イモ系の塩っぽいものが欲しくなる。
「昼飯前だから少しだけだぞー」
収納の中からスライスしてパタイモの素揚げを盛った皿を取り出した。
スライスパタイモの素揚げことポテチは俺が夜に作業をしながらつまみ食いするためにストックがたくさん作ってある。
「わ、俺このイモを揚げたポテチってやつ好き。お酒にも合うし、紅茶に添えても悪くない。あー、これこの飲み物にすごくよく合うねー」
ポテチはアベルのお気に入りのおやつの一つである。
ポテチを出すなり飲み物と交互にポリポリとやっている。
「おいー、一人で全部食うなよー。フローラちゃんは塩は苦手? 平気なら食べてみる? それとも他のものを食べる?」
ポテチをパリパリと食べているアベルをしげしげと見つめているフローラちゃんに声をかけた。
ポテチを見ているのかアベルの顔を見ているのかまでは俺にはわからない。
フローラちゃんに聞くと少しゆらゆらと揺れて、遠慮がちに蔓を伸ばして皿からポテチを一枚取った。
それを口に運んで少しだけ囓りピタリと一度止まり、その後蔓を花弁に当ててをゆらゆらと揺れた。
美味しかったのかな? 少しだけなら塩は大丈夫なのか? だったらアイスも塩味でもよかったかな?
いや、植物だしやはり塩分の取りすぎはよくないだろう。
ちまちまとポテチを食べるフローラちゃんを見ながら俺もポテチに手を伸ばす。
スパイスの深みが混ざった独特の甘さとシュワシュワプチプチのアクセントで甘さと爽やかさに満たされた口で、塩の利いたポテチをパリパリと食べると、再び炭酸のシュワシュワプチプチが恋しくなる。
あーーーー、ホント重曹を自作できるスキルがあって良かった!!
そして昼飯前だというのに、炭酸マジックでポテチと交互に延々とシュワシュワポリポリする事になった。
「あ、ポテチなくなっちゃった。ねぇ、グランー」
「昼飯前だからおかわりはなし!」
「ちぇー、でもこのスパイスがたくさん入ってる飲み物とポテチの組み合わせは最高だね。毎日でも食べたいかも」
毎日はめちゃくちゃ健康に悪いと思うぞ!?
「材料が材料だから週一くらいだな、フローラちゃんも気に入った?」
健康と材料を考えて週に一回くらいだな!
そしてフローラちゃんに尋ねるとゆらゆらと揺れて返事をしてくれたので、たぶん気に入ってくれたのだろう。
塩分が多いからな。たくさんはやめた方がいいと思うけれどちょっとだけね。また一緒にお茶した時に食べようね。
リンリンリンリンッ!!
シュワシュワパリパリな午前のおやつタイムが終わってのんびりしていると、侵入者を知らせる魔道具の音が聞こえてきた。
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